『北大帯洋の戦闘』⑥
ディープマダー甲板上での戦いも、既に終わりを迎えようとしていた、
残った者の中で最大の戦力であるアカネ・リントは傷を負い、甲板に横たわっている。
「うぐぅ……!」
戦える者は、もう鉄紛でメインブリッジを守るユーリだけだ。
だがこの状況で、エヴリンは逆方向に視線を奪われていた。
「……嘘……。シドウさん……まさか……」
この距離からでも目立つ、シドウの生み出した渦潮と氷。
エヴリンはすぐに、彼が『超過』の状態になったことを理解した。
(……何で……? ま、まさか……そんなに苦戦して……?)
「!」
その時、エヴリンの足をアカネが掴んだ。
「ま……だ……」
「……無駄ですよ。貴方たちでは相手になりません」
「まだ……負けてない……わよ!」
炎を出そうとしたその瞬間、エヴリンは彼女を蹴り上げた。
「かはっ!」
「……無駄だって言ってるじゃないですか」
*
ただアカネがやられている姿をメインブリッジから見ることしか出来ないグレンは、傍の机をドンッと叩いた。
「アカネ……!」
「リーダー。帝国軍の船が追って来ています。先の戦闘の影響か、速度は落ちてますが」
ロケアの声は、グレンには届いていない。
「リーダー」
船はユウキの言った通り逃げているが、甲板にいるエヴリンを排除しなければ意味がない。
状況は詰んでいる。グレンは思考が停止していた。
「リーダーッ!」
アネモネが返答を貰えず涙目になったロケアに代わって叫んで呼び掛けた、その時──
ドォンッ
「「「!?」」」
突然、ディープマダーに搭載されている大砲が発射された。
大砲は見事に帝国軍の戦艦に当たり、その速度を遅らせることに成功する。
「ペンタス!?」
ずっと寝ていた戦艦戦闘担当の眼鏡で小太りな人間の男──ペンタスが、いつの間にか起きて大砲を撃っていた。
「……リーダー。僕も戦うよ」
「戦うってお前……」
「正直戦いたくなかった。僕が『反戦軍』に来たのは、戦いたくなかったからだし。でも……仲間が死ぬかもしれないのに、何もしないではいられない」
「……!」
「船が壊れても良いのなら、大砲をあの仮面女に向ける。殺すことになるだろうけどね」
「ペンタス…………。……分かった。やってくれ」
「了解ッ!」
「え、マジ? マジでやるんですか? 外したらヤバいんじゃ。つーかペンタスさんいつの間に起きて──」
アネモネの言葉を無視し、ペンタスは大砲を発射する。
*
「え」
エヴリンは、この船の大砲が船の甲板にいる自分に向かってくることを全く想定していなかった。
おまけに一発目が帝国軍の船に向けたものだったため、発射の音が鳴っても反応が遅れ──
ドォンッ
*
「命中ッ!」
「ペンタスさん!? それ出来るなら初めから向こうの船に──」
「……生きてるッ!」
「えぇ!?」
大砲は完全に彼女に直撃した。一寸もズレは無い。
甲板のダメージもほぼないが、確かに煙の中に、エヴリンの影はまだ立っていた。
「……仕方ない。取り敢えず次弾装填までの間に、向こうの船に魚雷でも一発」
「ペンタスさん!?」
この船の大砲や魚雷は、追尾性能の無いもの。
が、しかし、ペンタスは元々軍に所属していて、実は艦載兵器の扱いに長けていた。
「命中ッ!」
「ペンタスさん!?」
もう向こうの船が、こちらに追いつくことは出来ない。
戦闘に出られるノイドももう粗方倒されているので、あちらからしたら、残りは完全にエヴリン頼りだ。
そうしてやがて甲板上の煙が晴れると、エヴリンは五体満足な状態で姿を現した。
「馬鹿な……無傷ッ!?」
「ペンタスさん……」
これでは大砲を続けて撃つことに意味は無い。無傷なら、今度は必ず避けられるからだ。
*
「ゲホッ! ゲホッ! ……驚きました。ですが、弾が固形物なのが失敗でしたね」
彼女はマグネティック・ギアの力を使い、大砲を自分の眼前で破裂させ、その破片全てをその場に落下させた。
炸裂で生まれた煙は操り切れなかったが、傷を負いそうな物体は全て自分を避けるようにしてみせたのだ。
「焔煉斬ッ!」
不意打ちを狙った、満身創痍のアカネによる全身全霊を掛けた炎の一撃。
横一線に斬撃を浴びせるような形で、勢いよく炎を放つ技だ。
が──────無意味。
「……しつこいですよ」
彼女は磁力で生み出した刃物を握り、アカネを斬りつけた──
*
「アカネェッッ!」
グレンの叫び声が響き渡る中、ユーリは鉄紛を動かそうとしていた。
もう残っている戦闘員は他には誰もいない。
(……ッ! あとはこの女だけなのに……! ここまでなの……!?)
*
何もかもが、絶望的な状況。
それでもユウキとブレイヴは、最後まで諦めることをしない。
だが、彼らにシドウの攻撃を対処する方法は何も無かった。
既にシドウは攻撃を終え、海中に沈んでいく二人を確認している。
「……笑わねェよ。テメェらの死は笑わねェ。今度こそ……あばよ」
戦いを終えたシドウは、固い表情のままエヴリンのもとへ向かおうとした。
『超過』も解除しようとした、その時──
ザバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
「………………あ?」
自分の攻撃の所為で波が荒れたのかと思ったが、そうではない。
それ以外の理由は、一つしかない。
そして──
「──────────────『覚醒』」
海中から現れたブレイヴは、蒼と白、二つの光を纏っていた──
「……おいおい」
「……まだ……だ」
「おいおいおいおい」
「そうだよな……ブレイヴ……ッ!」
「おいおいおいおいおいおい嘘だろオイッ!」
「……当然だッ!」
「シャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! 最ッ高だぜテメェらはァッ!」
シドウはすぐさま、水と氷を混ぜた途轍もなく巨大な渦を作り出す。
「シャーハッハッハッ! おいハチマキ野郎ッ! テメェ一体何者なんだァ!?」
「浅瀬の仇波乗りこなしッ! 深淵越えてく糸一本ッ! 超越一条、ユウキ・ストリンガーとは俺のことだァ!」
「シャハハハハハハッ! 俺はシドウッ! シドウ・シャー・クラスタだッ!」
「紡ぐぜお前の名ッ! だからお前も俺の名を紡げッ! 俺達の……魂と共になァ!」
ユウキは全身から、白い光を発している。今の自分の状態の呼び方は、先程教えてもらったばかり。
彼は今、バッカス・ゲルマンとイビルとの戦闘の時にも至った『覚醒』を、自らの意志で発動させることに成功させてみせた。
そしてそれによって得られる力の上昇は、ブレイヴとの『超同期』で掛け算式に増していく。
シドウの『超過』にも匹敵する力を、引き出してみせたのだ。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
「あああああああああああああああああああ!」
そして、最後の一撃が衝突する──
「ストリングブレイヴバーストォォォォォォ!」
「ハイドロシャークブレイクゥゥゥゥゥゥゥ!」
*
ユウキたちの衝突は強烈な衝撃波を巻き起こした。それによる強風は、戦艦ディープマダーの方にまで届いている。
「うぐッ……!」
エヴリンは驚き、目を見開いていた。
「……嘘でしょ……」
驚いているのはエヴリンだけではない。
遥か遠くにいる二人の激突が、ここからでも視認できてしまった。
「……ユウキ……ブレイヴ……」
ユーリは唖然としてしまっている。彼女はここまで六戦機が強力だということも、ユウキとブレイヴが組み合わさった力が強大だということも、想像していなかった。
いや、誰一人、この結果は想像できていない。
(……シドウさん? 今ぶつかり合ったのは……何? 何と何がぶつかった? 『超過』状態で放った水……? もう片方は糸? アレが……糸の塊? シドウさんは……? シドウさんが……死んだら……)
エヴリンは自らが倒したアカネの状態を確認することすら出来ず、当惑しきっていた。
思わず彼女は、思考停止でシドウに通信を繋ぐ。
「シドウさんッ! 何をしてるんですかッ!? 『超過』は災害に使う代物ですよッ!?」
戦闘用の能力ではない、神の怒りを鎮めるための、ノイドに許された最後の手段。
そう言い伝えられていたのが、『超過』というノイドにおける最終形態だった。
皇帝からの命で、六戦機は自然災害から人々を救う際にしか使ってはいけないと指示されていた。
…………先日までの話だが。
「シドウ……さん……?」
元帥の命で、最悪の場合、『超過』も戦闘で使用することが許されるようになった。
だがしかし、そもそもその状態にならなければ倒せない敵など、ほとんどこの世には存在していない。
そして、通信は繋がらない。強制的なものなので、通信を使用すればシドウが応じなくとも、必ず向こうの環境音が聞こえてくるはず。だが、それも聞こえない。
Cギアが壊れてしまったという理由以外、あり得ない。故にエヴリンは最悪の状況を想像した。
(シドウさんが……死んだ……? 六戦機の一人が……? こんな所で……? 戦争は……? シドウさんがいなければ……六戦機は五人……? 帝国の最高戦力が……? 帝国は……? 未来は……? 私達は……どうなって……)
エヴリンは混乱の果てに、選択をした。
最重要なのは何か。ここで反戦軍を全滅させることか。説得して投降させることか。
いや、違う。
まだシドウ・シャー・クラスタが死亡したとは限らない。
最重要なのは、帝国最高戦力の損失を防ぐこと──
「……ッ!」
エヴリン・レイスターがこの船から飛び立ったのを確認し、グレンは声を上げた。
「ザクロッ! 今しかないッ! 全速力を出せってんよッ!」
「オールライッ!」
その判断を聞いて、つばきは思わず振り返った。
「りりリーダー! で、でもでもユウキさんとブレイヴが!」
「……今しか……逃げるタイミングはねェってんよ」
「……ッ!」
つばきは項垂れ、そのまま目を伏せた。
「しかし……向こうはいつでもこっちを追えるのでは?」
ロケアの問いに対して答えるのは、通信を通したユーリだ。
『……六戦機を失った帝国軍は、これ以上リスクを許容できない。戦争中に、最高戦力をこれ以上失うわけにはいかない。彼らはもう……追ってはこない』
それは、エヴリン・レイスターと戦闘になった時点で想定していた、こちらの勝利パターンだ。
以降帝国軍と連合軍は、積極的にこちらに攻撃は仕掛けられない。ブレイヴを仲間にした功績は、確かに得られていた。
ただ、結果として払った代償は大きい。これも、想定してはいたことだ。
そして──
『……唯一気掛かりなのは、エヴリン・レイスター。彼女だけが、「誰が」あの六戦機と戦っていたか知ってる。そしてもし、ユウキとブレイヴがこのまま帰って来なかったら……』
*
戦艦内の広い食事室には二人のノイドがいた。反戦軍の相談役で、同時に創設メンバーであるキクは、非戦闘員であり、基本戦闘時には何も出来ない。
給仕担当で常にメイド服を着ているノイドの女性、アイに頼んで茶を淹れてもらい、食事室のモニターで状況を確認していた。
「……アイちゃん」
「はい」
「……反戦軍は……終わりかもしれんねぇ……」
「……」
ユウキとブレイヴが、敵の六戦機と共に死んだ可能性はある。
もし彼らが死んだ事実をエヴリンが確認したら、彼女はその足でまたこの船を追いに来ることだろう。
ユウキとブレイヴ以外なら、リスクを負わず、彼女だけで対応できるからだ。
そうなれば、もうどうしようもない。
運良く彼女が死体を確認し終える前に、公海を抜けるか大陸に着くかすれば、一時的には逃げられるだろう。
だがそれでも、いずれにしろこちらの最高戦力を失ってしまえば、反戦軍は存続させることが出来ないのだ。
出来ることはすべてやった。だが、それでも、失ったものが多すぎて、ユーリは震える拳の解き方を、分からなくなっていた。
彼女の左腕に巻かれた機械の腕輪は、それに付いている紐を虚しく揺らしていた。




