『prequel:連合軍』
◇ 界機暦三〇三一年 七月二日 ◇
■ 国家連合軍総司令部 ■
▪ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ▪
若緑色の髪が風になびく。アウラ・エイドレスはこの日、作戦を終えて司令部に帰還してきていた。
「帰った帰った! アウラ! お疲れさん!」
鉄・ソニックは、明るい声を出してアウラを労う。疲れているのは彼も同じだ。
「……まだまだいけるよ。『超同期』にも慣れてきた。早く次の作戦に……」
「落ち着けよアウラ。クールダウンは必要だぜ? 実は俺の方になッ! シッシッシ!」
「……そうだね。分かったよソニック。ありがとう」
アウラはソニックが気を遣ってくれたことを理解し、焦る自分に溜息を吐いた。
彼が太陽の家の家族を失い、それでも挫けずにいられるのは、間違いなくこのソニックの存在のおかげだった。
「アウラ・エイドレス」
コックピットから降りようとした彼に声を掛けたのは、彼と同じ永代の七子の一人で薄紫色のショーットカットの小さな眼鏡の少女──メイシン・ナユラだった。
アウラはソニックから降り切ってから彼女に応対する。
「何かな?」
「……その……」
「……ああそうだ。聞いたよメイシン。メイシンって、ショウのことが好きなんだって?」
「!」
実は、その情報は少し古い。
アウラは作戦に出ずっぱりで、仲間と共に過ごす時間が途方もなく少ない。
一ヶ月以上前に聞いて知った彼女の気持ちは、既に変化していた。
「応援するよ。ショウのことが聞きたいんでしょ? アイツは……うん、アイツはね……」
「待って、違う。違うの」
「?」
「御影さんのことは……もう良いの」
「え?」
彼女はショウのある一言が、ずっとその脳裏に焼き付いていた。
──「悪いけど、もう話し掛けないでくれるかな。鬱陶しいよ」
彼に悪く言われた理由が分からない彼女は、そこから少しずつ彼への憧れに似た感情が冷めてしまった。
ただ、気を悪くさせた原因は考えた。何度も何度も考えた。
それでショウへの気持ちが冷めるのを止めることは出来なかったが、まだ成長途上の彼女は、自分の行動を顧みることが出来る。
「……なんか、悪いこと言ったかなって。今更……思ってさ」
「? 覚えがないな……。僕と君、そんなに会話してないしね」
「初めに会った時よ」
「初めに会った時………………駄目だ。悪いことを言われた記憶が無い……」
「俺は覚えてるぜアウラァ!」
アウラはソニックに半目を向けた。実は、彼はしっかり覚えている。ただ、彼女に気を遣って覚えていないフリをしていただけだ。
「私ってさ、なんか……無神経だと思うんだよね、最近……そう、最近そう気付いた。貴方に覚えがなくても、私は悪いと思った。だから一応……謝っとこうかなって」
彼女がアウラに言ったことといえば、『戦わないなら家に帰ればいい』という様な内容の発言だ。
その時はアウラも無理やりここに連れて来られていた上に、ショウのおかげで戦いに出る必要がなかっただけなので、完全に的外れな物言いではあった。
しかし、今のアウラは自分の意志で戦っている。いや……戦いにすらならずに勝利を収め続けている。
「……優しいんだね。メイシンは」
「え?」
「僕なんて、他人を気遣う余裕がもうないんだ。ショウもきっと……そうなんだ。だからアイツに何か酷いこと言われても、気にしないで大丈夫だよ。ショウは……自分の本心を出すのが、酷く下手糞なだけだから」
もしこの言葉をクリシュナ戦線の前に言っていれば、彼女の気持ちは冷めるよりもむしろ、彼の支えになりたいと発想を変えていたことだろう。
今のメイシンは、かなり俯瞰的にショウとアウラのことを見られてしまっている。
その結果──
「僕に任せなよ、メイシン。君のことも、ショウのことも、絶対……絶対幸せにしてみせる……!」
「……!」
二人だけでなく、この世界の全てのヒトのことを思って言った言葉だったが、生憎と今の彼女の俯瞰視点は、そこまで途方もない高さには無い。
彼女は、目の前の少年が輝いて見えていた。
「エイドレス……さん……!」
手を組んで瞳をキラキラとさせている彼女を見て、傍のソニックは気付いていた。
実は彼女は、今の永代の七子の中で最年少。彼女からすれば他の仲間は皆、年上で憧れの対象になりやすい。
「い、いや別にファーストネームで良いよ。ショウと違って、僕のファーストネームは上の名前だから」
「アウラさん……!」
「……『さん』も要らないけど。ま、いっか」
明らかに先程までと態度を変えているというのに、アウラだけは気付いていない。
一方でソニックと、たった今現れた彼の整備士である浅黒肌の女性は気付いている。
メイシン・ナユラは、『次』に移っているのだと。
*
■ 国家連合軍総司令部 特別医療室 ■
作戦を終えたアウラは必ず毎回、太陽の家の生き残りであり大切な幼馴染である少女──リード・エイドレスのもとに向かう。
クリシュナで負った怪我はたいしたことがないのだが、彼女は立ち上がることが出来ずにいる。
だから今も彼女は、虚ろな目のままベッドにいるのだ。
「帰ったよ。リード」
「…………馬鹿。阿呆。向こう見ず。いつまで戦うの? アウラ……もう止めてよ……」
「……僕は戦ってないよ。ただ、一瞬でノイドをたくさん気絶させるだけの作業をしているだけだ。僕は死ぬのが怖いから、決して死なない作戦しか受けない」
「でも……でも……」
「……確かに、絶対安全とは言い切れないかもしれない」
「だったら……ッ!」
「それでも僕は出撃するんだ。僕以外の誰にも傷付いてほしくないから。誰かを傷付けてほしくないから」
「…………アウラ…………」
アウラの瞳に濁りは無い。
リードは、自分では彼を説得できないのだと悟った。それでも、自身の内側に灯る気持ちが冷めることはない。
「……ショウは、来た?」
そう聞かれて、リードは悲しい表情でかぶりを振った。
彼女がこのベッドに世話になり始めてからというもの、ショウが顔を出してくれたことは一度もない。
「……そっか」
「でも、伝言は貰った」
「え?」
リードの表情は、更に悲しさをを増す。涙が枯れていなければ、まだ出すことも出来たはずだった。
「『全てのノイドを殺し終えたら、会いに行く』……って」
「…………!?」
以前までのショウは、ノイドに対する差別意識があるような人間ではなかった。
この言葉の中にも、そんな意識は微塵も存在しないだろう。彼は本気で、それで全ての戦いが終わると信じている。
「……アウラ。ショウは……ショウは、もう昔のショウには戻らないの? もう……何もかも戻らないの?」
「…………」
アウラは震える拳を胸に当て、強く目を閉じてから覚悟を思い出した。
「……戻らない。戻らないよ。失ったものは二度と戻らない。だから、残ったものだけでどうにかするしかないんだよ。残ったものを守って……もう何も失わないように生きるしか……ないんだよ……!」
三人が、再び笑顔に語り合える日が来るのかどうか。
アウラには全くそんな情景が浮かばないが、それでも前に進むしかない。
そうすることを、彼は選択したのだから。
*
病室から廊下に出た彼は、そこでバッテン印の仮面を付けたフードの男──X=MASKに遭遇する。
「……趣味が悪いね。盗み聞き?」
「いえ。今着きました。貴方がここにいると聞いてね」
「……何か用?」
アウラはスタスタと歩き始めながら尋ねる。
「……良い知らせと、悪い知らせがあります」
「次の作戦ってこと?」
「それもありますが……どちらから聞きたいですか?」
「どうせどっちも話すくせに、こっちに選択を委ねようとするなよ。アンタが決めろ」
「……クク。良いでしょう。では良い知らせから。次の作戦ですが……完全な秘匿作戦になります。ソニックと二人のみで、貴方の自由に動けますよ」
「……悪い知らせじゃん」
『秘匿作戦』という単語からは、嫌な雰囲気しか感じない、
非合法なことをさせられるのではないかと思うと、アウラは既に憂鬱になりかけていた。
「そして悪い知らせです。貴方には……『反戦軍』を壊滅させてもらうことになりました」
Xは、アウラがこれを聞いて不快に感じると想像していた。
何故なら反戦軍というのは、名に『軍』とあるものの、軍に所属していない『民間人』の作った組織だからだ。
だがしかし、アウラの表情は落ち着いている。
「……それは良い知らせだね」
「はい?」
「『秘匿作戦』ってことは、公にならないってわけだ。つまり僕が受けると言いつつサボっても……問題には出来ない」
「……なるほど」
「逆にその『反戦軍』ってのがどういう人たちなのか、確かめさせてもらうよ。上手くいけばこの前のエルドラド列島の件が捏造だって証拠も……見つかるかも」
「……クク……ククククク! アウラ。貴方はアレが捏造だと考えているので?」
「……妙な違和感があるんだ。僕の見たあのユウキ・ストリンガーってノイドは……確かに町を守るために、戦っていたから」
直接話したことといえば自己紹介だけだが、アウラはその目で、リーベル自治区で暴れるバッカスとイビルを相手に戦っていた彼の姿を見ている。
民衆を守るために戦っていた彼が反戦軍の軍隊長であると後で知り、アウラはそのイメージをずっと持っていた。
「では聞きますが、仮に捏造でなかったとしたら?」
「……まあ、向こうが認めるようなら僕は…………指令通り、誰も殺さず壊滅させる。……それだけだ」




