『クリシュナ防衛戦線』④
▪ 太陽の家 ▪
リードは施設の外に出ていた。
その理由は、この辺りで聞くはずの無い、ジェット・ギアの音が聞こえたからだ。
それを実際に見たこともない彼女は、不審に感じて外の様子を窺おうとした。
結果、彼女は『その男』と相対する。
「……ほぉ。逃げ遅れかなぁ? 嬢ちゃん」
「……誰?」
「皇帝直属特殊作戦遂行機動部隊・六……略して六戦機の、ギギリー・ジラチダヌ。覚えなくていいよぉ。無意味なことさ」
「……ノイド……」
リードは瞬時に、帝国軍がここまで攻めてきたのだと考える。
だが実際は、完全にギギリーの独断行動であり、そもそも六戦機は帝国軍所属ではない。
「さて」
ギギリーが太陽の家に入ろうとするので、リードは彼の前に立って腕を広げた。
「……何かな?」
「……入らないで。ここは……」
「知っているよ。『太陽の家』だろう? 私はね、御影・ショウの情報が欲しいんだ。こちらの推測が当たっているのかどうか……それを、一応確認しておきたくてね」
「ショウのことも、アウラのことも、貴方なんかに教えない。何一つ」
「『アウラ』……はて、誰だったかな? 悪いが私が調べたいのは、御影・ショウのことだけさぁ」
「……通さない。消えろ。外道。不細工。汚物」
「……クヒヒヒヒッ! 口が悪くて楽しいねぇ。……殺してやろうか」
冷たい声で、ギギリーは殺意をリードに向ける。
しかしリードは退かない。彼女に残ったただ一つの居場所を、汚されたくなかったからだ。
当然ギギリーは彼女を殺すため、腕を変形させようとしてくるが──
「止めろッ!」
途轍もない速さ。
途中で思い出してからここに来たギギリーと違い、初めからここに向かってきたという差もあるが、それでも恐るべき速さで、彼らは現れた。
地上に着地した途端、風圧がギギリーとリードにぶつかる。
「……速いねぇ。流石は〝連合の疾風〟」
「……何をしてるんだ」
その声を聞いて、リードはすぐに彼だと気付いた。
「アウラ!?」
アウラはソニックの腹を開け、コックピットの中身を露わにする。
「……ふむ。想定していたより回復が早い……。スタン・ギアも、改造の余地ありだねぇ」
「何をしてるんだって聞いてるんだッ!」
「? 何がかね?」
「お前たちの目的は! クリシュナの首都じゃないのか!? ここには用が無いはずだ! 仲間がいるのだってもっと西側の方で──」
「知らんよ。軍のことなぞ」
「は……!?」
アウラは理解していない。六戦機が帝国軍に所属しているわけではないということ。
そしてその中でもギギリーは唯一、自己中心的な行動をしているだけだということも。
「私はねぇ、ただ『実験』したかっただけなのさぁ。大変だったよぉ? クリシュナ侵攻を早めに推し進めるよう裏から操作して、帝国から見たら北東にあるクリシュナの首都を落とさなきゃいけないってのに、北東側のサンライズシティからじゃなく、北西側のスーリヤシティから攻めるように話を付けたんだ。何故かって? サンライズシティから意識を逸らすためだよ。いや丁度ね、サンライズシティが……丁度良い大きさだったからさぁ」
「……何を……言ってるんだ……?」
「まあでも、永代の七子を引き出せた時点で、帝国軍の策は実質成功かな? 予想外のとこから攻めた結果、連合軍の歩兵部隊に大打撃を与えたから……防衛に急いで投入してくれたようだ。ただのノイドなんざ今更何人死のうが関係ない。一人でも永代の七子を削れたら帝国軍は……いや、軍のことはまあいい。どうでもいいね。私には関係ない」
「だから……お前は……お前は何を言って……」
「ああ、『実験』の内容を聞きたかったのかなぁ? クヒヒヒヒッ! 悪いねぇ、愉しい話は最後にとっておくタイプなんだ」
「お前は何が目的なんだ!?」
「私の目的。それは……
──改造エクスプロード・ギアの実験さぁ」
言葉で聞いただけでは、何を言っているのか分からない。
「は……?」
「鉄紛が増え始めた所為で、トキシック・ギア……ああ、毒ガス兵器が意味をなくしちまってねぇ。折角……折角開発に協力してやったってのにッ! 役に立たなくなっちまったのさ! だから! 既存のエクスプロード・ギアを……爆弾兵器を改造することにしたのさぁ! クヒヒヒヒヒッ! これが成功すればねぇ! 丁度サンライズシティ全域を、一気に更地に出来るのさぁッ!」
「「な…………ッ」」
アウラとソニックは、互いに愕然とさせられた。
そして、リードは冷静に言葉の意味を飲み込む。
「……待って。全域……全域? 避難施設は……? この町の人も……スーリヤシティの人もいるのに……」
「!」
アウラもそこで気付いてしまった。目の前の男の考えている、最悪のシナリオを。
そして、下卑た男は口元を歪ませる。
「クヒヒヒヒヒヒヒヒッ! そうさ! 全員死ぬ! 馬鹿だねぇ可哀想だねぇ! でも問題無いだろぉ!? 連合軍の戦力は今後鉄紛が主体だッ! 乗る人間なんかいくらでも見繕える! 使えない人間が何人が死のうが、戦争にゃ勝てるものねぇ!?」
「民間人だぞ!?」
「だから!?」
「イカレてんのかてめェはァッ!」
「クヒヒヒヒヒヒッ! 鉄の癖に人間の命が惜しいかい!? 良いじゃないかまたポンポン生えてくるよ人間なんざ!」
「クソ野郎……ッ!」
アウラはすぐにソニックを動かし、その爆弾を探しに行こうとする。
だがその時──
「おっとぉ。この子が死んでも良いのかなぁ?」
「「!?」」
ギギリーはその長い爪で、リードの首筋を捉えていた。
彼女を背後から拘束し、アウラとソニックの動きを止める。
「リード……!」
「分かるよぉ。私は感受性が豊かだからねぇ。一緒の施設で育ったんだ。家族だよねぇ? 人質になるよねぇ? クヒヒヒ……そうさ。思い出したんだ。坊や、おたくの名が『アウラ』だった。アウラ・エイドレス。ソニックの搭乗者。クヒヒヒヒ……そして御影・ショウと同じ『太陽の家』出身……だったかなぁ?」
「お前……!」
その時、リードはギギリーの爪に手を触れた。
「……ごめんアウラ。足手まといには……ならないから」
「リード……!?」
鮮血が、舞った。
「!? このガキ……!」
リードは自らの手首をギギリーの爪で切り、その場に倒れ込んだ。
その所為で、支えていたギギリーの方がバランスを崩す。
そしてその一瞬の隙を突き、ソニックはギギリーを殴った。
「が……!」
「リード!」
ここでアウラは、リードを助けることに時間を使った。
彼女を拾い、コックピットの中に入れる。
そして、コックピットの中に備えている救急箱を使って、彼女の傷の応急措置をする。
それだけの時間があれば、殴られたギギリーもすぐに立ち上がって来る。
「……ふむ。情報より威力のある拳だった。やはり……『感情』か。クヒヒ……戦闘は嫌だったんだが……!」
まだ応急処置は済んでいない。
リードの手首に包帯を巻きながら、アウラは不安な表情を崩せなかった。
「何やってんだよ……馬鹿……!」
「……みんな、町の外までは……避難してない。他の町に……受け入れてもらえなくて……」
「……!?」
「……みんな死んじゃう……。太陽の家も……なくなっちゃう……」
「リード……」
リードの傷はそこまでたいしたものではない。
彼女はあの一瞬で、自死すると見せかけてギギリーの隙を作り出したのだ。
そこまで頭が回るほど、彼女は全てを懸けている。
自分の命すらどうでもよくなりかけていた彼女だが、家族と居場所をなくすことだけは、まだどうでもいいと切り捨てることはできない。
だがもしそれらが失われてしまったら、彼女はきっと──
「コックピット閉めろッ! アウラッ!」
「!」
ソニックに言われて閉めた途端、ソニックの腹にギギリーが突っ込んで来る。
「ぐォッ!?」
「ソニック!」
ソニックは体勢を崩しながらも宙に浮かび、空に逃げる。
頭から突撃してきたギギリーは、グルグル回転しながら空中に浮かんだ。
「……コイツぁ改造ジェット・ギア。速いだろう? 私の自慢の作品さぁ」
「俺より速ェわけねェだろ……!」
「クヒヒヒッ! 直進するだけなら、一瞬おたくより速さは出せる。まあ、爆弾探しの邪魔くらいは……出来るかねぇ」
「クソ……ッ!」
アウラはまだ運転席に座っていない。
そこに座り、機械の管を装着することでソニックの操縦を可能にするのだが、リードの応急処置は今終わったばかりで、まだ『戦闘』が出来ない。
それを分かってか、ギギリーはまたも改造ジェット。ギアを使用する。
「吹っ飛べッ!」
「がッ……!」
高速で頭からソニックに激突し、そのまま彼と共に山の方まで吹き飛ぶ。
丁度、彼が部下に仕掛けさせた爆弾の、範囲外までだ──




