『クリシュナ防衛戦線』③
■ スーリヤシティ 南東部 ■
アウラとソニックの方も、ほとんどのノイドをたった二人で倒していた。
鉄紛たちもノイドを押していて、早くも連合の勝利は予想できる段階まで来ていた。
「……ここはもう、鉄紛に任せよう。固有能力は無いみたいだけど……十分強いロボット兵器だ」
「そうだなァ……東部の方も南部の方も、こっちが押してるみてェだ。サンライズシティに攻め入れられることはなさそうだな」
「なら……南西に行こう。そっちから帝国軍は来てるんだ」
「……」
「どうかした? ソニック」
「いや……何でもねェ」
一瞬違和感を持ったが、その正体はソニックには分からない。
帝国軍は確かに南西から侵攻してきて、そのために連合軍は永代の七子を三人も南西に配置した。
だがそもそも、何故もっと散らしながら侵攻を進めてこなかったのかが分からない。
まるで、スーリヤシティの東にあるサンライズシティから、意識を逸らすかのようで──
「……な!? ソニック! 下をッ!」
アウラの声で、ソニックは思考を止めて地上を見た。
「……ありゃあ……!」
「逃げ遅れた民間人だ!」
地上をゆっくりと歩く、民間人とみられる者。
ローブを着ているため顔は見えないが、この場で軍服を着ていないノイドはいない。
しかし──
「待てアウラッ!」
「な、何だよ」
「この場で……まだ逃げてない民間人がいんのか? 怪しいぜ……どう考えても……」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!? 助けないと!」
「おい待てってアウラァッ!」
アウラは無我夢中でその何者かを助けに行った。
国家連合の制定した国際軍事法では、戦場で民間人を装うことは禁止されている。
十中八九、地上を歩く軍服でない者は、民間人で間違いないはずなのだ。
だからアウラは間違いを犯したわけではない。彼の行動は間違いではない。
そうしてソニックを動かし、その民間人らしき者に手を伸ばした、その時──
「残念だねぇ」
目の前のローブの人物が──崩れ落ちた。
「「!?」」
それは人間ではなく、ノイドですらなかった。
つまり人形。不意打ちを仕掛けるためだけの、人形だったのだ。
「ぐァァァァァァッ!」
その時、ソニックの背中に激しい痺れが発生する。
「スタン・ギア」
「!?」
ソニックは地上に倒れ込み、痺れで動くことが出来ない。
アウラは動けるがソニックを動かせないので、モニターで『その存在』を確認することしかできなかった。
「……誰だ……!?」
「お初に。永代の七子」
醜い顔の、男のノイドだった。
背は高く二メートル以上あり、爪も長く不衛生な容姿。
だが一目見ただけで、アウラはその男が危険な存在だと察することができた。
彼は軍服ではなく深緑色のコートを着ており、どの軍服にも左胸部分に付けられている帝国のエンブレムはあるのだが、それも僅かにずれている。
アウラはその特徴から、一人だけ他の軍人と違う服を着ていたムラサメのことを思い出し、自然と警戒心が働いたためにこの男を危険と見たのだ。
「ソニック!」
「クソッ……痺れやがる……! 動け……ねェ……!」
「そりゃそうさ」
そのノイドは地面に伏せたソニックを前に、下卑た笑みを浮かべている。
「何をした……?」
「なぁにちょいと痺れさせただけさ。直に動ける。が……私は運が良いねぇ。こちらの鉄はおたくだけ。これで……サンライズシティにも入れそうだ」
「「!?」」
「スーリヤシティ南東方面が手薄になるよう、南西から軍の主力を投入してもらった。何故かって? 私はねぇ、初めから……『実験』がしたかったのさぁ」
「何……だと……?」
男ノイドの近くに、いつの間にか数十人のノイドが現れる。
「え……」
モニターには映っていないが、実はつい先ほど、ソニックが地上に落下したと同時のタイミングで、戦況はまたも変化を見せていた。
南東にいた鉄紛たちのほとんどは一気に破壊され、こちらの方面から、『彼ら』が攻め入ろうとしている。
「……ああそうだぁ。自己紹介……まだだったかねぇ」
しかしまだ、今ソニックの周りにいるノイド達はこの場からは離れようとしない。
ここらの鉄紛を排除すれば当然、まずは味方のいる方向に援護をしに向かうべきだろう。
そうでなくとも、サンライズシティを飛び越えて北東にある首都に向かうはずだ。
逆に言えばここにまだ残っている時点で、ここにいるノイドは何か別の目的がある。
目の前の男の正体などどうでもいい。サンライズシティで何をする気なのか、アウラはそれを聞き出したくて仕方がなくなり始めている。
だがこの男は、身勝手に自分の正体を明かし始める──
「私の名は、ギギリー・ジラチダヌ。帝国が誇る最強の戦力、『六戦機』の一人さ」
「…………ッ!?」
「よろしく、坊や」
ギギリーは自分だけ名乗ったのち、連れているノイドたちと共にその場を飛び立つ。
痺れの取れないソニックはまだ動けない。
「さよぉなら」
ギギリーたちがいなくなると、アウラはすぐに何とかしてソニックを動かそうとする。
「クソ……行かせるか……! ソニック!」
「悪ィ……動けねェ……!」
「このォ……クソッ! クソッ! 待てェッ! 六戦機ィッ!」
*
■ スーリヤシティ 東部 ■
灰蝋やメイシンたちは、南東から侵攻してくる『彼ら』を確認した。
「……何やってんだ? あの〝疾風〟は……」
少数だが、明らかにこれまで倒してきた兵隊とは違う。
そのノイドたちは、先頭の『四人』が鉄紛を一瞬で破壊して空中の道を開けることで、南部、南西部の部隊と合流しようとしていた。
「霧。あれは……」
「はい。どうやら……六戦機のようです」
メイシンと霧は、鉄紛を一気に倒して進む『四人』を見つめてそう言った。
「あれが……」
その四人は全員、帝国のエンブレム自体は付けているが、軍服を着ているわけではない。
まるで先導する気の無い自由な動きからも、特殊な立場にいることが分かる。
「灰蝋。六戦機だ」
「だから何だ? 黙っていろと言ったはずだ、α。……まずは様子見だ」
助太刀に行くメイシンと霧を他所に、灰蝋は静観を続けていた。
*
■ サンライズシティ ■
ギギリーはノイドを引き連れて、上空からサンライズシティに到着した。
ジェット・ギアの加速を一度緩め、ギギリーは地上に降りていく。
「さぁて……始めようじゃないか。なぁ諸君」
「ギギリー様。民衆はほとんど逃げているようで……」
「指示が速いねぇ。優秀だ。しかしまあ関係ない」
「あの、範囲予想ですが……避難施設も巻き込む恐れが……」
「んん? だから何かねぇ? さ、早くしたまえよ」
「し、しかし……」
ズッ
その時、意見したノイドの腹に風穴が開く。
「が……」
そのまま言葉を続けられず、そのノイドは倒れてしまった。
他のノイドたちには何が起きたか見えている。風穴を開けた犯人は、ギギリーだった。
彼の手先からは、倒れたノイドの血が流れている。
「さ。準備したまえ」
この状況で言葉を発せる者はいない。沈黙が続くと、ギギリーは眉間に皺を寄せた。
「……何をしている。早くしろッ! ブチ殺すぞ腐れ軍人どもがァッ!」
怒号を浴びせられ、ノイドたちは慌てて散り始める。
そしてギギリーは高笑いを見せ出した。
「クヒヒヒヒヒッ! ……そうだ思い出した。確かこの町には……あの『御影・ショウ』の育った場所がある。……吹き飛ばす前に、調べておこうかねぇ。クヒヒヒヒッ!」
*
■ スーリヤシティ 南東部 ■
アウラは上からの連絡等を耳に入れるだけ入れながら、ソニックの痺れが解けるのを待っていた。
「……六戦機と永代の七子がぶつかってるらしい……。僕も、あの男を止めないといけない……」
「アウラ……!」
ソニックはようやく痺れが解け始め、立ち上がろうとした。
「太陽の家を……守らないといけない……!」
「いくぜアウラ……!」
まだ痺れが解けたばかりで、飛べるまで回復したわけではないはずだった。
しかしソニックは、自らの体に無理を言って翼を動かす。
「僕に力を貸してくれ……ソニック!」
「あたぼうよォッ! 飛ばすぜアウラッ! 風みてェになァ!」




