『side:六戦機』②
「ふむ……まさか〝顎鋏〟が、元帥の懐刀になっていようとは……」
貴族服の老人の男は紅茶を飲みながら、隣に座るサザンがここに来た意味を理解した。
続いて二人の座るソファの後ろから、エヴリンが何かを持てやって来る。
「サザンさん。お菓子です。私の手作りです。どうぞ」
「……」
残念ながらサザンは今混乱していて、礼を言う余裕もない。
机の上に出された、小麦粉やら砂糖やら鉄やら卵やらを混ぜ合わせた物体を、手に付けることもまだできない。
「……あと二人」
「はい?」
「あと二人はいないのか? 六戦機は……六人いると聞いたが」
サザンがそう尋ねると、エヴリンはバツが悪そうに頬を掻いた。
「あ、ああ……そのぅ……二人とも、人前に出たがらないタイプと言いますか……えっと……」
「協調性がねェのさ! シャハハハハ! ギギリーなんざいねェ方がいいがな! シャーハッハッハ!」
「し、シドウさん。そ、そういうことはあまり言わない方が……」
「事実だろうがあァッ!? シャハハハハハハハハ!」
シドウと呼ばれた長髪の男は、一つのソファを寝そべって占領しながら、行儀悪く足を延ばしている。
エヴリンは困り果てて溜息を吐いていた。どうやらこの男には、仲間意識も礼儀も無いらしい。
「……うるさい男だ」
「ハッ! テメェは静かすぎるぜバンダナァッ!」
「サザン・ハーンズだ。名乗ったはずだが?」
「ケッ! 何が悲しくて野郎の名前を憶えんだよ。シャハハ……」
「私は貴様の名を覚えた。貴様と同じく興味は無いがな。……シドウ・シャー・クラスタ……どうやら貴様の記憶力は、私に遥かに劣っているらしい」
「……ッ! シャハハハハッ! おいエヴリンッ! コイツぶっ殺していいか!?」
「駄目に決まってるじゃないですか!」
「シャーハッハッハ!」
シドウという長髪の男は、とてもよく笑う男だった。口ではこう言っているが、恐らく全く苛立っていない様子。
「吾輩の名も覚えてくれたかな? 〝顎鋏〟よ」
「ヴェルイン・ノイマン。元軍人……と言ったな?」
「そうだとも。貴公も苦労していることであろう。なるものではないな! 軍人など! ガハハハハ!」
「……」
こちらの老人の男も、大仰に笑うノイドだった。もしくは、軍隊の頃の記憶を思い出すまいと振る舞っているだけか。
「……ここで、一体何をしている?」
ようやく紅茶に手を出しながらサザンがそう尋ねると、エヴリンがビクッと反応を見せた。一方のシドウはやはり笑っている。
「シャハハ。『何をしている』だって? 見りゃわかんだろ! 何もしてねェだろうがッ! シャハハハハハハハ!」
「ああ……違うんですよサザンさん。別に私は無職というわけではなく、ただ勅命を仰せつかるまでの待機時間が、長すぎるというだけでして……」
「……ガラン」
ここでサザンは、少し離れて窓の外を見つめていたガランに声を掛ける。
エヴリンは、『だから内緒にしたかったのになぁ』と呟いているが、誰も聞いていない。
「何だ?」
「お前はいつここに入った?」
「……お前が、軍に入った頃だ」
「……そうか。あの時の異動か」
「サザンさん! ちなみに私もその頃です!」
「……」
サザンは紅茶を飲み、今度はエヴリンの手作り菓子を食べることにする。
エヴリンが期待した表情を見せているが、この男は全く気付いていない。
「……妙だな」
「不味かったですか!?」
一口齧ってからそんな台詞を吐いてしまったため、エヴリンは激しく動揺している。
「いや……『六』戦機と聞いたからな。二人が入ったのが最近ならば……それまでは四人だったのか?」
「シャハハ! 入れ替わりが激しいってだけの話さ!」
「……それだけ簡単に死ぬ可能性がある立場……ということか」
「「「「…………」」」」
全員、黙り込んでしまった。サザンの理解は正しい。彼らは開国以来、何度も殉職という形で人員が入れ替わっている。
「お前たちは歴史の裏で、陰ながら戦争に駆り出され、常に暗殺の危機に晒されてきた。圧倒的な戦闘力で敵方の要人の命を奪い、勅命のもとに情報を奪取する、たった六人だけの諜報部隊……。それが、六戦機ということか?」
「……少し、違ェな」
実はこの中で一番歴が長いシドウは、ここでようやく姿勢を正して座る。
「……六人になったのは、つい最近だ。俺が入る直前だから……十年前だな。それまでは『戦機』って呼ばれていた。人数も……今より遥かに多かった」
「……どういうことだ? 何故六人になった?」
「そりゃお前、『コア』が俺らの分しか開発できてねェからだろうがよ」
「? 『コア』とは……何だ?」
「それは……」
間の悪いことに、ここでサザンのCギアに通信が入る。
「済まない」
シドウを手で制し、サザンは通信に応じた。
興が醒めたのか、シドウはそこでまただらけた姿勢に戻ってしまう。
「…………はい。…………はい」
サザンが通信している姿を、ガランは目を細めて見つめていた。
通信相手が誰だか分かっていない者は、この場にはいない。
そして分かっているからこそ、皆沈黙せざるを得なかった。
少ししてから、サザンは立ち上がる。
「……任務が入った。悪いが話は──」
「元帥にでも聞けよ。あの人ァ何でも知ってる」
「? あ、ああ。そうだな」
「……チッ」
何故シドウが舌打ちしたのかは分からないが、サザンは彼の言う通り、いずれノーマン元帥自身に尋ねることにした。
*
サザンが部屋を出ると、エヴリンがドレスのスカートを揺らしながら追いかけて来た。
「サザンさん」
「何だ? 菓子なら美味かった」
「え!? あ、ありがとうございます! ……い、いや、そうではなくて……」
「? 何だ?」
「……無茶……してないですよね?」
「……そういうお前はどうなんだ?」
「私は……」
目を伏せるということは、それが答えだった。
「……私は、自分が死ぬことよりも、私の知っている人が死ぬことの方が恐ろしいです。知っていますか? サザンさん。私はこの帝国で、皇帝陛下より『最強』の二字を賜ったノイドです。そんな私ですけど、誰か同胞を救った経験は……一度もないんです」
華奢な見た目の彼女が、本当に『最強』のノイドの一人なのだとは思えなかった。
いや、サザンは彼女に、そのレッテルを張ることが出来ない。
「……『最強』などとはくだらないな。私は、お前に負ける気が全くしない」
「戦えるんですか?」
「……戦わなければ、少なくとも負けはしない」
「それはまた……フフ。確かにくだらないですね」
サザンはいつもの真顔のまま、それでも本人は微笑んでみせているつもりだった。
「……私は、自分が『最強』だとは思いません。さっきの三人もそうです。それとあと、ギギリー・ジラチダヌ……あの人も」
「……もう一人は?」
「……『最強のノイド』は、彼のみを指すべき表現です。ですが大丈夫。きっと、いくら戦争が長引いても、あの人が出てくることはありません。彼さえいればきっと……帝国は、大丈夫なんです」
「随分と信頼しているようだな」
「え? あ、い、いや! 違いますよ!? そういう意味ではなく! 私も彼のことは正直よく知らないんです! 本当ですよ!?」
サザンは、何故彼女が顔を真っ赤にして慌てふためいているのか、分からない。
真面目な彼は、説明するだけでつい興奮してしまうほど、その人物が驚異的な存在なのだろうとしか思っていない。
「……何も知らないんです。誰も彼も。……もし……もしも、彼までもが戦場に出ることになったら……この国は…………終わりです」
「…………?」
エヴリンの言い方に一瞬違和感を抱いたが、よく考えたらその必要はない。
まるで自分や他の四人は既に戦場に出ることが決まっているような言い方だったが、彼らは秘密裏に戦場に出て活動することもある部隊。何もおかしい話ではない。
……なのに、彼女が暗い顔をする意味が、分からない。
「お願いです、サザンさん」
そしてエヴリンは、再三に渡って繰り返す。
「……無茶しないでくださいね」




