『クリシュナ防衛戦線』②
◇ 界機暦三〇三一年 六月九日 ◇
■ クリシュナ共和国 スーリヤシティ ■
上空から、アウラとソニックは前線に向かっていた。
少しだけ、いつもより移動速度が増している。
「おいどうすんだアウラ! 太陽の家があんだろ!? おめェの故郷が!」
「それはたった今通り過ぎた町。目の前の『奴ら』を食い止めれば……問題無いはずだ!」
スーリヤシティは広大な都市。
だがその広大な街のほとんどで、今は戦火が広がっている。
このまま侵攻を進められたら、サンライズシティも無事では済まない。
「……酷ェ有様だ。この町は……」
ノイド帝国軍の戦術は、至ってシンプルな縦深攻撃。
地上のノイドと上空のノイド。近距離と遠距離の両方からの攻撃で、敵方の防衛を嘲笑う。
少ない人員で圧倒的な戦力を誇る、ノイドという種族の利点を活かしている。
一方の連合軍は、歩兵や戦車、戦闘機などで対応していたが、効果は無い。
そもそも、既に撤退し始めていた。
「連合軍が退いてる……。何で……?」
「そもそももう時代錯誤なのさ! 戦車だの戦闘機だのってのァ!」
「え……?」
その時、アウラたちの左右から鉄紛たちが飛んできた。
その数は、ざっと見ても目の前で戦っているノイドたちの数とそう変わらない。
「鉄部隊は……つい先日! 名前が変わったのさ!」
「どういうこと……?」
「俺らもそう! もう俺らは特殊部隊じゃねェ……主要戦力だッ! 良いかアウラ、今後は俺ら鉄部隊が……『国家連合軍』そのものよォッ!」
鉄紛たちが、撤退する軍と入れ替わりでノイドの相手をし始める。
このクリシュナでの戦いを契機に、連合は鉄、もしくは鉄紛を主力として、それ以外の兵をほぼ使わなくなる。
戦争の形は、新たなステージに移っていたのだ。
「なんて数だ……。いつの間に……こんなに鉄紛が量産されていたなんて……」
「……そして良いかアウラ。その最高戦力は、俺達だ。これからは、俺達が戦いを引っ張らなきゃなんねェんだ。おめェは……それが出来るか?」
「……嫌だよ。僕は戦いたくない。ここを、戦場だと思いたくない」
バッカスを殺さなかったことが、アウラの胸にしこりを生んでいた。
彼はあの時、本当は人を殺す覚悟を決めたかったのだ。
そしてバッカスとイビルが死んだ瞬間、自分がそんなことを望んでいたことに気付いた。
ショウに煽られたためか、彼と同じになりたかったからか、それはもう分からない。
殺したいのか、殺したくないのか、戦いたいのか、戦いたくないのか。
もう何も、分からない。
「……ああそうだな。いつものようにいこうぜ、アウラ。そうだな……ここァアレだ。ああそうだ! ここァ競技場だッ!」
「球技は苦手だ」
「なら陸上だ!」
「速さが取り柄?」
「それしかねェのさ!」
「全部追い抜く」
「全部置いてく!」
「目標、クリシュナ防衛」
「アウラの故郷にゃ行かせねェ!」
「誰も……」
一瞬、アウラの言葉が詰まった。だが──
「誰も……殺さず……!」
「当然死なず!」
「「これより作戦を遂行するッ!」」
*
■ クリシュナ共和国 サンライズシティ ■
▪ 某避難施設 ▪
避難区域は確立されていない。
帝国軍の急襲で、スーリヤシティの市民は避難を急ぐことになったが、確立されていない以上、近くの町の避難用施設を一時利用するしかない。
そして、サンライズシティもそのうちの一つ。ここも戦場になる恐れがあるが、他の町の避難施設に受け入れられなかった者がここに集まっている。
そしてそこには当然、他の町の施設を利用できなかったサンライズシティの市民も集まる。
「ショウ君……アウラ君……」
太陽の家から避難してきたそこの職員たちと子どもたちも、ここにいた。
「リードお姉ちゃん遅いね」
子どもの一人がそんなことを言って、職員の女性は思わず振り向いた。
「え……待ってみんな。リードさんは……どこ?」
「? 忘れ物したって取りに戻ってたよ」
「な……!?」
スーリヤシティから攻め入って来た帝国軍が、サンライズシティに来る可能性は低くない。
無暗に街を歩き回るのは危険だ。しかし、リード・エイドレスは今、一人で行動していた。
「リードさん……ッ!」
職員たちは助けに行きたくても行くことが出来ない。彼女の無事を、望むだけだった。
*
■クリシュナ共和国 サンライズシティ ■
▪ 太陽の家 ▪
リードは一人、太陽の家の中にいた。
食卓の机に突っ伏し、虚しさを孕んだ瞳でどこか遠くを見ている。
「……アウラ……」
彼女は現実から逃避し、懐かしい過去の風景を何度も何度も頭の中に繰り返し思い浮かべていた。
その過去は一番彼女にとって大切で、何よりも重要な──
*
◇ 界機暦三〇二〇年 五月二十九日 ◇
▪ 太陽の家 ▪
その日、彼女は初めて人間には名前があるのだと知った。
番号や、『おい』など以外の呼び方があるのだと知った。
「僕はアウラ。アウラ・エイドレス」
その少年の名を聞いて、彼女は彼のことがとても羨ましいと感じた。
彼女も自分の名を欲した。自分だけの名前が欲しくなった。
もちろん、施設に入るにあたり、名前が必要だったという理由もある。
ただ、概念すら知ったばかりの彼女には、どうすれば良いのか分からない。
困っていると、職員よりも先にその少年が言った。
「『リード』……っていうのは、どうかな?」
「どういう意味?」
「え、あ、意味? 意味……かァ……。…………ごめん、何となくで決めちゃ駄目だよね」
「……ううん」
嫌な気分にはならなかった。
自分と同じ目線で、優しい表情をした少年。その彼に名前を付けてもらうのが、嫌ではなかったのだ。
「リード・エイドレス。それを……私の名前にしたい」
*
◇ 現在 ◇
▪ 太陽の家 ▪
リードは、この太陽の家を離れたくなかった。
他の誰よりも、この居場所を失いたくないと感じていたのは彼女だった。
「……アウラ……貴方に加えて……ここまでなくなったら……私は……」
彼女が思い出していたのは、アウラとの出会いだった。
河原で倒れていたところを彼に救われたことで、リードは太陽の家にやって来ることが出来た。
彼女にとって世界の全てはここにあり、アウラが太陽の家を出て行ってしまった時点で、彼女はずっと何もかもがどうでもよくなりかけていた。
言うまでもなく、自分の命すらも──
*
■ スーリヤシティ 東部 ■
「……アウラ・エイドレス……」
そう呟くのは、背が高く鼠色の髪をした、傷だらけの永代の七子の少年。
彼は前線でノイドを次々に気絶させて地上に落とすソニックを見て、二人の実力を確認する。
そんな彼もまた、当然ながら鉄に乗っていた。
「灰蝋。行くよ」
その鉄は鉄の体に布を纏っていて、巨大な銃を両肩に背負っている。
顔も半分布で隠れているが、確かにその姿は他の鉄と同じく、機械仕掛けのドラゴンだ。
「黙れα。俺の意志に従え」
「貴方が動かないから、急かしただけ」
「お前は黙って俺に操られていればいい。……『ドミネート』だ」
「……」
二人の間に信頼関係は無い。だが、それでも二人は『同期』していた。
早速戦闘態勢に入り、その両肩の巨大な銃で敵ノイドを撃ちまくる。
「くッ……当たるかこんなもん!」
ノイドたちはそれを避けようと空中を飛び回る。
「馬鹿が」
しかし、弾丸は全てその量と勢いを損なうことなく、ノイドに直撃した。
追尾というよりは、まるでノイド自身に引っ張られるようにして。
「「「ぐァァァァァ!」」」
「……半径百メートルの範囲にいる限り、コイツの弾丸は避けれらない。この領域は……コイツの支配下だ」
灰蝋とαの近くでは、メイシン・ナユラも鉄・霧と共に戦っていた。
「強い……。霧。私達……いらなくない? これ」
「固有能力で援護しましょう」
「……キレられそう」
「殺されはしないでしょう」
「じゃあやろっか。……早いとこ、御影さんのとこ行きたいし」
「では──」
「「ミストエリア」」
霧は自身のその名の通り、機体全身から『ミスト』を放出した。これによって、周囲にいる者はは視界をほぼほぼ奪われることになる。
「……チッ。余計な真似を……」
確かにメイシンの予想通り、灰蝋は援護を良く思わなかったようだ。
だがしかし、彼とαの力ならば見えない相手にも攻撃できる。
一方的な状況が作られ、この場は彼らの優勢だった。
*
■ スーリヤシティ 南西部 ■
灰蝋とメイシン以外にも、永代の七子は戦っている。
幽葉・ラウグレーは、全身が真っ黒な装甲で覆われ、影の中を移動する鉄に。
ライド・ラル・ロードは、全身から炎を出し、その炎を操る鉄に。
デンボクは、筋肉のような形の装甲で、レスラーマスクを付けた鉄に。
誰も彼もがそれぞれ自分の鉄に乗って、戦っている。
「ゆ、ゆゆ幽葉……怖い……怖いよォ……」
「大丈夫だよ、クロロ。クロロの能力の方が怖いから」
幽葉は自分が率先してその自信無さげな鉄──クロロを動かしていた。
影の中を動き回り、不意打ちを仕掛ける彼は、確かに敵に恐れられている。
「いくぜライドォ! 全部食らい尽くしてやる! 俺様の炎でなァ!」
「ああレッド・レッド! 燃やし尽くそうぜ!」
ライドの乗る鉄──レッド・レッドの炎は広範囲に及び、無数のノイドを飲み込んでいく。
「デンボクッ! チャンスだこれは! 目立つチャンスだこれは!」
「……面倒な話だ。小生はお前に任せる。マスクド・マッスラー」
デンボクが呆れながら身を任せている鉄──マスクド・マッスラーは、拳を握って殴打のみで敵を倒し続けていた。
永代の七子は、戦線に参加してすぐにその場を掌握しきっている。
戦況は、圧倒的に連合軍有利の状況だったのだ──
*
■ スーリヤシティ 南部 ■
御影・ショウの担当していた方面は、既にノイドが全滅していた。
彼と彼の乗る鉄──ピースメイカーは、もう他の場所に向かおうとしている。
「……終わったね。行こうかピースメイカー」
その鉄は背にマントのような布を羽織り、口が無く、装甲に少しだけ錆が見え隠れしていた。
「……了解」
口が無くとも口を利く。
そんなピースメイカーと共に、ショウはアウラのいる南東部に向かおうとしていた。
スーリヤシティの東には、サンライズシティが広がっている。
そちらに敵が向かわないよう、アウラが一人で頑張っている。
何を言っても結局彼は、アウラと太陽の家を見捨てるような真似は出来ないのだ。
「待て。ピースメイカー」
だがしかし、彼は少しだけ足止めされることになる。
目の前に現れたのは、右腕が巨大で分厚い鰐の顎のような『鋏』に変形している、茶髪でバンダナを首に巻いた男のノイド──




