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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
四章【孤島の勇】
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『北大帯洋の戦闘』

■ 北大帯洋きただいたいよう 帝国軍巡洋戦艦 ■


『……というわけだ。で、何故お前が通信に出る? エヴリン』


 ジェット・ギアを破壊されたサザンは島の中で動けず、母船に連絡を取っていた。

 ただ、エヴリンは彼の報告を受けて、心底当惑させられている。


「……私がこの船の戦闘指揮権を貰いました。一番上の立場である貴方が、単独行動を始めたからですよ」

『……何だと? 今何と言った? エヴリン』

「私の方が聞き返したいです。サザンさん……貴方は今、何と言いましたか?」

『…………エルドラド列島の件は、事実無根の捏造だ。撤退しろと言ったんだ』

「……百歩譲ってですよ? 仮に民衆に攻撃した事実が無かったとして、それでどうして撤退するって言うんですか。今、私たちのニ十キロメートル先に、反戦軍の母船がいるんですよ? そしてサザンさん。私たちは……レーダーに映らない彼らを追える。その『手段』を頂いたじゃないですか」


 帝国軍と連合軍が反戦軍を狙うようになったのには、二つの理由がある。

 一つは、大義名分を得たことによる心理的な理由。

 そしてもう一つは、ステルスを無視して船を見つけられる『手段』を得たという、物理的な理由だ。

 そしてその『手段』の出所を、あろうことかエヴリンやサザンは知らなかった。加えてそれによる情報が、連合に漏れているという事実も。


『……私の指示を聞けないというのか?』

「私はサザンさんの部下ではありません」

『元帥の部下か?』

「…………」


 エヴリンは公私を混同させない性格。つらくとも、ここはサザンの身勝手な方針を受け入れることは出来ない。


『……島に寄り、私を拾っていけ』

「時間を無駄にすることは出来ません」

『エヴリン……ッ!』

「公海を抜ければ、無数の船がオールレンジの経済水域に漂っています……! 今ッ! このタイミングしかッ! 反戦軍の船を捉えることは出来ないんですよ!? 『サテライト・ギア』では、どれが反戦軍の船か判別できません! ここから半径百キロメートル程度の範囲なら……航海している船は二隻しかありません! この船とッ! 彼らの船です!」


 エヴリンは声を荒らげているが、そこに苛立ちの感情は微塵もない。

 あるのはただ、違法な者達を取り締まろうとする正義感と、そこから来る責任感のようなもの。


『……戦闘をする気か?』

「サザンさんの見聞きに信憑性はありません。常識的に考えて下さい。既に世界中のニュースが、彼らをテロリストとして扱っているんですよ……?」

『だが真実は──』

「もしこれが真実でなかったら、この世界はもう……救いようがないじゃないですか……」

『……ッ』


 実際、直接反戦軍の軍隊長を見ているサザンやアウラたちなら、ニュースを捏造だと疑うのは自然。

 加えて、彼らの活動を実際に見て、その被害を被っている軍の人間やノイドならば、軍ではなく民衆への攻撃に及んだなどという事実には、多少の疑いを持つことだろう。


 だが民衆は違う。民衆だけは、反戦軍の者達のことなど何も知らないのだ。

 中にはハヌマニアの民衆のように直接救われた者もいるだろうが、そんなのは世界からすれば、少数派にも満たない雀の涙。


 サザンはまだ理解していなかった。『黒幕』は、世界中の世論をも操るほどの力を持っているということを。


「……全て終わったら、迎えに行きます」

『……その必要はない。別に救援信号を送ることにした』

「…………分かりました」


 やはり公私混同をしないエヴリンだったが、それでも彼女は、いつもサザンのことを想って行動している。

 今回も彼を想ってこの任務に同行した。私事を混同させる前に、初めからそれごと公事にしていた。

 ただ、ここから先は彼がいない。そしていつもの任務と違うのは、胸に大きな穴が開いてしまったということ。

 反発し合う力が生まれた二人の間には、一度も引き合う力が働いたことはない。


     *


■ 戦艦ディープマダー ■


 ユウキは眠りにつき、夢を見ていた。

 夢の内容は、彼にとって大事な過去の回想だった。

 それは、グレン・ブレイクローという男に出会った日の思い出。


     *


◇ 界機暦かいきれき三〇三〇年 五月十六日 ◇

■ リーベル自治区 郊外 ■


 その時のユウキは、沈んでいた。

 ハルカ・レイを失い、故郷を失い、何もかもがどうでもよくなり始めていた。


「濡れてるぜってんよ」


 その声のおかげで、雨が降っていることに気付いた。

 地べたに座って雨を浴びるユウキに傘を差してくれたのは、青い髪の……人間。


「……」

「……あの町の住人か? 生き残り……だよな?」

「……」

「俺の名はグレン。グレン・ブレイクロー。お前の名は? なァ、ノイドの兄ちゃん」


 絶望に塗れた目で、ユウキは彼のことを見た。

 どうやら傍にもう一人赤い髪の女性がいたようで、その人物は自分と同じノイドだった。


「ああ。こっちはアカネ。アカネ・リントだ」

「……」

「……取り敢えずほら、屋根のある所に行こうぜ。……寒いだろ?」


 しかし、ユウキはその場から動こうとしなかった。

 放っておけなかったグレンは、そのまま彼の隣に残り。傘を差し続ける。

 雨が止むまでずっと、ずっと、グレンは離れようとしなかった。無論、一緒にいたアカネもだ。


     *


◇ 界機暦かいきれき三〇三〇年 五月十八日 ◇

■ オールレンジ民主国 アガルタ州 ■


 ユウキは二日間、グレンがどういう人物なのか全く知らずに、彼に無理やり連れられて、行動を共にさせられていた。

 そうしていると、何故か秘密の手段を使っての国境越えまでしてしまっていた。


「……」

「来いってんよ。紹介してやる」

「……誰に?」

「整備士だってんよ。ギアのな。で、ノイドやクロガネの体も診られる」

「……整備士……」


 ユウキは、少し違うが製造技師のハルカのことを頭に浮かべていた。

 いや、このところずっと、ユウキはハルカのことしか頭にない。

 亡くなったハルカの姿が、頭の中から離れない。


「……何をしたんだ? お前の体……あちこちボロボロだってんよ」

「……」


     *


 そうして連れて行かれたのは、明らかに非合法な地下の社会。

 このオールレンジ民主国では、人間だけでなくノイドも住んでいる。

 そしてこの地下では、表社会で起きている戦争を意に介していないかのように、人間とノイドが仲良く違法行為を働いていた。

 グレンが紹介したのは、いわゆる闇整備士。名前はツツジ・タータズムと言った。

 髪と髭の長い、中年のノイドの男だ。


「……嘘だろ」

「どした? ツツジさん」

「……グレン坊。どこで見つけてきたんだこのハチマキ坊主」

「? どうしたんですか?」


 グレンとアカネは、ユウキのはだけた姿を見てもなお、気付いていない。

 ユウキの胸にある『それ』が何か、分かっていないのだ。


「……オリジナルギアだ。坊主、お前どこでこんなもん……」

「……」


 ユウキは何も語らない。まだ、目の前の男やグレンたちのことを信用していないからだ。


「……まあいいさ。で? グレン坊、俺にどうしろって?」

「? いやだから、ボロボロだから治してやれないかなって」

「……ボロボロなのは服だけだぜ。怪我は……もう治っちまってる」

「「!?」」


 ノイドが人間よりも回復力が高いとはいえ、彼の回復速度は確かに異常。

だがそれにも増して異常なのは、ユウキが自分で自分の傷口を縫合していたこと。

 グレンとアカネはここでようやく、自分たちの出会った男が、ただものではないことに気が付いた。


     *


 ストリング・ギアのことをグレンたちが知った、その日の夜。一人で月を眺めるユウキのもとに、グレンはアカネと共に近付いていった。

 その気配を感じただけで、ユウキはもう不快な表情を作り出している。


「……何だよ」

「いや、はは……これからどうする? いくとこないなら俺らと──」

「断る」

「……まだ何も言ってねェってんよ」


 グレンは頭を掻いて溜息を吐いた。



「戦争を止めたいと思わない?」


 グレンに代わり、アカネが続きを言ってのける。


「……何?」

「おいアカネ」


 制止しようとしたグレンを更に手で制し、アカネは真顔で続けた。


「私達はね、今……仲間を集めてるの。……貴方なんでしょ? リーベルを襲っていた鉄紛クロガネマガイの一部を破壊して回っていた、民間のノイドっていうのは」

「……」


 ユウキがボロボロになっていたのは、とにかく感情を抑えきれず、暴れ回っていたためだ。

 ただひたすらに、怒りと後悔をどこかに殴り捨てたかったからだ。


「……私たちの故郷も、戦争に巻き込まれてなくなった」

「!?」

「家族もみんな死んだわ。生き残りは私と……グレンだけ」


 アカネは悔しさを露わにしながら、拳を握り締めた。

 思い出してしまったことで言葉が続かなくなると、代わりに彼女の肩に手を置き、グレンがユウキの前に立つ。


「……その時、俺は決めたんだってんよ。下らねェ戦争なんつーのを……この世界からなくすってな」

「……グレン……」

「お。ようやく名前呼んでくれたな。じゃ、そろそろお前の名前も教えてくれってんよ」

「……ユウキ。……ユウキ……ストリンガー……」

「良い名前だってんよォ! それにそのハチマキも似合ってる!」

「……ハルカに貰ったんだ。一度だって外したことはねェ。けど、ただの白い布切れ一枚……。ガキの頃に、そこら辺で拾った物を渡してくれたってだけ……。アイツは自分が俺にあげた物だってこと、最期まで忘れてたみたいけどな……」

「……そうか」


 少しずつ、だが確かに、ユウキはグレンたちに心を開き始めていた。

 そして彼は、数ヶ月前にグレンが創設したばかりの『反戦軍』に入ることになる。

 初めは死に場所を欲していただけだが、今の目的は違う。

 戦争を止めるため。同じ理想を語る男たちに力を貸すため。そして、あの日傘を差してくれた恩を、返すためだ。

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