『北大帯洋の戦闘』②
◇ 界機暦三〇三一年 七月七日 ◇
◇ 午後四時七分 ◇
■ 戦艦ディープマダー ■
目を覚ましたユウキは、自分がブレイヴのコックピットの中にいることに気付く。
「ここは……」
「我の中だ。我と同化すれば、我のエネルギーも合わさり、己の回復も早くなる」
「……そうか。あんがとよ」
背筋を伸ばし、状況を確認するためにコックピットを開ける。
甲板の上には既に他の戦闘員が集まっていた。鉄紛が五体。戦えるノイドが三人。
甲板のすぐ下には格納庫があって、甲板は開閉することができ、そこから鉄紛を出したのだ。
一方トルクは、格納庫の中に入ってから動かない。戦うとすれば、今甲板の上にいるメンバーのみだ。
鉄紛は一体が通常の量産型で、その中にはユーリがいる。
だが他の四体は、ドラゴンのような鉄とは似ても似つかない姿をしていた。
一体は首から上のないハンマーを持った人型の機体で、モヒカン頭の人間の男──バラ・ローゼクトが乗っている。
そして残る三体はそれぞれライオン、トラ、クマのような姿をしていて、同じ猛獣のような外見をした人間の、コウバイ、セキチク、ヤマハギらジャンバール三兄弟が乗っていた。
戦えるノイドは鋭い目付きに眼鏡を掛けたマツバ・ヒーデリとフワフワな髪に垂れ目のボタン・ヒーデリの双子兄妹と、特攻隊長のアカネ。
三人とも、それぞれ独自の戦闘用ギアを持っていた。
「さァて……」
『ユウキッ! 起きた!?』
「……ああ。起きたぜ相棒」
『私も鉄紛に乗ったから』
「!? あ、操れるのか?」
『船や飛行機よりは操縦しやすい』
「そ、そう……なのか?」
『グレンから指示がある。ちゃんと聞いてね』
「……応ッ!」
*
メインブリッジの司令室にいるグレンは、下の操舵室にいる面々と、窓から見える船の正面を見つめていた。
反戦軍は、組織としてこれまで他の武装勢力と明確な衝突は一度もなかった。
ユウキはハヌマニアの一件に加え、エピロギやサザン、バッカスなどと戦闘しているが、その記録は残っていない。
これから起こる戦闘は、必ず記録に残る戦闘だ。
反戦軍が、戦いを終わらせようとすると一方で戦いに参与する組織だということが、ここから明確になる。
その現実に、グレンは身震いを止められなかった。
「ペンタスさん起きてー」
「……」
大砲の発射は、戦艦戦闘担当で眼鏡に小太りな人間の男──ペンタス・ヘラライが担当しているのだが、彼はいつもの通り寝ているだけだった。
代わりを務めるのは、同じ戦艦戦闘担当でお団子頭の女ノイド──アネモネ・ルーア。
もっとも、彼女はこれまで一度も戦艦の大砲などを使った経験が無いので、することはほぼない。
「放っておきやしょう。アネモネさん」
「いやいや駄目ですよロケアさん! 起こさないと!」
「……はい」
「泣かないでください!」
眼帯に渋い顔の男ノイド──ロケア・ベントは、情報通信担当として戦闘員たちとの通信を管理している。
そして同じ情報通信担当でオドオドした眼鏡の人間の女子──つばきは、レーダーの反応を確認した。
「り、リーダー。九時の方向に……帝国軍巡洋戦艦を……か、確認」
「……そうか」
グレンはフゥと息を吐き、甲板の面々に通信を繋ぐ。
「全員ッ! 聞こえてるなッ!」
『『『『『!?』』』』』
「……こちらから先には攻撃するな。先手は許さない。そこだけは……一線だってんよ」
『……』
ユウキは複雑だった。猪突猛進な彼の性格の問題ではなく、ここで先手を相手に取らせるのは無謀だ。
だが、グレンの言葉を聞いて反抗する者はいない。反戦軍というのはそもそも、グレンの理想を叶えるために成り立っている組織なのだ。
*
帝国軍巡洋戦艦は、もうディープマダーのすぐ傍にいる。
こちらでも反戦軍の母船は確認されていて、兵たちは早くも臨戦態勢を取っていた。
「反戦軍の母船を確認! 距離六百メートル! 魚雷装填準備完了済み! 発射許可は出ております!」
「必要ありません」
エヴリンはそれだけ言って、甲板に出た。
「エヴリンさん……!?」
「私が出ます。それで……十分です」
彼女はたった一人で制圧する気でいる。その力を持っていると理解している。
だがそれだけではない。彼女は、自分たちの方が先手を取るべきではないと捉えていた。
そして理解していない。そう思っているのは、自分だけだと。
*
そしてエヴリンが飛び立つと、つばきはすぐにその反応を確認する。
「の、ののノイドが向かってきています!」
「数は!?」
「ひ、一人……です」
「!?」
グレンは一瞬でそのノイドの正体を推測してみせる。
いや、それでも遅い。彼女は既に、反戦軍の船に辿り着いている。
「…………」
戦闘には一件そぐわないドレス姿の彼女は、甲板の上に着地する。
しかしユウキたちは手を出さない。同じく、エヴリンもまだ攻撃はしない。
「……リーダーはどこですか? 反戦軍の代表者は……」
それに応じるのはユウキ。彼はブレイヴのコックピットから顔を出した。
「待てよおい。勝手に人んちに上がり込んで、名乗りも無しか?」
「ッ! ユウキ・ストリンガー……ですね? 軍隊長と名乗っていましたが、貴方がリーダーではないのですか?」
「ああ。俺はそういうタイプじゃねェ」
ユウキがこうして会話を始めたのは、完全に想定外。ユーリはクロガネマガイの中で頭を抱え、『言うなよ……』と呟いている。
ただ、おかげで彼女は素直に認めたユウキに応える。
「……私は、皇帝直属特殊作戦遂行機動部隊『六』……通称『六戦機』の、エヴリン・レイスターです」
*
「……六戦機……!」
二人の会話はメインブリッジのグレンたちの耳にも届いている。
恐れていた最悪の状況が、今起こっているのだ。
*
「……へェ! お前が帝国最高戦力の六戦機……か」
正直露出の多い格好に驚いているが、ユウキは油断していない。目の前の女は、一個師団に匹敵する戦力なのだ。
そしてユーリは、歯をギリギリと噛み締めていた。
(……最悪だ。最悪の状況だ。向かってきているあの船よりも、この女一人の方が遥かに脅威……!)
「……流石に情報に聡いですね。帝国の通信を盗み続けているだけあります」
「おいおい。クリシュナの一件で世界中に知れ渡っただろ? 六戦機の存在はよォ!」
サンライズシティのことを思い出してしまったエヴリンは眉をひそめ、体をユウキとブレイヴの方に向ける。
「……リーダーを出してください。そして投降を。貴方たちの罪の証拠は、この船の中にある。そこにいる鉄紛たちも……連合軍から奪った物でしょう?」
「まァな!」
ユーリは再び頭を抱え、『だから言うなよ……』と呟いている。
ただこれに関しては、エヴリンもこの会話を記録に残しているわけではないので、別に証拠になるわけではない。
「……エルドラド列島で、民衆が攻撃されました。『反戦軍』を名乗る連中によって……!」
「……馬鹿か? ンな真似しといて何で名乗るんだよ。そこまで俺らは馬鹿じゃねェぞ?」
恐らく反戦軍の全員が、『お前が言うな』と心の中で呟いている。
実際のところユウキという男に限っては、どんな時でも名乗りを上げることだろう。
「……いずれにしろ、貴方たちは違法な組織です。素直に投降すれば、命までは奪いません」「……ハッ! 帝国最高戦力がわざわざお越しになられてッ! 『命までは奪いません』だァ!? 冗談も休み休み言えよスケベ服ッ!」
「な……ッ!? す、スケ……」
「返答はノー、だ。帰れよエブリン・レイスター」
「……ッ! そんな選択はありません! 投降するか、抵抗するかッ! 後者ならこちらも手段を選ばないと言っているんです!」
「俺達は……!」
*
……その時、メインブリッジのつばきは、レーダーを見て思考を渋滞させていた。
それは、初めて見る物に対する反応。動揺で、言葉を出すのが数秒遅れる。
「り、りりり、りりりリーダーッ!」
「どうしたってんよ?」
「ずぁ……だ、どど、じめ、ううぅ……」
「何だって?」
「海中からッ!? 来ますッ!」
同じ画面を見たロケアが、彼女に続く。
「魚雷だッ!」
「「「!?」」」
「……ッ! ザクロッ!」
「……シット!」
船を動かし、避けようとしても無意味。
標的を追尾するその兵器は、狙いこそ多少ズレても、確かに戦艦を襲い掛かる。
*
──────────爆音。
その魚雷の衝撃によって船体が大きく揺れ、波が激しくなる。
「うおォッ!?」
「!?」
ブレイヴやエヴリンを始め、立っていた者は皆、大きな揺れの所為で膝をつく。
メインブリッジにいなくとも、何が起きたかは明白だった。
「……ッ!? ば、馬鹿な……どうして……」
*
魚雷の発射にエヴリンは驚愕しているが、帝国軍としては当然の行動だと捉えている。
ディープマダーを追いかける帝国軍の戦艦に乗る兵たちは、彼女が強い口調で制止しなかったため当初の予定をただ純粋に実行したのだ。
「エヴリン・レイスター氏は自ら囮になられた。この程度であの方が傷つくはずもなし」
「し、しかしよろしいのですか? 向こうの戦艦を沈めれば、我が艦も巻き込まれる可能性がありますが……」
「これは威嚇だ。六戦機が一人いれば……敗北は無い。そのことを理解させるため……そして同時に、連中に自らの立場を分からせるためのものだ」
「は、はい」
純粋なのは、予定を実行させられる下っ端兵だけ。
その意義は理解していても、これが先制攻撃になったと分かっている少し上の立場の兵は、僅かだが目を細めてこの先の展望を憂いでいた。
(……これで良いのですか? 元帥閣下……)
*
ユウキはコックピットを閉めた。攻撃は、相手方から仕掛けられたのだ。
「……ッ! コイツァ脅迫じゃねェ……戦闘開始の合図だろッ!? いくぜ六戦機ッ!」
「くッ……!」
ユウキはブレイブと同化し、一気に攻撃を始める。
ブレイヴの掌底がエヴリンに襲い掛かるが、彼女はジェット・ギアによって一瞬で空中に移動する。
「待ちやがれ!」
逃げようとしているなどとは思わない。彼女を好きにさせればどうなるか、ユウキは本能で感じ取っている。
*
そしてメインブリッジでは、先程の魚雷による被害を調べていた。
『リーダー! 船底に穴が!』
『浸水しています!』
メインブリッジ以外にいるメンバーから連絡が入る。
グレンはすぐに対応できる人物に連絡を取った。機関部をまとめるノイドの男、ツツジ・タータズムだ。
「ツツジさんッ!」
『……問題無い。俺らに任せてそっちに集中しろ。グレン坊……ふんどし締め直せよ』
「……ああ」
すると、甲板の鉄紛に乗っているユーリからも通信が入る。
『グレン……始まったよ。指示は?』
「ああ。……ああッ!」
一瞬強く目を瞑り、気合いを入れ直す。
「ユウキッ!」
『応ッ!』
「六戦機はお前とブレイヴに任せるってんよ! それ以外のことは考えなくていい!」
『分かりやすくて最高だぜッ! リーダーッ!』
「他の戦闘員ッ! ユーリは船に残って、あとは全員向こうの船に移ってこっちに攻撃できないようにしろッ! ユウキたちが六戦機を倒せば逃げ切れるッ! その戦いを邪魔させるなッ!」
『『『『『了解ッ!』』』』』
当初、相手はこちらの戦力を知らないので、先に攻撃を仕掛けてくる可能性は低いと考えていた。
強大な戦力を連れて来ていなければ、向こうはこちらの武力を知った時点で、引き返す可能性すらある。
そして最悪攻撃を仕掛けるにしても、交渉が破綻した時に限られるとも捉えていた。
だがそれは、甘い考えだった。
相手からすれば既に反戦軍はテロリストであり、有無を言わせずに攻撃する大義名分は整っている。
ユーリは初めからこうなると考えていたが、グレンは今ここで改めて思い知る。
『反戦軍』は、社会の悪とみなされているのだ。




