『機密重要被検体失踪事件』③
■ エデニア州 ■
▪ セントラルストリート 路地裏 ▪
カインを探すために一人で行動していたユーリは、人通りの少ない道に入り込んでいた。
「いない……。どこ行ったの? カイン……」
その時、彼女はこの世で最も耳にしたくない『声』を耳にする。
『ユー』
「ッ!?」
その所為で激しく動揺した彼女は、声の聞こえた方向に体を思い切り捩じる。
油断と隙は、そこに生まれた。
「……んッ!?」
背後から何者かに襲われ、頭を布の袋で隠されて、ユーリは身柄を拘束される。
思考する間もなく、彼女は近くの建物の中に攫われていった。
*
バサッと頭に被せられた布の袋を外されて、ユーリは自分が椅子に座らされている状況を確認する。
自分を捕らえた者は、二名のノイド。縛られているが、まだ余裕はある。
ユーリは捕まったその瞬間に、ポケットに忍ばせていたCギアを起動し、既に救援を呼んでいた。
問題は、この二名が何の為に自分を捕まえたのかということ。
『やあ、久しぶり。会えて嬉しくはないが……元気そうで何よりだ』
目の前の壁には、小さな液晶画面が存在していた。そしてそこに映る男と、聞こえてくる声には覚えがある。
右目が隠れる白い長髪の、人間の男。
その名は────────ゼロ。
「……ッ!?」
『……驚いて声も出ないか? ところで……そう。「ユウキ・ストリンガー」はどうなったのかな? また死んだのかな?』
「貴様……ッ!」
『「ゼロ」と呼んでくれ。ここでもそれで通している。分かりやすいだろう?』
「……ッ」
『しかしまあ、君は一体何人仲間を殺せば気が済むのかな? こうしてまた失って……それでもまだ絶望が足りていないのか? ユー』
「……ここでは『ユーリ』で通してる」
『フッ……名前と共に記憶を捨てたのかな? それなら絶望を忘れても致し方なし』
「貴様は……ッ!」
『しかし油断していたらしいな。こうもあっさりと捕まるとは……。それとも自分を失って、茫然としていたのか? ならば、もう諦めてしまえばいい』
ユーリはまだ油断してはいない。呼んだ助けが来れば、この場はいずれ切り抜けられる。
必要なのは、時間稼ぎだ。
「……私はまだ、諦めるつもりはない。必ず貴方の目的を防ぐ。防いでみせる」
『……フフ。私の目的……か。今まで一度だって君は、私を止められたことがなかっただろうに。よく強がれるものだ』
「……反戦軍が民衆を攻撃したと、捏造した事実を作り上げたのは貴方?」
『もちろん。君がエデニアに来るとも読んでいた。愚かなことだ。未だにそんな、目立つ宝石のヘアアクセサリーを付けて……』
「……ッ!? 貴様は……ッ! 貴様はァ……ッ!」
『戦争を止める気かい? この世界の戦争は、私が何もしなくても広まっていたものだ』
「それを加速させたのは……ッ!」
『ああ。私だ。粕機土内海でのオールレンジと帝国の衝突は、私が仕組んだものだった。それをきっかけに、今の戦争は始まった。だが二国間に挟まった爆薬は、九年前に一度戦争を終えて湿気ったものの、いつ再び火がついてもおかしくはなかったらしいよ』
「貴方がいなければ……ッ! 貴方さえいなければ……ッ!」
『……まあ、死体の数は減っていたかもしれないな』
「……ッ!」
時間を稼ぐ目的は果たせているが、ユーリは既に冷静さを失っている。
目の前の画面に映る男に対する憤りを、抑えることが出来ない。
『上手く互いの戦力を削ってくれているよ。連合には六戦機に関する情報を誤認させ、永代の七子を一人失ってもらった。帝国ではノーマン・ゲルセルク元帥が私に協力をしてくれている。愚かで頑迷なレイシストは、とても操りやすいものだよ』
「……許せない。クリシュナのニュークリア・ギアも……」
『当然私が製造方法を教え伝えた。加えて帝国軍が君達を追えるようになったのは、衛星測位システムの技術を私が与え、帝国所有の人工衛星『サテライト』に『サテライト・ギア』という形で遠隔導入させたからだ。君が反戦軍にいる情報は、連合の有能な人物を利用して掴んでいた。そして厄介になり始めたから遣わせたのだ。……まさか、六戦機が向かうとは想像していなかったが』
ゼロはもともと、サザンを始めとする元帥直下精鋭部隊の戦力を削ごうと考えていた。
上手くいけば反戦軍と同士討ちになるかもしれないと考えていたのだが、エヴリンとシドウの独断行動と、ブレイヴの存在が、その予想を覆していたのだ。
『……私は君の想像ほど、多くは関われていない。「ブレイヴ」……だったか? 「伝説の鉄」が、君達に力を貸すとも想像していなかった。想定外の努力だよ。だがしかし……無駄な足掻きだ』
「……貴方が帝国と繋がっている事実が知られれば、連合で貴方は立場を失う」
『誰がその事実を伝える? 犯罪組織の君がか? 民衆へ攻撃を仕掛けた非道な連中の言葉を、誰が信じるというのかな』
「貴方の欺瞞が続くはずはない!」
『続くのだよ。疑う者を消し続けていれば』
「そんなことを続けても! ますます疑う者が増えるだけ!」
『いいや。私の息が掛かった者の、入り込む席が空くだけだ』
「……ッ!」
『忘れたのか? 私の持つ最大の力は……数だということを』
世論すら操るゼロの力は、シンプルな人力による情報操作。
当然だが彼一人の力とは言えない。だが、だからこそ対処のしようがない。
敵がどれだけいて、味方がどれだけいるのか、いくら調べても把握しきれないのだ。
そしてこのゼロという男には、味方となる『ヒトの数』を、増やし続ける『手段』があった。
『……もう少しだ。あともう少し……。連合で得た戦争の恩恵は帝国へと十分に与え尽くした。ニュークリア・ギアも成功していた。あとはこのまま、用済みの帝国を負かし、連合の戦力を削げば……』
「……まさか……!」
『ああ。既に完成しようとしている。……ノイド・ギアは……』
「……ッ! ふざけないでッ! そんなもの……そんなものを使ったら……」
『ああ。数百のノイドから生きたまま取り出した「核」を利用した……ニュークリア・ギアの数万倍の威力を誇る爆弾だ。当然使えば…………世界は終わる』
「そんなこと……そんなものを……使わせるわけには……」
『だが君にはもう何も出来ない。反戦軍も、「ユウキ・ストリンガー」がいなければ形無しだろう?』
「それでも私は……ッ!」
『私は世界を解れさせる。全ては私の心を潤わせるために……』
バリィィィィィィィィィン
その時、部屋の窓が割れた。
外から勢いよく入ってくるのは、二人の動物のような姿のノイド。
「大丈夫ですか!? ユーリさん!」
「助けますよ~」
戦闘員のマツバ・ヒーデリと、ボタン・ヒーデリだ。
翼を操り、鋭い目付きに眼鏡を掛けている方が兄・マツバで、蛇の腕を操り、フワフワな髪に垂れ目の方が妹・ヒーデリだ。
救援信号を受け取った船から、二人は怪我を押してここまで向かってきたのだ。
「「!?」」
ユーリを攫った二人のノイドは、このイーグル・ギアとコブラ・ギアを操る双子にあっさりと倒される。
『……またいずれ会おう。「ユーリ」……だったかな? 君だけは必ず……私より前に死んでもらう』
まるでこうなることが読めていたかのように、ゼロは画面から消え去った。
ユーリはマツバの鳥の爪で自分を縛る縄を切ってもらってから立ち上がる。
「? 誰と話していたんですか?」
「……ゼロ……」
「え!?」
「……確かに、本物のようでしたね~。これは大変かも~」
ユーリは改めて、心に誓った。自分のなすべきことは、どこまで行っても変わらない。
「……貴方の自殺に、世界を巻き込ませはしない。ゼロ。貴方だけは必ず……私の前で死んでもらう」
*
■ 無限研究所 地下 ■
無限研究所の地下には、被検体が逃亡した情報がまだ届いていない。
その男──スカム・ロウライフは、所長として次の実験を行うため、準備に取り組んでいた。
ボサボサの髪で、ピアスを星座のように顔に付けている、細身で背の高い人間。
彼は今、部下数人を前に実験器具を弄りながら、胸を躍らせていた。
「フンフーン♪ フフンフーン♪」
「所長」
「フフフフーン♪ フンフフーン♪」
「所長」
「デンデン♪ デデンデデンデン♪」
「スカム所長」
「うるっさいなァッ! くらさっぞッ!」
一番うるさいのはこの男だが、誰もそこを追及する気はない。ここで一番位の高い人物もまた、この男だからだ。
「所長。『被検体〇〇〇』……マリアが逃亡しました」
「せからしかッ! …………ははん?」
そこで、自ら報告にやって来るノイドが一人。
「スカム氏ッ! し、侵入者がマリアを連れて逃亡を……」
「……」
「スカム氏?」
この研究所には、二種類の研究員がいる。
一つは数年前からずっと所属している研究員で、その全ては人間。
もう一つは永代の七子に関連した研究を始めたことで増やした人員で、人間とノイドが入り混じっている。
そしてスカムを所長と呼ばない者は、後者の方。
「……ノイドが……」
「え?」
そしてスカムは、報告をしに来たノイドに向かって──蹴りかかる。
「ノイド風情がァ!? この俺にィ!? 話しかけるとはァ!?」
「ゴッ……!?」
「俺の了見はいつ広まったァ!? えェコラァッ!」
「う……ガハッ!」
スカムがノイドを暴行する様子を、周囲の人間の部下たちは冷や汗をかきながら見つめていた。
緊急事態の所為でこのノイドは口を利いてしまったが、普段はどのノイドもスカムには近付かないようにしている。
それだけこの男は、理不尽なまでの差別主義者だったのだ。
「スタッ」
最後の飛び蹴りを入れ、華麗な所作で着地する。
「……で、なんな?」
「侵入者と思われるノイドが、マリアを連れて逃亡を……」
「ノイドの話をすんじゃねぇよッ! くらさっぞッ!」
「がッ……」
そして人間の部下も殴り、蹴る。最早部下たちは戦々恐々だ。
「……で、なんね?」
「……マリアが逃亡を……」
「あァァん!? てめェ早く言えよこのあんぽんたんッ!」
「……申し訳ありません」
そしてスカムは、着ている白衣の襟を正す。
「……で、誰のミスだい?」
「え?」
「マリアが逃げた原因は誰? 俺? 俺かァ!? 俺の所為にすんじゃねェよ横道もんがこらッ! 決めた! コイツの所為にする! ふざけやがってクソノイドがよォッ! くらさっぞッ!」
そして、倒れたノイドを踏みつける。
もう部下たちは、言葉を発する気が失せててしまった。
「許せないよね。マリアを奪ったそのノイド。追って殺して、潰して崩して、肉塊にしてやるかァ!? ああそうかッ! 機械だから肉が無いんだッ! 肉塊にも出来ないガラクタだァ! グァハハハハハ!」
「「「…………」」」
そしてスカムは研究所の外へ出て、『ある場所』に向かっていくのだった。
*
■ 連合軍鉄格納庫 ■
スカム・ロウライフは、連合軍の鉄格納庫に赴いていた。
ここの整備士は、皆スカムの顔を見たことがある。
「スカム氏……!? な、何故ここに……」
人間の男が話しかけに行く間に、ノイドの整備士は彼の視界に入らぬよう身を隠す。
「ブローケンは?」
「こ、こちらに……」
質問に答えてもらえなくとも聞き直す気はない。どんな返しを食らうか分からないからだ。
「ブロォォォォォォォォォォォォ!」
「ケェェェェェェェェェェェンヌッ!」
その鉄は、ゴーグルのような物を目元に付け、毒々しい色の機体をしていた。
どういう意味のあるやり取りかは誰も分からないが、スカムとブローケンは互いに、互いをビシッと指差して叫んでいる。
「ヒアウィゴウッ! スカム・ロウライフッ!」
「ブローケンッ! ノイドのガキをくらしにいくぞォォォォッ!」
スカムは叫びながら、ブローケンのコックピットの中に入る。
その様子を隠れて見ていたノイドの女と人間の男は、汗をかきながら顔を合わせた。
「何ですかあの人……」
「シッ! 隠れろ。あの人はこの町出身なんだ。ノイドのことが大大大ッ嫌いで……目が合うだけでぶん殴りに来るぞ……!」
「えぇ……?」
確かにエデニアの人間は差別意識の強い者が多いが、流石に目が合うだけで暴力を振るうような不合理な人物はまずいない。
エデニアの中にあっても、連合に所属しているほとんどの人間は、職務上ノイドと関わる機会が多いため、必然的に仕事を円滑に進めようとするうちに、対等に接するようになる。
スカムのように、連合に所属していながら、自らノイドが自分の仕事になるべく関わらないようにするような狂気的な人物は、恐らく他に類を見ないだろう。
「……でも、鉄に乗れるなんて……」
「……覚えておけ。スカム氏は、永代の七子計画における最重要人物だ。誰よりも鉄に精通し、それでいて……誰よりも鉄戦闘を熟知しているッ!」
そして、スカムとブローケンは飛び立った。
向かう先はもちろん、機密重要被検体──
────マリアのもとだ。




