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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
四章【孤島の勇】
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『デウス島の一件』⑥

■ 戦艦ディープマダー ■


 ユウキとブレイヴはサザンを追ってこられないようにしたうえで、船に戻って来た。

 いきなり巨大なクロガネが船の上に着地してきて、反戦軍のメンバーはみな身をすくませている。


「……貴方が……『伝説のクロガネ』……?」


 この島に案内してきたユーリは、少し怪訝そうに尋ねた。


「そうだ。我の名はブレイヴ」

「……」

「えっえっえっ。ほぉ……アンタがあの……」


 ユーリに続いて、キクや他のメンバーもブレイヴに近付いていく。

 そして、ユウキはコックピットを開いて降りて来た。


「とうッ! ……グレン! 船を出せよ! 多分……帝国軍が傍まで来てる!」

「!? な、何!? どういうことだってんよ!」

「島の中でサザンに会った! それと……風みてェなクロガネにもな」

「な……ま、まさか、〝連合の疾風〟か!? 連合軍も来てるのか!?」

「……いや、アイツは俺を見逃した。単独行動じゃなきゃ出来ねェだろ? で、サザンは俺らのことを捕まえようとしてきた。ただ……いっぺんぶっ飛ばされたけど、敵意は感じなかったんだよなァ。仲間が近くにいるから、仕方なくだったんじゃねェかなって思うぜ」

「ぶっ飛ばされたのに、何で敵意が無いって分かるんだってんよ」

「俺には……アイツが相当な馬鹿に見えたのさ」

「ユウキに言われたらお終いだわ」


 アカネは、敵であるはずのサザンに同情してみせた。


「出航は出来ないよユウキ。カインはどうしたの?」


 ユーリに言われ、ユウキはハッとして思い出す。


「あッ! そうだ忘れてた! おいブレイヴ! カイン見てねェのかよ!?」

「? 誰だ?」

「何ィ!?」


 ユウキはどこからブレイヴが現れたのか、丁度意識を飛ばしたところだった為に見ていない。

 てっきり彼は、カインがブレイヴを自分に会わせてくれたのだと勘違いしていた。


「お前……アイツに言われて俺のとこに来たわけじゃなかったのか?」

「我はずっと、巨大な像の中にいたぞ」

「……意識が朦朧としてたから、覚えてねェよ」


 少しだけユウキは肩を落としてしまった。だが──



 ドォォォォォォォォォン



 真っ白なクロガネが、ブレイヴのすぐ傍に着地した。


「うおォ!?」


 勢いに任せた着地だったせいで、船が大きく揺れる。


「兄貴ッ!」

「カインッ!?」


 カインはそのクロガネの背に、必死になって掴まっていた。


「ブレイヴ様ッ!」

「……トルクか」


 カインはトルクの背からバッと飛び降りて、ユウキのもとに近付いていく。


「な、何だコイツは……」

「兄貴! このクロガネの名前はトルク! いきなり地上に穴が開いたと思ったら、なんか急に『ブレイヴ様のもとへ向かわなければ!』とか言い出して、飛び立とうとするから引っ付いてきたら、船の上に降りて来た!」

「お、おう」


 穴を開けたのはユウキとブレイヴだ。カインの早口な説明は理解できなかったが、取り敢えずユウキはカインの無事に安堵した。


「何故ですかブレイヴ様……。何故……ヒト種に力を貸すのですか……!」

「……この男が、覚悟を貫き通せるのか。我はそれを……見届けることにしたのだ」

「……」


 本音を言うと、ただ彼の言動の一つ一つが、純粋に気に入ってしまっただけのこと。

 彼は、『伝説』と扱われるような別次元の存在ではないのだ。

 ユウキだけしか気付いていないが、ブレイヴは他の人間やノイド、クロガネと同じ、何も変わらない、ただの知的生命体の一人に過ぎない。

 ユウキと似通った性格を持つ、一人の男に過ぎないのだ。


「……えっと……何だかよく分からんが、つまりどういうことだってんよ? ブレイヴさん」

「戦争を止めるつもりなのだろう? 己がリーダーか?」

「あ、ああ! 青い炎の熱血漢、グレン・ブレイクローだってんよォ!」


 ユウキと違って人間であるグレンを見てから、ブレイヴは周囲を見渡した。

 様々な人種がいて、人間とノイドが入り混じっている。そんな彼らが戦争を止めようと考えているのだと、ブレイヴは今知ることが出来た。


「……フッ。人間とノイドが力を合わせ、そこに我も加わるか……。困難な道だということは、理解しているな?」

「……! もちろん……だってんよッ!」

「ならば力を貸そう。戦いは……虚しいものだ」

「ブレイヴ様ッ!」

「トルク。己はどうする? 我に付き合う必要は……己にはないはずだ」

「……ッ! 私は……私はブレイヴ様のお傍を離れるわけには……」


 困り果てている様子のトルクを見て、カインは彼と目を合わせた。


「だったらトルクもうちに来なよ!」

「……私は……」

「……別に、俺達に協力しなくたっていい。だって一人は……寂しいだろ?」

「……」


 カインは純粋に、トルクのことを心配して言っている。

 この船を、反戦軍を、新しい自分の家だと思っているカインは、ここにいるだけで救われていた。

 トルクに自分を重ねる彼は、一人の辛さを知っている。


「まあ何だっていいさ! つーかだからグレン! 船を出航させようぜ! 帝国軍が来てるかもしれねェんだ!」

「ま、待てってんよユウキ。それ本当か? もし本当ならそもそも──」



『リーダーッ! レーダーに反応有り! 帝国軍のものと思われる戦艦が、西方ニ十キロメートル先を航走しています!』



 甲板にいたメンバーのCギアに、メインブリッジにいるつばきから通信が入る。


「何……ッ!?」

「だから言ったろ!」

「……ッ!」


 ユウキは今すぐ船を出せば逃げられると思っているが、グレンはそうではない。そしてユーリもそのことに気付いていた。


「グレン!」

「……」

「……覚悟を決める時だよ」

「……クソッ! 全員持ち場に戻れ! 戦闘員は戦闘準備ッ! 聞こえるか操舵室ッ! 船を出せ! 当初の予定通りオールレンジに方向を定めろ! ザクロ! 後は頼むぜってんよ!」


 操舵室で舵を握るのは、ザクロという名の黒い肌の男性。

 スキンヘッドでサングラスをかけている人間の彼は、この戦艦の操舵を任されている。


『オールライ』


 ザクロの返答を受け、グレンは甲板のメンバーに体を向ける。


「な、何だよ慌てすぎだろ……」


 状況を理解していないのは戦闘員の一人でモヒカンな人間の男──バラ・ローゼクト。そんな彼に説明してやるのは戦闘員の中で特攻隊長のアカネだ。


「良い? この船は最速で時速約四十キロ。対して帝国軍の巡洋戦艦は、最速で時速約五十キロなのよ。およそニ十キロメートル先にいてこちらを追っている向こうの船は、大体二時間もすればこっちに追いつくことが出来るの」

「……ッ!? ま、マズイじゃねェかッ!」

「だから慌ててるんでしょうがッ!」


 残念なことに、この船のレーダーは最長で半径ニ十キロメートルの範囲にいる船しか捕捉できない。

 加えてこの島は、大陸から離れた無人島。島の中に逃げ場はなく、周囲に隠れ蓑になるような場所もない。

 海の上で追跡が続けば、逃げる場所はどこにもないのだ。


 実はバラと同じタイミングで理解したユウキは、それでも冷静にブレイヴに話しかける。


「……早速力を借りなきゃならねェかもだぜ。ブレイヴ」

「何故軍に追われている?」

「……どうしてもうちのことが気に入らない奴がいるらしいぜ」

「何者だ?」

「……戦争の黒幕……かもな」

「……!?」


 断定はできないが、ユウキは心の中で確信している。

 全ては、ゼロという男の差し金なのだと。


「ユウキ! ブレイヴ! 向こうの戦力は読めないが……お前らが〝顎鋏がくばさみ〟に襲われたってんのなら、最悪……最悪の場合も想定しないとなんねェってんよ」

「……六戦機ろくせんき……」


 ユーリとグレンはここで、帝国の最高戦力が来ている可能性を考慮していた。

 実際は杞憂になるはずだったその想定は、『彼女』の独断で現実になっている。

 当然だがもう、威嚇などで逃げ切れる可能性は消えていた。


「……とにかく、俺だけじゃ駄目だ。バラッ!」

「あァ!? 何だこのハチマキ野郎!」

「……みんなで力を合わせないとって奴だ。頼むぜガチで」

「……! 当たり前だッ!」


 バラは回れ右をして、他の戦闘員のもとへ向かっていく。鉄紛クロガネマガイを動かす準備をしに向かったのだ。


「アカネ! お前鈍ってねェよな!?」

「当然でしょユウキ! 誰に物言ってんのよ!」

「良し! 相棒ッ! ……正念場だな。ここが」


 するとユーリは、苦痛を混ぜた笑みを見せながら首を横に振った。


「違うよユウキ。ここが……ここが、スタートライン。戦いをなくすためには、戦わなければならない。その手始めが……ここなんだよ」


 ユーリの言葉を胸に強く抱いたのは、リーダーであるグレンだった。

 『反戦』を最初に掲げたその理想は、多くの仲間を手にするのに充分だった。

 しかし、理想は理想。現実として、戦いは決してこの世界からなくしきることは出来ない。

 それでも今世界で起きている種族間戦争を止めるため、まだここで、組織を瓦解させるわけにはいかない。


「そうだユーリ。俺達は戦いから避けられない。それでも……それでも俺は、『反戦』を目指し続けるってんよ!」

「頼むぜリーダーッ! そんじゃあお前も持ち場に戻れよ!」

「お前は? ユウキ」

「寝る!」

「……まあ、そうだな」


 ユウキは今、かなりの疲労を抱えている。

 だが、少しの時間とはいえ睡眠をとれば多少は回復できる。これが最良の判断だ。


 戦闘開始まで、あと一時間五十七分──

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