『クリシュナ防衛戦線』⑥
◇ 界機暦三〇三一年 六月十日 ◇
■ 国家連合軍総司令部 特殊部隊管理室 ■
クリシュナの戦いは、終結した。
『超同期』に目覚めた御影・ショウとピースメイカーの活躍で、帝国軍第一師団が壊滅状態に陥ったのだ。
戦況を一瞬変えた六戦機は、どういうわけかそのすぐ後に撤退していた。
第一師団を失い、侵攻を続行できなくなった帝国軍の、完全な敗北だ。
だが、しかし──
「……サンライズシティの死者は、四万五千七百八十一人。また、帝国の使用した兵器なのですが……調査の結果で、核エネルギーを利用した爆弾である可能性が判明しました。放射線が検出されていませんので、恐らくアレは……」
「……ニュークリア・ギア」
「え?」
部下からの報告を受け、ステイト・アルハンドーラは、自身も上から知らされた内容を伝える。
「あの爆弾の名称だ。今後、そう呼称されることになるそうだ。もっとも……二度と使用されることはないだろうが」
「そ、そうなのですか?」
「……アレは、倫理がどうのという問題で済まない兵器だ。明らかに……アレを使うメリットよりも、デメリットの方が多い。奪うべき町を跡形もなく消しては、侵略の意味が無い」
「な、なるほど……」
「……」
勝利したのは連合軍だ。しかし、ステイトは全くそんなことで喜んではいない。
クリシュナ共和国は大打撃を受け、連合軍の損害も帝国ほどではないが大きい。
仮に勝利者がいたとすればそれは、戦争を裏で操る────『黒幕』だけだ。
*
部下が去ると、今度は永代の七子が部屋に入って来る。
室内に『六人』が集うと、ステイトは話の整理を進める。
だが、この中の誰も、まともにステイトの話が耳に入っていない。
「ライド・ラル・ロードは、戦死した」
この中で、その情報を初めて聞いたのはアウラだけだった。
「は……?」
「ついては新たな永代の七子を加えることになるが、それは少し先の話で──」
「何言ってんだよ!?」
アウラは思わず前に出て、ステイトの机に勢いよく手を乗せた。
「……アウラ・エイドレス。永代の七子の候補はまだいる。レッド・レッドは共に亡くなったが、クロガネの予備もまだ──」
「そうじゃないッ! 何で……何で死んだんだよ……。しかも……死んですぐ代わりだって……? 彼を……僕らを何だと思ってるんだよ!?」
「……済まない」
「何を謝るんだよ……。何を……」
アウラが取り乱していると、灰蝋が一人、フンと鼻を鳴らす。
「……馬鹿馬鹿しい。お前とあの帽子野郎に何の関係があった? 何も無い。何もだ。怒る理由がお前には無い。戦いで誰かが死ぬのは、当然の話だ」
「……黙れ」
「あ?」
「…………」
アウラは瞳孔を開いたまま下を向いていた。
確かに、ライドという名の、いつも鍔の先端が切れたキャップを被った少年のことなど、アウラは何も知らない。
いやそもそも、知ろうとしたことすらない。
だがむしろそのことが、彼が自身を責め立てる要因になっていた。
「おい。どこへいくアウラ」
デンボクが声を掛けるが、アウラは放心してそのまま部屋を出て行こうとしていた。
「デンボク。構わん」
「は、はあ……」
トボトボと歩き出したアウラに対し、幽葉・ラウグレーはすれ違いざま呟いた。
「……みんなで食事会、出来なかったね……」
「…………」
アウラはその時、彼女やデンボク、そしてライドに初めて会った時に抱いた、恐怖と胸の痛みの正体を、ようやく理解した。
彼は──失うことが怖かったのだ。
ゴンッ
彼は部屋を出ると、力任せに壁を殴った。
その音は、部屋の中にいる者達の耳に強く響いていた。
*
◇ 数分後 ◇
最後に廊下に出た御影・ショウは、いつものように微笑みを浮かべていた。
「御影さん!」
そんな彼に声を掛けるのは、薄紫色のショートヘアで眼鏡の少女──メイシン・ナユラ。
「何かな?」
「あ、あの……ありがとうございました! 助けてくれて!」
「……ああ、そう……」
ショウは昨日の戦いの中で、他の永代の七子を助けながら戦う活躍を見せていた。
その礼をようやく言えて、メイシンは充足感を抱いている。
その充足感に任せ、続けざまにずっと言いたかった話もする。
「えっと……ま、前も助けてくれましたよね? ほら! 郭岳省で!」
「……ごめん。覚えてないな」
「あ……そ、そうですよね。あはは……」
アウラが待機命令を出されている間、二人は一度同じ場所で作戦を行ったことがあった。
だが、いつもならまだしも、今のショウには思い出すことが出来ない。そんな余裕が無い。
そしてメイシンは、彼のそんな心理状況を読めていない。
「でも本当に助かりました! だ、だからその……私……」
「……『助かりました』?」
「え?」
先程からずっと違和感を持っていた言葉を、ショウは自然と繰り返していた。
それによって、彼は違和感の正体に気付いてしまう。
「…………いや。悪いけど、もう話し掛けないでくれるかな。鬱陶しいよ」
「え……」
誰かを助けられた実感は、今の彼には無い。
寄り添おうとした者の言葉ももう入らない。
彼の怒りは、既に限界も超えていた。
*
■ ノイド帝国 首都 央帝省 ■
ある建物内の廊下を歩いていたギギリー・ジラチダヌは、そこで部下から話を聞いていた。
「帝国軍の損害は凄まじいです。第一師団の壊滅は……如何ともしがたい最悪の結果でしょう」
「ああ。クヒヒヒヒ……だがね、私らがいれば何とかなる。そしてニュークリア・ギアがあれば、『敗戦国』にはならない」
「皇帝陛下はどのように……」
「そこはまあ置いといてだ。クヒヒ……永代の七子の程度は知れた。御影・ショウは脅威だが……それ以外は烏合の衆さね。ま、少なくとも今は」
「今は……?」
「ああ。『超同期』なら……まあ、まだ何とかなりそうだった。それかあるいは、あの坊やが弱すぎただけか……」
「? どういうことです?」
「……この私にあっさりやられるようでは、全くもって脅威ではない。当然だろぉ? 私は……六戦機最弱なのだからさぁ」
部下の男はそのギギリーの言葉に対し、冷や汗をかいた。
「……ご謙遜を」
「クヒヒヒヒッ! いやぁ……純然たる事実さね」
*
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
整備中のソニックは、今日はもう意識を戻している。
彼のすぐ傍では、いつかのように隅で体育座りをしているアウラがいた。
「……」
ハッキリ言って、掛ける言葉が何も見当たらない。
そんな折──
「どうも」
あの、常にフードを被り、バッテン印の記された仮面を付けた男が現れる。
アウラとショウを戦場に連れ出した男──X=MASKだ。
「何しに来やがったてめェ……」
「これは随分ご挨拶ですね、ソニック」
「てめェ……!」
「私はただ、彼の望む進退をお聞きしたく、やって来ただけです」
「……シンタイだァ……?」
Xは真っ直ぐアウラの傍に近寄っていく。
「あ。おいコラァ!」
「……どうされますか? アウラ・エイドレス」
「…………」
Xがアウラのもとに来るのは当然の流れだ。何故なら、彼とショウがここに来た理由はそもそも──
「太陽の家は、消えてしまいました」
容赦ない現実を突きつけられても、アウラはピクリとも反応しない。
「……いかがいたしますか? 守るべきものは何も無い。貴方にはもう……戦う理由が無い」
Xが来た理由を理解したソニックは、余計な口を挟む気力を失う。
もしかしたら、アウラとはここで別れることになるかもしれないからだ。
「……お前が連れて来たんだろうが」
冷たく低い、風など一切吹かない、海の底から出したような声。
しかしXも彼と同様に、ピクリとも動かない。
「そうです」
「僕が戦わされてるのは誰のせいだよ」
「私です」
「ショウがノイドをたくさん殺したのは誰のせいだよ」
「私です」
「みんなが殺されたのは誰のせいだよ」
「私です」
アウラはそこで、バッと立ち上がってXの胸倉を掴んだ。
「……違う……違うだろッ! それは違う……ッ! あんな敵がいるんだったら……誰かが戦わなきゃいけなかったッ! あんな兵器があるんじゃ……ッ! 僕とショウが戦わなくたって、サンライズシティは……太陽の家は消されていたッ! そうなんだろッ!?」
「そうです」
やはりXは全く動こうとしない。そこでアウラは一旦、彼の胸倉から手を放した。
その場で彼がしゃがみ込むと、Xは襟を正し始める。
「……しかし、私の所為であることに違いはありません。六戦機の実力は……想定よりも高かった。そして、まだ未熟な永代の七子を派遣させたのは、総司令の指示。総司令に意見するべきだった、私の怠慢が招いた結果です。ライド・ラル・ロードの死も、サンライズシティの崩壊も、私が少し立ち回りを変えていれば……阻止できました」
Xは強く拳を握り締め、震わせていた。そして、それを見逃さないアウラではない。
「……違う。出来やしなかった。アンタは最善を尽くしていた。露悪的に振る舞って、脅迫してでも手に入れた僕とショウは、もう連合の主要戦力だ。特にショウがいなかったら、クリシュナでの死者はもっと出てた」
「ギギリー・ジラチダヌの目論見は予想できました。彼は帝国内でも危険人物として知られています」
「アンタに何が出来たんだよッ!? 止められたのは戦える僕とソニックだッ! 止められなかったのは僕らなんだッ!」
「…………では、どうしますか?」
仮面を外さないXの顔色は窺えない。
……いや、アウラには読めている。
Xは最低で卑怯な男だが、間違いなく戦争を終わらせるために動いていた。
しかし帝国がニュークリア・ギアという新たな脅威を晒したことで、今後の帝国との戦いはより慎重にならざるを得なくなるだろう。
連合軍が仮に各戦地での勝利を挙げ続けても、無差別に利用した実績を持つ脅威をちらつかせる帝国に、『敗戦』を受け入れる許容は無いと見える。
Xは、帝国側がまさかその様な兵器を無差別に使うとは、想像していなかった。
この戦争には必ず終わりがあり、講和条約が結ばれる時が来るものだと信じていた、
故に、Xが今回の結果に、苛立っていないわけがないのだ。
「僕は……僕は……!」
アウラは分かっていないが、確かにXの政治能力ならば、ニュークリア・ギアの使用を未然に止めるために働きかけることは出来た。
それをしなかったのは彼と連合の完全なミスであり、X自身はそれを理解してもう投げやりになっていた。
希望はもう無い。ショウとアウラの二人がここをいなくなっても構わない。
全てを放り、そう思い始めていた────が。
──「戦います」
「……戦わない」
ショウとアウラは、Xの問いに対し、全く逆の返答を行った。
ショウの返答を受け、少しだけ期待してこの場にやって来たXは、そこで肩を竦めた。
「……そうですか」
Xの本心を、彼の態度を見て知ったアウラは、ようやく肩の荷が下りたような気がしていた。
「……ああ、戦わない。誰が戦うか。誰も殺さない。僕は死にたくない。……それでもッ!」
アウラは、病室でのリードとの会話を思い出す。
*
◇ 数時間前 ◇
■ 国家連合軍総司令部 本棟四階 ■
▪ 特別医療室 ▪
「……ショウは、来てくれなかったの」
「……」
リードはショックで目が映ろになっている。
サンライズシティの避難施設に逃げていた太陽の家の家族は、皆死んでしまった。
彼女の怪我は手首の傷だけだが、起き上がるのすら億劫になっている。
「ねぇ。アウラ。アウラもまだ戦うの? 嫌だよ。やだよ。戦わないで……死なないで……。馬鹿……馬鹿……」
「……僕は、戦わないよ」
「…………え?」
アウラは彼女の傷付いた手を優しく握り、そして──
*
◇ 現在 ◇
■ 連合軍特殊第六鉄格納庫 ■
「……戦わずに終わらせる。いや、戦いだと認識すらさせない。もっと速く……もっと速く全てを終わらせるんだ。そうして戦いにすらならない戦い方をする。それが、僕とソニックのやり方だ」
「……!」
Xはその仮面の下で目を見開いていた。
ソニックの整備をしていた浅黒い肌の女性整備士は逆に、今のアウラの言葉を聞いて目を閉じている。
「ギギリー・ジラチダヌ……お前のことは許さない。お前だけは殺してやりたいくらい憎い。でも、その程度で……お前如きに、僕の覚悟は揺るがさせない。揺るがすのは僕だ。僕らの方だ。いつだってそうなんだ。そうだろ……ソニックッ!」
ソニックは、整備が丁度終わったタイミングで勢いよく立ち上がった。
「ああそうだッ! そうだぜアウラッ! もっともっと速くなろう! 何もかも揺り動かしてやるのさ! そうして世界中の戦いを俺らが終わらせるんだッ!」
「……X。そういうわけだから」
笑みは見せない。もしかしたらアウラは、自分が正しくない方向に進んでいるのかもしれないと考えていた。
だが、悩み抜いて選択したその行動に、正誤を求める必要はない。
彼はもう、その選択に覚悟を決めている。
Xは仮面の下で、バレないように笑みをこぼした。
「……私は、貴方を焚きつけるためだけにそんな理想を語りました。しかし……期待しても良いのですかね? 〝連合の疾風〟よ」
Xがそう言うと、アウラは小さく首を横に振る。
「違うよ。そんな大層なものじゃない」
そして、アウラは黒ずんでいた瞳に光を灯した──
「僕らは風。世界を戦がす、ただ一陣の風だ」




