『prequel:反戦軍』
◇ 界機暦三〇三一年 六月二十七日 ◇
■ 北大帯洋 ■
インドラ海から大陸を乗り越えた先、そこに『大帯洋』と呼ばれる海が広がっている。
中でも北大帯洋は世界最大の海であり、その広大さ故に、まだ全貌は把握されていない。
この海には、誰にも知られていない無人島なども多く存在している。
反戦軍の母船、戦艦ディープマダーは、この海上にいた。
「ユウキはどこ?」
反戦軍の参謀担当で、宝石のヘアアクセサリーを付けたブロンドヘアの女──ユーリは、軍隊長である黒髪ハチマキノイドの男──ユウキ・ストリンガーを探している。
メインブリッジに彼を探しに来た彼女は、反戦軍のリーダーで青髪に上裸マントの男──グレン・ブレイクローにその居所を尋ねていた。
「見てないってんよ。格納庫じゃね?」
続いてそのまま、ユーリは近くにいた赤髪の女ノイド──アカネ・リントにも視線で尋ねる。
「知らないわ」
「見てないねぇ」
アカネの背後にいた相談役の老婆ノイド──キクも答えてくれた。が、しかし、ユウキの居場所は分からない。
「どこだろう」
そしてユーリは、グレンの言う通りに格納庫の方へ向かっていった。
*
▪ 艦内格納庫 ▪
この格納庫には、複数の武器、兵器が備えられていた。
中にはなんと鉄紛まで存在している。連合軍の基地から奪取した物だ。
そして当然、それを運転できる搭乗者も、確保されている。
「バラ。ユウキ、知らない?」
ユーリが尋ねたモヒカン頭の男は、名をバラ・ローゼクトと言った。
彼を始め、鉄紛に乗ることの出来る人間は四人いる。
「あん? 知るわけねェだろ。ハチマキ野郎のことなんざ」
「オレも知らん」
「オレも知らんな」
「オレも知らんなマジで」
バラ以外の三人は、それぞれファーストネームをコウバイ、ヤマハギ、セキチクという、ジャンバール三兄弟。
ライオンのような鬣が何故か生えた男と、トラのような髭が何故か生えた男、そしてクマのような耳が何故か生えた男だ。
何故かは分からないが、一応全員純粋な人間であり、皆からは『猛獣三兄弟』と呼ばれている。
「そ」
「あ、おい待てよユーリ! そんだけかよ!」
「そんだけだろ」
「そんだけだろうな」
「そんだけだろうなマジで」
そしてユーリは、また別の場所に探しに行く。
*
▪ 艦内廊下 ▪
廊下に二人のノイドが歩いていた。こちらは双子の、ヒーデリ兄妹だ。
兄はマツバという名の眼鏡を掛けた尖った目付きの少年で、妹はボタンという名の垂れ目にフワフワな髪をした少女。
「マツバ、ボタン。ユウキ見た?」
「見てないです!」
「見てませ~ん」
「そっか」
「甲板で走ってるんじゃないですか~? いつも鍛えてるし~」
「……甲板か」
そこに当たりを付け、ユーリは甲板に出ることにする。
実は彼女もそこにいるだろうとは考えていたが、ただ少し動き回りたかった。
船の上にずっといると、体を動かす機会が減る。ユウキが甲板で鍛えるのと同じように、ユーリもジッとしているのが苦手な性格だった。
*
▪ 甲板 ▪
ユウキはパラソルの下にあるデッキチェアで横になっていた。
眠っているらしく、かすかだがいびきも聞こえる。
「寝てる……」
ユーリは彼の傍に寄り、その様子を確かめる。
「……こうしてると……可愛げもあるな……」
寝るにしても豪快な態度ではなく、横向きで少し手を丸めた形。物静かで夢の中にいる彼からは、いつものやかましさを感じない。
何となく、ユーリは彼の頬に、チョンと指を当てた。
「あ」
「うおぅッ!?」
ユーリはそこで、デッキチェアの後ろにハンチング帽の少年がいたことに気付く。
ユウキのことを『兄貴』と慕う子どものノイド、カイン・サーキュラスだ。
そして彼女の驚き声によって、ユウキも目を覚ます。
「ん……何だァ?」
「兄貴。今ユーリが──」
「……ッ」
刹那でカインの背後を取り、彼を甲板に押し付けて締め技を掛けた。
「タップ! タップ!」
「何やってんだお前ら…………楽しそうだなァ! ハハハハハハ!」
「いや笑ってないで助けてよ兄貴! あだだだだ!」
やがてハッとしたユーリは、自分が動揺を隠すために馬鹿なことをしていると気付く。
スッとカインを解放すると、何事もなかったかのように、立ち上がるユウキと向かい合った。
「よォ相棒! 今日はまた一段と元気じゃねェの? なァオイッ!」
「またうるさくなっちゃった……。まあいいや。また甲板の上で走り回ってたの?」
「まァな。こっちはグレンの言いつけ守って大人しくしてんだ! 船の上でくらい、鍛錬してもいいだろ!?」
「……そうだね」
「で! 何の用だよ! 話がしたかっただけか!? ハハッ! 可愛いとこあんじゃんよ!」
「…………」
「……あ、あの、せめて反応してくんね?」
ユウキは緩んでいた自身のハチマキを締め直した。
そしてユーリは、用事を告げる。
「……クリシュナの件があった後も、連合軍と帝国軍は戦いを止める気配がない。私達が出来ることといえば、通信妨害や些細な戦闘妨害だけ。現実的な話……影響力は、そこまでない」
予想外に真面目な話だったことに驚き、ユウキは真剣な表情を作る。
「……そうだな。俺達ァ結局民間組織だ。直接戦うことを避けてたら、そりゃ出来ることは限られるぜ」
「問題は、社会への影響力が少ないことじゃなくて、その反面、両軍からの恨みはしっかりと買ってるって事実」
ここらで、締め技を食らって倒れていたカインが起き上がる。
「え!? 俺達もしかして消される!?」
「帝国の通信の邪魔しまくってるし、連合からは鉄紛も奪ったしなァ。でも……誰も殺しちゃいない。自分らのこと棚に上げて、俺らをわざわざ消しに来るメリットは…………あー、どうなんだ? ユーリ」
「……私は、『ある』と思う」
「「マジで!?」」
声を合わせて驚いている二人だが、ユーリやグレンはそんな当然の可能性は把握している。
ただ、気掛かりなのはそこではない。
「けれど一応、私達が一連の妨害をしたっていう物的証拠は無い。この船の中にはあるけど。ユウキに至っては、一部の民衆に〝英雄〟として知られてるしね」
「そうだよ! それに乱心した〝幻影の悪魔〟だって止めたんだ! 両軍から感謝されたっていいレベルだよ!」
「証拠さえあれば私達は公的に裁かれる。この船だって、レーダーに捉えられないから見つかっていないだけ。不安なのは……」
「不安なのは?」
ユウキには、彼女が抱いている気掛かりが分からない。
「…………ねぇユウキ。私達は……もっと『力』を付けないといけないんじゃないかな?」
「何だよ急に」
「ユウキはどう思う?」
これが彼女のしたかった話だと理解し、ユウキは顎に手を当てて思案する。
もっとも、自分の頭で思い付く範囲では役に立たないと、彼はそう考えていた。
「……俺は無茶する性格だぜ? そんなのはイエスとしか言わねェよ。ああイエスだ。俺はもっともっともっともっと! もっともっともっともっと強くなりてェ! いや……なるんだよッ!」
「……そう……だよね」
彼女はユウキがそう答えると分かっていた。分かっていたが、彼女は誰かに相談したくなっていた。
一番に頼りにする相手はユウキだが、まだ彼女はそのユウキにすら、自身の憂いを詳らかにすることは叶わない。




