『機密重要被検体失踪事件』
◇ 界機暦三〇三一年 七月八日 ◇
■ オールレンジ民主国 エデニア州 ■
北大帯洋での戦闘を終えた反戦軍は、結局帝国軍から追われることなく、オールレンジ民主国に到達していた。
人目のつかない辺境に停泊し、まだ町には出ない。リーダーのグレン・ブレイクローを中心として、メインブリッジにメンバーは集まっていた。
ただ、先の戦闘で負った傷をまだ治していない戦闘員は、まだ医務室にいてここにはいない。
「……どうやら、追っ手は来てないらしいってんよ」
「理由は二つ、考えられる。エヴリン・レイスターが、まだ長髪の六戦機とユウキたちを発見できていないか。あるいは、発見できたのはあの六戦機だけで、ユウキたちは……どこかで生きて……」
そう言いながら、ユーリはユウキが無事だとは思っていなかった。眉を僅かに動かしながら、視線は下を向いている。
「願望を言ってもしょうがねェだろ」
そう言いながらメインブリッジに入って来たのは、鉄紛操縦者の戦闘員でモヒカン頭の人間の男、バラ・ローゼクト。
「バラ。お前もう大丈夫なのか?」
明らかに、まだ大丈夫ではない様子だった。バラはよろよろとしながら、壁に手を伝ってここまで歩いてきていた。
「……願望じゃない。私はただ……」
「無事だったら、当初の予定通りここに集合するはずだろうがよ。海の中に落ちたんだ。どう考えても……死体が見つかってねェだけだろうが」
「……ッ! バラ……!」
ユーリはバラに迫っていく。一方でバラも引こうとはしない。
「あんだよ。間違ったことは言ってねェだろ。……最悪を想定するのが、お前のいつものやり方だろうが! 現実を見ろよ! ハチマキ野朗……いや、ユウキの奴は…………もう死んだんだよッ!」
「…………ッ」
バラは涙を目に浮かべていた。
それを認めたくないのは、彼も同じことだったのだ。
「バラ……」
「グレン。この先のことを考える段階だぜ。ユウキはもういねェ。アカネも……深手を負ってからずっと目を覚まさねェ。俺達はもう戦えない。仮に帝国側が追うのを止めたとしても、連合側が俺達を潰しに来ないとは限らねェ。決めてくれよリーダー。それが……お前の役割だろ?」
バラの言うことはもっともだった。反戦軍は今、岐路に立たされている。
グレンは覚悟を決め、顔を上げた。
「……今日はここ、エデニアで食料等を補給して、進路をヒレズマに取る。ユーリが事前に言っていた通り、恐らく帝国や連合の船のレーダーは、特殊な航路を通っている船を俺達の戦艦だと認識している可能性が高いってんよ。デウス島に向かっていたところを捕捉されたのは、多分それが原因だろう。よって、堂々と領海を通って移動することにするってんよ」
当初はユーリの言う『特殊なレーダー』の存在はまだ可能性の段階で、まだ直接敵が向かってくると思っていなかった。
加えて、いずれにしろ領海を戦艦が進み続けていれば、それはそれで捕捉されるリスクはある。
だからこそ先にデウス島でブレイヴの力を頼りに行こうという作戦に出ていたのだが、結果としてそこで接敵してしまった。
領海を移動すれば、流石にすぐ接敵する可能性は低くなる。こちらをそのレーダーを頼りに探している敵からすれば、灯台下暗しのようなものだからだ。
そして目的地としたヒレズマという国は、連合に属していながら中立国として扱われている。
連合の船もヒレズマの領海には入りづらく、追われる危険は少ない。だからこそそこへ向かい、連合も帝国も近付きにくいその場所で、グレンは──
「……そんでヒレズマに到着すれば、そこで一度…………反戦軍は、解散する」
ざわつきを見せるメインブリッジの中で、ユーリは静かに俯いた。
「幸いなことに、顔が割れたのは僅かなメンバーだけだってんよ。名前が知れてるのはユウキだけ。抜けたい奴は抜けて構わない。こっから先は……一生追われる立場だってんよ」
「そんな……リーダー……」
情報通信担当のつばきは、眼鏡の下で目をウルウルさせながら言葉を詰まらせた。もちろん他の者も何も言えずにいる。
「名前を捨てて、一からやり直すしかねェってんよ。……皮肉な話だぜ。『反戦』を掲げてここまで来ていながら、『戦い』を強制されて解散を余儀なくされる。……笑い話にもなんねェ」
「グレン……」
ユーリは責任を感じてた。彼女はやはり、自分の所為で反戦軍が狙われたと思っている。
そして実際、半分は当たっていた。
「お前の所為じゃねェってんよ。ユーリ」
「……」
「そうだ! 俺がもっと強ければ良かったんだよッ! クソ……クソがッ!」
「バラ……」
誰もユーリを責めようとはしない。確かに彼女は、この場所を居心地良く感じ始めていた。
そしてまだ、その矢先だったのだ。
「……付いて来たい奴だけ付いて来てくれ。俺のわがままに……短い間だけど、みんなよく付き合ってくれたよ」
*
▪ 艦内格納庫 ▪
カインは一人、トルクの傍に来ていた。
子どもだから話を聞く必要がないと言われたわけではなく、彼はもう、言われなくても今後の反戦軍の動向を理解していたのだ。
「……兄貴は……帰ってこない……」
「……」
「ブレイヴもだよ……。トルクは……これからどうするの……?」
カインは昨日から一睡もしておらず、隈が出来ている。
ユウキたちの帰りを待ち続けていたのだが、結局、彼らは帰ってこなかった。
そして今はもう、目が虚ろになっている。
「……ブレイヴ様が死ぬことはない」
「……え?」
「鉄が死するのは、人間やノイドと完全に同化するなどで、己の限界を超えてしまった時。たとえユウキ・ストリンガーが死のうとも……ブレイヴ様は死なん」
「……そう……」
「……あのお方は、ここに帰ってくるはずだ」
「でも帰ってこないじゃないか」
「ブレイヴ様は約束を決して破らない。たとえその相手がヒト種であろうとも」
「でも戻って来てない。その理由は何だよ」
「……それは……」
「……答えてくれよトルク。お前は何でまだここにいてくれるんだよ。何でまだ戻って来るって信じられるんだよ。俺なんて……もうこれから自分がどうすればいいか……何も分からないんだ……」
「……」
トルクは今更、カインに対して掛ける言葉など持ち合わせていない。
そして自分がまだここを動かずにいる理由に、少しだけ気付き始めていた。
*
■ オールレンジ民主国 エデニア州 ■
▪ 国家連合軍総司令部 ▪
エデニアには国家連合本部が存在している。当然、連合軍の総司令部もこの地に拠点を構えていた。
そして、連合軍の主力である永代の七子は、普段ここで暮らしている。
昨日の任務から帰還していたアウラ・エイドレスは、肩に包帯を巻いて拠点の廊下を歩いていた。
「いたた……肩上がんないんだけど……」
当たり前のように歩いているが、アウラは昨日ユウキによって肩に穴を開けられている。
しかし、彼は持ち前の精神力で痛みに耐えていた。おまけに、どういうわけかノイドのように治りが凄まじく早い。
「大丈夫? エイドレス君」
彼に声を掛けたのは、同じ永代の七子でスタイルの良い黒髪ロングの少女、幽葉・ラウグレー。
「あ、ああ。うん。まあ大丈夫」
「本当かな? エイドレス君は、強がりなところがあるみたいだからね」
「そんなこと……ないけど」
「ふふふ」
幽葉はいつも、どこか色気のある雰囲気を身に纏っている。
仕草の全てが何故か艶めかしく、アウラは若干苦手意識を持っていた。
「何の話してるの」
そこに現れるのは、やはり永代の七子の一人で、薄紫色のショートカットに眼鏡の小さな少女、メイシン・ナユラ。
「あ」
「こんにちは。ナユラさん」
「……何の話してたの?」
メイシンは言葉に少し怒気を込めている。二人ともそのことに気付いていた。
「よく見てあげて、ナユラさん。エイドレス君……怪我をしているの」
「!? だ、だだだ大丈夫ですか!? アウラさん!」
一瞬で怒気が消え、慌て始める。その隙に、幽葉はスルリと彼女の横を抜けて、この場を去っていった。
「だ、大丈夫だよ。ぐッ……いてて……」
「大丈夫じゃない!? わ、私に出来ることは……」
「い、いや。ホントに大丈夫だから……」
メイシンのことを陰ながら応援しつつ、幽葉は廊下の曲がり角を抜けていく。
そのすぐ後に、彼女は更に別の永代の七子である、老け顔でガタイの良い少年、デンボクと落ち合った。
「……どうしたの?」
「面倒な仕事だ。無限研究所からの要請らしい」
「……むしろ楽に思うべき。御影君、灰蝋君、エイドレス君の三人が、難しい仕事をこなしてくれているのだから」
「……実験に成功すれば、小生たちも三人に次ぐわけだが」
「それで良いの。三人にばかり頑張らせても……ね?」
「苦しい戦いを強いられる」
「私は、それで良いの」
「小生は………………面倒としか思えんのだ」
本心を言うのならば、二人とも、戦いたくないと思っている。
だがしかし、先に述べた三人はもう英雄と称されても良いほどに、戦いを続けている。
強制された選択を前に、彼らは何の権利も与えられていない。




