『クリシュナ侵攻戦線』②
■ クリシュナ共和国 スーリヤシティ ■
戦いはとうに始まっている。
サザンとシュドルクは、元帥の命によってという形で、第一師団の援護に入る。
上空をジェット・ギアで飛びながら進むサザンは、翼で飛ぶハッブルに並走していた。
「……何故、シュドルク中将までもがこの戦場に?」
「……貴様と同じ理由だ」
「!? で、では中将は……」
「……勘違いするな。私は元帥閣下と同じ思想を持っている。だが……盲信しているわけではない。ノイド帝国の勝利とは、ノイドを犠牲にしない勝利であるべきだ。私はただ……兵を駒のように扱うことが、許せんだけだ」
「なら! どうして元帥の下につくのですか!」
「今は……他の手段がない。現実を見ろサザン大尉。世界は……容易く変わらない」
「……ッ!」
シュドルクはシュドルクで、葛藤を抱きながら戦いに赴いている。
精鋭部隊を外れずともこういった意志を出すことが許されるのならば、異動することに意味は無い。
シュドルクのように立場を保持したまま戦うか、自ら地位を落とすかならば、選択の余地はないように見える。
サザンは、この戦いが終わった後の身の振り方を、変更する必要性に駆られた。
「見えるか。サザン」
サザンは前方を確認し、思わず目を見開いた。
「……!?」
連合軍の鉄部隊が、帝国軍を圧倒していた。
鉄紛だけならば、武装したノイドと同格と言える。
だがしかし、たった七体の鉄の存在が、この戦場のバランスを崩してしまっていた。
「……鉄……!」
特に脅威なのは三体。
一体はスーリヤシティの東部を守る、巨大な銃を両肩に背負った鉄。
この鉄は飛び回るノイドに対し、巨大な弾丸を一弾一弾全て必中させている。一弾一殺で、しかも無限装填の銃。攻撃の雨は止む気配がない。
二体目は南東部を守る、風を切るが如く尖った装甲の鉄。
圧倒的なスピードを誇り、次々にノイドたちを気絶させている。恐ろしいのは殺害ではなく気絶させているという点。つまり、その精密動作を止めれば、もっと速く動けるということだ。
そして三体目は南部を守る、マントを纏った口の無い鉄。
この鉄が最も脅威。全身から発する『枝』と思われる強靭な紐状の武器で、全方向に同時に攻撃を与えている。
攻撃手段はそれのみに頼らず、銃や格闘も使っており、スピードも速く、殺戮能力は間違いなく一番高い。
「……無理だな」
「え?」
「……南から東側は……捨てるべきだ。南西側の三体しか、こちらの勝機は無い」
「……! ですが中将。被害は甚大です。このままでは第一師団は……」
「……全てを救えると思うな。サザン大尉」
「……私は……!」
サザンは、南部の最も危険と見られる鉄の方に向かっていった。
この鉄による被害が最も大きかったからだ。
ここで奴を食い止めれば、せめて怯えて逃げる兵だけは助けることが出来る。
「……」
「良いんですか? シュドルクさん」
「……フン。構わん」
ハッブルは全くサザンのことなど存じていないが、それでもノイドというだけで彼のことは気に掛けることが出来る。
しかし、それだけ──
「なら! 僕らも戦いましょう! 人間どもを……殺します!」
「……行け」
「はいッ!」
*
■ スーリヤシティ 南部 ■
「……終わったね。行こうかピースメイカー」
「……了解」
口が無くとも口を利く、所々錆が見え隠れするマントの鉄の名は、ピースメイカー。
既に帝国にもよく知られている、連合軍の主要戦力だ。
そしてその搭乗者は、御影・ショウという名の盲目の少年。
「待て。ピースメイカー」
どこかへ行こうとした二人の前に現れたのは、当然サザン。
サザンもこのクロガネの存在は前もって知っており、その危険性は重々承知の上だ。
それでも彼は、立ち向かわずにはいられなかった。
「……何かな?」
「……御影・ショウ……だな」
「……! そうか……名前、知られているんですね」
サザンは精鋭部隊の一員として、永代の七子の全員の名を知っている。
これを知っているのは恐らく帝国軍の中でも一部だけだろう。
そもそも、大半のノイドは一部の鉄に乗っている人間が、子どもだということすら把握していない。
「……貴様は、自分が何をやっているのか、理解しているのか? 貴様は──」
「聞き飽きましたよ。……親友の所為で」
「……戦わなければならん理由があるのか」
「話が早い。けど、それだけじゃありません。バッカス・ゲルマン准将は死に、連合は帝国を圧倒する、新たな最高戦力を欲している。それが……」
「貴様というわけか」
「その通り」
仮に帝国軍が六戦機をほしいままに動かせなければ、連合軍が帝国軍に後れを取ることは絶対に無い。
しかし、警戒した連合は、あらかじめ六戦機を越える戦力を整えようとしていた。
それこそが、永代の七子。
「……妙な話だ。バッカス・ゲルマン准将を雑に扱っておいて……子どもを新たに主戦力に添えるのか?」
「……分かっていない」
「?」
「……この戦争が、正義と正義の戦いだとは思っていないでしょう? 〝顎鋏〟サザン・ハーンズさん」
ショウもまた、サザンのことをあらかじめ知っていた。
既に右腕を鋏に変えている姿を見れば、一目瞭然だ。
「……もちろん、思っていない」
「それは安心しました。ですが……悪と悪の戦いでもない」
「? 何が言いたい?」
「この戦争は……もっとどす黒い、正義でも悪でもない、『混沌』が支配する戦いです。連合と帝国の両方に、既に……『混沌』は、鳴りを潜めている」
「……ッ!?」
分かりにくい言い回しだが、サザンには、サザンにだけは伝わった。
「連合に新たな力を与える一方で、余分過ぎる力は捨てる。そうして戦力を均衡にする。果たして今回、この戦場にそちらが六戦機を投入するつもりでいるという情報を掴んだのは……一体誰だったのか……」
「!? ま、まさか……」
その情報は、軍の中でも特に機密のもののはずだった。
だが、確かにノーマンは言っていた。
──「連合の永代の七子を誘き出し、これが真価を発揮する前に討つ」
この時点でサザンは、機密情報が連合に渡っている事実を、ノーマンは利用するつもりなのだと気付いていた。
ならばその機密情報を流したのは誰か。
六戦機と永代の七子がぶつかる事態を見据えていたのは誰か。
戦争が激しさを増すことを喜ぶのは誰か──
「……戦争を操る『黒幕』は……強大過ぎて相手に出来ない。だったらどうすればいいか。戦争をなくすにはどうすればいいか」
ショウはの口調は、静かでどこか穏やかだった。
「……敵が、この世からいなくなればいい」
その穏やかさが、サザンには不気味だった。
「何だと……?」
「ノイドを全て殺せば、種族間戦争はなくなる。そうでしょう?」
「貴様……ッ」
「だから貴方も殺します。……ごめんなさい」
そして、ピースメイカーは『枝』をその手の平から発射する。
いつしかサザンが戦った、ユウキ・ストリンガーの『糸』によく似た武器だった──
*
■ スーリヤシティ 南西部 ■
「さて……」
シュドルクはハッブルと共に、永代の七子を相手取ろうとしていた。
しかし、彼らのもとに辿り着く前に、目の前に現れるものが一人……いや、一人と一体。
「待ちなッ!」
現れたのは、両腕が巨大な刃物と同化している鉄。
永代の七子が乗る鉄以外にも、生きている鉄は存在していた。
「……邪魔だ。通せ」
「随分舐められてるねェ! ヒュー!」
その鉄は女性にも聞こえる声で、自身のコックピットに入っている人間に声を掛ける。
その人間は妙にクルクルした眉毛を持つ、服から髪までクルクルさせた長身の男。
「当然だッ! なァシュドルク・バルバンセンッ! 戦闘は……久しぶりなんじゃないか!?」
「貴様には関係ないことだ。ヒュー・グレイズ」
クルクルの男──ヒュー・グレイズは、そのクルクルした髪の先端を弄る。
「つれないな……俺はアンタのことも、バッカスさんのことも、尊敬していたんだ。……尊敬していたのに! バッカスさんは死んでッ! アンタは戦列を離れてッ! 俺の渇きはどうやって潤す!?」
「……邪魔をしなければ、殺しはしない」
「舐め過ぎだねェ! ヒュー!」
「悲しいが殺そう! カエリ!」
鉄・カエリは、刃物と同化した両腕を構えて戦闘を仕掛ける。
シュドルクは一旦相手の出方を見るためか、あるいは距離を取りたかったからか、後方にハッブルを飛ばす。
「おいおい逃げるのか!? 暫くデスクワークばかりしていた所為で鈍ったか!?」
「……」
カエリの両腕は、ハッブルを捉えようとして空を斬る。
もう少しで当てられるところまでいったが、ハッブルはシュドルクの反射神経によってギリギリで上手く躱し、身軽に上昇する。
「流石だシュドルク・バルバンセン! 反応は上々! 動きは俊敏! 〝死神〟の名は伊達じゃない!」
「逃げ切れると思っているのかい!? かつての英雄!」
この二人は、前々からシュドルクのことを知っていた。
いや、戦争に携わっていたものならば、ハッブルの姿を見て気付かない者はいないのだ。
九年前の戦争における、『英雄』の存在を。
「俺は憧れていたッ! 〝幻影の悪魔〟イビルとバッカス・ゲルマン……そしてその二人と互角に戦った、〝死神〟ハッブルとシュドルク・バルバンセン! アンタらのようになりたかった!」
「…………」
カエリの腕はなかなかハッブルを捉えられない。スピードは、明らかにハッブルの方が上だった。
しかしそれでも、執念の力で追い詰めつつある。
「なのに! それが今はどうだ!? 鉄部隊の主役は永代の七子に奪われ! アンタらは二人とも……過去の存在に成り下がったッ! 俺は渇いている! 渇きすぎて飢えも酷い! 今更……今更この戦場にッ! アンタは要らないんだよッ! 〝死神〟ッ!」
そうしてとうとうカエリの腕は、ハッブルを捉えた──
「「アドミレイションッ!」」
刹那。
「が…………」
カエリはそのまま────落下していった。
「〝死……神〟……」
ヒュー・グレイズは、どこか悔しげなようで、どこか満足げなようだった。
「……渇ききったならば、そのまま砂と化して散るが良い。ヒュー・グレイズ」
「そんな……」
カエリの方は、何が起きたのかすら理解できていない様子だった。
カエリは生きているが、搭乗者のヒューはもう無事ではない。
シュドルクとハッブルは、確実にコックピットのある腹の部分を破壊してみせたのだ。
「ク……クフフフ……。誰も守れやしない。アンタは〝死神〟だろうが。こうして他人の命を奪うことしか……出来やしないんだぜ……?」
「…………」
「バッカスさんも俺も死んだら……次はアンタだ。シュドルク……さん……」
前時代に活躍を見せた男の一人は、その役目を終えて散っていった。
それでも新たな時代を戦う者の中に、シュドルクはまだ居座ろうとしている。
既に過去の戦いを知る者は、もう自分だけになってしまっているというのに──
「死亡確認しましょう。シュドルクさん」
「……いや、いい。いくぞ……ハッブル」
「? ……はいッ!」
生きているはずがないのだが、それでもこれまでの戦いでは、シュドルクは目標の死を毎度必ず確認していた。
だが、今回彼が殺さなければならない敵は、実は一人もいない。
彼はただ勝手に出撃して、独り善がりに戦っている。そうして必死に時代に置いて行かれないようにするのには、意味がある。
(……この戦いの果てに何がある? ノイドの誇りは……どこにある? ……サザン大尉。貴様は……私や元帥の古い思想を、打ち破れるのか……?)
彼は既に一度、戦争に勝利したその後の世界を見ている。
九年前にシュドルクはバッカスらを破り、ノイド帝国はオールレンジ民主国に勝利した。
だが、それで帝国が潤うことはなかった。戦争の果てに彼もまた、渇きを抱いていたのだ。
虚無に支配されているその魂は、サザン・ハーンズという一人の男の未来を憂いでいる。




