『北大帯洋の戦闘』④
船からかなり遠くまで離れ、ブレイヴはようやくシドウを手放した。
「シャハハッ! 何だァ!? ドライブデートはもう終わりかァ!?」
「悪ィな色男。まあでも、男と一緒じゃつまらねェだろ?」
「シャハハハハハハ! つまらなくねェよッ! 愉快だと思うぜ俺はよォ!」
「……クソッたれ……ッ!」
ユウキは既に、この男の脅威を感じ取っている。ブレイヴも同様だ。
「……ユウキ。笑い続けているが、この男に油断は無い。どうする?」
「どうするもこうするもねェさ。全力ぶつけて……負けたら終いだ。……ああ。分かりやすくて良いじゃねェかよ! なァオイッ!」
満面の笑みを向けているシドウに対し、二人は真正面から向かっていく。
「「ストリング……ブレイブレットッ!」」
「シャハッ!」
そして再び、巨大な波が現れる。
*
反戦軍の戦闘員は、粗方が帝国軍の戦艦から母船・ディープマダーに戻って来た。
帝国軍のノイドたちは相当数倒しており、このままエヴリンを相手にするよりは逃げた方が良いという判断だ。
「アカネッ!」
『もう戻るわ。……大焔陣』
アカネは帝国軍の船の周囲を炎で溢れさせ、こちらの船を追ってこれないようにしてから母船に戻る。
だがそこで──
「諦めて下さい」
「!?」
エヴリンが、戻ろうとするアカネを空中で蹴りつけ、ディープマダーの甲板に叩きつけた。
「かッ……!」
「……来たッ!」
こちらを追って来られるノイドはもうエヴリンだけ。だが、そのたった一人が問題になる。
ユーリの鉄紛は巨大なスナイパーライフルを構えてメインブリッジの前に立ち、他の者にエヴリンの相手を任せる。
一番に向かっていくのは、人型の鉄紛に乗るバラ・ローゼクト。
「戦えるのはもうお前だけだろ!? 舐めんじゃ──」
ガシャァァァァァァァァン
「か……」
「次」
一瞬で、エヴリンはバラの鉄紛を破壊した。
「よくもッ!」
「よくもバラをッ!」
「よくもバラをやってくれたなマジでッ!」
ジャンバール三兄弟が、同時にエヴリンに襲い掛かる。
「……無駄なんですよ。鉄紛は……敵にならないんです」
次の瞬間──三兄弟の猛獣型の鉄紛は、全て破壊されていた。
「「「馬鹿な……ッ!」」」
エヴリンはただ、手を掲げただけ。それだけで、鉄紛は崩壊するのだ。
「私は生物以外の『固形物』であれば何にでも、磁力を与えることが出来るんです。そして私は、私が磁力を与えた物に対して、その磁力を操ることが出来る」
『磁力』と呼称される彼女の力は、実は原理が全く違う別の力。
彼女は自分が直接その『力』を与えた物しか、引っ張ることも反発させることもできない。
機械で出来ている鉄やノイドは、彼らが生物であるために引き寄せたり反発させたりは出来ない。
そしてノイドの双子・ヒーデリ兄妹は、すぐに彼女の能力を理解する。
「つまりノイドはッ!」
「操れな~い」
翼をはためかせながら、趾でエヴリンを攻撃しようとするのがマツバ。
腕を触手のように伸ばし、その先端にある蛇の口でエヴリンを攻撃しようとするのはボタン。
「……体の一部を肉体に……。全身を肉体に変える『あの人』に比べたら、見た目も悪くないですね」
双子のギアは市場に出ていない、裏社会で取引されているもの。
強力な代物ではあるが、エヴリンの『オーバートップギア』ほどではない。
彼女はこの船の甲板に磁力を与え、それを自由自在に操ってみせる。
「「!?」」
トゲのように形を変えて向かってくる甲板に対し、二人は完全に虚を突かれてしまう。
「拡散」
更に双子が避けようとしたところ、トゲのように固まったと思った甲板はその場で破裂してみせた。それによる破片が、双子のことを襲う。
「うわああああああ!」
「きゃああああああ!」
*
メインブリッジにいるグレンは次々にやられていく仲間を見て、握りこぶしから血を流し始めていた。
「……嘘だろ……」
ユウキとブレイヴが押しているように見えたのは、ただ彼女がずっと手加減をしていたから。
それを理解していたからこそ、二人は更に自分たちの能力を低く見せ、彼女の隙を突いた一撃で戦いを決してみせようとしていた。
彼女がその気になれば、この船を沈めることも容易い。それをしないのは、ただ帝国軍の船が傍にあり、沈没によって生まれた渦に巻き込まれる可能性を考慮しているからに過ぎない。
油断を捨てた彼女に、敗北の二字は無いのだ。
*
残るはユーリの鉄紛とアカネだけ。
その状況でアカネは、炎を纏いながらエヴリンに蹴りかかった。
「ハァッ!」
「ッ! フレイム・ギア……。確か生産停止したはずじゃ……」
「闇市で買ったのよッ!」
「なるほど」
「……!?」
炎は風圧でかき消され、筋力すらも、エヴリンには敵わない。アカネは弾き返されて倒れ込んだ。
「……ですが不思議ですね。フレイム・ギアが生産停止になったのは、ノイドの体が熱に耐えられなくなるためだったはずです」
「くッ……! わ、私は……熱耐性のある体を持っている……から……」
「……『改造ノイド』? なるほど。それなら……私と少しだけ似ていますね」
「え?」
エブリンは、自らの胸の谷間を広げた。
すると、そこに埋め込まれている赤色の光を放つ石のようなものが露わになる。
「……これは『コア』です。良いですか? 私は、ノイドの限界に到達することが出来るように、このコアを体に埋め込む改造手術を受けているんです」
「……ノイドの……限界……?」
「……」
すると、コアだけではなくエヴリンの体全体から、赤い光が溢れ出し始めた。
「……これが────『覚醒』です」
*
「シャハハハハハハ!」
「笑ってんじゃねェぞクソロン毛ッ!」
無数の糸を伸ばして攻撃するブレイヴだが、シドウには当たらない。
彼はどこからともなく水流を発し、それを自由自在に操って糸を防いでいた。
水の発生には予備動作も何も無く、二人はシドウに距離を詰めることが出来ずにいる。
「……クソッ! 何なんだコイツ……滅茶苦茶じゃねェか……!」
シドウはずっと、ポケットに両手を突っ込んだまま空中に浮かんでいる。
絶えずジェット・ギアを使い、同時に自分の周囲に水流を発生させているのだ。
「……何だこのノイドは。これだけの水流を生み出すギア……莫大なエネルギーの消費に繋がるのが道理。だというのに何故、平気な顔で戦い続けられる……?」
ブレイヴの声が聞こえたのか、シドウは笑い声を更に上げた。
「シャハハハ! テメェが『伝説の鉄』かッ! 先史生まれのジジイじゃそりゃあ知らねェよなァ!」
そして、自分の服を破って胸をさらけ出す。
「「!?」」
そこに埋め込まれているのは、青い光を放つ物体。
「これが、俺のコアだ。エネルギー消費が馬鹿きついオーバートップギアも、このコアのおかげで使用できる」
「……何だと……!? そんな物……聞いたことがない……」
「当たり前だろッ! 出来たのたったの十年前くれェだぜ!? シャハハハ!」
「……」
ブレイヴは少しだけ、昔のことを思い出していた。
──「ノイドと鉄はよく似ている。そして私の創造した鉄は全て……ノイドと同化できる。これによって、ノイドに取り付けたギアにも、莫大なエネルギーを供給することが出来るのだよ」
マキナ・エクスによって生み出されたブレイヴやトルクは、元々はノイドの性能を拡張させるための道具だった。
彼にそう捉えられていることを知ったブレイヴは、そこから今に至るまでヒト種と距離を置くようになっていたのだ。
そして今、目の前には古代の鉄無しで性能を拡張させているノイドがいる。
そこに一瞬虚しさを覚えたが、目を閉じている暇はない。
「ブレイヴッ! ちょっと痛ェが我慢しろよッ!」
「……ああッ!」
真っ直ぐに、ブレイヴはシドウへと向かっていった。
「おいおい無駄だって分かんねェかァッ!?」
先程と同じく、シドウは巨大な津波を発生させて、ブレイヴを飲み込んだ。
「「おおおおおおおッ!」」
「!?」
糸ではなく、その身のままぶつかり、水を突き破ってみせる。
これは捨て身のようなやり方で、何度も使えるような手段ではない。
だが一度接近してしまえば、シドウも自分を巻き込んでしまうため、無暗に水流をぶつけることは出来ない。
このまま糸で彼を縛り、ゼロ距離で必殺技を食らわせるしか、勝機はないのだ。
「……ッ!」
糸で縛ることに成功した。津波にぶつかったブレイヴのダメージは大きいが、二人がこれから解き放とうとしている技の威力の方が、遥かに大きい。
「終わりだッ! 六戦機ッ!」
────ブレイヴの動きが、止まった。
「何……ッ!?」
ユウキは無事だ。
だが、ブレイヴが動かない。
いや、動けないのだ。
ブレイヴは右半身を──凍らされていた。
「シャハハハハハハ! 残念だったなァ!」
「どう……なって……」
「俺のオーバートップギアは……『ハイドロ・ギア』。俺は、周囲の水分を自在に操作することが出来る。形状変化だけじゃねェ。……状態変化もだ」
「クソ……ッ」
「シャーハッハッハッハッハ! シャーハッハッハッハッハ!」
凍ったことでバランスを崩し、ブレイヴはそのまま海に落ちていく。
ユウキが操ろうとしても、動かすことは叶わない。
「……残念だったな」
そこでようやく、シドウは笑みを解いた。




