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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
三章【月夜の帝座】
40/158

『ユウキ・ストリンガー暗殺任務』②

 結局ユウキと共に上空に飛び立ち、サザンはクロガネとの戦闘を開始する。

 ワーベルン領基地のほとんどのノイドは鉄紛クロガネマガイと戦っていて、そちらの戦況は互角。

 領地の統括指揮官はサザンのよく知るクロウ・ドーベルマン大佐で、彼はクロガネ・イビルに苦戦しているようだった。

 当然、二人はそちらに加勢する──



「ストリングブレットォォォォ!」


 ユウキの糸による弾丸のような技で隙を作ると、サザンはすぐに鋏でイビルの装甲を切り裂きにかかった。

 巨大な鋏は重い武器であるため、スピードには自信がないサザンだが、ユウキの作った隙のおかげでイビルに大きなダメージを与えることに成功する。


「ぐおォォッ!?」

「がァァァッ!」


 イビルだけでなく、搭乗者の男──バッカス・ゲルマンにもダメージは入っているようだ。


「オイッ! 俺の邪魔すんなよ、サザン・ハーンズ!」

「邪魔は貴様だ。ユウキ・ストリンガー」


 邪魔どころか完全な協力プレイだったが、サザンは何となく彼が気に入らないので悪態をつく。


「ユウキ・ストリンガー……!? それに……サザン……!」


 二人の乱入で目を見開くのはクロウ大佐。だが彼は、サザンがここにいる事実に何よりも驚いている。

 クロウからすればサザンは、帝国軍の秘密工作員のような存在。ここにいる理由など、容易に想像できてしまう。


「サザン・ハーンズ大尉ッ! 貴様が何故ここにいる!?」

「……大佐……」


 元直属の上官なので複雑な感情が渦巻くサザンだが、目の前の相手はそれを良しとしない。


「クソがクソがクソがクソがクソがァァァァァァァァ! ぜってェに許さねェぞクソ共がァァァァァァァァ!」


 クロガネ・イビルは途轍もなく憤慨している。

 感情的になれば冷静的な判断を失うが、勢いに任せて実力以上の力を発揮する可能性もある。

 サザンは既に、自分が今出せる『最大の技』を食らわせて、戦いを終わらせようと目論んでいた。


「落ち着けイビルッ! 冷静になれ! よく見ろあの二人のノイドを……」

「あァ!? ハチマキの糸野郎と、バンダナの鋏野郎……だから何だァ!?」

「お前は話を何も聞いてないな! 〝ハヌマニアの英雄〟と、〝顎鋏がくばさみ〟だッ! どちらも、単独で一個大隊レベルのバケモンだぞ……!」

「ハッ! バカタレがよォバッカス! 一個大隊レベルだと……? 一個旅団レベルのオレ様たちの、敵じゃねェじゃねェかオイ!」

「……その通りだ」


 イビルに自分を説得させるような会話の流れを作ることで、逆に彼を冷静にさせてみせる。

 バッカスはそれだけイビルの性格に慣れていた。間違いなく、二人は息の合ったコンビだったのだ。

 そのことをサザンはあらかじめ理解している。だが、そんな彼らにも弱点はある。それはシンプルに、息が合い過ぎること。

 最終的に彼ら二人が共に進むことを決めれば、止める者はもうどこにもいない。


「……一個旅団? じゃあ何で部下連れて来てんだ。勝てねェからだろうに」

「ユウキ・ストリンガー。奴を侮るなよ。あのクロガネは、連合軍の抱える……〝幻影の悪魔〟だ。そしてそれに乗るのは、将官でありながら唯一のクロガネ乗り……バッカス・ゲルマン」

「強ェのか? サザン」

「貴様よりはな」

「お前よりもか?」

「…………私は、こんな下種に負けん」

「じゃあ俺の方が強ェじゃねェかよッ!」

「何だと貴様……!」

「馬鹿か貴様らは。……サザン、貴様の目的は後で聞かせてもらうぞ」

「承諾できません」

「……」


 ユウキの暗殺は秘匿任務。たとえ元直属の上官であっても、話すことはできない。

 もっとも、クロウの方は既に看破していたが。


「……ユウキ・ストリンガー、私の指示に従え。あのクロガネを追い払いたければな」

「断るッ!」

「……」


 サザンは『大技』を食らわせるため、真っ直ぐイビルに向かっていった。

 ユウキも同じ考えなのか、同様に突撃している。

 だが、しかし──


「……フッ。猪突猛進。暴虎馮河。無駄だ無駄だ。無駄無駄無駄ァ!」


 スピードではイビルが有利。二人が向かってきても、軽々と避けられる。


「逃げんなカス!」

「逃げるからカスなんだろうがよォ!」

「行くぞイビルッ!」


 ブゥゥゥゥゥゥン


 その時。不気味な音と共に、イビルは姿を完全に消す。そしてその見えない状態のまま、サザンはイビルに殴り飛ばされた。

 ユウキも同様に殴り飛ばされたが、二人はまだまだ戦える。すぐに体勢を戻し、また共にイビルに向かっていった。

 頭に血が上っているのは、イビルだけではない。


「オラァッ!」


 音を頼りに手の平から発射したユウキの糸は、残念ながらイビルに当たらず、見えない彼の体をすり抜けていった。


「何ッ!?」

「ダハハハハ! こういうわけだ!」

「どういうことだ……!?」

「ゲヒャヒャヒャヒャ! てめェらにオレはもう触れられねェよ! これがオレの固有能力・……『ザ・ファントム』! ()()()()()()()()、一方的にてめェらをぶちのめす!」


 イビルの固有能力は事前に知っていたサザンだが、どうやらクロウとユウキは知らなかったらしい。

 諜報員の彼と他の者では情報の差が大きい。だがしかし、それでもサザンは驚愕していた。

 何故なら、彼の持つ事前情報では、イビルの固有能力は『ステルス機能』だけだという話だったからだ。

 鉄紛クロガネマガイのステルス迷彩も、恐らくそれを元に開発されたのだと想像していた。

 しかし、今のイビルの言葉が本当なら……本当に『実体』を消せるのなら、サザンたちにイビルを倒すことは、決して出来ない──


     *


 完全に、〝幻影の悪魔〟が三人を翻弄していた。

 一方的な状況で、サザンは『大技』を出すタイミングを完全に失う。

 だがその時、ユウキのもとに通信が入った。

 何を言っているかは聞こえないが、恐らく先程まで一緒にいた人間の女だろう。


(クソ……どうする……? 『シザークロス』さえ当てれば勝機はあるというのに……ッ! そもそも、コイツらは一体何をしにこのワーベルン領に来た……!? 目的も分からん連中を……どうやって撤退させる……ッ!?)



「一方的な虐殺……!?」



 ユウキが突然、物騒な発言をした。

 恐らくだが、通話先の女の発言を復唱しているだけだろう。彼はそれだけ単純な男だ。


(……待てよ? ……そうかッ!)


 サザンは、このユウキの言葉で気付いた。


「大佐!」

「……ああ。そういうことか……」


 クロウも気が付いたらしく、イビルを置いて他の鉄紛クロガネマガイの方に向かっていった。


(奴らの目的は、イビルによる一方的な帝国軍の虐殺と、基地の奪略……! 私とユウキ・ストリンガーの介入で、偶然それが不可能な状態になったんだ……! 一個旅団レベルのイビルがいるのに、開発されたばかりの鉄紛クロガネマガイを大量に連れて来たのは、今後ここを拠点に活動するための、必要戦力だから……。つまり、鉄紛クロガネマガイを全滅させれば、イビルは撤退させられる……!)


 そう思っていた矢先、ユウキは何故かイビルに一撃を食らわせることに成功する。


「ぐァァァァァ!?」

「当たった!?」


 どうやら通話先の女に指示され、見えないイビルに攻撃を当てたのだろう。

サザンは今のを見て驚いているが、ユウキ自身も何故か驚いている。


「てめェ……ッ!」


(……そうか! コイツは……イビルは『ステルス機能』と『実体を消す能力』を使い分けている……! だから向こうが攻撃をしてくる瞬間は、実体を捉えられるということか……!)


 だが、それでもサザンは、イビルに勝てるなどとは思えていない。

 何故ならイビルとバッカスには、まだ奥の手があるからだ。

 それは、クロガネの性能を限界まで発揮する、『超同期オーバーシンクロ』という状態への変化。

 ユウキと共に今すべきことは、クロウが鉄紛クロガネマガイを倒しきるまで、その『超同期オーバーシンクロ』状態のイビルを相手に時間稼ぎを続けること。

 問題は彼がクロウを殺そうとするのを、二人がかりでも止められるとは限らないという事実。

 が、そこで──────バッカスとイビルは、暴走を見せた。



「「…………『超同期オーバーシンクロ』」」



 イビルの全身から、赤黒い光が溢れ出す。これは、『超同期オーバーシンクロ』状態特有の現象だ。

 その状態になるまではいい。だがしかし、そこから狙いを完全に、自分とユウキに合わせている。これは完全に、敵側の失策だ、


(……大佐でなく、我々を狙っている……? ……やけくそになれば、勝機はこちらにある。 いずれにしろ、食らわせるのなら、今……ッ!)


「……ストリング……」

「「ジャガーノートォッ!」」


 何やら『大技』らしきものを出そうとするユウキに向かって、イビルは赤黒い光を纏って巨大になった爪で、真っ直ぐ姿も消さずに攻撃してくる。


(姿を晒したまま攻撃……。己の固有能力を失念したか、あるいは先のユウキの攻撃で看破されたと見だか……。どちらでも構わん。いずれにしろ……隙だらけだッ!)


 サザンはユウキより先に自分が『大技』を食らわせるべきだと判断した。

 そうすれば、自分の『大技』で瀕死になったイビルを、彼の『大技』によって確実に倒せる。

 ……そして何より、直接イビルの技をユウキが食らわずに済む。

 当初の目的を完全に忘れ、サザンは自分でも気づかないうちに、彼が死なないように動いていた。


「……キィッ!」


 集中力を上げるため、勢いよく息を吐く。

 そして、イビルに向かっていく。


「無駄だぞ〝顎鋏がくばさみ〟ッ!」

「シザークロス!」


 刹那で敵の腹をクロス状に切り裂く、サザンのいわゆる必殺技。

 だがしかし、イビルの『ジャガーノート』の威力に負けて、その攻撃は一瞬失敗する。

 完全にイビルの攻撃を直接食らうサザンだが、逆に食らったその瞬間が敵の隙に繋がった。

 サザンはイビルの背に、もう一度『シザークロス』を食らわせることに成功した。


 このサザンとイビルの衝突は、時間にしてコンマ数秒の出来事。


「が……ッ!」


 ダメージは大きく、サザンはそのまま地上へと落下していく。

 気を失いそうになりながら、ユウキの『大技』をその目に焼き付けようとした。


(いけ……ッ! ユウキ……ストリンガー……)



「バァァァァァァァァァァァァァァァァァストッッッ!」



 そうして彼は地上に激突する。

 だがしかし、薄れゆく意識の中で、ユウキ・ストリンガーの勝利だけはしっかりと見届けることに成功した──


     *


◇ 数時間後 ◇

■ 帝国軍 南二号基地 医療室 ■


 次に目が覚めた時、サザンはベッドの上だった。

 隣には、同じタイミングで目を覚ましたユウキ・ストリンガーがいる。


「……生きていたのか」

「……お前もな」


 お互いに目線だけ向けながら、上体を起こした。


「ユウキッ!」


 医療室に入って来たのは、森林でユウキと共にいた宝石のアクセサリーを付けたブロンドヘアの人間の女。

 今初めてじっくりと見るが、その左手首には紐の付いた機械の腕輪を付けている。


「……貴様か? イビルの固有能力の弱点を、看破したのは」

「……傍から見てたら気付くこともある。今回は……運が良かったね。貴方も……ユウキも」

「あん?」


 何故か彼女はユウキを睨んでいる。ユウキは分かっていないが、どうやら彼が無茶をしたことに苛立ちを見せているらしい。

 やはり、反戦軍においてユウキ・ストリンガーは重要な戦力なのだろう。


「……まったくだ」


 サザンはそこで立ち上がった。


「お? 何だやんのか? 今からやるかオイッ!」


 そしてユウキも立ち上がる。隣の女は焦って止めようとしている。


「……いや、いい」

「は?」


 サザンは、周りに自分たち以外他の誰もいないことを確認した。


「……私の受けた任務は、貴様の『暗殺』だった。だが、私には貴様が殺せないらしい」

「俺の方が強ェからなァ!」

「いや私の方が強いが」

「ンだとコラァッ!」

「何だ文句があるか」

「……馬鹿?」


 二人して呆れられてしまい、サザンはここで冷静さを取り戻した。


「……帝国軍に正義は無い。貴様らが正しいというわけでもない。私が貴様の暗殺任務を受けたこと、公にするか?」

「……ハッ! 馬鹿が。反体制派の俺らの言葉を、一体誰が信じるよ! つーか、俺らに死んでほしいと思ってる奴なんざ、その辺いっぱいいるぜ!? マジで!」

「そうなの……?」


 今、このブロンドヘアの女性──ユーリは油断している。

 実は今日はずっと自分の正体を悟られないように振る舞ってきた彼女だが、ユウキの無事に安堵したことで、つい反戦軍に入ったのが最近だと気付かれるような発言をしてしまった。

 ただ、残念ながら今のサザンの視界には、ユウキしか入っていない。


「……ユウキ・ストリンガー。貴様の名、私の魂に挟んでおく。次会う時は……今度こそ、命は無いと思っておけ」

「そいつァ俺の台詞だぜ。なァオイッ! サザン・ハーンズ! 紡いでおくぜ、お前の名! 俺の魂と共になァ!」


     *


 上空をジェット・ギアで飛びながら、サザンは妹の言葉を思い出していた。

 それは、五年前にエルシーがいた病室の扉の前で聞いてしまった、かつての彼女の主治医に向けた言葉。


 ──「お兄様は、優しい人です。だからきっと、大丈夫。優しい心のお兄様は、優しい人を殺めることはありません。大丈夫です」


「……違う……違うな、エルシー……」


 彼女の言葉を、反芻する。


 ──「きっと、大丈夫」


「……違う。私には……敵がどのような心を持っているのかなど、判別できない」


 ──「大丈夫です」


「……違うんだエルシー。私は……」


 誰かを殺めるということなら、軍で戦っているうちに、もう何度も経験した。

 その全てがどのような人間だったかなど、覚えているわけがない。

 ただ、少なくとも今回は、相手がどのような人物か知ってしまった。

 ノイドという同胞で、殺すに値するとは思えない人物。


「…………私は…………」

 

 体力の消耗が激しい所為で、ジェット・ギアのエンジンが切れかかっている。

 少しずつ降下していくことに、彼は気付けていない。

 太陽は同じようにゆっくりと沈んでいっている。

 やがてエンジンが切れ、太陽が沈み切った時、彼は闇の森の中で一夜を過ごす羽目になる。

 暗闇に包まれていく彼は、それでもまだ自分のいる場所がどこか、気付けていない。

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