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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
三章【月夜の帝座】
51/158

『クリシュナ侵攻戦線』⑤

■ スーリヤシティ 南西部 ■


 サンライズシティの爆発に、南西部の者達も気付いている。

 ヴェルインとガランは、驚いて完全に動きを止めていた。


「何だ? 今のは……」


 ヴェルインが戸惑っている一方、ガランは察することが出来た。


「……ギギリー……まさか……」

「!?」


 動きを止めているのは彼らだけ。幽葉ゆうはとクロロ、デンボクとマスクドは、二人の隙を狙っていた。

 影の中にいた所為で、爆発に気付けていなかった。


「隙あり」


 建物の影の中から出て来たのは、クロロだけではなくマスクドもだ。

 クロロの影の中には、彼が触れているもの全てが入ることが出来る。


「影の中からこんにちはァッ!」

「むッ!」


 マスクドは、まるでメリケンサックを付けているかのような凹凸のある拳で、ヴェルインを殴り飛ばす。


「「ヴァイスラヴァナ!」」


 拳の炸裂が、吹き飛ばした後も連続する。

 ヴェルインは同時に五、六回殴られたような感覚を味わい、建物の壁も貫通して吹っ飛ばされた。

 崩れてきた建物の瓦礫が、彼の上に落ちてくる。


 ドガンッ


「……なるほど」


 だがしかし、ヴェルインは瓦礫から何事もなかったかのように出てくる。

 それでも口内を切ったようで、僅かだが口から血を流している。


「嘘だろ……頑丈過ぎるぜ! デンボクどうする!」

「……待て。マスクド・マッスラー」

「何だ!?」

「……何だ……? あの馬鹿でかい煙は……」


 デンボクが指摘したのは、東の空に浮かぶキノコ雲。先の爆発によって発生した、急激な上昇気流が生み出す雲だ。

 影の中にいたデンボクとマスクド、それに幽葉とクロロは、たった今起きた爆発に全く気付けていなかった。


「……何? あれ」

「わ、分かんないよ……。何あれ……」


 そしてそんな爆発を意に介していないかのように振る舞っているのが、シドウ・シャー・クラスタ。


「シャハハハハハハ! シャハハハハハハハハ!」

「何がそんなにおかしいの!?」


 メイシンは、何故か爆発が起きて笑い続けているシドウに対し、攻撃を仕掛け続けていた。

 だが、先程からずっとキリが巨大な小銃ライフルの弾丸を撃っているものの、一発も彼には当たらない。

 キリは、シドウの速さについていけていなかった。


「シャハハハハハ! これがおかしいだと!? おかしいわけがねェだろ馬鹿が! だから笑うんだよ! 分かってんのか!? オイ! まだ俺を殺す気でいんのか!? 戦わねェっつってんだろ! それよりあの爆発はどうすんだ!? どうにもなんねェだろ!? やりやがったんだあのドブカス……やりやがったんだッ!」

「どういうこと!?」

「シャハハハハ! こんなのもう笑うしかねェだろクソがよォ!」

「何をしたの!?」

「いつまで俺を狙ってんだメスガキィッ!」


 シドウを捉えることはできない。

 圧倒的すぎるそのスピードと反射神経は、他のノイドとは比べ物にならなかった。

 それでもメイシンとキリは、愚直に彼を狙って撃ち続ける。


「貴方たちは一体何をしたの!?」

「女とは戦わねェって言ってんだろ!?」

「何をしたのよッ!」


 メイシンは涙を浮かべていた。

 空中を飛び回りながらシドウを撃ち続ける彼女は、サンライズシティで何が起きたかもう理解している。

 彼女の目には、巨大な爆発で崩壊したサンライズシティが見えている。


「シャハハハハハハハハハハハハ! ああ笑える! クソみてェなこの現実……笑ってやらねェともうどうしようもねェなッ!」


 満面の笑みを見せながら一瞬だけ、シドウは確かに歯をギリッと噛み締めた。


     *


 南西部で戦闘を続けられている者達はまだいる。

 ライドとレッド、シュドルクとハッブル。

 サンライズシティの爆発に気付いていながら、彼らは動きを止める余裕もないほどの激しい戦闘を繰り広げていた。


「「バーニングフレイムッ!」」


 両の手の平から発せられる火炎放射。レッド・レッドの固有能力だ。

 だが、広範囲に渡る彼の炎をもってしても、ハッブルを捉えることが出来ていない。

 シュドルクの取り付けたジェット・ギアの効果が、同化によってハッブルにも使用可能となっている。

 鉄の翼のはためきとジェット噴射が合わさり、移動速度が他のクロガネよりも遥かに上昇しているのだ。


「シュドルクさん! あの爆破は一体……」

「…………アレが、元帥閣下の思し召すところだそうだ」


 シュドルクは眉をひそめるだけで、冷静に興奮状態のライドを相手にする。


「「燃えろよォォォォォォォォ!」」


 何故ライドたちが冷静でいられないか。その理由は先の爆発とも関係ない、単純にして明確なものだった。


(何だ……? 何で当たらないんだ……? どうしてコイツは殺せないんだ……? いつもは……いつもはもっと簡単に、終わらせられるのに……!)


「小僧。脇が開いている」

「「!?」」


 軽く炎を避け、死角から大鎌による切り裂き攻撃を与える。

 纏った大きな黒い光と共に浴びせられた鎌の攻撃で、レッド・レッドは大きく体勢を崩された。


「「がァァァァァァァ!」」

「……気付いていないのか? この戦いは既に……無為なものに変わっているということに」


 鍔の先端が切れたキャップは落ちてしまい、ライドは頭から血を流していた。

 激しい機体の揺れで、頭部をコックピット内の角にぶつけてしまったためだ。


「レッド・レッド……俺達強いよな……? 今までだって……朝飯前に終わらせられたもんな……?」

「ああそうだぜライドォ……。だが……アイツらの方が、一枚上手ってェだけの話だぜ」

「……昼飯前ってことか……」

「どっちかってェと……夕飯後……だぜ」

「……そっか……」


 彼はまだ、覚悟が出来ていない。選択すらも、出来ていない。

 流されるままに戦って、死期を前に恐怖の感情を理解することも、出来ていなかった。


「終わりだ」


 ハッブルは、鎌を再び振り被った。

 二人に避ける気力は無い。だがここでようやくライドは、サンライズシティの方の爆発を気に掛ける。


「……たくさん死んだかな。さっきの爆発」

「……だろうな」

「……俺も死ぬなぁ……」

「ライドォ……」

「…………死にたくねェ。腹いっぱい食えるっていうから、俺は『ここ』に来たんだ。まだ全然食えてねェんだ。貧民街のみんなは……まだ全然食えてねェんだ」

「……いけるぜ。俺とお前なら」



 ライド・ラル・ロードは、オールレンジ民主国のある貧民街で生まれ育った。

 そこでの家族はみな、飢えで死んでいった。

 彼も同じように死にかけていたところ、宝探し感覚で訪れた(イクス)MASK(マスク)に、その才能を見初められる。

 そうして彼は『候補』の一人となり、やがて永代の七子(エターナルセブン)に数え上げられる。

 これまでの戦闘回数とその鈍感さでは、彼はまだ限界に到達できないはずだった。

 御影みかげ・ショウやアウラ・エイドレスのように、『至る』可能性はあり得なかった。

 しかし彼の飢えは、そんなことを無視して奇跡を呼び起こす──



「「────────『完全同化シンクロ・フル』ッ!」」



 レッド・レッドの体が、機械から肉に変化していく。

 最早機械生命体ではなく。本物のドラゴンと言える存在。

 輝く黄色い光を身に纏い、背には二重の輪っかで出来た光背が見える。


「!?」

「な……そんな馬鹿なッ! 『完全同化シンクロ・フル』だってッ!?」


 黄色い光は、激しさを増し続けて周囲を包み込んでいる。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」


 発する炎の熱さは、今までの倍以上は感じられている。

 全方位に放火され、ハッブルは少しその炎を食らってしまった。


「ぐああああああああ!」

「……ッ」


 いくら反応が良くスピードは速くとも、全方位に攻撃されては意味がない。避けることは出来なかった。


「……ハッブル。『超同期オーバーシンクロ』を経ずに、『完全同化シンクロ・フル』に至ることがあるのか?」

「そ、そんなこと言われても……。は、初めて見ましたよ……」

「……」

「もしかすると……無理やり『超同期オーバーシンクロ』に至ろうとした結果、限界値でブレーキを押すことが出来ず、そのまま飛び越えてしまった……とか?」

「……奇跡、か」


(だが……無意味な奇跡だ)


 シュドルクはその仕様を理解している。『完全同化シンクロ・フル』は限界を超えた力。ライドとレッドの命は……もう長くない。


「凄い……凄いぜレッド・レッドォッ! まだ戦えるッ! まだまだ燃やせるッ! 燃やし尽くせるぜェッ!」

「食い尽くそうぜッ! 何もかも!」


 ライドの瞳は光を失っている。

 会話をしているようで、二人の意識はもうここにはない。

 二人は確かに奇跡を起こした。だがそれは、希望に満ちた奇跡ではない。

 これは、ただそこにあるだけの奇跡──



「「燃えやがれェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」」


「「!?」」


 レッドの炎は空を丸ごと飲み込んでいく。このスーリヤシティの南西部は、彼らの攻撃範囲に変更していた。

 メイシンとキリは思わずその巨大すぎる炎を見て動きを止め、当然シドウも頬を引きつらせる。


「ンだこりゃあッ!」

「何これ……」

「レッド・レッド……」


 キリだけは一瞬で理解したが、シドウもそれより少し遅くして気付く。


「……ッ!」


 いくら自分だけ避け続けていても、この戦場では女子どもが戦っている。

 自分の半分も生きていない子どもが、死のうとしている。故にシドウは──


     *


 炎は無差別に全てを食い尽くそうとしている。街を敵味方関係なく、彼らの炎が襲い掛かった。

 幽葉とクロロ、デンボクとマスクドは、その炎から逃れようとしている。


「どうして私達にも攻撃を……?」

「い、いい意識が無いんだよ! 『完全同化シンクロ・フル』だよ! た、多分だけど……!」

「ライドに何が起きた……!? マスクド・マッスラー!」

「限界を越えちまったのさ! もう……助からない……!」

「「!?」」


 幽葉とデンボクは凄惨な現実を受け止め切れていない。

 無差別放火から逃げている今は、心の整理をする余裕がなかった。

 そんな中で、シドウ・シャー・クラスタはすぐさまヴェルインとガランの方に飛んで来た。


「おい! テメェら!」

「分かっておる! アレは我々が対処するしか──」

「馬鹿か!? 手を出すんじゃねェぞ! シャハハハハ!」

「……何だと?」


 ガランはシドウを睨み付けたが、上を向いて笑っているシドウには見えていない。


「〝死神〟がどう戦うか見ようじゃねェか!」

「だ、だが、我々が来た目的は永代の七子(エターナルセブン)の……」

「俺は女子どもとは戦わねェ。同じように、理性の無い敵とも戦わねェ! 何故かって!? 良いか!? 戦うことしか頭にない相手を! 勝つことを前提にした奴が殺すのは! それはもう自然界の『狩り』と変わらないんだよッ! だから確実に殺せる俺らが戦うのは、あのガキの『人生』に対する冒涜になる! 人間のガキを、人間らしく終わらせてやろうじゃねェか! シャーハッハッハッハ!」

「〝死神〟が戦うのは良いのか?」

「どちらが勝つか分からないからなァ! これはただの生存競争だッ! 『狩り』にはならねェ!」

「無茶苦茶な理屈であるな……シドウよ」


 ヴェルインは呆れ果ててしまった。だが確かに、手を出さなくてもいずれあの二人は死ぬ。

 とにかく向かってくる炎を対処するだけで、シドウの言う『狩り』はしないことにするのだった。


「……」


 そしてガランは、目を瞑って動きを止めた。


     *


■ スーリヤシティ 南部 建物内 ■


 寝かされていたサザンは、その間にCギアによる通信を受けた。

 それに伴い、傍を離れようとしたエヴリンに声を掛ける。


「……待て。エヴリン」

「駄目ですよサザンさん。回復させてください」

「……いや。撤退命令だ。通信が入らなかったのか?」

「え? あ……やば。Cギアに軍の番号入れるの忘れてました……」

「……第一師団の損耗率が、五割を超えた」

「えッ!?」

「南東部でピースメイカーが暴れている。直に……南西部の主要戦力も、落とされる」

「……ッ! だ、大丈夫です! 私達がいますから!」

「目標は達成したとのことだ」


 サザンは今の本部からの通信に苛立っている。上体を起こし、既に移動する気でいた。


「目標……?」

「新たな爆弾兵器の実験……だそうだ。意味が分かるか? エヴリン」

「……! ま、まさかさっきの爆発は……」

「ああ。そしてどうやら第一師団は……その目くらましに過ぎなかったらしい……ッ!」


 苛立ちを隠すことが出来ず、普段無表情の彼は、あからさまに顔を強張らせている。

 再び立ち上がった彼は、休もうとせずまだ戦場に向かおうとしていた。


「サザンさん!」

「撤退するには隙がいる。ピースメイカーと……それに南西部のクロガネたちを、止めなければならない」

「サザンさんは先に逃げて下さい! 私達で事足ります!」

「お前はともかく、他の六戦機はどうだ? 帝国軍を逃がすのに……協力してくれるのか?」

「そ、それは……」


 『実験』という単語を聞いたエヴリンは、別行動をしているというギギリーのことを瞬時に思い浮かべた。

 誰が何の利益でこの戦場に来ているのか、もう彼女は分からない。

 だがそれでも彼女は、進み始めているサザンを止めたくて仕方がない。


「サザンさん……!」



「俺を縛るな」


 怒りを抑えきれていないサザンは、その時一人称を変化させた。

 エヴリンは初めて見る彼の表情を前にして、体をビクッと震わせる。


「……誰も彼も、俺を縛ることはできない。何故なら俺は、俺を縛ろうとするものを全て……俺だけが持つ、巨大な『鋏』で切り裂くからだ」


 一度右腕を元の状態に戻していたのだが、また彼はその右腕を鋏に変形させた。

 彼を止めることは、誰にも出来ないのだ。


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