『デウス島の一件』⑥
■ 戦艦ディープマダー ■
ユウキとブレイヴはサザンを追ってこられないようにしたうえで、船に戻って来た。
いきなり巨大な鉄が船の上に着地してきて、反戦軍のメンバーはみな身をすくませている。
「……貴方が……『伝説の鉄』……?」
この島に案内してきたユーリは、少し怪訝そうに尋ねた。
「そうだ。我の名はブレイヴ」
「……」
「えっえっえっ。ほぉ……アンタがあの……」
ユーリに続いて、キクや他のメンバーもブレイヴに近付いていく。
そして、ユウキはコックピットを開いて降りて来た。
「とうッ! ……グレン! 船を出せよ! 多分……帝国軍が傍まで来てる!」
「!? な、何!? どういうことだってんよ!」
「島の中でサザンに会った! それと……風みてェな鉄にもな」
「な……ま、まさか、〝連合の疾風〟か!? 連合軍も来てるのか!?」
「……いや、アイツは俺を見逃した。単独行動じゃなきゃ出来ねェだろ? で、サザンは俺らのことを捕まえようとしてきた。ただ……いっぺんぶっ飛ばされたけど、敵意は感じなかったんだよなァ。仲間が近くにいるから、仕方なくだったんじゃねェかなって思うぜ」
「ぶっ飛ばされたのに、何で敵意が無いって分かるんだってんよ」
「俺には……アイツが相当な馬鹿に見えたのさ」
「ユウキに言われたらお終いだわ」
アカネは、敵であるはずのサザンに同情してみせた。
「出航は出来ないよユウキ。カインはどうしたの?」
ユーリに言われ、ユウキはハッとして思い出す。
「あッ! そうだ忘れてた! おいブレイヴ! カイン見てねェのかよ!?」
「? 誰だ?」
「何ィ!?」
ユウキはどこからブレイヴが現れたのか、丁度意識を飛ばしたところだった為に見ていない。
てっきり彼は、カインがブレイヴを自分に会わせてくれたのだと勘違いしていた。
「お前……アイツに言われて俺のとこに来たわけじゃなかったのか?」
「我はずっと、巨大な像の中にいたぞ」
「……意識が朦朧としてたから、覚えてねェよ」
少しだけユウキは肩を落としてしまった。だが──
ドォォォォォォォォォン
真っ白な鉄が、ブレイヴのすぐ傍に着地した。
「うおォ!?」
勢いに任せた着地だったせいで、船が大きく揺れる。
「兄貴ッ!」
「カインッ!?」
カインはその鉄の背に、必死になって掴まっていた。
「ブレイヴ様ッ!」
「……トルクか」
カインはトルクの背からバッと飛び降りて、ユウキのもとに近付いていく。
「な、何だコイツは……」
「兄貴! この鉄の名前はトルク! いきなり地上に穴が開いたと思ったら、なんか急に『ブレイヴ様のもとへ向かわなければ!』とか言い出して、飛び立とうとするから引っ付いてきたら、船の上に降りて来た!」
「お、おう」
穴を開けたのはユウキとブレイヴだ。カインの早口な説明は理解できなかったが、取り敢えずユウキはカインの無事に安堵した。
「何故ですかブレイヴ様……。何故……ヒト種に力を貸すのですか……!」
「……この男が、覚悟を貫き通せるのか。我はそれを……見届けることにしたのだ」
「……」
本音を言うと、ただ彼の言動の一つ一つが、純粋に気に入ってしまっただけのこと。
彼は、『伝説』と扱われるような別次元の存在ではないのだ。
ユウキだけしか気付いていないが、ブレイヴは他の人間やノイド、鉄と同じ、何も変わらない、ただの知的生命体の一人に過ぎない。
ユウキと似通った性格を持つ、一人の男に過ぎないのだ。
「……えっと……何だかよく分からんが、つまりどういうことだってんよ? ブレイヴさん」
「戦争を止めるつもりなのだろう? 己がリーダーか?」
「あ、ああ! 青い炎の熱血漢、グレン・ブレイクローだってんよォ!」
ユウキと違って人間であるグレンを見てから、ブレイヴは周囲を見渡した。
様々な人種がいて、人間とノイドが入り混じっている。そんな彼らが戦争を止めようと考えているのだと、ブレイヴは今知ることが出来た。
「……フッ。人間とノイドが力を合わせ、そこに我も加わるか……。困難な道だということは、理解しているな?」
「……! もちろん……だってんよッ!」
「ならば力を貸そう。戦いは……虚しいものだ」
「ブレイヴ様ッ!」
「トルク。己はどうする? 我に付き合う必要は……己にはないはずだ」
「……ッ! 私は……私はブレイヴ様のお傍を離れるわけには……」
困り果てている様子のトルクを見て、カインは彼と目を合わせた。
「だったらトルクもうちに来なよ!」
「……私は……」
「……別に、俺達に協力しなくたっていい。だって一人は……寂しいだろ?」
「……」
カインは純粋に、トルクのことを心配して言っている。
この船を、反戦軍を、新しい自分の家だと思っているカインは、ここにいるだけで救われていた。
トルクに自分を重ねる彼は、一人の辛さを知っている。
「まあ何だっていいさ! つーかだからグレン! 船を出航させようぜ! 帝国軍が来てるかもしれねェんだ!」
「ま、待てってんよユウキ。それ本当か? もし本当ならそもそも──」
『リーダーッ! レーダーに反応有り! 帝国軍のものと思われる戦艦が、西方ニ十キロメートル先を航走しています!』
甲板にいたメンバーのCギアに、メインブリッジにいるつばきから通信が入る。
「何……ッ!?」
「だから言ったろ!」
「……ッ!」
ユウキは今すぐ船を出せば逃げられると思っているが、グレンはそうではない。そしてユーリもそのことに気付いていた。
「グレン!」
「……」
「……覚悟を決める時だよ」
「……クソッ! 全員持ち場に戻れ! 戦闘員は戦闘準備ッ! 聞こえるか操舵室ッ! 船を出せ! 当初の予定通りオールレンジに方向を定めろ! ザクロ! 後は頼むぜってんよ!」
操舵室で舵を握るのは、ザクロという名の黒い肌の男性。
スキンヘッドでサングラスをかけている人間の彼は、この戦艦の操舵を任されている。
『オールライ』
ザクロの返答を受け、グレンは甲板のメンバーに体を向ける。
「な、何だよ慌てすぎだろ……」
状況を理解していないのは戦闘員の一人でモヒカンな人間の男──バラ・ローゼクト。そんな彼に説明してやるのは戦闘員の中で特攻隊長のアカネだ。
「良い? この船は最速で時速約四十キロ。対して帝国軍の巡洋戦艦は、最速で時速約五十キロなのよ。およそニ十キロメートル先にいてこちらを追っている向こうの船は、大体二時間もすればこっちに追いつくことが出来るの」
「……ッ!? ま、マズイじゃねェかッ!」
「だから慌ててるんでしょうがッ!」
残念なことに、この船のレーダーは最長で半径ニ十キロメートルの範囲にいる船しか捕捉できない。
加えてこの島は、大陸から離れた無人島。島の中に逃げ場はなく、周囲に隠れ蓑になるような場所もない。
海の上で追跡が続けば、逃げる場所はどこにもないのだ。
実はバラと同じタイミングで理解したユウキは、それでも冷静にブレイヴに話しかける。
「……早速力を借りなきゃならねェかもだぜ。ブレイヴ」
「何故軍に追われている?」
「……どうしてもうちのことが気に入らない奴がいるらしいぜ」
「何者だ?」
「……戦争の黒幕……かもな」
「……!?」
断定はできないが、ユウキは心の中で確信している。
全ては、ゼロという男の差し金なのだと。
「ユウキ! ブレイヴ! 向こうの戦力は読めないが……お前らが〝顎鋏〟に襲われたってんのなら、最悪……最悪の場合も想定しないとなんねェってんよ」
「……六戦機……」
ユーリとグレンはここで、帝国の最高戦力が来ている可能性を考慮していた。
実際は杞憂になるはずだったその想定は、『彼女』の独断で現実になっている。
当然だがもう、威嚇などで逃げ切れる可能性は消えていた。
「……とにかく、俺だけじゃ駄目だ。バラッ!」
「あァ!? 何だこのハチマキ野郎!」
「……みんなで力を合わせないとって奴だ。頼むぜガチで」
「……! 当たり前だッ!」
バラは回れ右をして、他の戦闘員のもとへ向かっていく。鉄紛を動かす準備をしに向かったのだ。
「アカネ! お前鈍ってねェよな!?」
「当然でしょユウキ! 誰に物言ってんのよ!」
「良し! 相棒ッ! ……正念場だな。ここが」
するとユーリは、苦痛を混ぜた笑みを見せながら首を横に振った。
「違うよユウキ。ここが……ここが、スタートライン。戦いをなくすためには、戦わなければならない。その手始めが……ここなんだよ」
ユーリの言葉を胸に強く抱いたのは、リーダーであるグレンだった。
『反戦』を最初に掲げたその理想は、多くの仲間を手にするのに充分だった。
しかし、理想は理想。現実として、戦いは決してこの世界からなくしきることは出来ない。
それでも今世界で起きている種族間戦争を止めるため、まだここで、組織を瓦解させるわけにはいかない。
「そうだユーリ。俺達は戦いから避けられない。それでも……それでも俺は、『反戦』を目指し続けるってんよ!」
「頼むぜリーダーッ! そんじゃあお前も持ち場に戻れよ!」
「お前は? ユウキ」
「寝る!」
「……まあ、そうだな」
ユウキは今、かなりの疲労を抱えている。
だが、少しの時間とはいえ睡眠をとれば多少は回復できる。これが最良の判断だ。
戦闘開始まで、あと一時間五十七分──




