『デウス島の一件』
◇ 界機暦三〇三一年 七月七日 ◇
■ 北大帯洋 ■
北大帯洋を東に進んだ先、ユーリの指し示した座標を目指して進んでいた戦艦ディープマダーは、確かにそこに無人島を発見した。
小さな島ではあるが、近付くとその存在感が船の上にまで伝わってくる。
何故ならその島の中心には、巨大なドラゴンの像があったからだ。
島はほぼ全域が森に覆われていて、像は際立って見えている。まるで、その像が島に訪れる外敵を見張っているかのようだった。
「……ホントに島があるとはな……。鉄の反応も有り……か」
グレンは静かに呟いた。ユーリを疑っていたわけではないが、その異様な無人島に驚いている。
「ユウキ。任せていい?」
ユーリは島の探索をユウキ一人に任せる気でいた。大人数で行くよりは、ユウキ一人に任せた方が早いと考えたのだ。
「応よッ! 任されたぜェ相棒ッ!」
島に到着すると、ユウキは一人で船から飛び降りた。
「兄貴一人に任せて良かったの?」
カインは船外に半分身を乗り出しながら、ユーリに視線を向ける。
「伝説の鉄は……ノイドも乗れる古代の鉄。ユウキが乗れたなら、ユウキのオリジナルギアを、鉄のエネルギーを用いて使うことが出来る」
「へぇ…………うわッ!」
視線を逸らしたのが、バランスを崩す原因になった。
身を乗り出していたカインは、そのまま島に落下してしまう。
「カイン!?」
「……っと!」
だがすぐ下にいたユウキが、落ちてきたカインを見事に受け止めてみせた。
「うへぇ……」
「何やってんだよカイン。ほら」
「ご、ごめん兄貴」
ユウキはカインを持ち上げ、船に戻そうとする。
「……って投げるの!?」
「手っ取り早いだろ!? おらいくぞッ!」
「ま、まま待って待って!」
ノイドは頑丈なので、仮に船から島に落ちても怪我はしなかった。
なので、逆にここから甲板に向けて投げても怪我はしない。
……落ち方によっては、そうとは限らないが。
*
一方。反戦軍のいるその島に上空から向かう、反応を消した鉄が一体。
風を切るがごとく尖った装甲は、コバルトグリーンと銀の混ざった色が、日の光を浴びて輝いている。
「……見えたぜアウラッ! 船もあらァッ! どうするよッ!?」
「そうだねソニック。……船に近付けば、彼らを刺激してしまうかもしれない。島に泊めたってことは、誰かが降りて島を探索してるってことだ。……ユウキ・ストリンガーかもしれない。気付かれないよう島に入って、話をしに行こう」
アウラとソニックの目的は、反戦軍の意向を聞き出すこと。
指令は組織の壊滅だが、そんな作戦を実施するつもりは毛頭ない。
彼らは彼らで、勝手な作戦を行う気でいた。
「……だなッ! さァアウラッ! 一体ここァどこだと思う!?」
「……え? 島じゃない?」
「そうじゃねェよ」
「あ、ああ……。……島……だけど……」
「つまりはアレだッ! バカンスだなこりゃ!」
「海水浴でもしようかな」
「森林浴でも良いんじゃねェの!?」
「休みも取ろうよ」
「遊びは別だぜッ!」
「でも疲れるよ」
「楽しめるんなら疲れも取れるッ!」
「目標、ユウキ・ストリンガー」
「反戦軍の軍隊長ッ!」
「誰も殺さず」
「当然死なず!」
「「これより作戦を遂行するッ!」」
*
島に向かう勢力は、もう一つ。反戦軍の戦艦を停泊させた場所とは正反対。その遥か先の海上に、帝国軍の船はあった。
「……あれ? サザンさんは?」
エヴリンは船内を探し回っていたのだが、どこにもサザンの姿は見えない。
近くにいた軍人に尋ねたが、そのノイドは何故かエヴリンの質問自体に疑問を抱いているようだった。
「? あれ? エヴリンさん、お聞きになっていないのですか? サザン大尉は自らデウス島に先に向かって、様子を探って来ると仰られまして……」
「!?」
もちろんエヴリンは、そんな話を聞いていない。
だがサザンは既にジェット・ギアを使い、島に到着しそうになっている。
エヴリンに何も言わなかったのは、単に彼女がこの船の中では異端な存在であり、任務とは関係がないと捉えていたからだ。
「あ、あの人は……ッ! いつもいつもいつもいつもいつもいつもぉぉぉ……」
「え、エブリンさん?」
「……ッ! 速度を上げてください! 無鉄砲なんですよいつもいつも……ッ! あんの鈍感バンダナ鋏ぃ……ッ!」
*
◇ 同日 午後一時四十二分 ◇
■ デウス島 ■
サザン・ハーンズは、島に降り立った。
「……着いた、か」
*
サザンとほぼ同じタイミング。アウラ・エイドレスとソニックも、島に降り立つ。
「到着ゥ!」
「……さて」
*
そしてユウキ・ストリンガーが、カイン・サーキュラスを船に向かって投げたところ──
バリィィィィィィィィン
カインは、『何か』に阻まれて船に戻ることが出来なかった。
「いっでぇッ!」
「「カイン!?」」
ユーリとユウキが声を上げる。確かに島内と島外に、『壁』のようなものが突然誕生して見えていた。
ユウキはすぐに落ちてきたカインを再びキャッチするが、その『壁』に目を奪われていた。
「な、何だァ……一体……!?」
*
『……侵入者を確認。神域防衛システムを作動します』
デウス島の深い地下。そこに居た一体の鉄は、その音声を聞いて目を開く。
「…………」
彼に戦意があるわけではない。『起こった』のは、この島に仕組まれた一つのコンピュータプログラム。
侵入者を『撃退』するための、一つの罠だ──
*
ユウキたちが島に立ち入ったその瞬間、島の周りには光のバリアが現れる。
それに触れると弾かれるため、ユーリたち外にいた反戦軍のメンバーは、もう島の中に入ることが出来なくなってしまった。
そして島の中からも出ることが出来ない。出られなくなった者達は──
「ギャアアアアアアアアアア」「ゴアアアアアアアアアアアアアア」
「ガアアア」「ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
地中から、『それ』は無数に現れる。
ヒトとそう変わらない大きさの、小型の鉄たちだ。
だが、その鉄クロガネたちには『意識』が無い。生きているようで、その実鉄紛と変わらないのだ。
ただひとりでに動くだけの、『鉄屍』とでも言える存在。
島の中心に現れたその鉄屍たちは、まだユウキたち侵入者に気付かれていない──
*
島から出る方法を探すため、ユウキとカインは島内に入ることにした。
「クソ……どうなってんだ? なァカイン! 出るにはどうするよォ!」
「どこかにあのバリアの発生源があるはずだよ、兄貴」
「……ああ! そんじゃ島の中心に行く──」
その刹那。二人のことを、鉄屍が襲う──
「──前にコイツらをぶっ飛ばすかァッ!」
「ガアアアアアアアアアアア」
ユウキはすぐに反転し、手の平から糸を出して応戦した。
そこまで強くはないようで、糸の射撃一発だけで、一体は行動停止させることに成功した。
だがなおも、襲ってくる鉄屍は複数いる。
その数はざっと……いや、視認しただけでは、全体数は測れない。
「な、何だコイツら!?」
「鉄……にしちゃ、ちっせェな! 生気も見えねェ……ゾンビみてェだ」
「ど、どどどうしよう兄貴……」
「伝説の鉄ってのァ、こんなにちっせぇのか!? なァオイッ! ンなわけねェよなァ!? 取り敢えずコイツらは……全員ぶっ飛ばすぜ!」
糸を手繰り、一体一体順番に倒し始めようとる。
「ストリングブレットッ! ブレットブレットブレットォッ!」
ユウキの技は、一度に多数を相手取るものではない。
数を相手に出来るのは、彼の周囲に守る必要のある者がいないときだけ。
「あ、兄貴ッ!」
「!?」
カインは腰が砕けてしまっていた。襲い掛かる敵を前に、逃げる手段を取ることが出来ない。
ユウキはすぐに彼のもとへ向かった。
「カインッ!」
そうなると、結果は読めている。
ユウキはカインのことを庇い、鉄屍の打撃をもろに食らってしまった。
「ぐッ!」
「あ、兄貴……」
「ストリング……ブレットッ!」
すぐに目の前の敵を倒したが、ユウキは相応のダメージを受けてしまった。
「ご、ごめん兄貴……。俺なんかの為に……」
「……ハッ! 気にすんなよカイン! お前は俺が……守ってやるさ」
「……! で、でも……」
「お前を反戦軍に連れてくることを決めたのは俺だぜ。当然の役割だろ!? 気にすんな……ああ! 気にするこたァねェよッ! なァオイッ!」
「兄貴……!」
ユウキはカインを守りながら戦い続ける。
かなり困難な状況だったが、それでも優位性はユウキにある。
勝機はあるが、カインは自分の所為で傷付くユウキを見続けて、自分自身の弱さへの苛立ちを抱き始めていた。
*
サザンは鋏を操り、難なく鉄屍を倒し続けていた。
一人で来た彼には足手まといがいない。彼は五体満足なまま、周囲の敵どもを殲滅してみせた。
「……何だコイツらは……。ユウキ・ストリンガー……反戦軍はどこだ? まだ来ていないのか?」
丁度戦艦の停泊している方とは逆側に降りたサザンは、森の中に入っていったため、反戦軍の姿をまだ確認できていない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
「……チッ」
まだまだ敵は地中から生えてくる。サザンはすぐに構え直して対応した。
「シザークロス」
「ガッ……」
一撃で、周囲の木々を巻き込みながら倒してみせる。そうやって視界を広げ、島の中に反戦軍の誰かがいないかを探すのだ。
「……いや、いる。奴は……いる……ッ!」
何故か、サザンは第六感でユウキが島の中にいると確信した。
根拠は何も……まったく何も、まるで無い。そしてサザンは目を閉じて集中し、ユウキの居場所を探る。
「……キィー…………」
*
今のアウラとソニックにとって、鉄屍は敵にすらならない。
「「ソニックブームッ!」」
音速で拳を振るうだけで、衝撃波を巻き起こす。
その衝撃波だけで、鉄屍は倒されていくのだ。
「……コイツら……ロボット!? で、でも……鉄紛にしては、小さすぎる……!」
「俺も見たことがねェぜ! きっとコイツらはアレだ……この島の防衛システムだ!」
「どういうこと?」
「デウス島は神の島。本来人間もノイドも、立ち入ることは許されねェ! 地図に無い、誰も近付かない島だって聞いちゃいたが……どうやら誰もこの島に近付けなかったわけじゃなく、立ち入った奴が全員……消されちまってただけみてェだな……!」
「……僕ら、何も聞かされず来ちゃったけど……」
「誰かの意図を感じるなァ……ッ!」
「とにかく壊して良いんだよね!? いやもう壊しちゃったけど……!」
先の攻撃はノイドに対して使う技ではなく、建物や兵器を破壊する時に使うもので、敵に対して使うことはない。
アウラは既にこの鉄屍はロボット兵器だと捉えており、その認識は間違いではなかった。
問題は、造り手が鉄紛とは違うということ。
「全部ぶっ壊す! 飛ばすぜアウラッ! 風みてェになァ!」
*
『神域防衛システム、五十パーセントが損壊。第二段階に移ります』
地下に響き渡るその音声を耳にし、その鉄はピクリと体を動かした。
真っ白な装甲に、細い機体。加えてその鉄は、頭に布を巻いている。
「……侵入者……何者だ……?」




