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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
四章【孤島の勇】
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『北大帯洋の戦闘』③

 甲板の下、艦内格納庫。そこにいるカインはまだ、自分が戦力になるとは思っていない。

 それ故ここで、トルクとの対話に臨んでいた。


「は、始まったよ……」

「……だから何だ?」

「こ、怖くないの? 俺は怖い」

「……フン。奴らもお前のような子どもまで殺しはしないだろう。……無駄な労力になる」

「……違う」

「何?」


 カインは体のどこも震えさせてはいない。彼が抱いている恐怖は、もうずっと前から常に抱いている恐怖なのだ。


「……俺が怖いのは、失うことだよ。ようやく出来た家族なんだ。ようやく安心できる家なんだ。俺は折角手に入れたものを失うのが……何よりも怖いんだ」

「……馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しくてもッ! 俺には他に何もないんだよッ!」

「……!」


 必死な目をしていた。トルク自身は理解していなかったが、カインはトルクとよく似ていた。


「……兄貴は俺に、必死に強がって良い所を見せて、庇ってくれた。でも本当はそんなに強い人じゃないんだ。涙だって流すんだ。大事な人を亡くしたショックを……ずっと引きずってるんだ……」


 カインは見ていた。ユウキがユーリの前で泣き崩れる姿を。

 その場の一時の感情で彼を『兄貴』と呼んだカインは、それ以降本気で彼のことを『兄』だと思っていた。

 いや、思いたかったのだ。


「……兄貴に死んでほしくない。みんなもそうだ。だって俺は……生まれた時から一人だったから……」

「…………」


 血の繋がりのない『兄』を持つのは、トルクも同じだった。

 その存在を失いたくないと思っているところまで、二人は同じだったのだ。


     *


 エヴリンは帝国軍の戦艦の方まで引き下がっていた。相手を誘き寄せる意味など無いが、ただどうしようもなく、兵に尋ねたかったのだ。


「どうして先に攻撃したんですか!?」


 甲板に着地してすぐ怒鳴る彼女を見て、兵たちは驚いている。


「え、で、ですが……いずれにしろ、投降を受け入れるようには見えませんでしたが……」

「……ッ」


 エヴリンは自分で怒鳴っておきながら、その事実に困惑していた。


(……何を言ってるの私は……! 私だってあのまま攻撃する気だったくせに……!)


「……すみません。ですが、私一人で十分と言ったはずです。私一人で……」

「エヴリンさん。確かに貴方は帝国最高戦力の六戦機ろくせんきです。ですが、我々も戦うためにここに来た。そして見てくださいあのクロガネを。アレがもし『伝説のクロガネ』ならば……エヴリンさんは、アレ一体を相手にするので手一杯になられるはずです」

「……舐めないでください」


 エヴリンは、船の甲板に積まれていた鉄鋼材に手を向けた。すると、それらが形を変えてエヴリンの手元に集まっていく。

 これは彼女のマグネティック・ギアの能力。磁力を操り、細長い刃物の武器を作り出してみせるのだ。

 そしてユウキとブレイヴは、空中から手の平をエヴリンに向ける。

 サザンから彼の能力を聞いているエヴリンは、その時点でユウキの背後を取りに行った。


「! 速ェッ!」

「後ろだユウキ!」


 エヴリンのジェット・ギアの出力は、通常のノイドとはまるで違う。だがユウキとブレイヴも、簡単にやられるほど遅くはない。

 エヴリンが長物で攻撃すると分かっていれば、回避はさほど難しくない。


「!?」

「「ストリング……」」


 今度は躱した二人が攻撃する番。だがしかし、エヴリンの速さを捉えるのは困難だ。


「「ブレイブレットッ!」」


 巨大な糸弾を放出するが、エヴリンには当たらない。

 互いの攻撃が当たらなければ、戦いは複雑になっていく。


 そうしてそちらの戦闘が本格的になれば、あとの面々は帝国軍の戦艦に着地して、そこでの戦闘に移り始める。


「連合の鉄紛クロガネマガイ……ッ! ドラゴンの姿をしているんじゃないのか!?」

「コイツらは特別製でねッ! グレイトハンマーをお見舞いするぜッ!」


 バラ・ローゼクトが乗る鉄紛クロガネマガイは、ハンマーを持つ顔のない人型。

 足裏のジェット噴射で空を飛んでこちらの甲板に着地すると、船橋を狙ってハンマーを振り上げた。


「させるかッ!」


 ノイドたち数人はギアで応戦しようとする。だが──



 ボォォォォォォォォ



「何だァァ!?」


 突然の『炎』で目の前が塞がれ、バラのもとへ向かえない。


「フレイム・ギア」


 これは、アカネ・リントの持つギアの能力だ。彼女はその体から炎を発することが出来る。


「イーグル・ギア!」

「コブラ・ギア~」


 マツバ・ヒーデリとボタン・ヒーデリも、それぞれが持つギアを使用する。

 体の一部を動物の姿に変え、その野生の力でもって戦うのだ。

 背から翼を生やし、手足を鳥のように変化させるのがマツバ。

 腕を蛇の体のように変え、その先端は蛇の口そのものに変化させるのがボタンだ。


 三人が甲板にいたノイドたちと戦い始めると、中から新たな兵たちが大勢現れる。

 船の上で戦うことを良しとしない彼らは、当然だが反戦軍の船の方へ向かおうとした。

 もちろんそのうちの何人かは、バラとも応戦しようとする。


「おいおい結構いるんじゃねェかッ!」


 腕を機関銃に変えたノイドの一体が、バラの鉄紛クロガネマガイを襲おうとした。


「食らえぇぇッ!」

「食らうかよッ!」


 バラのハンマーは機関銃による弾丸の雨を防ぎ、そのままそのノイドも殴り落とす。


「ぐおォォォッ!?」 

「……まだまだいるじゃねェか。クソ……!」


 今のような攻撃を食らい続ければ、このハンマーもいずれ壊れるかもしれない。

 バラは決着が早くなることを望んでいた。


『猛獣三兄弟ッ! 船に来そうだけどッ!?』


 ユーリの通信を受け、ジャンバール三兄弟は空中でノイドたちの相手をする。


「問題はァ!」

「何一つッ!」

「マジでないッ!」


 三兄弟の乗る鉄紛クロガネマガイは、動物のような姿をしていた。

 ライオンのような鬣を持つ長男、コウバイ・ジャンバールの機体はライオンのような姿。

 トラのような髭を持つ次男、ヤマハギ・ジャンバールの機体はトラのような姿。

 クマのような耳を持つ三男、セキチク・ジャンバールの機体はクマのような姿。

 翼は無いが、これらも足裏のジェット噴射で空中に浮かぶことが出来る特別仕様。


「何だこの化け物どもはァ!?」


 陸で暴れる猛獣が空中で暴れるとなれば、ノイドたちはその体の動きを予測しきれない。

 次から次へとノイドたちを殴って、蹴って、噛みつき、切り裂き、退かせる。

 彼ら三人が、敵を船に近付けないようにしていた。


     *


 船を守る役目はユーリが務めている。

 彼女は鉄紛クロガネマガイで巨大なスナイパーライフルを構え、三兄弟が取りこぼしたノイドのジェット・ギアを狙っていた。

 が、思っていたよりも三人が優秀なので、ほとんどただ構えるだけで済んでいた。


「……凄い。みんな想定していたよりもずっと押してる……」


(……ゼロが狙ったのは私だけじゃない。みんなのことを、本気で脅威に捉え始めたんだ……)


 反戦軍の戦闘員たちは、ノイドの軍人を確かに圧倒していた。

 だがこれが続くのは、エヴリンをユウキとブレイヴが抑えている間のみ。

 そのことを、ユーリだけでなく皆が理解していた。


     *


 エヴリンはブレイヴの攻撃を避けながら、相手の力量を計っている。


(糸はユウキ・ストリンガーのオリジナルギア……。このクロガネの……ブレイヴの固有能力は何……?)


 そして、彼女がそんな様子見の態度を取っていることに、ユウキとブレイヴは気付いていた。


「ブレイヴ。この姉ちゃん、俺達のこと舐めてかかってるぜ」

「……ああ。叩くなら今だ」


 エヴリンが手加減を止めないよう、こちらも本気を出さないまま隙を窺う。

 彼女が少しでも糸に引っ掛かり、必殺技を当てるだけの『間』が生まれればそれで良い。

 まだ力を隠しているのは明らかなので、それを出させる前に倒す。二人はそう考えていた。


(糸が四方八方から……ッ!)


 エヴリンは彼らの攻撃を軽々と避けるが、これは二人の想定内。


「オラァッ!」


 常に一定の距離を保つエヴリンには、殴打も届かない。彼女は先程こしらえた長物による、近接での戦闘を行おうとはしていなかった。


(……この距離。糸の攻撃はいくらでも避けられる。ある程度近付けば、直接殴って攻撃しようとしてくる。そしてその拳は……糸よりも遥かに遅いッ!)


 それを理解したところで、彼女はようやく近接での攻撃を仕掛ける。向かって伸びてくる糸を次々に避け、相手の拳を誘ってみせた。


「ラァッ!」


(この距離で糸は出してこない……ッ!)


 彼女が警戒していたのは、近距離で糸の攻撃を浴びること。一定の距離があれば避けるのに難は無いが、近すぎればその限りではない。

 拳は遅く、直接攻撃で破壊するのも容易。エヴリンはまず、彼の腕を破壊しようと目論んでいた。

 だが、誘われているのが自分だとは気付いていない──



「!?」



 ブレイヴの放った拳と腕。そこから無数の糸が勢い良く放出される。


「あッ……!」


(しまった……誘われた……ッ!)


 いくらかはその長物で払いきるが、それでも何本かの糸が彼女の四肢に絡まる。

 そして、続いてくるのは──必殺技。


「「ストリング……」」




 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ




「「「!?」」」


 三人は、その瞬間敵から完全に目を逸らした。

 いや、彼らだけではない。恐らくこの海上にいる者は皆、『それ』に目を奪われている。


「……《《津波》》……!?」


 ユウキの目には、確かにそう映っていた。

 だが違う。明らかにそれは『津波』のようだが、それは違う。


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ


 三人は無情にもその『津波』のようなものに飲み込まれる。

 だが、これは本来おかしなことだ。何故なら三人は、空中で戦っていた。空中で津波に襲われるなどというのは、あり得ない。

 ただ、飲み込まれるのは空中の三人だけでなく、海上の二隻の船の一部もだった。


「きゃああああああ!」

「うわああああああああああああああ!」


 幸いなことに直撃は避けたが、二隻の船は津波の所為で一部が破損し、船体は大きく揺れる。

 船の上で戦っていた反戦軍と帝国軍も、おかげで一瞬戦いを中断させられた。

 そして空中で戦っていた面々が何とかその津波の衝撃を耐えきると、ここにいる全ての人物が、『彼』に視線を向けることになる。





「シャハハハハハハハハハハハッ! 効いたか俺の『水』はよォッ!」





「「「「「!?」」」」」


 全員が、そのノイドの男の乱入に驚愕している。

 通常ならば、体力が持たないためジェット・ギアでここまでは来られない。

 いや仮に体力があっても、広大な海の中でここに辿り着くのは至難の業。

 だが現実に──シドウ・シャー・クラスタは、ここにいた。



「ブェフッ! ゲフッ! こ、この……何するんですかシドウさんッ!」


 水を吐きながら、エヴリンは彼の方に体を向けた。唐突に現れた、空色の長髪に鋭い八重歯の目立つ、細身で長身のノイドのその男に。


「よォエヴリン! 水も滴る良い女ってなァッ! シャハハハハハハハ!」

「何でここにいるんですか貴方は……」

「シャハハハハハハハ! 手伝いに来てやったんだよッ! 同じ『六戦機』同士……協力しようぜェ!?」

「……貴方は……」


     *


 グレンは完全に絶句していた。

 そして船の中にいる反戦軍のメンバーは、皆が息を飲んでいる。


「ふふ、二人目の……六戦機……!?」

「嘘でしょ……この状況で……?」

「……どうします? リーダー……ッ!」

「……ッ」


 六戦機が二人。帝国軍の情報を掴んでいる反戦軍のメンバーは、クリシュナ戦線での彼らの活躍もよく知っている。

 たった今、勝機は完全に失われた。


     *


 刹那。


 ユウキとブレイヴは、誰よりも早く判断を下した。

 隙は確かにここにあった。だが、必殺技を直撃させられる隙ではない。波に飲まれた直後で、それを溜める時間はなかった。


「ぐおッ!?」


 シドウに向かって、《《飛びつくだけ》》の隙だ。


「シドウさんッ!」


 ブレイヴはシドウの体を握り、そのまま高速でこの場から離れようとする。


『ユウキッ! ブレイヴッ!』


 ユーリは彼らの判断をいち早く察し、その名を呼び掛ける。


「コイツは俺らが相手するッ! お前らは…………どうにか逃げろッ!」

『……ッ!』


 もう全員が理解できていた。

 先程の一瞬が、エヴリンを倒す最大の好機だった。

 それが台無しにされ、六戦機がもう一人参戦。

 これが意味するのは、絶望的な現実。

 ユウキとブレイヴは、容赦のない攻撃を仕掛けてきたシドウの方が危険と判断し、その相手をする。

 しかし、必ず勝てる保証はない。

 そして彼ら以外に、エヴリンを相手取れる者はいない。

 手加減していた所為で倒されかけた彼女が、ここから本気を出そうとすれば、『戦う』という選択肢はもう残されていない──


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