『北大帯洋における遺体捜索活動』
◇ 界機暦三〇三一年 七月九日 ◇
■ 北大帯洋 帝国軍巡洋戦艦 ■
デウス島にいたサザン・ハーンズは、救援信号を受け取った帝国軍統合作戦本部から、最初に乗ってきた戦艦が戻るのを待つように指示された。
本来は、反戦軍との交戦のために戦艦がこちらに戻って来られない可能性を考慮しての救援信号だったが、本部としては、反戦軍を壊滅させるのに時間など掛からないという判断だったらしい。
が、しかし、結局反戦軍は取り逃したうえ、戦艦もだいぶ損害を受けたらしく、迎えに来るまではかなりの時間が掛かった。
そうしてようやく合流したのだが、サザンはここに、エヴリン・レイスターの姿が無い事に気が付く。
「……エヴリンは? エヴリン・レイスターはどうした?」
「そ、それが……我々は把握していなかったのですが、反戦軍との交戦中、六戦機のシドウ・シャー・クラスタ氏が亡くなられたそうでして……」
「? 何? 何を言っている? どういう意味だ?」
「いや、それが……すみません。よく分からないのです……」
「……」
「エヴリン氏は、シドウ氏とユウキ・ストリンガーの遺体を捜索すると言って、どこかへ向かってしまって……。冷静ではない様子で、その後いくら通信を送っても繋がらなくて……」
実は、シドウが参戦していた事実を、この船のノイドは誰も知らない。
何故ならその前に反戦軍の戦闘員によって、大概のノイドは気絶させられていて、アカネの炎が生む煙によって、視界も奪われていたからだ。
大きな津波に襲われたことは覚えているが、その後すぐにユウキがシドウを連れて遠方まで向かっていってしまった。
おかげで、そもそも誰もエヴリンの言っている言葉の意味を理解できていないのだ。
(ユウキの遺体……だと? シドウ・シャー・クラスタが来ていた? ユウキが死んだ? 何があった……? 何があったんだ……エヴリン……)
エヴリンだけが知る情報は、まだ正確に他の者に伝えられてはいなかった。
*
■ 北大帯洋 とある無人島 ■
何も無い砂浜。木深い森林。波の音しか聞こえない無人島に、雑音が混ざっている。
その雑音の正体は、波が運んできた二人の来訪者。
いや、一人と一体と言うべきか──
「……腹減ったな。ブレイヴ」
乾かした衣服を着ながら、ユウキ・ストリンガーは鉄・ブレイヴに声を掛ける。
「我は腹など空かん」
「ハッ! そうかよ!」
二人はシドウとの戦闘ののち、意識を失って海に落ちた。
そのままユウキの方は死んでしまってもおかしくなかったが、波は上手く二人をこの無人島まで運ぶ。
やがて意識を取り戻してからは、お互いの傷を癒しているところだった。
「……ユウキ」
「あん?」
「……戻らなくて良いのか? 我はもう回復している。皆……己を待っている」
「……」
ユウキは緩んだハチマキを、まだ結び直そうとはしなかった。
そして目を強く凝らし、海の彼方を眺める。
「……シドウは俺達が殺した。間違いなく……な。向こうも俺を殺す気で来ていた。後悔はないさ。ああ。しくじったとも思っちゃいねェ。ただ……『反戦軍』は、俺を抱えておくべきじゃねェ。……邪魔になるだろ? 『平和』を望む連中の中に、『人殺し』がいたらよォ」
「ユウキ……」
反戦軍の面々は全員、自分たちが誰も殺めずに進み続けられるとは思っていない。
そんなことはユウキも分かっている。
それでもユウキは、彼らのもとに戻ることが出来なかった。
「道は違うが、辿り着く場所は同じはずだ。俺は俺の選択を貫くぜ。同じところにいなくたって、同じ方向に進むことは出来る。俺は……そう信じてる」
「……」
ブレイヴはまだ、反戦軍においては新参だ。彼の決意に対し、何かを述べるつもりはない。
だがしかし、少しだけ、別の道を選ぶことが『貫く』ことになるのかと、ブレイヴ自身は僅かに疑問を抱いていた。
「さァて! どうするブレイヴ! 俺って頭悪いからさァ! 戦争を止めるには何をしたらいいか分かんねェっつーか……」
「……ようやく見つけました」
「「!?」」
島の森の中から、露出の激しいドレスのような赤い服を着た、一人の女ノイドが現れる。
目の周りと間だけを隠した仮面を付けたその女性は、忘れもしない──
「……ユウキ・ストリンガー。そしてブレイヴ」
「……エヴリン・レイスター」
ブレイヴは立ち上がり、臨戦態勢を取ろうとする。
だが、そこでユウキが彼を手で制し、一歩前に出る。
「俺を捕まえに来たか? それとも……仇を取るか?」
「……シドウさんは見つかりませんでした。貴方たちが殺したんですか?」
「ああ。間違いない。シドウ・シャー・クラスタは……俺が殺した」
「……ッ!」
エヴリンは歯を強く噛み締める。
その事実を確認した所為でもあったが、当然のように自分とシドウの名前を覚えているユウキが、意外だった。
「……悪ィが、俺は捕まる気はねェ。もちろん死ぬ気もねェ。来るなら来いよ。相手してやる」
エヴリンは苛立ちを露わにし、腕を広げる。
「凝集ッ!」
マグネティック・ギアを使い、磁力で砂浜の砂鉄を集める。
そしてその砂鉄で自身を覆い、鎧を作り出した。
「……もったいねェなァ。折角のスケベ服が……」
彼女が普段軽装なのは、単純に鎧を作り出した時に内側が暑くなるからだ。
ただ、仮面は独特なオシャレのつもりでいる。
「……磁製上衣……」
「……」
エヴリンは一気に鉄鋼物による鎧に包まれる。残念ながら、もう彼女のドレスは見えない。
「ハァッ!」
そしてユウキの方に、走って向かっていく。
走りながら、砂鉄を集めて長い刃物のような武器も作る。
鎧を纏っているとは思えないほどの速さだが、彼女は大きなミスをした。
「…………『覚醒』…………」
「……!?」
彼女のミスは、ユウキがシドウを殺したという事実を信じ、その『方法』を考えなかったこと。
仮にブレイヴの力を借りたとしても、ただのノイドでは『超過』の状態になったシドウは絶対に倒せない。
本来ならばユウキの脅威を想定して、初めから『超過』の状態になるべきだったのだ。
「『覚……」
「遅ェよ」
白い光を纏ったユウキは、エヴリンですら捉えられない速さで背後を取る。
そして彼女の首根っこを掴むと、そのまま高速で森林に向かって彼女を掴んで引っ張っていく。
「がッ……!」
木に叩きつけた衝撃に加え、ユウキの全身から発せられた糸が、彼女の鎧を貫き、壊す。
ユウキは瞬時に彼女の左右の手首を抑えて頭の上に持っていき、両足と共に糸で縛った。
腰にも糸を回して木と固定し、左手で彼女の両手首を抑えたまま、右の手の平を額に当てる。
「あ……ッ」
「動くなよ。妙なことしようとしたら、俺の糸で脳天を貫く」
「う……」
エヴリンは今、体から赤い光を放っている。反応は遅れたが、彼女は『覚醒』の状態になっていた。
(速い……! 『覚醒』の私が目で追えないなんて……!)
「……なんてな」
「……?」
「今更こんなこと言ってもしゃーねーだろうが、俺らが殺し合うことに意味はねェ。……俺はそう思ってる。お前はどうだ?」
「何を……」
「…………俺らじゃねェよ。エル……何だか忘れたが、あの島だかの事件の犯人は、俺達じゃねェ」
「…………」
エヴリンを追い詰めているこの状況で、ユウキの方が嘘を吐く意味は無い。
反戦軍がただのテロリスト集団ならば、ここで彼女を殺さない理由は無いはずなのだ。
そのことをエヴリンは理解している。だが、割り切れない。
「なら……どうしてシドウさんを……」
「俺が聞きてェよ。殺し合う意味は無かった。けどアイツは俺達を殺しに来た。全力を出さなきゃ、俺が死んでたんだ」
「……シドウさん……」
対話をそこまで交えなかったエヴリンには、シドウ・シャー・クラスタという男の考えなど分からない。
流される生き方しか選んでこなかった男は、最後までその波に逆らおうとはしなかった。
もしかしたらそれが、彼なりの『貫き方』だったのかもしれない。
「……この体勢辛ェんだが、そろそろ良いか?」
「…………はい」
そうしてユウキはエヴリンを放す。二人とも『覚醒』の状態を解き、エヴリンを縛っていた糸は解けた。
「で、どうする? 今から『超過』の状態になれば俺を倒せる……だろ?」
「……それに、何の意味があるんですか? 私は……何を信じれば……」
ユウキは先に、砂浜の方に向かって歩き出す。
「信じたいものを信じればいいじゃねェか。ノイドらしく、ヒトらしく」
「私の信じたいものなんて……」
森を抜けるとブレイヴが待ち構えていた。無論、戦意は無い。
「ノイドの女よ。己は何の為に戦う? その先に……何を見ている?」
「…………私は何も見てませんよ。その時その時の、目の前の出来事を見るだけでもう……限界なんです」
「良いじゃねェかそれで。お前はよくやってるよ」
ユウキは軽く手を振って、岩場に腰を下ろす。
「私の何を知ってるんですか?」
「ハッ! 悪ィ悪ィ、カッコつけた。まあ俺じゃなくても、お前のことを分かってる奴は誰かしらいるだろ? 良い女だし、一人くらいよォ」
「……」
浮かぶ顔はただ一人。当然バンダナを首に巻いた、あの男。
だが、彼が自分のことをどれだけ知ってくれているというのか。彼女は自信が無かった。
「……そういう貴方は、どうなんですか?」
何でもいいから、話を変えたくなってしまった。
本来ならこの場を去ればいいだけなのだが、ユウキのペースに飲まれている。
「……俺は……」
「……戻らないんですか? 仲間の皆さんのところに」
露骨に次々に話を逸らしていく。だがここで、ユウキは黙り込んでしまった。
「……」
「……どうしました?」
「…………」
「あの」
「………………ブレイヴ」
もしかすると、シドウを殺したことを、エヴリンから責められなかったことが遠因になったのかもしれない。
自分は誰かに責められたくなっていただけなのかと、ユウキはそう思い始めた。
「……分かっているぞ。ユウキ」
「……ハッ! そうかよッ! じゃあ行くかァ!? なァオイッ!」
「? どこにですか?」
そしてユウキはフッと笑みをこぼす。緩んだハチマキを、締め直す。
「結んでおくぜッ!」
*
◇ 数時間後 ◇
■ 帝国軍巡洋戦艦 ■
エヴリンは、ユウキたちをわざと見逃して船に戻って来た。
そこでいるはずのないサザンの姿を見て、若干戸惑っている。
「あれ? サザンさん? どうして……」
「私一人の送迎に新しい船は出せんと言われた。頭まで下げたのだが……」
「見えないでしょ向こう側には……」
「……!?」
今気付いたようで、サザンは目と口を開いている。彼のこういうちょっと抜けたところを、エヴリンは気に入っている。
「……まったく」
微笑ましくなって心が軽くなると、エヴリンは瞳に輝きを取り戻す。
一方でサザンは、まだくすんだ帝国の未来を憂いでいる。
「……シドウ・シャー・クラスタは……本当に死んだのか? ユウキが奴をやったのか?」
「……それについては、『行方不明』のままで処理してもらうことにします」
「何故だ?」
「希望を託せる相手は……多い方が良いじゃないですか。どうせ私たちの周りは、真っ暗闇なんですから……」
「……そうか」
元々先に反戦軍を見逃そうとしたのは、サザンの方だ。
エヴリンの判断に対し、とやかく言うつもりは毛頭ない。
「……ところで、ユウキさんは貴方によく似てますね。……一人で無茶なことをするという点で」
「……ユウキ……『さん』……?」
「人の振り見て我が振り直す……とは、ならなかったようで。残念です」
やれやれと息を吐くエヴリンの横で、サザンはほんの少しだけ、顔を引きつらせる。
「……何故親しくなったかのような……」
「? 何ですか?」
「……いや、何でもない」
気付けていないが、エヴリンはここで好機を逃す。
サザンは勝手に、エヴリンとユウキの間に何かしらのやり取りがあったのだろうと片付けた。
無意識に彼が一瞬抱いた感情に漬け込めば、エヴリンはここで引き寄せることが出来たのかもしれない。
だが残念ながら、その機会はまた先に延ばされる。それでも──
「帰るか。エヴリン」
「はい」
二人の間に、反発の力は働いていない。




