『外患容疑者監察任務』④
暫くすると、N・Nは意識を取り戻した。
「……何故生きてる」
「生かしたからだ。まだ聞いていないことがある」
荒野にはやはりこの二人しかいない。サザンは彼の傍にある岩の上に座り、彼が目を覚ますのを待っていた。
「ハッハー……俺を生かしたのはミスだな。必ず後悔する」
「……ミスの話をするなら、貴様は私よりも遥かに大きなミスをした。……何故、エレクトロ・ギアのインターバルが終わるまで待たなかった? 私は既に満身創痍。もう腕も上がらない」
「……ハッ! 確かにそうだ。俺はミスをした。……だが、トドメを急いだことじゃない。お前を今の段階で殺そうとしたこと……それが、俺のミスだ」
「……何?」
「……俺はお前を脅威に捉えすぎた。憶病になり過ぎた結果、ことを急いだ。ここでお前と戦うことを選んだ時点で……この敗北は決まっていたことだ」
実際、逸った選択をした彼がトドメを急ぐのは、自然な流れ。
もし彼があそこで急がない人物ならば、そもそもここでサザンを殺そうなどとは考えなかっただろう。
「……あの鉄紛は、一体どこで手に入れた? 貴様だったから良かったものの、体力のあるノイドが使用すれば、エレクトロ・ギアを連続使用できる脅威の代物だ」
「ハッ! Don't mess with me. ……いや、まあ事実か。教える道理はない」
「……連合が、スパイに武力を与える判断は悪くはない。だがそれは、いつ切り捨ててもいい程度の武力であるべきだ。あんな貴重な鉄紛を……貴様に任せるはずがない」
「……妥当だな。ならば考えろ。そちらはどう推理する? 俺は一体……何者だ?」
推理する材料など碌にない。
しかし、サザンはこの男の言葉と行動の数々から、ある一つの感覚を抱かされていた。
それは、恐らく『同類』の感覚──
「…………何故、私が何を大事にするかを聞いた?」
「What? 何の話だ?」
「最初に会った時の話だ。貴様は私が仕事を取るか妹を取るかを試した。その心理は何だ?」
「ハッハー……質問返しか。答える義務があるか?」
初めから、答えを聞きたいと思って口にしたわけではない。ただ、自分の思い付きを整理したかっただけだ。
サザンはゆっくりと立ち上がる。腕は上がらないが、足はまだ動く。
「私はこう考えた。あの試行は、自分を重ねてやったものだ。貴様は『誰か』の為に『仕事』をしている。国家連合という『組織』ではない。『誰かの為に動くこと』と、『務めを果たすこと』が両立できる自分を誇り、私に己の優位性を示したかった。その心理が働いたんだ」
「…… What are you talking about?」
N・Nはサザンのことを睨みつけていた。今初めて、彼の前で冷や汗をかいている。
「……貴様は、己が忠誠を誓った相手より命を受け、務めを全うしている。それが、その者の望みを叶えることに繋がるからだ。ならその者は何者だ? 貴重な鉄紛を捨て駒に出来るほど立場が大きく、捨て駒にすることを厭わない人物……。戦争に関わることが出来るが、戦争に勝利することを目指していない人物……!」
「……サザン……貴様ァ……!」
「うぐッ……!」
そこで、サザンの体は悲鳴を上げた。
その場でうずくまり、傷を抑える。
「ハハッハー……これだからそちらは嫌なんだ。そこまで読まれてはもう隠す意味がない。いや、そもそも……独断専行をした俺を、『あの方』は果たして許すのか、どうか……」
「!? どういう……意味だ……?」
サザンはもう、膝をついているだけで辛い状態だ。
意識が飛ぶまでも遅くはないかもしれない。
そして、N・Nは何故かここで────とても切ない目をしていた。
「……いや、何も思わないか」
彼は、自らの胸を晒した。
「!?」
ノイドの体の皮は、人間のそれと何も変わらない。だがしかし、一部のノイドはギアを埋め込んでいるため、見た目が異なる場合が多い。
そして、このN・Nもそうだった。
「……エクスプロード・ギアだ」
「何!?」
「プラスが元・佐官だったんでね。一応……頂いておいた」
「貴様……!」
「ハッハー……せめてそちらを巻き込んで死んでやる。……ああそうだ。助言としてこれだけは言っておこう。……ノーマン・ゲルセルク元帥。アレは…………駄目だ」
「ま、待て……!」
「I'm off」
そうして荒野は、爆炎に包まれた。
*
◇ 界機暦三〇三一年 五月十五日 ◇
■ 帝国軍特殊医療施設 ■
「起きたか? サザン」
次に彼が目を覚ました時、そこは奇しくも妹と同じ施設のベッドの上だった。
「……ガラン?」
最初に視界に入ったのは、知人であり六戦機の一人、ガランだ。そしてベッドの逆方向には、また別の六戦機、エヴリンがいる。
「大丈夫ですか? サザンさん……」
「……エヴリンか」
サザンは少しずつ上体を起こす。ノイドの回復は人間より早いが、サザンの場合は尋常ではない。
「…………お前たちが私を?」
「は、はい」
「そうだ」
どうやら、この二人は爆発が起きるその直前に、サザンを救い出したらしい。
その方法は分からないが、『最強』と謳われるノイドならば、サザンの予想も超えるスピードで助け出せたのかもしれない。
だが気になるのは、そこではない。
「……元帥の指示だな?」
「え?」
「……」
エヴリンは驚いているが、ガランはサザンがその発想に至る理由を理解していた。
「……いつからだ?」
「な、何がでしょう……」
「…………いつから、元帥の言葉が皇帝陛下の言葉になった?」
「……ッ!」
サザンは目を伏せた。少しだけ、自分のいる場所が見えてきた気がした。
「サザン」
「ガラン。ノーマン元帥は……あの男を、『異物』だと理解していた。元帥の望みは何だ? 帝国の発展か? ノイドが住みやすい世界を作ることか? …………違う。あのお方は……戦争に勝利したいだけだ。ノイドの誇りとやらを取り戻したいだけだ。N・N……あの男の正体は、戦争屋だ。元帥は……あの男と組んでいたんだ」
「さ、サザンさん!? な、何を……」
推論をつらつらと語るサザンの姿を見て、エヴリンは動揺させられる。
だが、ガランは……。
「……お前の妄想だ。プラスは連合のスパイと入れ替わっていた。お前はそれを突き止め、奴を処分した。……それで良い。お前の功績だ」
「功績だと……? そんなものは要らない。私は私の意志でここに来た。帝国の為でもなければ、不遜ながら皇帝陛下の御為でもない。私の為だ。妹の為を願う、私自身の為だ。戦争屋と組んだ後の未来は何だ? その先に、ノイドの誇りとやらはあるのか? 元帥は──」
「お前は疲れている。サザン……!」
ガランは、少しだけ目を逸らしていた。
それがただ感情的になったからというだけではなく、周囲の耳を警戒したものだということは、サザンとエヴリンには分かっていた。
「……いつからだ。いつから皇帝陛下は…………元帥の傀儡になったんだ……」
「…………」
今度はエヴリンが、感情に則って目を逸らしてしまった。
今の戦争が始まって早二年。だが、ノイド帝国と人間中心の国々の間にある摩擦は、もう何百年以上前から存在している。
戦争と呼ばれない戦争は、ずっとずっと続いていたのだ。
長引く戦争を終わらせるために、帝国軍は帝国最高戦力である『六戦機』の必要性に駆られる。
六戦機の存在自体が秘匿されているため、特別な手続きなどは一切ない。
十年ほど前か、それよりも前だったか、ノーマン・ゲルセルクは、既に六戦機の軍事利用を許可されていた。
開戦前にそのようなことが出来たのは、ひとえにノーマンの手腕によるもの。いや、そもそもこれまでの帝国軍元帥は、戦争をする気がなかった。
いずれ大きな戦争が起きると皇帝を脅かすことで六戦機という力を頂き、実際に戦争が起きたなら六戦機を投入し、そして勝利する。
本気で世界を相手に勝利しようと目論む元帥は、ノーマンしか存在しなかった。
──「……ああそうだ。助言としてこれだけは言っておこう。……ノーマン・ゲルセルク元帥。アレは…………駄目だ」
「……………………」
これだけの言葉で、ノーマンが戦争屋のN・Nと組んでいた証拠にはならない。
だがしかし、サザンは自分でも気付けたN・Nの正体の怪しさに、ノーマンが気付けなかったとは思えない。
最初は自分が特別彼を疑っていただけだと思っていたのに、今はそう思うことが出来ない。
何故ならノーマンは、サザンを助けるために六戦機を動かしてみせたのだ。
サザンがN・Nの正体に気付き、ぶつかる可能性を考慮したということはつまり、ノーマンもあらかじめN・Nの正体を知っていたということ。
サザンを死なせないためだけに皇帝直属の部隊を動かすことなど、普通ではない。
それは戦争に勝利するという目的を、果てしなく追い求めていなければ出来ない判断。
利用できるものは何でも利用するのなら……戦争屋を利用しても、おかしくはない。
今、ここは闇の中。
横向きに這いずることしか出来ない、狭くて暗い闇の中。
それでもサザンの頭に浮かぶのは、妹・エルシーの顔だけだった。




