『クリシュナ侵攻戦線』④
■ スーリヤシティ 南部 ■
六戦機は永代の七子を押していた。加えて、戦地に到着して僅か数十秒足らずで鉄紛の大半を破壊。
鉄部隊と入れ替わりで他の戦力を撤退させた連合軍に対し、帝国軍は数的有利を確保していた。
戦局は間違いなく、帝国軍側に流れていた。
「……はい。……いいえ。……大丈夫です。……はい」
様子見を続けるエヴリンたちを前に、ショウは本部から通信を受けていた。
といってもほぼ状況報告だけで、適当に返事をするだけですぐに済ませた。
「……なるほど」
「何が『なるほど』なんですか。下がっていてください、サザンさん」
サザンは冷ややかな目をエヴリンに向ける。
「舐めるなエヴリン。私はまだ戦える」
「いやいや! あの固有能力相手に、普通のノイドが勝てるわけないじゃないですか! お願いですから下がってください!」
「……」
「あ、ちょっと!」
サザンはショウの方に向かっていった。
「敵、接近」
「!」
ショウはピースメイカーと『同期』している時、その視界を共有することが出来る。
視界共有は自由にオンオフ切り替えられるが、盲目であることに慣れている彼は、光の眩しさに耐えられないという理由で、基本はオフにしている。
だが、ピースメイカー自身が必要だと感じた時は、彼の意志で勝手にショウに視界を共有させることもある。
例えば今のように、ショウの反射神経で避けなければならない時──
「……無駄ですよ」
「どうかな?」
ピースメイカーはショウの操作で身軽に上昇する。
そして、オリーブブランチによって逆にサザンを殺しにいく。全身から発する枝が、あらゆる方向からサザンを狙うのだ。
「駄目ですサザンさん!」
「キィッ!」
ほんの一瞬。サザンはほんの一瞬で、向かってくる枝を全て切り裂き、ピースメイカーに接近した。
「!?」
そしてその勢いのまま──
「シザークロスッ!」
防御態勢を取ったピースメイカーの枝の盾をも破り、確かにその体に傷を入れてみせた。
「損傷」
「……ッ! ぐッ……」
深くはないが、それなりのダメージではある。もし盾を出すと同時に半歩後ろに下がっていなければ、損傷率は更に倍増していただろう。
攻撃を与えたサザンは、そのまま一旦距離を取る。ジェット・ギアはまだその勢いを緩めていない。
「サザンさん!」
エヴリンはすぐに彼の傍に来たが、頭の中ではクエスチョンマークが躍っている。
「だ、大丈夫なんですか? エネルギーは……」
「……エネルギーを吸い取る時間は、そのエネルギーの大きさに比例する。そうだろう? ピースメイカー」
「……ッ」
ピースメイカーは反応しないが、ショウは看破されて驚いている。
「先程私が一度疲労を感じたのは、貴様と戦闘を開始して三分四十五秒を経てからだった。一方で、エヴリンの武器を崩れさせたのは、一瞬の接触の後。磁力で固めた矛よりも、エネルギーの塊である私の方が、吸収に時間が掛かったんだ。ならば……枝に触れる時間を減らせば、貴様が私のエネルギーを吸収する速さよりも、私の回復力の速さが上回る」
「な……なんて滅茶苦茶な……」
最初のサザンは相手の攻撃を見切るために、出来るだけ避けるよりも鋏で切ることを優先していた。
加えてN・Nとの戦闘の経験もあり、遠距離攻撃ばかり仕掛ける敵に対し、鋏で防げる間は近付かないように、様子見に近い状態で枝を処理し続けた。
その結果が、体力の枯渇に繋がってしまっていたのだ。
「……オリジナルギアを持つノイドの回復力を侮りました。けれど、そういうことならもっと手数を増やせばいい。こちらが手加減しているだけだとは、思わなかったようですね」
「フン。ハッタリは無意味だ。貴様の枝は無限ではない。もし無限に攻撃を続けられるなら、こうして一旦小休止を取り、話をしようとする必要がない」
「…………」
「頭の回る男だ。巧みな話術で弱点を隠し、自身を無敵だと錯覚させる。とても子どもの発想とは思えない」
ショウは眉間に皺を寄せ、サザンという男の脅威に触れた。
同じ様に、彼の実力がそのギアと身体能力だけでないと知ったエヴリンも、認識の誤りを理解する。
「サザンさん……」
「……エヴリン。『下がれ』と言ったな? ここは戦場だ。不合理に身を委ねた瞬間に命を落とす。そういう場だ。私はお前に『下がれ』とは言わない。戦うぞ……。力を貸せ!」
「……ッ! はいッ!」
一対一で相手取るにはリスクが高い相手。わざわざ人数有利を逃すことこそ不合理。
ただ、戦場というのはいつだって──不合理で成立している。
「……ピースメイカー……一体いつまで耐えればいい? 六戦機は南東の方から来た。アウラが心配だ。けれど、この二人は簡単に倒せる相手ではない……。もう……この憤りを止める方法が、分からない」
ショウは、手すりを強く握り締めた。
視界を共有しても、彼は真っ暗な世界しか見えていない。そんな世界の全てが、彼は腹立たしくて仕方がない。
「……性能発揮率……九十六パーセント……」
「彼らを倒すには……どうすればいい?」
「……性能発揮率……九十八パーセント……」
「限界なんだ……もう……」
「……性能発揮率、九十九パーセント」
「もうこれが────────怒りの限界だ」
「性能発揮率、百パーセント」
穏やかな表情、穏やかな口調のまま、ショウの怒りは限界を迎えていた。
その強い憤りの感情が、彼を『そこ』に到達させる。
「「『超同期』」」
「「ッ!?」
ピースメイカーは、赤紫色の光を放っている。
まるで、そこに至ることが当然であるかのように、静かに彼らは限界の力を引き出した。
「馬鹿な……『超同期』……!?」
この戦いで永代の七子が『超同期』に至る可能性は、全く考慮されていなかった。
エヴリンは驚くのも束の間、覚悟を決める。
「……サザンさん。やっぱり下がっていてください」
「何ッ!?」
「逃げ隠れて下さいと言っているわけではありません。後方支援をお願いします。この相手は……サザンさんを巻き込まずに倒せる自信が、ありません」
「……!」
その時。この場の三人の誰もが、予想していなかった事態が起きる──
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ
「「「!?」」」
巨大すぎる爆発音が、東のサンライズシティの方向から聞こえてきた。
いや、それだけではない。その爆風が、隣の都市であるこのスーリヤシティにも届いてきている。
「太陽の家」
その刹那、ピースメイカーは姿を消した。
サザンとエヴリンは爆発の所為で、彼らが消え去ったことに気付くことも出来なかった。
「な、何だ……」
「!? さ、サザンさん! ピースメイカーが……いません!」
「何?」
二人もまだ、今の爆発に対する動揺を隠せていない。
サンライズシティがどうなっているのか、ここからでは建物の影でよく見えない。
しかし予想は出来る。そして、その原因が自分たち側の勢力にあることも、同様に。
「……何が……一体何をして……」
「…………ぐッ!」
そこで、サザンは再び落下し始める。
「サザンさん!?」
エヴリンにすぐ支えられたが、サザンはぐったりとしていた。
「……む……」
「……回復しきってないじゃないですか。何が『ハッタリは無意味だ』ですか」
「フ……」
「いや『フ……』じゃないですから! 一旦建物の中に隠れますよ!」
サザンを休ませるため、近くの建物の中に彼を寝かせられる場所を探しに行く。
エヴリンは一時的に戦線を離脱することになった。




