『デウス島の一件』⑤
「……ブレイヴ様……!? 何故……」
トルクが突然上を向いた。カインには、何があったのかまるで分らない。
「ど、どうかしたの?」
「……」
トルクは思い返していた。マキナ・エクスという、自分たちを生み出したとある存在のことを。
──「……私はもう諦めた。ブレイヴ。トルク。世界は……実に下らないだろう?」
とても愚かな存在だった。彼を神の現身と呼んでいたのは、トルクやブレイヴが生まれるよりも前に生まれていた者たち。
トルクからすれば、尊敬していたのは強者で実質的な兄のような存在であるブレイヴであって、マキナ・エクスは最低最悪の虐殺者という認識だった。
ただ、それでも、トルクには、マキナ・エクスの為に戦っているという意識はあった。
──「……『何故』だって? 要らないから減らしただけだ。馬鹿馬鹿しい。……いや、そうか。お前たちは……私を親だと思っていたのだな」
共に戦った兄弟たちを、トルクとブレイヴは目の前で失った。それも、親であるはずのマキナ・エクス自身によって。
この島に帰り、二度とヒト種に関わるまいとしたのは、そういった経緯があったのだ。
「……一体何故ですか。ブレイヴ様……」
*
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
巨大な咆哮が轟き、サザンは思わず振り向いた。
「……な……に……!?」
島の中心にあった巨大なドラゴンの像が、突然音を立てて崩れ落ちてしまった。
そして、その中から、元の像ほどの大きさではないが、一体の蒼色の鉄が出現する。
丁度バンダナを巻いたサザンのように、燃えるような赤色の布を首に巻いた、精悍な顔つきの鉄だ。
「……起きろ。ハチマキのノイド」
気が付くと、ユウキはその鉄のコックピットの中にいた。
ついさっき意識を失ったのだが、ここですぐに目覚めることに成功する。
「……ん……んん!? んんんッ!? な、何だここ!? どこだ!?」
「……我の中だ」
「その声……! ……ハッ! そうかよ……どういうつもりだ? 俺に力を貸してくれるのか? けどな……ハッキリ言うぜ。俺は、『自分のことしか考えていない奴』は、仲間に欲しいと思わねェ。他のみんなは怒るだろうが、種族間戦争を止めるつもりのない奴は、『反戦軍』にいるべきじゃねェ」
「……己は何故『反戦軍』とやらに入った? 果たして初めから、戦争を止めるつもりでいたのか? そこまで高潔な正義感を持っているようには見えんが……」
「……運良く痛いとこ突きやがるぜ、畜生め」
「……我は、己の行く末を見届けたいと考えた。力を貸す理由は、それだけだ」
「ハハッ! 何だよ適当か!? 絶対嘘だなッ! お前は俺の何千倍も長く生きてる! 俺だけを特別視するわけがねェ! ぜってェなんか企んでる! オラオラ降ろせよオラァッ!」
ユウキが思いの外腹の中で暴れるため、若干彼は困惑してしまっていた。
とにもかくにも、言葉のどこにも嘘はない。ただ、きっかけがようやく訪れただけのこと。
「……我は、何千年とヒト種を避け続けてきた」
「あ!?」
「己が思う程、多くのヒト種と関わって来たわけではない。この島に来る者も、大抵はマキナ・エクスが仕掛けた神域防衛システムによって、排除されてきたのだ」
あまりにも都合の良い流れになっていたため動揺していたユウキだが、体の痛みの所為で、逆に冷静さをすぐに取り戻せた。
「…………お前は、どうやら浮足立ってるみてェだな。だったら教えてやるよ。世界は広いんだぜ? 俺に力を貸さなくたっていい。もっと広い視野で、たくさんのものを見て来いよ」
「……ならば、我に付き合え。ハチマキのノイド」
「……ハッ! おいおい……俺の名前、知らねェみてェだなァオイッ!」
そしてユウキは痛みを無視し、腹の中から声を出す。
「負けて敗れて力尽きッ! それでも折れない糸一本ッ! 再燃一条、ユウキストリンガーッ! 紡げよ俺の名。お前の魂と共にッ!」
コックピットに腰を下ろし、手すりを握りながら、ユウキはブレイヴと『同化』する。
「……そうか。我が名はブレイヴ! ゆくぞユウキッ! 己の覚悟を見せてみろッ!」
「お前の覚悟も見せてもらうぜッ!」
ここに奇跡が起きていた。
ユウキとブレイヴ。この二人は、隔絶した時間の流れをまるでものともせず、初めから本質が似通っていた。
力を合わせる理由は、そんな理屈を無視した感情。深い思惑も濃い因縁も、何一つ、存在しない。
「……やはり貴様かッ! ユウキッ!」
少しだけ自身の口角が上がっていることに、サザンはまるで気付いていない。
そんなことを気にする必要はない。喧嘩はまだ、終わっていない。
だが──そう思っているのはサザンだけ。
「……悪ィなサザン。勝ったのはお前さ。だが俺はまだ……ここで終わるわけにはいかねェのよッ!」
喧嘩は既に、サザンの勝利で終わった。ユウキの方はそう捉えていた。
だからここで二対一で応戦するのは、仲間を守るため、居場所を守るため、そして覚悟を貫くためでしかない。
一方通行な戦意は、空回りさせられている。
「ユウキッ! 我と同化した己のギアは、我も使うことが出来るッ! 出してみせろ己の糸をッ!」
「良いぜ面白ェッ! だったらお前の体……俺に預けてくれよブレイヴッ!」
そして二人はここで、『同期』を発動する。
ブレイヴの主導権は一旦ユウキに移り、彼のストリング・ギアが莫大なエネルギーによって発動する。
「!?」
ブレイヴは、その手の平をサザンに向けた。
シュドルクという前例を知っているサザンは、そこでブレイヴの攻撃を読めてはいた。
だが先行するのは、動揺の方。
(しまった……ッ! コイツは……!)
「「ストリング……」」
(……そうか……本当にいたのか……。伝説の鉄は……ッ!)
「「ブレイヴバーストォォォォォォォ!」」
ユウキが狙ったのは、空を飛んで向かってきたサザンの、そのジェット・ギア。
「がァァァァァァァァァ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
サザンの足を貫いたその糸は、そのまま島の地上にぶつかり、大きな穴を開けてみせる。
直撃していれば、サザンも危ない所だっただろう。
「……ク……ソ……ッ!」
「……結んでおくぜ」
飛ぶ手段を失い落下していくサザンを尻目に、ユウキはまた、緩みかけていたハチマキを締め直した。




