『北大帯洋の戦闘』
■ 北大帯洋 帝国軍巡洋戦艦 ■
『……というわけだ。で、何故お前が通信に出る? エヴリン』
ジェット・ギアを破壊されたサザンは島の中で動けず、母船に連絡を取っていた。
ただ、エヴリンは彼の報告を受けて、心底当惑させられている。
「……私がこの船の戦闘指揮権を貰いました。一番上の立場である貴方が、単独行動を始めたからですよ」
『……何だと? 今何と言った? エヴリン』
「私の方が聞き返したいです。サザンさん……貴方は今、何と言いましたか?」
『…………エルドラド列島の件は、事実無根の捏造だ。撤退しろと言ったんだ』
「……百歩譲ってですよ? 仮に民衆に攻撃した事実が無かったとして、それでどうして撤退するって言うんですか。今、私たちのニ十キロメートル先に、反戦軍の母船がいるんですよ? そしてサザンさん。私たちは……レーダーに映らない彼らを追える。その『手段』を頂いたじゃないですか」
帝国軍と連合軍が反戦軍を狙うようになったのには、二つの理由がある。
一つは、大義名分を得たことによる心理的な理由。
そしてもう一つは、ステルスを無視して船を見つけられる『手段』を得たという、物理的な理由だ。
そしてその『手段』の出所を、あろうことかエヴリンやサザンは知らなかった。加えてそれによる情報が、連合に漏れているという事実も。
『……私の指示を聞けないというのか?』
「私はサザンさんの部下ではありません」
『元帥の部下か?』
「…………」
エヴリンは公私を混同させない性格。つらくとも、ここはサザンの身勝手な方針を受け入れることは出来ない。
『……島に寄り、私を拾っていけ』
「時間を無駄にすることは出来ません」
『エヴリン……ッ!』
「公海を抜ければ、無数の船がオールレンジの経済水域に漂っています……! 今ッ! このタイミングしかッ! 反戦軍の船を捉えることは出来ないんですよ!? 『サテライト・ギア』では、どれが反戦軍の船か判別できません! ここから半径百キロメートル程度の範囲なら……航海している船は二隻しかありません! この船とッ! 彼らの船です!」
エヴリンは声を荒らげているが、そこに苛立ちの感情は微塵もない。
あるのはただ、違法な者達を取り締まろうとする正義感と、そこから来る責任感のようなもの。
『……戦闘をする気か?』
「サザンさんの見聞きに信憑性はありません。常識的に考えて下さい。既に世界中のニュースが、彼らをテロリストとして扱っているんですよ……?」
『だが真実は──』
「もしこれが真実でなかったら、この世界はもう……救いようがないじゃないですか……」
『……ッ』
実際、直接反戦軍の軍隊長を見ているサザンやアウラたちなら、ニュースを捏造だと疑うのは自然。
加えて、彼らの活動を実際に見て、その被害を被っている軍の人間やノイドならば、軍ではなく民衆への攻撃に及んだなどという事実には、多少の疑いを持つことだろう。
だが民衆は違う。民衆だけは、反戦軍の者達のことなど何も知らないのだ。
中にはハヌマニアの民衆のように直接救われた者もいるだろうが、そんなのは世界からすれば、少数派にも満たない雀の涙。
サザンはまだ理解していなかった。『黒幕』は、世界中の世論をも操るほどの力を持っているということを。
「……全て終わったら、迎えに行きます」
『……その必要はない。別に救援信号を送ることにした』
「…………分かりました」
やはり公私混同をしないエヴリンだったが、それでも彼女は、いつもサザンのことを想って行動している。
今回も彼を想ってこの任務に同行した。私事を混同させる前に、初めからそれごと公事にしていた。
ただ、ここから先は彼がいない。そしていつもの任務と違うのは、胸に大きな穴が開いてしまったということ。
反発し合う力が生まれた二人の間には、一度も引き合う力が働いたことはない。
*
■ 戦艦ディープマダー ■
ユウキは眠りにつき、夢を見ていた。
夢の内容は、彼にとって大事な過去の回想だった。
それは、グレン・ブレイクローという男に出会った日の思い出。
*
◇ 界機暦三〇三〇年 五月十六日 ◇
■ リーベル自治区 郊外 ■
その時のユウキは、沈んでいた。
ハルカ・レイを失い、故郷を失い、何もかもがどうでもよくなり始めていた。
「濡れてるぜってんよ」
その声のおかげで、雨が降っていることに気付いた。
地べたに座って雨を浴びるユウキに傘を差してくれたのは、青い髪の……人間。
「……」
「……あの町の住人か? 生き残り……だよな?」
「……」
「俺の名はグレン。グレン・ブレイクロー。お前の名は? なァ、ノイドの兄ちゃん」
絶望に塗れた目で、ユウキは彼のことを見た。
どうやら傍にもう一人赤い髪の女性がいたようで、その人物は自分と同じノイドだった。
「ああ。こっちはアカネ。アカネ・リントだ」
「……」
「……取り敢えずほら、屋根のある所に行こうぜ。……寒いだろ?」
しかし、ユウキはその場から動こうとしなかった。
放っておけなかったグレンは、そのまま彼の隣に残り。傘を差し続ける。
雨が止むまでずっと、ずっと、グレンは離れようとしなかった。無論、一緒にいたアカネもだ。
*
◇ 界機暦三〇三〇年 五月十八日 ◇
■ オールレンジ民主国 アガルタ州 ■
ユウキは二日間、グレンがどういう人物なのか全く知らずに、彼に無理やり連れられて、行動を共にさせられていた。
そうしていると、何故か秘密の手段を使っての国境越えまでしてしまっていた。
「……」
「来いってんよ。紹介してやる」
「……誰に?」
「整備士だってんよ。ギアのな。で、ノイドや鉄の体も診られる」
「……整備士……」
ユウキは、少し違うが製造技師のハルカのことを頭に浮かべていた。
いや、このところずっと、ユウキはハルカのことしか頭にない。
亡くなったハルカの姿が、頭の中から離れない。
「……何をしたんだ? お前の体……あちこちボロボロだってんよ」
「……」
*
そうして連れて行かれたのは、明らかに非合法な地下の社会。
このオールレンジ民主国では、人間だけでなくノイドも住んでいる。
そしてこの地下では、表社会で起きている戦争を意に介していないかのように、人間とノイドが仲良く違法行為を働いていた。
グレンが紹介したのは、いわゆる闇整備士。名前はツツジ・タータズムと言った。
髪と髭の長い、中年のノイドの男だ。
「……嘘だろ」
「どした? ツツジさん」
「……グレン坊。どこで見つけてきたんだこのハチマキ坊主」
「? どうしたんですか?」
グレンとアカネは、ユウキのはだけた姿を見てもなお、気付いていない。
ユウキの胸にある『それ』が何か、分かっていないのだ。
「……オリジナルギアだ。坊主、お前どこでこんなもん……」
「……」
ユウキは何も語らない。まだ、目の前の男やグレンたちのことを信用していないからだ。
「……まあいいさ。で? グレン坊、俺にどうしろって?」
「? いやだから、ボロボロだから治してやれないかなって」
「……ボロボロなのは服だけだぜ。怪我は……もう治っちまってる」
「「!?」」
ノイドが人間よりも回復力が高いとはいえ、彼の回復速度は確かに異常。
だがそれにも増して異常なのは、ユウキが自分で自分の傷口を縫合していたこと。
グレンとアカネはここでようやく、自分たちの出会った男が、ただものではないことに気が付いた。
*
ストリング・ギアのことをグレンたちが知った、その日の夜。一人で月を眺めるユウキのもとに、グレンはアカネと共に近付いていった。
その気配を感じただけで、ユウキはもう不快な表情を作り出している。
「……何だよ」
「いや、はは……これからどうする? いくとこないなら俺らと──」
「断る」
「……まだ何も言ってねェってんよ」
グレンは頭を掻いて溜息を吐いた。
「戦争を止めたいと思わない?」
グレンに代わり、アカネが続きを言ってのける。
「……何?」
「おいアカネ」
制止しようとしたグレンを更に手で制し、アカネは真顔で続けた。
「私達はね、今……仲間を集めてるの。……貴方なんでしょ? リーベルを襲っていた鉄紛の一部を破壊して回っていた、民間のノイドっていうのは」
「……」
ユウキがボロボロになっていたのは、とにかく感情を抑えきれず、暴れ回っていたためだ。
ただひたすらに、怒りと後悔をどこかに殴り捨てたかったからだ。
「……私たちの故郷も、戦争に巻き込まれてなくなった」
「!?」
「家族もみんな死んだわ。生き残りは私と……グレンだけ」
アカネは悔しさを露わにしながら、拳を握り締めた。
思い出してしまったことで言葉が続かなくなると、代わりに彼女の肩に手を置き、グレンがユウキの前に立つ。
「……その時、俺は決めたんだってんよ。下らねェ戦争なんつーのを……この世界からなくすってな」
「……グレン……」
「お。ようやく名前呼んでくれたな。じゃ、そろそろお前の名前も教えてくれってんよ」
「……ユウキ。……ユウキ……ストリンガー……」
「良い名前だってんよォ! それにそのハチマキも似合ってる!」
「……ハルカに貰ったんだ。一度だって外したことはねェ。けど、ただの白い布切れ一枚……。ガキの頃に、そこら辺で拾った物を渡してくれたってだけ……。アイツは自分が俺にあげた物だってこと、最期まで忘れてたみたいけどな……」
「……そうか」
少しずつ、だが確かに、ユウキはグレンたちに心を開き始めていた。
そして彼は、数ヶ月前にグレンが創設したばかりの『反戦軍』に入ることになる。
初めは死に場所を欲していただけだが、今の目的は違う。
戦争を止めるため。同じ理想を語る男たちに力を貸すため。そして、あの日傘を差してくれた恩を、返すためだ。




