『side:六戦機』
◇ 界機暦三〇三一年 五月十三日 ◇
■ 帝国軍統合作戦本部 軍事資料室 ■
サザンは同じ元帥直下精鋭部隊の上官に連れられ、この軍事資料室に来ていた。
その男は銀髪に隻眼のノイド。漂う重い雰囲気からは、常に畏怖を抱かされる。
その名は、シュドルク・バルバンセン。帝国軍中将だ。
「……バッカス・ゲルマンとイビルが、昨日死亡した」
資料を眺めながら、片手間にサザンにその情報を伝える。
「? それは……死体が海底で発見されたということですか?」
「……いや。リーベル自治区にて、鉄・ソニックの手で処理された。ステルスを使わずとも容易く我が国に侵入できる、驚異的スピードを持つ個体だ」
「……!?」
バッカスとイビルがあの後生きていたことにも驚きだったが、それを処理した鉄がいるという事実も信じ難い。
サザンは〝幻影の悪魔〟と称されるあの二人こそが、連合の最高戦力だと思っていた。
「……ムラサメ・オクバースを知っているな?」
「は、はい。士官学校で彼とはよく……。……早死にする性格だとは、思っていましたが……」
先日、彼の戦死の報告を人づてで聞いた。
元々無茶で無謀な男だと思っていたので驚きはないが、士官学校で共にしのぎを削った身として、相応の弔意は抱いている。
「奴に勝利を収めたのもまた、ソニックだという話だ」
「!?」
「……だが、以前までの奴ならば、イビルどころかムラサメを倒すことも不可能だったはずだ。……どうやら、『搭乗者』が変わったらしい」
「それは……どういう……」
「鉄乗りの中には、その鉄の性能を容易く発揮できる才を持つ者がいるらしい。これまではバッカスしか確認されていなかったが、連合はその才を持つ『子ども』を、世界中から数人見つけ出した」
「こ、子ども……!? 子どもを戦わせているのですか!?」
「感情的な子どもの方が、鉄の性能を発揮できる可能性は高い」
「し、しかし……」
「ソニックの搭乗者も子どもという話だ。調査によって、我々を始めとするごく一部の関係者には、その名も既に判明している。確か名は……アウラ・エイドレス……」
「……アウラ……エイドレス……」
サザンはその名を自身の魂に挟み込む。ムラサメの仇としてではなく、戦争の被害者の一人としてだ。
「……連合軍のやり方に、いちいち文句を言う暇はない。だが心に留めておけ。連合軍は数少ない鉄を、その特別な才を持つ子どもに任せている。その名も、『永代の七子』……!」
「『永代の七子』……。七人もいるのですか……?」
「……正確には、所有する鉄の数が限られているため、最低七人体制を維持しているだけだ」
「? 何故『七人』なのですか?」
「……そうか。貴様には……まだ言っていなかったな」
「え?」
シュドルクは読んでいた資料を閉じ、方向転換をした。
「諜報員として、情報は出来るだけ全て把握していなければならない。貴様は……知っていなければならない。我が国の、最高戦力を──」
*
■ 皇室庁 ■
「何故皇室庁に……」
シュドルクは何故か、サザンを彼の前の勤務先に連れて来た。
「確か、貴様は以前までここに身を置いていたのだったな……。……候補だったのかもしれんな」
「?」
そして、ある部屋の前で立ち止まる。
しかしシュドルクは、そこで回れ右をして来た道を戻ろうとする。
「シュドルク中将」
「私は公務以外で連中と関わる気はない。普段はその奥で待機している。確認したければすればいい」
「え、し、しかし……」
シュドルクはもうここを離れたくて仕方がない様子だったが、流石に説明不足が過ぎると自省し、体を向き直す。
「……貴様は皇室庁のどこに所属していた? サザン大尉」
「え? ……護衛管理局です」
「管理部か。皇室庁には五つの内部部局がある」
「管理部、文庫部、祭事部、家政部、そして総務部です」
「……だが、それらとは全く別の、六つ目の独立した機関が、皇室庁には存在している」
「……!? そ、そんな馬鹿な……。そんな話は……聞いたことがありません」
「当然だ。我々が元帥閣下直属の諜報部隊ならば、『奴ら』は皇帝陛下直属の諜報部隊なのだから」
「!? ば、馬鹿な……政府のスパイならば、帝国情報局が別にあるではないですか」
「表に出る組織では出来ないことをするのが、『奴ら』の役目だ。この国の歴史の裏側には必ず『奴ら』がいた。戦闘面において全てのノイドの頂点に立つ存在……。正式名称は、『皇帝直属特殊作戦遂行機動部隊・六』……通称『六戦機』」
サザンは愕然としていた。
自分がノイド帝国の裏側にいるという事実に、彼は今更になって気付かされたのだ。
「元帥閣下は……これまで想像だにされなかった『手段』を利用しようとしている。戦争に勝利するために。……ノイドの誇りを、取り戻すために」
「?」
「私は先に戻る。貴様は……挨拶でもしておくといい。帝国最高戦力である……たった六名のノイドに」
それだけ言い残し、息を飲むサザンを置いてシュドルクは廊下の向こうへ去っていく。
そしてサザンが扉に手を掛けた──その時。
「サザンさん!?」
シュドルクが去った方向とは逆の廊下から、一人の女性が現れる。
脇や腹や胸の谷間、それに太ももまでも隠さず露出した、煽情的な赤いドレスのような衣服を身に纏った、仮面の女性。
仮面で隠しているのは目の周りと間だけ。その驚愕の表情はよく見えている。
「……エヴリン……」
彼女は元々、皇室庁でサザンと同じ部署で働いていたノイドの女性だ。この場にいることは何もおかしくはない。
「ど、どうしてサザンさんが皇室庁に……。あ。ま、まさか、私に会いに来て……?」
「まあ、大体それで合っているだろう」
「……サザンさんは、嘘もお世辞も下手ですね」
「そ、そうか……?」
「ご活躍は聞いてますよ! 〝顎鋏〟という異名も知っています。帝国の為に戦っている姿……とても素敵です」
「……そうか。ありがとう」
エヴリンは心からそう思っているようだが、サザンは複雑な気持ちだ。
少なくともサザンは、帝国の為に戦っているつもりはない。
「──待て」
その時サザンは、思わず目を見開いた。
何故なら今エヴリンが、目の前にあるその扉に手を掛けたからだ。
「何ですか?」
「……どうしてお前が……その部屋に用がある……?」
「え……あ、いや……大した用ではないですよ。本当です」
「……そんなはずはない。その部屋は……六戦機の待機部屋だと聞いた」
「……ッ!? え、ま、待って下さい。な、何でサザンさんがそのことを……」
その時、扉を一瞬開けようとして止めた為か、中から不審に思った第三者がその扉を開く。
「どうした? 何を………………ッ!?」
キリッとした眉に、顎髭を生やした巨漢のノイド。
サザンは中から出て来たその男に、見覚えがある。ないはずがない。
「ガラン……!?」
「サザン……!」
「え? え、え? な、何ですか? え?」
そしてサザンは、中にいる他の者に目をやる。
いるのはガランを除いて二人だけ。一人は鋭い八重歯が目立つ空色の長髪の男で、もう一人は貴族服を着た老人の男性だ。
「うおうおうッ! 何だァ!? エヴリンかァ!?」
「紅茶の用意が出来ておるよ。吾輩のオリジナルブレンドである」
「…………ガラン、説明をしてくれ」
されずとも、大体サザンには理解できている。
あと二人ほど足りていないが、今自分が目にした『四人』こそが、帝国最高戦力に数え上げられるノイドなのだ。
「……そうだな」
そしてガランは、彼を部屋に招き入れる。




