『機密重要被検体失踪事件』⑤
「マァァァァァァァァァァリアァァァァァァァァァァァァ!」
毒々しい色の装甲に、ゴーグルをつけた鉄。
その中で叫ぶのは、顔にピアスを付けた細身で背の高い白衣の人間。
彼はコックピットを開けて、無防備にもその身を晒す。
「勝手に逃げてんじゃねェぞコラァッ! ああ。俺に不満があるのかな? 何が不満だッ!? 飯食わせて寝床も与えてるってのにィ!? ……実験が辛かったのかい? 可哀想に…………なんて言うわけねェだろクソガキがァ! 帰ってこいッ! 俺はきさんを必ず連れて帰ってみせるッ! それを邪魔する者はたとえどんな奴でも……くらしてなおすッ!」
スカム・ロウライフとブローケンの登場に、メインブリッジの面々はただただ茫然としていた。
「何だってんよ……アレは……」
「ち、ちち近付くのは危険です……。リーダー。か、拡声器を」
「あ、ああ」
つばきに言われ、グレンは司令室のマイクに手を伸ばす。
「何者だ! 何が目的だ!?」
グレンの声を聞いて、スカムはさらに身を乗り出す。
「『何者だ』……? それは俺のッ! 台詞……なのか? そうだ俺の台詞だッ! くらさっぞッ! よく聞けッ! スカァァァァム・ロォォォォライフ! それが俺の名だッ! ここはどこだ!? きさんらは誰だ!? 俺のマリアを返せコラァァァァァ!」
「……何だコイツは……」
あまりの情緒不安定さに、グレンはマイクから手を放してしまった。
「……今、『マリア』って言った?」
「「「!?」」」
ユーリはしっかりと滅茶苦茶な男の言葉を聞いている。彼の目的は一瞬で推測できた。
「まさか……」
そしてグレンは、再びマイクを握る。
「敵対する気はない! 人を探してるのか!? 説明してくれ!」
「エタァァァァァァァァァァナルッ! クロォォォォォォォォォズッ!」
「……は?」
「マリアは未来を救済するッ! 世界の正義の歯車がッ! マリアという一個体に存在しているッ!」
「……分かりやすく……説明してくれ……」
「永代の七子計画はッ! 成功しているッ! だが六戦機には届かないって!? そんなはずはない! 『永代の終末子』の実験が成功すればッ! 永続的な『完全同化』が可能になるッ! 戦争もついでに終わらせられるッ! そして俺は……俺の存在はァ! バリヤベェことになるってわけなわけ!」
グレンは再びマイクを放した。
「……まずいってんよ。何言ってっかまるで分からねぇ……」
「ヤバい人ですね!」
全員が困惑している中、ユーリとキクは何となく彼の滅茶苦茶な言葉を飲み込んでいた。
「……国家連合のバッジを付けているねぇ」
「はい。永代の七子計画に関わっているのなら……もしかすると、マリアも鉄乗りの才能が……?」
「どういうことだってんよ?」
ユーリかキクに尋ねたつもりだったが、答えるのは意外にもペンタスだった。
「永代の七子は『改造人間』で、その全員が子ども。『超同期』に至る可能性のある子ども達の体を改造して、少ない戦闘経験を経るだけで容易に『超同期』に到達できるようにしたのが、『永代の七子計画』の大まかな概要だよ。だから、マリアがその永代の七子と同等の存在なんじゃないかって可能性が出てくるんだけど……。さっきアイツはこう言った」
「『永続的な『完全同化』』が可能になる』……」
「!?」
完璧にスカムの発言を繰り返すユーリの額には、汗が滲み出ていた。
『完全同化』は、鉄の性能を限界を超えて発揮する、命と引き換えの究極的な戦闘手段だ。
ノイドにも自身の限界を超えたエネルギーを放出する『超過』というものがあるが、それを使えるのは現状特殊なタイプの六戦機だけで、彼らがそれを使って死ぬことはない。
基本的にノイドよりも鉄の方が発揮するエネルギーの総量が多いので、仮に『完全同化』を無制限に使えるようになれば、ユーリたちを襲った六戦機すらも越える強大な戦力が、連合に生まれることになるのだ。
「俺はバリ偉くなるッ! 金も女も酒も研究もッ! あ、自由自在ッ! ってな感じで!」
グレンは今、どう対処するか思案していた。
マリアの事情を何も知らないので、もしかしたらこのやかましい男が、正義側の人物なのかもしれないと想像している。
しかしスカムは、自ら自身がどういう人間かさらけ出す。
「いいから早く返してくれよッ! マリアはね……マリアはなァ! 俺の輝かしい未来のために必要な、道具なのッ! 分かる!? くらさっぞッ!」
彼女を『道具』と言ったことで、グレンは三度マイクを握り締める。
「『道具』って何だってんよッ! そんな都合の良いモンは持ってない!」
「いいや間違いないッ! 何故なら優秀なこの俺は、マリアの体内に発信機を仕掛けたのだから! おっと! 隠せないぜ!? 取り出せる仕組みにはなってないからね!」
「発信機……!?」
先程のユーリの推測は、確かに当たっていた。スカムは彼女が逃亡した場合のことを、あらかじめ想定して対策していたのだ。
「どこの誰だかご存じありませんが……うちのマリアを返してくださいな。まだまだ実験が残っててさァ……。これはもうアレだよ。マジでアレだわ。そうだなアレだ。うーん……アレかな……お仕置きだッ! いつもの通電の比じゃ済まさねェぞォ!? なァマリアァッ!」
「お前……ッ!」
露悪を抑えられない身勝手な性格をしているが、それでもこの男はその『研究実績』だけで揺るぎない立場を持っている。
そして彼は、自分の目的の為ならば手段を選ばない。
「マリアを返さないなら…………ブロォォォォォケンヌッ!」
「イェェ! レッツバトォォォォォ!」
叫びながら、二人はコックピットを開けたままメインブリッジに突っ込もうとする。
だが、そこで──
「ま、待てッ!」
たった一人。
両手を広げて彼らを止めるのは──カイン・サーキュラス。
「カインッ!?」
「馬鹿……!」
メインブリッジにいたユーリは、驚いて目を見開いた。
相手がどれだけの力を持っているかは分からないが、少なくともカインが相手になるとは思えない。
ここで、鉄紛の操縦者であるバラやジャンバール三兄弟、ノイドのヒーデリ兄妹も怪我を押してメインブリッジに現れる。
出て来たばかりのバラもユーリと同じで、カインの無鉄砲な行動を目にして動揺していた。
「おいおい何やってんだ!? カインの奴!」
「だ、だだ誰か出られるのは!?」
「僕が!」
「私が~」
鉄紛はまだ修理中。動ける戦闘員は、ヒーデリ兄妹だけだった。
「いや待てよ! まだ向こうもガキを返せば帰ってくれるだろ!?」
「バラさん! マリアちゃんをあの男に渡すんですか!?」
「元々向こうのだろうがよ! 今俺達が鉄と戦って、勝てるわけねェだろ!? 量産兵器の鉄紛とは違ェんだぞ!?」
鉄紛の操縦者であるバラは、鉄との実力差を嫌というほど理解している。
鉄の戦力は、最低でもノイド帝国軍の一個大隊と、遜色ない実力を持っているのだ。
「マリアは……渡さない」
しかし、カインは自分のした選択を貫いていた。
マリアは確かに『助けて』と言ったのだ。そして、『戻りたくない』とも言っていた。
ならば自分のするべきことは一つだと、思う前から体が動いていた。
「…………」
「……帰ってくれよ。マリアは戻りたくないって言ってるんだ」
「…………ノイドが……」
そして残念ながら、カインの言葉は一つたりとも目の前の男に届いていない。
「ノイドの分際でェェェェェ! この俺にィィィィ!? 話しかけるなんてェェェェェェ! あり得ねェだろうがよォォォォォォォォ!」
そしてコックピットを開けたまま、ブローケンと『同期』する。
自らの意志でブローケンの腕を操り──変化させる。
「「CRッッ!」」
ブローケンの腕は、巨大なドリルに変化する。
左回りの回転で、ネジを締めることも出来ないような、破壊の為の掘削兵器だ。
「うッ……!」
「死んじゃあえェェェェェェ!」
ブローケンの固有能力によって、怒りに任せて目の前の小さな少年を殺しにかかる。
「……ッ! スピンオンッ!」
「ッ!?」
カインは自らの腕からクルクル回転する円盤を出現させ、それをドリルに向かって飛ばす。
すると、ブローケンのドリルは急速で逆回転を始めた。
「!??!? なんな!? なんばしよっとッ!?」
カインの出した円盤は、あらゆるものを巻き込み、回転させる。ただ、それだけの効果だ。
「……よく分からんが、このままいけェェェェ!」
「!? うわあああああ!」
カインにとって、非常に相性の悪い敵だった。
当たり所によっては体が捻じれ、その痛みと回転を抑えるために、戦闘を継続するのが困難になるのが、カインのオリジナルギアの強み。
しかしブローケンの武器は、回転自体が強みになる。今回に限っては、彼にはどうすることも出来なかった。
「カインッ!」
「クソッ! あの馬鹿何で……」
バラはそこで、吹っ飛ばされるカインの姿をユウキに重ねていた。
しかし彼はユウキとは違う。大きなダメージを受け、再び立ち上がることすら彼には出来ない。
「マツバ! ボタン! 頼む!」
「了解!」
「は~い」
「……ッ!」
双子と共に、ユーリまでもがメインブリッジを走って出ていった。
カインのことを助けるために、なりふり構ってはいられない。
「止めてッ!」
だが誰よりも先に甲板に出て来たのは──マリア自身だった。
「だ……め……だ。マリ……ア……」
「……!」
一瞬振り向いたマリアの辛そうな顔を見て、そのままカインは意識を失ってしまう。
カインは彼女が辿り着くまでに、もう何度もブローケンの攻撃を受けてしまっていた。
ギアの練度を上げ、身体能力を高めていても、その体の使い方を分かっていなければ、戦闘に慣れた相手の攻撃を避けるのは難しい。
カインに足りていないのは、『経験』だったのだ。
「マァァリアァァ。よく自分から出て来たねェ……。良い子だぜッ! さァ帰るぞッ! 帰ったら楽しい楽しいお仕置きだッ! 折角だし歯でも抜くか!? ペンチで! 差し歯作ってやるから感謝しろよォ!? グァハハハハハ!」
「……」
助かったと思ったのは、気のせいだった。
自分は運命から逃れられない。
マリアは全てを諦めて目を瞑った。
だが、その時──
「……あん? 何だって?」
スカムのCギアに通信が入る。研究所からの通信だ。
「……んん? あ……ああそうだった。今日は大事な大事なガキどもの為の実験の日。……オイコラてめェ! 忘れてんじゃねェぞコラァ! くらさっぞッ!」
「……?」
そして一通り通信相手に暴言を吐き終えると、スカムはCギアを下げる。
「……俺の邪魔をしやがって。愚かなり、連合軍。だがこれも、出世のために必要なアレ! マリアァ! 待っとけよこの横道もんがァッ! きさんは必ず取り戻す! 地の果てまで追ってでも……必ずなァ!」
丁度良い所で、ヒーデリ兄妹がギアを発動させながらスカムの前に現れる。
本来ブローケンで倒せるほどに実力差はあったが、スカムからすれば未知数の相手。
戦ってどれくらいの時間が掛かるか分からないうえ、たった今急ぐ用事が入ってしまった。
そのためスカムとブローケンは、急いで一旦この場から飛び立つことにしたのだ。
その『用事』を先に済ませた方が、圧倒的な戦力でマリア奪還に臨めると考えたために。
つまり脅威が去ったのは一時的なもの。反戦軍の面々とマリアもそれを察し、心が晴れやかになることはなかった。
「…………カイン…………」
(私の所為で……)
マリアはまだ、絶望から逃れられない。
そしてカインはまだ、立ち上がることが出来ずにいた──




