『クリシュナ防衛戦線』⑤
サンライズシティのすぐ傍にある山の方まで飛ばされたソニックは、ダメージ自体はそこまでない。そこに生えた森林が、クッションになったからだ。
だがギギリーの目的は、彼と自分がサンライズシティを離れることで、ここで爆破までソニックを足止めするという判断だった。
「……御影・ショウについての確認が出来なかったのは残念だが……まあいい。今回の戦闘で判明するかもしれないしねぇ。実験の無事成功の方が、大事大事ってねぇ」
「コイツ……! 大丈夫か!? 二人とも!」
ソニックは内部の二人に声を掛ける。
「……僕は大丈夫。リード」
「……大……丈夫……」
衝撃はアウラがクッションになって防いだが、血が抜けた所為で貧血を起こしている。
それに応急処置しか出来ていないので、しっかりと医者に見せなければならない。
『大丈夫』というのは、彼女の強がりだ。
「……すぐ終わらせる。行くよソニック」
アウラは運転席についた。管を背に装着し、手すりを握る。
「おうッ!」
辺りの木々をなぎ倒し、そのうち一本の木を掴んで武器にする。
それを思い切りギギリーに投げつつ、突進していった。
「ふむ」
なぎ倒した木々の葉で視界を遮るが、これは地上戦でしか通用しない。
ギギリーは投げられた木を避けてすぐに空に飛び上がり、上空からソニックを見下ろした。
しかしアウラにもそれは読めている。ギギリーの視界から消えるような速さで移動し、一瞬でその背後を取る。
「「クラップショック!」」
高速の拍手による衝撃波でギギリーを気絶させようとする、が──
「効かないねぇ」
「「!?」」
不意にガンッと頭を蹴られ、また地上に落下させられた。
ギギリーは目眩すら起こしていない。
「……やり口は読めてる。良いかい坊や。ノイドの耳は人間と違う。ギアの練度を増やし、身体能力を高めれば、鼓膜はより頑丈になる。私は、衝撃波で倒せるほどやわじゃないよ」
「……クソ……」
こうなれば殴って気絶させるしかない。
ただ、先程リードを放した時に与えた一撃も、まるでギギリーに効いていない。
戦いが長引けば困るのは、アウラたちの方だ。
「「オフショット!」」
超高速によって、ソニックは残像の分身を生み出す。
「ほう……曲芸かな?」
「おおおおおおおおおおおお!」
残像でギギリーを騙し、その横から彼に重い一撃を加えようとする。
普通のノイドならばこの速度に対応できるはずがなく、複雑な動きなら読みも通らない。
ガンッ
ソニックの拳は、確かにギギリーの体に入った。
これまではそれで殺してしまう可能性を恐れ、アウラはずっと平手打ち以上の攻撃はしてこなかった。
先程はリードを人質にされて動揺したため無意識だったが、今回は間違いなく自分の意志で拳を握らせて殴打した。
それだけアウラは、この男が強力なノイドなのだと本能で感じ取れていたのだ。
だが──
「これが全力かなぁ?」
「「!?」」
ギギリーの体は、変化していた。
それはギアによる『変形』とはまた違うように見える。
だが正確には『変形』であり、『変化』でもあった。
彼のノイドとしての機械の体は──『肉体』になっていた。
「何だ……それ……」
肌は緑に変色し、鱗が出来ている。
服は完全に破れて散り、角が生え、長かった爪はより鋭利になっていた。
獰猛な牙と尻尾、そして爬虫類のような目。明らかに、明らかにヒト種ではない姿。
「リザード・ギア」
獣の舌をべろりと出し、ギギリーは涎を飛ばす。
「……『リザード・ギア』……? そんなギア……聞いたこと……」
「だろうねぇ。私は戦闘が嫌いなんだ。これを人間の前で使うのは……今日が初めてさぁ」
「……!」
「教えてあげよう。六戦機が……何故、最強のノイドと呼ばれているのか……!」
露わになったギギリーの胸は、緑色に光っていた。
そこには小さな石のようなものが埋め込まれていて、発光しているのはその石のような物体。
「……それは……」
「クヒヒヒッ!」
わざわざ教えるほど親切ではない。
ギギリーは一瞬で間合いを詰め、ソニックにその尻尾で攻撃しようとしてくる。
「ッ!」
だがスピードではまだソニックの領分。ギリギリで避け、逆に背後を突いて殴打を加えようとする。
ガンッ
「……効かないって言ったろう」
「な……」
今度はその拳を掴まれ、背負い投げのようにして地上に叩きつけられる。
ソニックの拳は、ギギリーには通用していないのだ。
「ひゃはぁっ!」
ギギリーは叩きつけたソニックのことを、思い切り踏み潰した。
「がはァッ!」
「クヒヒヒヒヒヒヒッ! 万が一もある! ここで殺しておくよソニック! アウラ・エイドレス!」
「がァァァァァ!」
鉄にも傷を与える、鋭利な爪による攻撃。ソニックは防御態勢を取ることすら出来ない。
「かはッ……!」
流石のアウラでもこれだけの攻撃を食らい続けると、意識が飛びそうになる。
しかしギギリーは攻撃を止めない。
「アウラ……ッ!」
そんなリードの呼び声で、アウラは少しだけ力が入る。
攻撃に移ることはできないが、ソニックの体勢を無理やり捩らせることで、僅かだがギギリーの攻撃を逸らす。
そうして何とか彼の猛攻から抜け出した。
「ハァ……ハァ……」
「ハァ……だァクソッ!」
ソニックのダメージも、アウラの疲弊も、相当なものになっていた。
彼らの勝機は、微塵も見えない。
「残念だねぇ。弱いのが悪い。さて……そろそろ爆破の時間だ」
「「「!?」」」
「……もう間に合わない。どう足掻いても……」
ギギリーの部下は既に爆弾をサンライズシティの中心部に設置している。
彼らももう町から離れていて、あとは遠くからその威力を観測するだけだ。
「させ……るかッ!」
「無駄だと言っている」
「ぐァァッ!」
爆弾を止めに向かおうとして背を向けたソニックは、木々を倒しながら吹っ飛ばされた。
「「……ま……だ……」」
それでも、まだ二人は諦めずにいる。
「……ふむ。悪いがね、今の状態のおたくでは相手にならない。私は全身を肉体に変化させられる唯一のノイド。肉より鉄の方が硬いと思うかね? クヒヒ……だが、私のこの鱗は鋼鉄並みさ。肉体のしなやかさと鱗の硬さ。両方併せ持つ私は、最早新しい生命と言える……!」
「……倒す……」
「んん?」
「お前を……倒す……!」
その時、アウラはバッカス・ゲルマンの言葉を思い出していた。
──「覚えておけ少年。大事なのは……大罪を犯すことだ」
アウラは今、その言葉の意味に気付いた気がした。
(そうだ……『感情』だ……!)
「……何」
ソニックは、若緑色の光を全身から溢れ出し始めていた。
ギギリーは思わず目を細め、その様子を窺う。
(罪深く、欲に塗れた僕らの『感情』を引き出すことが……『大罪を犯すこと』なんだ……!)
ソニックの機体から溢れ出る光は、激しさを増し続ける。
「アウラ……コイツァ……!」
「ああソニック。いける気がする……!」
アウラは『感情』を高ぶらせていた。
その感情の正体は──
(太陽の家を守る。リードや他のみんなを守る。生きて帰る。誰も殺さない。そして……世界中の戦いを終わらせるッ!)
何もかもを望み、欲する、彼の強い感情が、彼らを『そこ』に到達させた。
「「『超同期』ッッ!」」
彼らの変化を見て、ギギリーは目を見開いた。
ここで彼らがこの状態に至ることは完全に想定外。
そもそも帝国軍は、まだ未熟なうちに永代の七子を倒すために、六戦機を派遣してもらっている。
「これは……!」
「勝てる……これなら勝てるッ! ソニック!」
「ああいくぜッ!」
圧倒的な力が内から湧いて出てくる、
二人は光を纏いながら、そのままギギリーに向かっていった。
纏った光を、刃に変えてその手に掴み、突き進む。
「「アクセルスパーダッ!」」
刹那。
「が………………」
倒れたのは──────────ソニック。
「え……」
目の前にいたはずのギギリーは、二人の背後にいた。
今ギギリーは、ソニックと同じ様に体から深緑色の光を発していて、胸に埋め込まれた物体の輝きも増している。
一段階上の状態に至ることが出来るのは、鉄だけではないのだ。
「…………驚いたよ。私じゃなかったら……油断して、負けていた」
「そん……な……」
そこで、コックピット内のアウラも痛覚共有による精神的ダメージを受けて倒れる。
実は先程のソニックの攻撃と同時に、ギギリーもまた攻撃を仕掛けていたのだ。
「うぐッ……!?」
ギギリーは膝をついた。ソニックの攻撃は、僅かだが効いていたのだ。
「人間風情が……ッ! この私に膝をつかせるなど……!」
あからさまな苛立ちを見せるが、それも一瞬。勝負に勝ったのはギギリーの方だ。
「……ふむ。まあいい。クヒヒッ! どうせまだ意識があるのだろう? アウラ・エイドレス。そこで見ておくがいい……守るべきものを失うところを」
確かにまだ意識自体はあった。アウラは必死に起き上がろうとするが、それも叶わない。
「アウ……ラ……」
リードの方も限界が来ていた。彼女も意識を失いかけている。
だが見てしまう。彼女が最も、見たくなかったものを──
「スリー」
「や……」
「ツー」
「やめ……」
「ワン」
「やめ……ろ……」
「…………ボンッ!」
そして、巨大な光と音が、サンライズシティを包み込んだ。
「……あ……あぁ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「クヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」
爆風がこちらまで向かってきている。
アウラの叫び声も、ギギリーの笑い声も、全てはその爆音に飲み込まれ、流される。
サンライズシティは、一瞬ののちに更地と化していった。
「……ふむ。太陽は沈んだ。あとは……おたくらを殺すだけ、だねぇ」
「……ッ」
アウラは完全に頭が真っ白になってしまっていた。
ソニックの方は意識がなくなってしまっている。
本来アウラが自身のエネルギーを流し込めばソニックを起こすことはできるが、そんな判断力も精神力も、今のアウラには無い。
「みん……な……」
リードはそこで気絶した。傷が原因となるはずだったが、それより先にショックが大きすぎた。
「さあ死ね! アウラ・エイドレス!」
「────────────────どけ」
ギギリーは、突如空高く吹っ飛んだ。
「がッ…………くッ! 何だ!?」
すぐに体勢を戻し、空に浮かぶ。
辺りは黒煙でまみれていた。ギギリーを吹っ飛ばした『それ』も、煙の中にいてよく見えない。
だんだんと煙が晴れていくと、中からは鉄が現れた。
「……ピースメイカー……!? そ、その状態は……!」
現れたのは、御影・ショウとその鉄・ピースメイカー。
ピースメイカーは、先程のソニックのように光を全身から発していた。
今のショウの精神を表すように、ドロドロな赤紫色の光を──
「……クヒヒ……コイツは分が悪そうだねぇ。確認したよ。やっぱりおたくは危険だ」
「……」
「さよぉなら。坊やによろしく」
「!」
ピースメイカーは、その手の平から複雑に入り組んだ『枝』を勢いよく噴出し、紐のようにしてギギリーを捕えようとした。
だが、ギギリーはそのすんでのところで手の平をソニックの方に向け、そこから弾丸を発射する。
「!?」
仕方なくショウは、伸ばしたその枝を弾丸からソニックを守るために使う。
結果、ギギリーは取り逃してしまった。
「……六戦機、逃亡を確認」
「……クソ」
その時のショウは、完全に微笑みを作れずにいた。
歯をギリギリと噛み締め、倒れたソニックに目をやる。
「……アウラ……」




