『デウス島の一件』②
襲い掛かる鉄屍を粗方片付けたユウキとカインは、島の中心に辿り着いていた。
「ハァ……ハァ……」
「兄貴……俺……」
ユウキは多少の疲労を抱えているが、無事でいるのは確かだ。
「あァ? おいおい一丁前に心配すんなよ。そういうのはよ、男上げてからにしようぜ。なァオイッ! カインッ!」
「男を上げる……?」
「お前は強くなれる。なにせ、俺の女にオリジナルギアを託された男なんだ」
「……!」
「……ま、急ぐこたねェよ。いつか……ああ、いつかの話さ。……っと、結んでおくぜ」
緩んだハチマキを結び直す。ユウキは前しか向いていない。
カインは未熟な自分自身を歯痒く感じ、拳を強く握り締めた。
二人の目の前には、巨大な像がある。
島の中心にある巨大なドラゴンの像。そのすぐ下には、小さな遺跡があった。『地下』に繋がる道がある、小さな遺跡だ。
「……何だあの遺跡は……」
「あ、兄貴。もしかしたらあの下に……」
「ああ。『伝説の鉄』ってのが、いるのかもしれねェな……」
一番に怪しいのは間違いなくここ。二人はそのまま遺跡の地下に向かおうとした。
その時──
「ユウキ・ストリンガーッ!」
その声の正体を、刹那で理解するのがこの男。
「サザン・ハーンズッ!」
当たり前のように話し合うこともなく、二人はそこで衝突する。
鋏と糸の、二度目の衝突。
「な……」
一人反応が遅れるのはカイン。彼はその場で尻もちをついた。
ユウキは鋏の打撃を糸で防ぎ、笑みを見せる。
「……ハッ! また会うたァな! なァオイッ! 〝顎鋏〟ッ!」
「ッ……仲間はどこだ?」
「言うと思うか馬鹿バサミッ!」
ユウキはサザンを押しのけて、後ろのカインに声を掛ける。
「……おいカイン。先に下に行ってくれ」
「え!? で、でも……」
「……頼むぜ。弟分」
「……ッ! わ、分かった!」
カインはズレたハンチング帽を被り直し、走り出した。
額に汗をかくユウキは後のことをカインに任せ、目の前の敵に集中する。
集中しなければ、たとえユウキでも相手に出来る敵ではない。カインも自分がまた足手まといになると考えて、ユウキの指示に従ったのだ。
サザンは仲間を逃がすユウキの姿を見て、やはり先日の事件が捏造であるような気がしていた。
「……聞くがユウキ・ストリンガー。あの事件は……」
「ハッ! 聞くってこたァ、お前は分かってるってことだ! ……自分を信じろよ。お前はきっと、間違えねェぜ?」
「……そうか」
それは最早、答え合わせと同義だった。
「ストリングバーストッ!」
「!?」
だがユウキは、己の最大技をこのタイミングで撃ち放つ。
この流れで驚いたものの、サザンはすぐさま避けてみせた。
ユウキの糸は木々いくつか貫通して、それらをなぎ倒すだけで済む。
「貴様何故今!?」
「うっせェ! 油断を誘おうったってそうはいかねェぞ! 俺の話なんざ、お前が信じる道理もねェしなァッ!」
「い、いや、私は……」
「ここに来たってことはそういうことだろッ!? 仲間を危険な目には遭わせられねェ! 今ここで……ぶっ飛ばす!」
ユウキからすれば、喧嘩を売って来たのは帝国と国家連合。
だが彼は理解できていない。喧嘩を売ってきた相手は、そんなに膨大な数の相手ではない。
そもそも事件の詳細すら知らず、敵を絞り切れていないのだ。
糸弾の攻撃を始めるユウキと、それを鋏で弾くサザン。
防戦一方でいるのは性に合わないので、サザンの方もユウキに攻撃をする。
「ユウキ……ストリンガー……!」
「切れねェよッ! 俺の糸はァッ!」
「切れんわけがないッ! 私の鋏でッ!」
森の中を駆け回りながら、ユウキとサザンはぶつかり続ける。
ユウキは地の利を得るために、攻撃しながら木々に糸を張り巡らせようとするが、サザンはそんなユウキの意図を理解して、攻撃しながら木々を切り落とす。
「蟹みてェなくせして機敏じゃねェか! 真っ直ぐ進めるたァすげェな、サザンッ!」
「蜘蛛のようなくせをして、害虫の区別もつけられない! 巣作りで忙しいらしいな、ユウキッ!」
近接を狙うサザンに対し、ユウキは距離を取って戦おうとする。
そのためサザンは鋏で木を掴み、ユウキに向かって投げつける。
避ける方向は限られる。追い詰め、鋏で攻撃すれば、今度は糸で防いでみせた。
それでも鋏の威力は高い。鋏は確かに──糸を切った。
「ッ!?」
「キィッ!」
近接ではサザンが有利。距離を取ろうとするユウキの判断は正しかった。
だが、ここで一度追い詰められたのは、ユウキの様子見の一環。
すぐにユウキは、ジェット・ギアで自分を飛ばしてサザンを躱す。
リスクを負い、ここで糸で防げるかどうかを確かめただけ。
本来彼は、投げつけられた木を避けるべきではないと、そう判断していた。
糸で木を破壊すれば避ける必要はない。距離を詰められないように戦い続けることは出来る。
体力の上限は拮抗している。だが今のユウキは、だいぶ疲労を抱えていた。
微妙な間合いを保ちながらの戦いは、決着まで時間が掛かる。
そうなればユウキが不利。だから彼は今ここで……小さく舌打ちをした──
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
その時。二人の間に地中から、巨大な鉄屍が現れる。
これがこの島の、防衛システムの第二段階。同時に、侵入者を排除するための最終手段だ。
鉄屍は意志を持たないが、プログラムでヒトを乗せずに自立稼働している。
この巨大な一体もそう。目の前の敵を躊躇なく屠ることが出来る、完全な兵器だ。
が──
「「邪魔を」」
二人は共に、先に倒すべき相手を見据えていた。
ドガァァァァァァァァァァァァン
「「!?」」
巨大な鉄屍は、唐突に破壊された。
だが二人ではない。
鉄屍を破壊したのは、ユウキとサザンの二人ではない。
「「『超同期』」」
乱入者を倒したのは、また別の乱入者。
アウラとソニック。強大なはずの敵を一瞬で倒した二人は、そのまますぐに『次』の段階に移る。
若緑色の光が、ソニックの全身から溢れ出していた。
「お前は……ッ!」
「コイツは……!」
「この人達は……」
この場にいる全員が、全員それなりの知名度を持っている。
加えてユウキは全員に会ったことがある。分からないわけがない。力むのも当然。
火蓋はここで、開かれた──
*
カインは遺跡の地下に降りていた。
そこはとても広々とした空間で、暗闇で周囲はよく見えない。
「ここは……」
キョロキョロしながら辺りを探るカインだが、気配が降りてすぐ感じ取った。
その、細身で真っ白な装甲を持つ鉄の気配は──
「……ノイド……か」
頭に布を巻いている姿は、カインには暗くてよく分からない。
「……ッ!」
「……何故この島に来た。目的は……何だ?」
「……で、『伝説の鉄』の……ち、力を……貸して……ほしくて……」
「……馬鹿馬鹿しい」
「え?」
「人間にも、ノイドにも、力を貸すつもりはない。……去れ。子どものノイド」
「…………え?」
カインは、思わず勢いよく頭を上げた。その所為でまた帽子がズレる。
そして、ズレを回転させて直した。
「……何だ?」
「いや……だって……」
カインは純粋な瞳のまま、その鉄の目を確認した。
濁りは無いが、明るさは消えているその目を。
「……君は違うよね? 君は……『伝説の鉄』じゃない……よね?」
まるで、当たり前のように疑問に思っているカインを見て、その鉄は体をピクリと動かした。
「……お前……!」
「え? そうだよね? その……出来れば、本人に会いたいんだけど……」
真っ白なその鉄は、少しずつ前に出てくる。それが、動揺の表れだ。
「何故……そう思った……!?」
「? え、そりゃだって…………。……確かに……」
自分で言っておきながら、疑問を抱いたことに疑問を持つ。
カインは何故自分が目の前の鉄を『伝説の鉄』だと思えなかったのか、分からなかった。
顎に手を当てて思索するが、その理由は見つからない。
「……何なんだお前は……」
「……ま、まあそれはともかくとして、どこなの? 『ブレイヴ』っていう鉄は……」
「黙れ。去れ」
「うぅ……」
しかしカインは、ここで帰るわけにはいかない、
──「……頼むぜ。弟分」
ユウキが自分を家族のように扱ってくれた。家族が一人もいなかった自分にとって、その一言がどれだけ嬉しかったか。
彼の役に立ちたいと思っていた。だから、まだ引き下がるわけにはいかない。
「……じゃ、じゃあ……名前を教えてよ」
「何?」
「そっちの……名前。それくらいは聞いても……良くないかな? ……なんて」
「……」
「な、何だよ! それくらい良いじゃん!」
もうやけになっていた。何かをしなければならないという感情だけで、カインは目の前の鉄と対話しようとしている。
「……ク……」
「え?」
「…………トルク……だ」




