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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
四章【孤島の勇】
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『prequel:反戦軍』②

◇ 界機暦かいきれき三〇三一年 七月一日 ◇

■ 戦艦ディープマダー ■

▪ メインブリッジ ▪


 この日、反戦軍のもとには戦慄するような情報が入っていた。

 それは既に、世間でもニュースにもなっている情報。

 吹き抜けのメインブリッジ一階、操舵室には多くのメンバーがそのために揃っていた。

 真ん中には大きな机があり、そこにはデジタルの海図が描かれている。

 彼らは机を囲んで集まり、その情報について話し合っていた。


「『反戦軍を名乗る第三勢力が、オールレンジ民主国行政区域エルドラド列島で、民衆への攻撃を仕掛けた』……か」


 グレンがタブレットに映した記事を見てそう読み上げると、アカネは傍にあったデジタルの海図が描かれた机をドンと叩く。


「何これ!? 何なのこのデタラメ記事!? どういうことよッ!」


 もちろん、そんな事実はどこにもない。反戦軍が民衆に攻撃を仕掛けたことは、過去に一度だってない。


「……そういう……」


 アカネだけでなく皆が憤りを見せている中、ユーリだけは冷静な態度を取っていた。

 一方のユウキは頭を使いそうな事態だとすぐに察知し、既に少し離れて様子を窺っている。戦艦戦闘担当の者が座る席の、すぐ傍だ。


「どう思う? ペンタス。…………ペンタス?」


 一番近くに座っていたのは、眼鏡に小太りな人間の男。

 その男は、机の上に突っ伏して居眠りをしていた。鼻提灯まで出ている。


「寝てんじゃねェ!」

「あぐッ!」


 ユウキに殴られて起こされたペンタスという男は、軽く伸びをしながら欠伸をした。


「ふわぁ……何? 大砲撃てって? 戦う必要ないよね? 『反戦軍』なんだから」

「……そうだぜ。ああ、間違いねェ」

「?」


 基本的に仕事がないペンタスは、いつもこうして居眠りををしている。そして今日もまた、二度寝に移る。


「ユウキさん! どういうことなんですかね! これ!」


 そう大声を出すのは、同じく戦艦戦闘担当でノイドの、お団子頭の女。


「知るかよ!」


 そのお団子頭ノイドは、ユウキに荒い言葉遣いで返されてもまるで気にしていない。

 彼女はあまりこの状況でも動揺していないが、理解はしている。


 反戦軍が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「だ、誰かがデマを流した……?」


 ユウキたちの反対側で座っている情報通信担当で眼鏡を掛けた人間の女性──つばきは、グレンに対してそう問いかける。


「だろうな。ただ、意図が読めないってんよ。『第三勢力』って肩書きから察するに……俺らを連合軍と帝国軍の両方と、無関係だって言い表したい腹は見えるんだけども……」

「それだけかい? いやぁこれはきっと、大義名分って奴だろうねぇ」

「キクさん。どういう意味だってんよ?」


 それに答えるのは、キクではなくユーリ。


「……証拠が無いから、捏造してきた。私達を処分する……これが、その口実」

「嘘……」


 まだ動揺から平静に戻れないアカネだが、グレンはこの状況で、必死にリーダーとして落ち着いているように見せていた。


「……そうか。しかしなァ……ここまでする必要があったか? 連合軍か、あるいは帝国軍に。俺達はそりゃあ邪魔だろうさ。けれども、こっちが自分から暴走する可能性だってあった。捏造してまで追い込むことに、一体何の意味があるってんよ。明らかに……コイツァおかしいぜ?」

「……」

「ユーリ?」


 一息を吐き、ユーリは何かを覚悟したように目付きを変えた。


「……信じてもらえないかもしれないけど、私はこうなる可能性を考えなかったわけじゃない。予想出来ていながら……私はみんなを巻き込んだ」

「あ? 何言ってんだユーリ」


 ユウキは思わず前に出ようとし始める。だがそれを遮るかのように、ユーリの口調は早くなっていく。


「私の居場所がバレていた。だから私を殺すためにここまでしたんだ」

「な、何言ってんだってんよ。どういう意味だ?」

「……私は、前に話した国家連合の男……『ゼロ』と因縁がある。世界を壊そうとしているアイツは、その前に私を殺そうとしているんだ」

「お、おい待てってんよ。ゼロと因縁? どういう話だ。聞いてないぜ?」

「このままだとみんな殺されるかもしれない。私は……」



「落ち着こうぜッ! 相棒!」



 ユウキはここで、体を震わせ始めた彼女の肩に手を置き、話に無理やり入って来た。


「……ユウキ……」


 ニッコリと笑みを見せると、ユウキはグレンの方を向く、


「なァグレン。要はこういうこったろ? 今後、俺達を狙ってくる連合軍や帝国軍の奴らがいるかもしれねェ……そういうこったろ? 悪くねェ話じゃねェか! 俺達に兵を割いてたら、戦争が滞るってモンだぜ! スケープゴート上等ッ! 良い方に捉えようじゃねェの!」

「……! あ、ああそうだな! ユーリ。お前とあのゼロって男の間に何かあるってのは、奴の顔を見た時のお前の反応から、何となく分かってたってんよ。あちらさんが邪魔に思うってことは、俺達のやってることが無意味じゃないってことの証明になる! 頭を貸してくれ! これから俺達は……どうしたらいいってんよ!?」


 ユーリはグレンにそう言われ、また目の色を変える。反戦軍を抜けるべきかと一瞬悩んだ彼女は、すぐに判断を変える。

 今自分がいなくなっても、状況は恐らく変わらない。

 ならば、今すべきことは──


「力を付ける。それしかない。一つだけ提案があるんだけど……ギャンブルになるかもしれない私の話、聞いてくれるかな?」

「ぎゃ、ギャンブルはちょっと……」

「話してみろよッ!」


 アカネは頬を掻きながら諦めて引き下がる。流石にユウキを説得するのは難しい。


「地図を」


 ユーリはデジタルの海図が映されていた机に触れ、情報通信担当の者に地図を机上に映すよう頼む。

 頷いてくれたのは眼帯に渋い顔の男ノイド、ロケア・ベント。彼の手によってデジタルの地図が机に映ると、ユーリは続ける。


「『あの男』が本気で私を殺すつもりでいるのなら、今の私達では太刀打ちが出来ない。最悪、情報を操作して六戦機や永代の七子(エターナルセブン)を派遣してくる可能性も十分にあり得る」

「あ、あり得るかなぁ……」


 アカネだけではないが、まだ半信半疑の者は多くいる。

 しかし、ユウキだけは全く一ミリも彼女の言葉を疑わない。


「戦争止める邪魔をすんならよォ、戦争するしかないぜオイ!」

「うわ! 矛盾してますよユウキさん!」

「うるせェアネモネ!」


 お団子頭の女ノイドは、名前をアネモネ・ルーアと言った。彼女に続いてつばきも懐疑的な姿勢を見せている。


「ゆ、ユーリさん。その……ゼロとは一体何が……」

「ごめんね。ずっと黙ってたんだけど、今言うよ。私は…………ゼロに、()()()()()()()


「「「「「!?」」」」」


 隠していたというよりは、言っても通じない可能性を最初の彼女は懸念していた。

 だが、ここに身を置く時間が長くなったことで、彼女は彼らに通じることだけを伝えることが出来るようになった。


「あの男は、『世界平和』なんてものを望むような奴じゃない。世界を壊すために動く存在。ヒトを逸脱した化け物。戦争を陰で操って、この世界を終わらせる『手段』を手に入れようとしているだけ。それが……アイツの目的」


 グレンは驚き、目を見開いていた。


「……ユーリ。一体アイツに何を……いや、それはいい。気になるのは、どうしてそいつがお前を狙うのかって話だってんよ。お前は一体……」

「……」


 ここで黙ってしまうのは、彼らに『通じない』話になってしまうからだ。

 だがユウキはそんな事情までは察せずとも、彼女が困っている時にすぐフォローに入れる男。


「狙われてんのは事実なんだろ!? だったらその理由なんざいくらでも考えられる。ユーリもゼロも、出自からして何か深ェ事情があるってのは分かり切ってたことだ! ゼロは実際にクロガネに乗ってリーベルを襲撃した! 俺がその証人だッ! 話のスケールがデカくて戸惑うだろうがよ。テロリストのレッテル張られた以上、俺達は受け入れるしかねェんじゃねェのか? …………俺達は、世界を脅かす『黒幕』に、喧嘩を売られたってな……!」


 皆が戸惑うのは、確かに彼の言う通り突然の問題の肥大化にあった。

 自分たちのやっていることが反戦に繋がっているという自信が欠けていた所為で、彼らはまだ自分たちの力を過小評価していた。

 今の反戦軍の力は、それほど弱くはない。


「……ここ」


 ユーリは海図のある地点を指差した。そこは海の上で、何も無い。


「ここに、ある島がある。地図に載っていない無人島……。そこに、私の予想が正しければ……『古代のクロガネ』が、潜んで暮らしている」

「!? こ、古代のクロガネ!? クロガネってのは……人前に出ていない個体はみんな、海の中で住んでるもんじゃねェのか?」

クロガネも、色々な性格の個体がいるから。特に誰にも知られていない無人島は……クロガネの住処になりやすい」

クロガネを仲間に引き入れるのか? でも乗れる奴がいねェと、話にならないと思うってんよ」

「……そのクロガネは、乗る相手を選ばない。神の現身であるマキナ・エクスによって創造されたと言われる、『伝説のクロガネ』だから……」

「……ッ!? ま、まさかそれって……」


 グレンだけではない。ここにいるほとんどのメンバーは、『その存在』を伝承として聞いたことがある。

 年長者のキクは、完璧にその伝承を記憶していた。


「……『ブレイヴ』……かい?」


 ユーリは一瞬目を開いて沈黙し、それからコクリと頷いた。


「先手を取らないと、私達はあの男に成す術もなくやられる。『彼』が協力してくれる可能性は低いけれど……賭けるべきだと私は思う。恐らく帝国軍と連合軍は既に……私達を見つけているから」

「何でそう思うの?」


 ずっと話に入れなかったカインは、ここで背を伸ばして机の上の海図を目に入れてユーリに尋ねた。


「あの男の『技術』なら、レーダーで捕捉されないこの船も居場所を掴むことが出来る。今までは泳がされていたのかもしれないけれど、きっとあの男は……今の私達を十分な脅威として見てる」

「ハッ! そいつはいい! 特別製の鉄紛クロガネマガイを奪った甲斐があったな!」

「ユウキが〝幻影の悪魔〟を退けた所為でもあるよ」

「……いや、アレは俺じゃなくてアウラとソニックって奴が……」

「でも全責任は私にある。私も、目立つ自分の特徴を隠したくなかった。身を隠しながら生きたくなかった。自由に生きたかった。……きっとそんな私の意地の所為で見つかったんだ。みんなが目を付けられたのは私の所為。…………ごめん……」


 ユーリは宝石のヘアアクセサリーを摩りながら俯いた。

 彼女はずっと、自分の居場所がゼロに知られていないという前提で行動していた。

 だがしかし、実は開戦前から彼女の居場所はゼロに知られていたのだ。

 もっとも、彼女の情報を最初に掴んだ有能な男は、既にこの世にはいないのだが。


「謝ることじゃないってんよ。なァアカネ」

「え? あ、ああ……うん。ユーリは仲間なんだから、気にしないで」



「俺はどうかと思うがなァ!」


 メインブリッジ二階の司令室の方から、モヒカン頭の男がそう叫んだ。


「誰だっけ? 兄貴」

「バラだッ! てめェカイン! 新入りの癖に生意気だぜオイ! ユーリも新入りだよな! 余計な厄介持ってきといて、提案なんか飲めるかよッ!」


 バラの周りには、他にも反戦軍における戦闘員のメンバーが揃っている。

 鉄紛クロガネマガイ乗りの三兄弟と、ノイドの双子だ。


「バラッ! 文句言うなら代案出せよ!」


 いつかキクに似たようなことを言われたユウキは、ユーリを庇うために正論を述べる。


「ンだこのハチマキ野郎! 戦力なんざ俺らだけで充分だって言ってんだ! 舐めてんじゃねェぞコラ!」

「……確かに。お前はともかく俺は強ェしな」

「てめェ……!」


 ユウキはバラの言い分に納得してしまったが、ユーリは充分だと思っていない。


「……決めるのはリーダー。そうでしょ? グレン。一つ言っておくけど……私は、今のまま仮に六戦機や永代の七子(エターナルセブン)をぶつけられたら……こっちに勝ち目はないって考えてる」

「ンだとォ!?」


 バラは怒っているが、グレンはリーダーとして、冷静な判断を下すべきだと考えている。


「…………俺らは反戦軍だ。戦う力をそこまで無理に欲する気はないってんよ。……が、結局それじゃ、組織として長く持たない……」


 リーダーの言葉を待つため、全員が沈黙を守る。それからグレンは少しまた思案し、結論を述べた

「……バラッ! 俺達は、種族間戦争を止めようとしてるんだ。なのにこの船には……同じ知性を持つ三つ目の種族、『クロガネ』がいないってんよ。このままじゃ大義が腐るぜ。種族間戦争の『反戦』を掲げるんだから……置いてけぼりには出来ねェ。協力を要請しようぜ。伝説のクロガネに……!」

「…………フン。グレンがそう言うなら……仕方ねェ。でもなユーリ! やっぱり俺は、ずっと黙ってたことどうかと思うぜ!」

「……それは…………ごめん……」


 バラが苛立つのは妥当なことだ。むしろ、彼以外のメンバーにおおらかな性格の者が多すぎるだけ。本来はこれが至って平凡な反応だ。

 だからこそユーリはそんな仲間たちに感謝しながら、上にいるバラを含めた皆に頭を下げた。

 そして、そんな彼女の頭を撫でながら上げさせるのはアカネ。


「馬鹿だねバラ。ユーリは自分が連合の偉い奴に狙われてるなんて話、信じてもらえないって思ったんだよ。こうして向こうから動かない限りさ」

「それはコイツが俺らを信じてないっつーこったろうがよッ! なァハチマキ野郎! てめェは話聞いたら信じたろ!?」

「当たり前だ!」

「だったらもうちとキレろよッ! 何だお前!?」

「俺か? 俺の名はユウキ・ストリンガー! 紡げよ俺の名。お前の──」

「そうじゃねェよ! 何だマジでてめェは! ぶっ飛ばすぞ!?」


 そうしてバラは一人、ブツブツ言いながらこの場から去っていってしまう。

 申し訳なさそうな顔をしているユーリに、キクは近寄った。


「気にしないで良いよユーリ。バラは、アンタにもっと仲間を信じてほしいってだけさね。可愛いもんだ」

「……ありがとうおばば。そうだね。私は…………」


 だが彼女は、まだ皆に隠していることがある。

 話す必要はなく、話したところでまだ通じるとも限らないことだ。そして同時に、自身の凄惨な過去に繋がることでもある。

 彼女はただただ、その過去を思い出すのが、怖くて仕方がないだけだった。

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