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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
三章【月夜の帝座】
49/158

『クリシュナ侵攻戦線』③

■ スーリヤシティ 南部 ■


 ピースメイカーの全身から発せられる『枝』が、周囲の建造物も無差別に破壊しながら、サザンを襲う。襲い続ける。

 サザンは、自慢の鋏で向かってくるその枝を切ってみせるが、攻撃が終わる気配は見えない。


(クソ……いつまで続く……!? エネルギーの底がないのか……!?)


 そう悩んでいると、ショウは彼の心情に気付く。


「……分かっていない。ピースメイカーの枝は、ただの枝ではないんです。この枝は……『エネルギーを奪う』枝」

「何……!?」

「外部に放出したその瞬間、大気や水分に含まれるエネルギーを吸収し、物体に当たればそのエネルギーを奪う。攻撃は……永遠に止みません」

「!? 馬鹿な……」

「貴方の鋏も……同様ですよ?」

「……ッ!」


 その時、サザンの右腕は突然ガクンと落ちた。

 まるで、急に重たいダンベルを手にした時のように。


「ぐッ……!」

「……凄い体力だ。これだけピースメイカーの枝をその鋏で受けて……まだジェット・ギアも使えている。それとも……その右腕は、貴方の体の一部ではない?」


 そんなことはない。サザンの右腕はオリジナルギアと連動しているが、サザンの意志で動かす以上、体の一部と言って間違いない。


「……いや。これはシザー・ギアだ。体力の消耗を、ギアへ供給するエネルギー変換に集中させれば……まだ飛べ……る……」


 そう言いながら、サザンのジェット・ギアは効果が切れた。

 当然そのまま、サザンは落下していく。


「……強がりなうえ、素直な性格ですね。……シザー・ギア……聞いたことがないな。……オリジナルギアですか?」


 残念ながら、サザンは既に近くにあった建造物の屋上に落ちているため、返事は出来ない。

 まだ立っているが、ギアは使えそうにない。それでも彼の回復力は早く、時間さえあればすぐに戦えるようになれるだろう。時間さえあれば──


「……終わりですね」

「ノイド一体、制止確認」

「頼むよ、ピースメイカー」


 ピースメイカーの枝は、真っ直ぐにサザンの命を狙って向かってくる。


 ザンッ


「「!」」


 その時、サザンに向かっていったピースメイカーの枝が、両断された。

 切ったのは、ただの刃そのものにしか見えない、尖った長い棒状の物体。

 そして、それを持つのは──


「エヴリン……!」

「サザンさん! 大丈夫ですか!?」


 六戦機ろくせんきが出動した。ここから、クリシュナ戦線の戦況は大いに変わることになる。

 だが今サザンは、そんな大局を見ていられる状態ではない。


「……そうか。来たか」

「サザンさん! どうして……ここで戦って……」

「私は軍人だ。いや……元帥は、『人』と付けるのはお嫌いだったか」


 伝わらない皮肉を言っている場合でもない。


「……無駄ですよ。ピースメイカーの枝に触れれば、エネルギーを吸い取られる。これが彼の固有能力……『オリーブブランチ』」


 エヴリンはすぐにピースメイカーの方に体を向き直す。

 彼女の持っていた刃物は、その場で一気に崩れて朽ちてしまった。


「……それはまた、私には無駄な固有能力ですね」


 武器を失った瞬間、すぐにエヴリンは手の平を伸ばす。

 すると、周囲の瓦礫や塵が、彼女の手の周りに集まって来る。

 それらは一つの、先の尖った棒状の物体をかたどり、凝固していく。先程の武器と同じ形を作ると、そこで瓦礫や塵は固まった。


「……マグネティック・ギア」

「……なるほど。オリジナルギア……ですか?」

「少し、違います」

「?」


 サザンは、彼女が『無駄』と言った意味がまだ分かっていない。

 確かに武器のエネルギーがいくら奪われても、自らがエネルギーを奪われるわけでないのなら、戦えはする。

 しかしそれでも、こんなのは時間稼ぎにしかならない。結局いつかは自分も枝の攻撃を受け、体力も奪われる。


「……」


 ここでエブリンは、唐突かつ当たり前の流れのようにして、何故か自分の胸の谷間を広げた。

 残念ながらサザンは彼女の後ろにいたので、正面から見ることは出来ていない。

 だが──その()()()()()()は、見えている。


「何だ……それは……」


 エヴリンの胸には、小さな赤い光を放つ石のような物が、埋め込まれていた。


「……『コア』です。私のエネルギーは、貴方の枝で吸い尽くすことは出来ません。……絶対に」

「何だ……。『コア』とは何だ……? エヴリン……」


 説明する余裕はありそうだったが、エヴリンはショウへの警戒を緩めることが出来ない。


「……申し訳がないのですが、盲目なもので。ピースメイカーの目に入れておきます」


 ピースメイカーは枝をまた伸ばす。伸ばした先から無数に枝分かれしてみせる。

複雑すぎるその攻撃は、スピードも速く読みづらい。

 だが、エヴリンには見えている。


「ハッ!」


 持っている武器で切るのかと思ったら、そうではなかった。

 周囲の瓦礫や塵、それに建物そのものが、自ら動くようにして枝を防ぎにかかったのだ。

 まるで、何らかの『磁力』に操られているかのように──


「……マグネティック・ギア……なるほど。言葉通りの力だ」


 エヴリンは自らもジェット・ギアで飛び上がり、ピースメイカーの背後を取る。

 そして磁力操作で作った矛によって、ピースメイカーを貫こうとした。


「……防御態勢」

「!」


 瞬時にピースメイカーは、肩から発した枝をグルグル巻きにして盾を作り、背を守る。

 彼の枝は、攻防一帯の強力な武器だ。

 防がれたエヴリンはまたすぐに距離を取り、ここで再び小休止。


「……確かにエネルギーの消費が激しそうなギアだ。いや……激しいどころではないか。こんな能力を使っていたら……貴方の体は持たないはずです」

「!?」


 サザンはこのギアの凄まじさをまだ理解できていなかったが、ショウの言葉で把握する。

 確かに、磁力操作などに使われるエネルギーは半端ではないだろう。


「……ですが、私には『コア』があり、そのおかげでこの……『オーバートップギア』を使用できるんです」

「? 何ですか? それは?」


 ショウはエヴリンの情報を引き出すため、攻撃の手を一旦止めている。

 ただ、エヴリンの方は戦い慣れていないので、向こうが手を止めたからという理由で説明を続ける。


「エネルギー消費が激し過ぎるため、試験段階で供給を見送られたギアです。この世に一つしか存在しません」

「……なるほど。本来その『コア』がなければ、ノイドへの適合可能率はゼロ……。実質、オリジナルギアとそう変わらないわけですね」

「理解が早いですね。ノイドの知り合いがいるんですか?」

「……いや、そういうわけではないです」

「……とにかく、貴方と私は相性が悪い。いえ……私達六戦機は、今の段階の貴方たち永代の七子(エターナルセブン)には、苦戦しませんよ」


 エヴリンの言う通り、六戦機は他の永代の七子(エターナルセブン)の猛攻を完全に止めていた。

 シュドルクの向かった南西部の方では、今──


     *


■ スーリヤシティ 南西部 ■


 永代の七子(エターナルセブン)の一人で眼鏡を掛けた薄紫色のショートヘアの少女──メイシン・ナユラは、元々いた東部の方からこの南西部の方に援護をしに来ていた。

 彼女が乗るキリは、桃色の装甲で胸に起伏がある、雌型のクロガネ

 二人はこちらに到着してすぐ、六戦機と相対することになった。


鉄紛クロガネマガイを一気に倒して……貴方一体何者!?」


 自分が到着する前にほとんどの鉄紛クロガネマガイたちを倒していたのは、八重歯の目立つ空色の長髪の男ノイド。


「シャハハハハ! 俺は六戦機、シドウ・シャー・クラスタ! そういうテメェは何モンだ!?」


「メイシン・ナユラ……」

キリと言います」


 律儀に自己紹介を返したこともそうだが、シドウはその声の雰囲気から、キリのコックピットに入っている人間が、少女であるとすぐに理解した。


「……チッ! 女かよ! しかもクロガネまでメス!? おいテメェ、他の奴の相手しろよ!」

「馬鹿にして……舐めないで!」

「舐めるかどうかの問題じゃねェ! 役割だ! 男が外に出て戦う。女が家を守る。そんなのはなァ、先史時代から決まってる合理的な役割分担なんだよッ! 女子どもを戦わせる……全くもって不合理が過ぎるぜ! 俺達はッ! シャハハハハハハ!」

「何がおかしいの!?」

「シャハハハハハハ! 『何が』だって!? 面白くねェからこそ笑うっきゃねェんだよ! 笑って死ねば上等だろうが! テメェも笑えよ! メスガキがァッ! シャーハッハッハッハ!」


 そしてシドウは笑う。笑う。

 腹から声を出し、不都合な現実から目を逸らす。

 人生の全てを陶酔に捧げた彼は、戦いに慣れていた。


     *


 永代の七子(エターナルセブン)の一人、幽葉ゆうは・ラウグレーは、子どもながらにモデルのようなスタイルの黒髪少女。

 そのクロガネ・クロロは、全身が真っ黒に染められた装甲を持つ。

 メイシンたちよりも前からこの南西部で戦っていた二人は、シドウとは対照的に無口で、顎髭が特徴な巨漢の男ノイドと相対していた。

 もちろんその正体は、ガラン・アルバインだ。


「……来ないんですか? 六戦機さん」

「……私は、受けて立つだけだ。来てみるがいい。永代の七子(エターナルセブン)

「……」


 誘われているとしか思えなかったが、硬直状態を続けることには意味がない。

 だが、意味がないのは本来侵攻側のノイドの方。

 ここで攻撃する必要はなかったのだが、幽葉にその判断をすることは出来なかった。


「いくよ。クロロ」

「だ、大丈夫かな……」


 クロロは怯えながら、瓦礫の影の中に沈んでいった。


「……なるほど」


 影の中に隠れ、繋がる影の中を移動し、不意打ちを仕掛ける。これが、クロロの固有能力。


「「シャドウムーブ」」


 ガランの背後を完全に盗み、彼に殴打の攻撃を仕掛ける。

 だが、しかし──



 ガキィィィィィィン


「「!?」」


 叩いた拳が、削れた。


「く……痛いッ! 痛いよ幽葉ァ!」

「ん、んぅ……。何ですその硬さ」


 拳の痛みを抑えるクロロは激しい動揺を見せているが、幽葉はまだ冷静だ。

 そして、防いだガランはそれ以上に冷静。


「……ダイヤモンド・ギア」

「ダ、ダイヤ!?」

「それは……反則、ね」


 ガランの機械仕掛けの体は、ダイヤモンドに変わっていた。

 いくら拳を受けても、銃弾を浴びても、彼を傷つけることはできない。

 ここで初めて幽葉は、その可憐で艶やかな頬に、小さく汗を垂らした。


     *


 南西部にはまだ二体のクロガネがいる。

 老け顔でガタイの良い少年らしからぬ少年──デンボクは、マスクド・マッスラーという名のレスラーマスクを付けた筋肉のような装甲を持つクロガネに乗って戦う。

 そしてその相手は、貴族服を着た老人のノイド──ヴェルイン・ノイマンだ。


「ミサイル・ギアッ!」

「うおおおおおおおお!?」


 マスクド・マッスラーは、叫びながらその巨大な兵器から逃げる。


「大丈夫か? マスクド・マッスラー」

「『大丈夫か?』だって!? 大丈夫じゃないだろどう見ても! 遠距離武器は卑怯だ! 俺はクロガネの中で唯一、銃火器を持っていないんだ!」

「そうか。それは……面倒だな」

「デンボクッ! お前が操れ! その方が上手く動けるだろ!」

「……」

「嫌そうな顔するな!」


 マスクドからデンボクの顔は見えないはずだが、既に何度か共に戦闘を重ねているおかげで、表情を読むことはできる。

 実際、デンボクは途轍もなく面倒と感じているような、苦しい顔をしていた。


「さあさあ! 降参するのだ永代の七子(エターナルセブン)! そうすれば殺しはしない!」


 ヴェルインは両肩からミサイルを出現させ、それを次々に発射する。しかも、無限に出せるのかと思わせるほどの数だ。

 ミサイルはしっかりマスクドを追尾し、その威力は絶大だ。


「舐められてるぞ……最高だ! デンボク! コイツは目立つぞ……コイツは目立つ! これに勝ったら俺は……俺達は、ヒーローだ!」

「……そう……か?」

「そうだろ!? だからやろうぜ! なァ相棒!」

「……面倒だが……そうしないと、勝てそうもない……な」


 デンボクは子どもとは思えないほど落ち着いていて、一方で長く生きているはずのマスクドは興奮している。

 ただし、近距離主体のマスクドにとって、ミサイルを操るヴェルインは、かなり分が悪い相手であることに変わりはない。


     *


 そして、唯一六戦機ではない敵を前にしていた永代の七子(エターナルセブン)が、鍔の先端が切れたキャップを被る少年──ライド・ラル・ロード。

 彼の乗るクロガネはレッド・レッド、全身から炎を出し、その炎を身に纏って戦うクロガネだ。


「……何だよ。俺の相手は六戦機って奴らじゃないのか? 腹が減るな! そりゃ!」

「その通りだぜライドォ! 燃やし尽くしてやろうぜ! たとえ相手が〝死神〟だろうとッ!」


 ライドは知らないが、レッド・レッドは知っている。

 自分たちの前にいるのが、かつて帝国軍の中で、『最強』と呼ばれていた男だと。


「……ハッブル」

「どうやらまだ、彼らは『超同期オーバーシンクロ』を使えない様子……。殺すなら、今です。シュドルクさん」

「……」


 シュドルクは無言のまま、ハッブルと同化したまま、自分のギアを使う。

 自分の──────《《オリジナルギアを》》。



「「シックル・ギア」」



 ライドは初めて、クロガネが『ギア』を使うところを目にした。

 それは大きな鎌。刃はおどろおどろしい暗黒の光を纏っている。

 まるで、奈落の底から引っ張り出してきたかのような、〝死神〟が持つに相応しい鎌。

 ハッブルはそんな大きな鎌を構え、ライドとレッド・レッドを標的に見据えた。

 その時、確かにライドは自分が震えていることに気付く。

 だがそれを武者震いと勘違いしたのは、子どもの彼には仕方ない話。


「……ッ! へへ……相手にとって不足なし! いこうぜレッド・レッド!」

「ああッ!」


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