『クリシュナ侵攻戦線』③
■ スーリヤシティ 南部 ■
ピースメイカーの全身から発せられる『枝』が、周囲の建造物も無差別に破壊しながら、サザンを襲う。襲い続ける。
サザンは、自慢の鋏で向かってくるその枝を切ってみせるが、攻撃が終わる気配は見えない。
(クソ……いつまで続く……!? エネルギーの底がないのか……!?)
そう悩んでいると、ショウは彼の心情に気付く。
「……分かっていない。ピースメイカーの枝は、ただの枝ではないんです。この枝は……『エネルギーを奪う』枝」
「何……!?」
「外部に放出したその瞬間、大気や水分に含まれるエネルギーを吸収し、物体に当たればそのエネルギーを奪う。攻撃は……永遠に止みません」
「!? 馬鹿な……」
「貴方の鋏も……同様ですよ?」
「……ッ!」
その時、サザンの右腕は突然ガクンと落ちた。
まるで、急に重たいダンベルを手にした時のように。
「ぐッ……!」
「……凄い体力だ。これだけピースメイカーの枝をその鋏で受けて……まだジェット・ギアも使えている。それとも……その右腕は、貴方の体の一部ではない?」
そんなことはない。サザンの右腕はオリジナルギアと連動しているが、サザンの意志で動かす以上、体の一部と言って間違いない。
「……いや。これはシザー・ギアだ。体力の消耗を、ギアへ供給するエネルギー変換に集中させれば……まだ飛べ……る……」
そう言いながら、サザンのジェット・ギアは効果が切れた。
当然そのまま、サザンは落下していく。
「……強がりなうえ、素直な性格ですね。……シザー・ギア……聞いたことがないな。……オリジナルギアですか?」
残念ながら、サザンは既に近くにあった建造物の屋上に落ちているため、返事は出来ない。
まだ立っているが、ギアは使えそうにない。それでも彼の回復力は早く、時間さえあればすぐに戦えるようになれるだろう。時間さえあれば──
「……終わりですね」
「ノイド一体、制止確認」
「頼むよ、ピースメイカー」
ピースメイカーの枝は、真っ直ぐにサザンの命を狙って向かってくる。
ザンッ
「「!」」
その時、サザンに向かっていったピースメイカーの枝が、両断された。
切ったのは、ただの刃そのものにしか見えない、尖った長い棒状の物体。
そして、それを持つのは──
「エヴリン……!」
「サザンさん! 大丈夫ですか!?」
六戦機が出動した。ここから、クリシュナ戦線の戦況は大いに変わることになる。
だが今サザンは、そんな大局を見ていられる状態ではない。
「……そうか。来たか」
「サザンさん! どうして……ここで戦って……」
「私は軍人だ。いや……元帥は、『人』と付けるのはお嫌いだったか」
伝わらない皮肉を言っている場合でもない。
「……無駄ですよ。ピースメイカーの枝に触れれば、エネルギーを吸い取られる。これが彼の固有能力……『オリーブブランチ』」
エヴリンはすぐにピースメイカーの方に体を向き直す。
彼女の持っていた刃物は、その場で一気に崩れて朽ちてしまった。
「……それはまた、私には無駄な固有能力ですね」
武器を失った瞬間、すぐにエヴリンは手の平を伸ばす。
すると、周囲の瓦礫や塵が、彼女の手の周りに集まって来る。
それらは一つの、先の尖った棒状の物体をかたどり、凝固していく。先程の武器と同じ形を作ると、そこで瓦礫や塵は固まった。
「……マグネティック・ギア」
「……なるほど。オリジナルギア……ですか?」
「少し、違います」
「?」
サザンは、彼女が『無駄』と言った意味がまだ分かっていない。
確かに武器のエネルギーがいくら奪われても、自らがエネルギーを奪われるわけでないのなら、戦えはする。
しかしそれでも、こんなのは時間稼ぎにしかならない。結局いつかは自分も枝の攻撃を受け、体力も奪われる。
「……」
ここでエブリンは、唐突かつ当たり前の流れのようにして、何故か自分の胸の谷間を広げた。
残念ながらサザンは彼女の後ろにいたので、正面から見ることは出来ていない。
だが──その赤い光の輝きは、見えている。
「何だ……それは……」
エヴリンの胸には、小さな赤い光を放つ石のような物が、埋め込まれていた。
「……『コア』です。私のエネルギーは、貴方の枝で吸い尽くすことは出来ません。……絶対に」
「何だ……。『コア』とは何だ……? エヴリン……」
説明する余裕はありそうだったが、エヴリンはショウへの警戒を緩めることが出来ない。
「……申し訳がないのですが、盲目なもので。ピースメイカーの目に入れておきます」
ピースメイカーは枝をまた伸ばす。伸ばした先から無数に枝分かれしてみせる。
複雑すぎるその攻撃は、スピードも速く読みづらい。
だが、エヴリンには見えている。
「ハッ!」
持っている武器で切るのかと思ったら、そうではなかった。
周囲の瓦礫や塵、それに建物そのものが、自ら動くようにして枝を防ぎにかかったのだ。
まるで、何らかの『磁力』に操られているかのように──
「……マグネティック・ギア……なるほど。言葉通りの力だ」
エヴリンは自らもジェット・ギアで飛び上がり、ピースメイカーの背後を取る。
そして磁力操作で作った矛によって、ピースメイカーを貫こうとした。
「……防御態勢」
「!」
瞬時にピースメイカーは、肩から発した枝をグルグル巻きにして盾を作り、背を守る。
彼の枝は、攻防一帯の強力な武器だ。
防がれたエヴリンはまたすぐに距離を取り、ここで再び小休止。
「……確かにエネルギーの消費が激しそうなギアだ。いや……激しいどころではないか。こんな能力を使っていたら……貴方の体は持たないはずです」
「!?」
サザンはこのギアの凄まじさをまだ理解できていなかったが、ショウの言葉で把握する。
確かに、磁力操作などに使われるエネルギーは半端ではないだろう。
「……ですが、私には『コア』があり、そのおかげでこの……『オーバートップギア』を使用できるんです」
「? 何ですか? それは?」
ショウはエヴリンの情報を引き出すため、攻撃の手を一旦止めている。
ただ、エヴリンの方は戦い慣れていないので、向こうが手を止めたからという理由で説明を続ける。
「エネルギー消費が激し過ぎるため、試験段階で供給を見送られたギアです。この世に一つしか存在しません」
「……なるほど。本来その『コア』がなければ、ノイドへの適合可能率はゼロ……。実質、オリジナルギアとそう変わらないわけですね」
「理解が早いですね。ノイドの知り合いがいるんですか?」
「……いや、そういうわけではないです」
「……とにかく、貴方と私は相性が悪い。いえ……私達六戦機は、今の段階の貴方たち永代の七子には、苦戦しませんよ」
エヴリンの言う通り、六戦機は他の永代の七子の猛攻を完全に止めていた。
シュドルクの向かった南西部の方では、今──
*
■ スーリヤシティ 南西部 ■
永代の七子の一人で眼鏡を掛けた薄紫色のショートヘアの少女──メイシン・ナユラは、元々いた東部の方からこの南西部の方に援護をしに来ていた。
彼女が乗る霧は、桃色の装甲で胸に起伏がある、雌型の鉄。
二人はこちらに到着してすぐ、六戦機と相対することになった。
「鉄紛を一気に倒して……貴方一体何者!?」
自分が到着する前にほとんどの鉄紛たちを倒していたのは、八重歯の目立つ空色の長髪の男ノイド。
「シャハハハハ! 俺は六戦機、シドウ・シャー・クラスタ! そういうテメェは何モンだ!?」
「メイシン・ナユラ……」
「霧と言います」
律儀に自己紹介を返したこともそうだが、シドウはその声の雰囲気から、霧のコックピットに入っている人間が、少女であるとすぐに理解した。
「……チッ! 女かよ! しかも鉄までメス!? おいテメェ、他の奴の相手しろよ!」
「馬鹿にして……舐めないで!」
「舐めるかどうかの問題じゃねェ! 役割だ! 男が外に出て戦う。女が家を守る。そんなのはなァ、先史時代から決まってる合理的な役割分担なんだよッ! 女子どもを戦わせる……全くもって不合理が過ぎるぜ! 俺達はッ! シャハハハハハハ!」
「何がおかしいの!?」
「シャハハハハハハ! 『何が』だって!? 面白くねェからこそ笑うっきゃねェんだよ! 笑って死ねば上等だろうが! テメェも笑えよ! メスガキがァッ! シャーハッハッハッハ!」
そしてシドウは笑う。笑う。
腹から声を出し、不都合な現実から目を逸らす。
人生の全てを陶酔に捧げた彼は、戦いに慣れていた。
*
永代の七子の一人、幽葉・ラウグレーは、子どもながらにモデルのようなスタイルの黒髪少女。
その鉄・クロロは、全身が真っ黒に染められた装甲を持つ。
メイシンたちよりも前からこの南西部で戦っていた二人は、シドウとは対照的に無口で、顎髭が特徴な巨漢の男ノイドと相対していた。
もちろんその正体は、ガラン・アルバインだ。
「……来ないんですか? 六戦機さん」
「……私は、受けて立つだけだ。来てみるがいい。永代の七子」
「……」
誘われているとしか思えなかったが、硬直状態を続けることには意味がない。
だが、意味がないのは本来侵攻側のノイドの方。
ここで攻撃する必要はなかったのだが、幽葉にその判断をすることは出来なかった。
「いくよ。クロロ」
「だ、大丈夫かな……」
クロロは怯えながら、瓦礫の影の中に沈んでいった。
「……なるほど」
影の中に隠れ、繋がる影の中を移動し、不意打ちを仕掛ける。これが、クロロの固有能力。
「「シャドウムーブ」」
ガランの背後を完全に盗み、彼に殴打の攻撃を仕掛ける。
だが、しかし──
ガキィィィィィィン
「「!?」」
叩いた拳が、削れた。
「く……痛いッ! 痛いよ幽葉ァ!」
「ん、んぅ……。何ですその硬さ」
拳の痛みを抑えるクロロは激しい動揺を見せているが、幽葉はまだ冷静だ。
そして、防いだガランはそれ以上に冷静。
「……ダイヤモンド・ギア」
「ダ、ダイヤ!?」
「それは……反則、ね」
ガランの機械仕掛けの体は、ダイヤモンドに変わっていた。
いくら拳を受けても、銃弾を浴びても、彼を傷つけることはできない。
ここで初めて幽葉は、その可憐で艶やかな頬に、小さく汗を垂らした。
*
南西部にはまだ二体の鉄がいる。
老け顔でガタイの良い少年らしからぬ少年──デンボクは、マスクド・マッスラーという名のレスラーマスクを付けた筋肉のような装甲を持つ鉄に乗って戦う。
そしてその相手は、貴族服を着た老人のノイド──ヴェルイン・ノイマンだ。
「ミサイル・ギアッ!」
「うおおおおおおおお!?」
マスクド・マッスラーは、叫びながらその巨大な兵器から逃げる。
「大丈夫か? マスクド・マッスラー」
「『大丈夫か?』だって!? 大丈夫じゃないだろどう見ても! 遠距離武器は卑怯だ! 俺は鉄の中で唯一、銃火器を持っていないんだ!」
「そうか。それは……面倒だな」
「デンボクッ! お前が操れ! その方が上手く動けるだろ!」
「……」
「嫌そうな顔するな!」
マスクドからデンボクの顔は見えないはずだが、既に何度か共に戦闘を重ねているおかげで、表情を読むことはできる。
実際、デンボクは途轍もなく面倒と感じているような、苦しい顔をしていた。
「さあさあ! 降参するのだ永代の七子! そうすれば殺しはしない!」
ヴェルインは両肩からミサイルを出現させ、それを次々に発射する。しかも、無限に出せるのかと思わせるほどの数だ。
ミサイルはしっかりマスクドを追尾し、その威力は絶大だ。
「舐められてるぞ……最高だ! デンボク! コイツは目立つぞ……コイツは目立つ! これに勝ったら俺は……俺達は、ヒーローだ!」
「……そう……か?」
「そうだろ!? だからやろうぜ! なァ相棒!」
「……面倒だが……そうしないと、勝てそうもない……な」
デンボクは子どもとは思えないほど落ち着いていて、一方で長く生きているはずのマスクドは興奮している。
ただし、近距離主体のマスクドにとって、ミサイルを操るヴェルインは、かなり分が悪い相手であることに変わりはない。
*
そして、唯一六戦機ではない敵を前にしていた永代の七子が、鍔の先端が切れたキャップを被る少年──ライド・ラル・ロード。
彼の乗る鉄はレッド・レッド、全身から炎を出し、その炎を身に纏って戦う鉄だ。
「……何だよ。俺の相手は六戦機って奴らじゃないのか? 腹が減るな! そりゃ!」
「その通りだぜライドォ! 燃やし尽くしてやろうぜ! たとえ相手が〝死神〟だろうとッ!」
ライドは知らないが、レッド・レッドは知っている。
自分たちの前にいるのが、かつて帝国軍の中で、『最強』と呼ばれていた男だと。
「……ハッブル」
「どうやらまだ、彼らは『超同期』を使えない様子……。殺すなら、今です。シュドルクさん」
「……」
シュドルクは無言のまま、ハッブルと同化したまま、自分のギアを使う。
自分の──────《《オリジナルギアを》》。
「「シックル・ギア」」
ライドは初めて、鉄が『ギア』を使うところを目にした。
それは大きな鎌。刃はおどろおどろしい暗黒の光を纏っている。
まるで、奈落の底から引っ張り出してきたかのような、〝死神〟が持つに相応しい鎌。
ハッブルはそんな大きな鎌を構え、ライドとレッド・レッドを標的に見据えた。
その時、確かにライドは自分が震えていることに気付く。
だがそれを武者震いと勘違いしたのは、子どもの彼には仕方ない話。
「……ッ! へへ……相手にとって不足なし! いこうぜレッド・レッド!」
「ああッ!」




