『fate:サザン・ハーンズ』②
◇ 界機暦三〇二七年 七月六日 ◇
■ 帝国軍士官学校 ■
サザンは士官学校を飛び級で入学した。
初めはそんな彼を妬んだり誹るような者どもが幾人もいたが、次第に彼の能力が露わになると、最早誰も彼に文句を言えなくなる。
彼の存在がむしろ自分たちの得になると、皆がそう判断するのだ。
「ぐッ……!」
彼は今、ある同輩の男と組み手をしていた。飛び級で入学したサザンよりもここでの年月は数年長いのだが、少なくとも相手の方は同輩だと思っている。
「フフ……ハハハハハハ! どうしたサザン・ハーンズ! もう終わりか!? そんなことではいけない! 飛び級でこの士官学校に入学した此方は、帝国軍の未来を担うのであるからして!」
組み手の相手は、何故か支給されたはずの制服が反物に変わっている、胡桃色の長髪男。
「誰が終わりだと言った? ムラサメ……!」
「フッ……流石だサザン! オリジナルギアを持つ戦士よ! 某は此方の存在を我が身に流し込むことができ、大変に満足しているぞッ!」
「言っている意味がさっぱり分からん」
「さあ見せてみろ! 此方のオリジナルギアの神髄を!」
そう言われるが、サザンは先程からずっと、そのオリジナルギアを使い渋っていた。使い渋るに足る理由があるからだ。
「……ムラサメ。そういう貴様は何故ギアを使わない」
「何……?」
「貴様だけだ。この帝国軍で、ギアを取り付けていないノイドは……」
「ふむ」
「……一体何故だ? どのような理由があって、貴様は自らを制限している? 実力はあるというのに……。上の命令を拒絶し続けていると、このままでは士官学校の卒業すら厳しいぞ」
結果として、こののちムラサメはその素の実力だけで上に認められることになり、卒業してみせることになる。
しかし今のサザンはそこまで楽観的に見れていないため、ムラサメには何か全く想像できない目論見があるのだと推測した。
……のだが──
「嫌いだからだ」
「は?」
ムラサメは、フッと息を吐いて髪をかき上げた。
「某はッ! 体にこう……なんかよく分からんものを取り付けるのが、嫌いなのだ! だって不気味であろう!? 違うかサザン・ハーンズッ!」
大声で注射を拒む子どものような言い分を発するムラサメに対し、サザンの反応は平静通り。
そして彼は、彼らしく真面目に考えて、返答を出す。
「知らん」
*
◇ 界機暦三〇二七年 十一月十二日 ◇
■ 迷亭省 ■
この迷亭省は帝国南部の都市。
リーベル自治区の丁度北側に接していて、実はあるノイドの青年が、ギア製造の技術を学ぶために住んでいた都市でもある。
サザンは、この町にいる自分のオリジナルギアの生みの親である、とあるギア製造技師を訪ねに来た。
「じゃ、そういうわけだから! あばよ師匠ッ! 達者でな!」
「うぇぇ!? 待っとくれユウキちゃん! 儂、全然納得しとらんのじゃけど!? おんしにとって儂はその程度の存在じゃったのかァ!?」
「大事な女がいるだけさ……」
「儂とは遊びの関係じゃったのか!?」
「……いや遊んでなくね? じゃッ!」
それだけ言って、ハチマキを頭に巻いた黒髪の男ノイドが一人、店から出ていった。
サザンはその男とすれ違いながらも顔を見ることはなく、そのまま目的地である同じ店に向かう。
店の中では、件の製造技師がワンワンと泣いていた。
「……レーガ。ギアを見てほしいんだが……」
「うごォォォォォォ! 弄ばれたァァァァァァァ!」
「レーガ……」
レーガと呼ばれたその少女……のような見た目の、ノイドの女性。
膝まで伸びた長いベージュの髪に、黒いつなぎを着た子どもの姿。
彼女こそが、サザンのオリジナルギアの生みの親だ。
「当てつけに利用されたァァァァァ!」
「レーガ」
「ユウキちゃんのば…………ん? サザンちゃん!? サザンちゃんッ! 儂を慰めに来たんじゃな!?」
ようやくサザンの存在に気が付いたらしい。泣くのを一瞬で止めたことから、初めからそこまで気にしてなかったようだ。
「いや、ギアの整備をしてもらいに来た」
「そこは冗談でも『そうだ』というべきなんじゃよ! 小僧が! 乙女心を知らんのか!?」
「知らん」
「じゃああしょうがない……ってなるかいッ! 儂は今とっても悲しんでおるのじゃ!」
「練度の具合を見てほしいんだが……」
「話を聞かん奴じゃな!」
「戦闘を重ねた結果がどうか、気になっている」
「だから話を………………何じゃと?」
ようやく、彼女はサザンの話を聞く気になった。
*
それから少しして、レーガはサザンの胸部を切開していた。
機械の体でも血は流れ、骨組みは鉄だが内臓もある。レーガは手術の要領でサザンの体を弄っていた。
ギアの着脱自体は誰にもで出来る簡単なことだが、そのギアが与える体への影響はこうして切開しなければ詳細に知ることは出来ないのだ。
「これは……」
そしてレーガは、サザンの体の変化に気付くことになる。
*
「……サザンちゃん。おんし……一体今、どこで何をしておる?」
術後にレーガは、神妙な面持ちでサザンに尋ねた。
「……帝国軍だ」
「何ィ!? お、おんしそれで死んじゃったらどうする!? 戦争は危ないんじゃぞ!? 怖いんじゃぞ!?」
「……エルシーを、軍の特殊医療施設に入れてもらうためだ。私が軍人になれば、親類縁者のエルシーも利用できると」
「……何……じゃと? お、おんし……それが一体どういう意味か……分かっておるのか?」
「……分かっているつもりだ」
今のサザンは、最初にノーマン元帥に出会った時と違い、冷静さを取り戻している。
ノーマンは、サザンの力を手に入れるためにエルシーを利用しただけだ。
「……いや、分かっておらんよ。体の具合はどうじゃ? 恐らく毎日のように、全身に痛みが走っとるはずじゃ」
「……ッ! な、何故分かる……?」
「それは人間でいうところの……成長痛のようなもの。おんしはオリジナルギアの練度を上げる速度が速すぎて、体にかかる圧力が激しくなっておるんじゃよ。知っておろうが、ギアの練度を高めれば高めるほど、ノイドの身体能力は増大する。ギアに使用するエネルギーを生み出すため、体が変化……あるいは進化しようとするからじゃ。しかし、大抵のノイドはその進化を可能にせんため、使用エネルギーが膨大なギアを扱うことは出来ん。じゃが、オリジナルギアは話が違う」
レーガは真面目な表情のまま説明を続ける。
何も、サザンが命に関わるような状態にあるわけではない。彼女が心配しているのは、また別の問題。
「オリジナルギアは、そのノイドの体に合わせて作ったギア。使用エネルギーは膨大じゃが、そのエネルギーを生み出すための体の変化と進化を、効率よく行えるよう設定されておる。……おんしは強くなる。途轍もなく強くなるじゃろう。ノイドも人間も追い越し、新たな種に近付こうとしておるのじゃ」
「……そういうことか。まあ、異常が起きているわけでないのなら構わんか」
「サザン」
「ん?」
「……儂は、おんしに戦争に出てほしいからオリジナルギアを与えたわけではない。あくまで護身用じゃ。おんしの所属している……いや、所属しておった皇室庁は実質、皇室の護衛も兼ねておるからの」
「……エルシーの為だ」
「おんしの意志はどうなのじゃ?」
「……そんなもの、必要が無い」
サザンは、自分の意志をひた隠しにして生きている。
自由を自ら制限するという自由。彼は、自分以外の誰にも縛られない生き方を続けてきた。
これまでも、これからも。
*
◇ 界機暦三〇二八年 六月十六日 ◇
■ 帝国軍特殊医療施設 ■
サザンはこの日、いつもの如くエルシーの見舞いに訪れていた。
だが病室に入ると、彼女の傍に一人の大柄な男がいる。
「ガラン……? お前、ガランか?」
キリッとした眉毛に、顎髭を少し揃えた巨漢。
この男は、以前よりサザンとエルシーの知り合いだった。
「サザンか。うむ……では、私はこれで……」
「え、もう行ってしまうのですか?」
巨漢の彼が立ち上がると、エルシーは少し寂しそうな顔を作り始めた。
「ガラン、久しぶりだな。急いでいるのか?」
「うむ……まあ、な」
サザンは分かっていないが、このガランという男は、兄妹水入らずの邪魔をしたくないだけだ。
「しばらく顔を見せないと思っていたが……忙しかったのか? 今はどこに所属している?」
「……悪いが、皇室関係は秘匿事項の雨嵐だ。教えることは出来ん。……済まんな」
「そうか。構わんさ。また来てくれるか?」
「……無論だ。それよりサザン、お前は今……帝国軍で……」
「……?」
ガランが何を聞くつもりだったのか、それ以上彼が言葉を続けようとしなかったために分からない。
とにかくサザンは感謝の意を込めて、微笑みながら彼を見送った。
「……よく分からんが、ありがとうガラン。そうだな……今度オイルでも飲みに行こう」
「……相変わらず、つまらん洒落だ。酒を飲めるようになってから誘ってくれ」
サザンがしつこく使うその冗談は、ノイドに伝わる昔のことわざから来ていたりするが、そこはたいした問題ではない。
笑ってもらえないのは伝わらないからではなく、ガランの心情の所為だった。
真面目な顔でとぼけるサザンと、別れを惜しんでいるエルシー。そして二人のことを心配している自分、ひいてはこのノイド帝国。
それらの今後の未来を憂いでいる彼は、笑みをこぼすことが出来なかった。
ガランが病室を出ると、エルシーはサザンに声を掛ける。
「……私のあげたバンダナ、いつも付けてくれていますね。お兄様」
サザンはいつも首にバンダナを巻いている。砂色の地味なバンダナだ。
「……ああ。よだれかけにちょうどいい」
「……」
「……」
「……クフッ! フフフフッ! お兄様は……相変わらず面白い人ですね」
「……冗談だぞ?」
サザンは何故か、エルシーが本気で受け取ってしまったのではないかと思って固まってしまっている。
しかも何故か、不安になって汗を流している。
「そうじゃなかったら引っ叩いてます」
「そ、そうか」
冗談が下手なだけでなく、それが通じていることにも気付けない。
そんな彼のことを愛らしく想い、エルシーは目を細めて微笑んだ。
サザンには決して言えないが、エルシーは彼がそこに居てくれるだけで、もうこの世に未練など何一つ感じていなかった。
*
◇ 界機暦三〇二九年 四月三日 ◇
■ 帝国軍統合作戦本部 ■
ノイド帝国軍に、陸海空の垣根は無い。
第一から第九までの『師団』と呼ばれる軍隊が存在し、国内には『防衛部隊』が存在する。
その全ての軍隊を指揮するのが、首都・央帝省にある統合作戦本部。
サザンは今日、自身の昇進と異動のために、この本部に足を運んでいた。
「サザン・ハーンズ中尉。貴様は本日付けで、私の部隊を離れてもらうことになる」
司令室でサザンを前にそう言ったのは、皺ひとつない制服を着た、優男風の男ノイド。帝国軍大佐、クロウ・ドーベルマンだ。
飛び級で士官学校を卒業したサザンは、これまでこのクロウの下に就いていた。
「……特別抜擢により、貴様の階級はこれより帝国軍『大尉』となる。今後とも我らがノイド帝国のため、精進するがいい」
「はッ」
サザンはいつものように真面目な顔のまま、背筋を伸ばして受け入れる。
「…………それだけか?」
「え?」
クロウは、眉間に皺を寄せながら両の手を組み合わせて、机に肘を乗せている。
その表情は、サザンの昇進を祝うようには見えなかった。
周囲の様子をチラリと窺ってから、彼は一度舌打ちをする。
「……チッ。妙な話だ。元帥直下精鋭部隊だと……? 一体何を考えている……」
「大佐?」
「……サザン、一つだけ言っておく」
形式ばった態度を止め、クロウは一人のノイドとしてサザンに相対する。
「……貴様は、貴様の自由意志に則ってその生を全うしろ。それが、一人のノイドとして生まれた貴様の責務だ」
「? それは……今までにまして責任を伴う立場になることを、理解しろという意味ですか?」
サザンは、クロウが危惧していることをまるで理解できていない。
クロウは苦虫を噛み潰すような表情で視線をぶつけた。
「……クズの傀儡にはなるなという意味だ」
「? は、はあ……」
「この世にはクズしかいない。クズがクズを殺し、クズに守られクズが生きる。ならばせめて、マシなクズになれるよう努力するだけだ。自分が信じた生き方をしろ。軍の掟に縛られるくらいなら、己の掟に従え」
クロウは暗に、サザンに軍を辞めろと言っている。
短い間だが、彼はサザンがどういう人物かを理解してきた。どうにもサザンが軍に向いているとは思っていない。
先程周囲を窺ったのは、自身の背信的な発言を聞かれないため。
そしてサザンは、そんな彼の意図を理解した。
「……大佐。私は貴方のことを尊敬しています。今の帝国軍に対する背信的な発言は、聞かなかったことにしておきましょう。それと……」
サザンの瞳に濁りは無い。彼は自分が信じた道を、ずっと歩み続けている。
正誤は関係ない。覚悟の用意は出来ている。
だがしかし、彼はこの先に自分が辿る運命が、見えていない──
「私を縛ることは誰にも出来ません。何故なら私は、私を縛ろうとするものを全て、この私だけが持つ……巨大な『鋏』で切り裂くからです」
サザンは、自分の右腕を左手で掴みながらそう言った。
そうして彼は、元帥直下精鋭部隊の一員となる。
己の邪魔をする全てを、その鋏で切り裂きながら──




