『クリシュナ防衛戦線』
◇ 界機暦三〇三一年 六月八日 ◇
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
アウラとソニックの存在は、世間に知られ始めていた。
バッカス・ゲルマンとイビルを下したという事実が、彼らの価値の底上げになる。
彼らの脅威を広めるために、〝連合の疾風〟という名が付けられるのも、当然の流れだった。
「ソニック。動かないでください」
今日もソニック専属の浅黒い肌の女性整備士は、いつもの如く彼の機体を整備をしている。
「おぉう。悪ィ……」
ソニックはだいぶ疲弊していた。
もちろん回復力はそれなりに高く、整備によってさらに早く治すこともできる。
ただ、確かに指令を受ける回数は増え続け、それが精神的疲弊に繋がっていた。
「……随分と無理をしていますね」
「まあ俺ァすぐに治る。それよか……アウラだ。アイツはどうなってんだ? 俺がこんだけボロボロになっても……アイツは平気なツラしてやがる。強がりじゃねェ。俺と痛覚は共有してるはずだってのに……まるで意に介してねェのよ」
「……ご存じないんですか?」
「え?」
「……もしかしてソニック。貴方は……『永代の七子計画』について、何も説明を受けていないのですか?」
「あ、いや、その……はい。何も聞いてねェっす」
整備士の女性は真顔で溜息を吐いた。
「永代の七子は……普通の鉄乗りではありません」
「ああ。俺らの性能を引き出すために、わざと大人じゃなく、『感情』の強い子どもを集めたんだろ?」
「……どうやら何一つ聞いてないようですね。永代の七子は……『超同期』が可能と判明している鉄乗り。いえ、それだけでなく……『完全同化』も可能と推定されています」
「何ィ!? ンな馬鹿な……! この連合軍で、バッカス・ゲルマン以外に『超同期』に至った奴はいねェ! いや、待てよ……まさか! 『超同期』できるガキが無尽蔵に集まったから……連合は奴を処分することに、何の躊躇も……」
「少し違います。ソニック……貴方の言う通りなんです。この計画は成功するはずがなかった。しかし、例のあの研究者と、共感覚によって鉄に適合できる人間を見分けられるX=MASKが現れたことで……状況は変わりました。結果、『超同期』に至る可能性のあるいくつかの『候補』が集まり、その中で七人の子どもが、実際にクロガネ乗りに選ばれた……」
「アウラが……『超同期』を……」
「バッカス・ゲルマンの処分に関しては、私も詳しく把握していません。連合は正義を掲げている体であるから、彼を許すまいとすること自体は理解できますが……」
彼女が理解できないのは、捕縛の際に『生死を問わない』と判断した上の思惑。
まるで、アウラとバッカスの衝突を、『実験』のように捉えているかのようで──
*
■ 国家連合軍総司令部 五階廊下 ■
アウラは召集を掛けられ、特殊部隊管理室に向かっていた。
早歩きをしていると、コツコツという音が後ろから近付いて来る。
御影・ショウの杖の音だ。
「ショウ……!」
「無茶しているみたいだね、アウラ」
二人は自然と歩幅が合わさっていた。
「……」
「けど、まだ誰も殺していない。そうだね?」
「……違う。僕は……」
「言ったはずだ。殺意を抱けない者は必ずいずれ、それを原因に命を落とすと。それとこうも言った。覚悟の無い人間は、いずれ必ずその覚悟の無さによって、大切なものを失う……とね」
「ショウ……」
そこから先は、言葉を交わさずに歩き続けた。管理室はすぐそこだ。
*
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
「永代の七子は、特別な存在です。他の鉄乗りとは次元が違う。『超同期』に至る可能性を持つということはすなわち、平均的に高い性能発揮率に、高い精神回復力を持っているということ」
「……バッカス・ゲルマンは、鉄戦闘の練度を高めた結果の産物だぜ? それなのに、生まれつきが七人も……? いや、余った候補を入れりゃもっとか」
「……いいえ。大抵の『候補』は……『失敗作』です」
「……何?」
妙な言い方だった。だがソニックは、そこで勘付いている。
『失敗作』と呼ばれるということはつまり、永代の七子は、その辺で見つけてきただけの存在ではないということ。
「……私もそこまで詳しくはありませんが、こう聞いています。永代の七子は全員──
──『改造人間』なのだと」
「………………ッ!?」
*
■ 特殊部隊管理室 ■
そこには、永代の七子が全員揃っていた。
アウラは周囲を見渡す。自分とショウを除く他四人のことは、以前挨拶をしたので知っていた。
その為、最終的に彼は初めて見る顏の男に目が行っていた。
「…………」
一人だけ部屋の隅で壁に寄り掛かり、目を瞑って腕を組んでいる男。
鼠色の髪をした、体中傷だらけの男だ。
「揃ったな」
ステイト・アルハンドーラ中将は、早速彼らに今回の指令を下そうとする。
「……既に聞いただろうが……クリシュナ共和国に、帝国軍が侵攻を始めた。今はもう、市街戦が行われている」
「……!」
アウラは頬を強張らせた。
彼の故郷、『太陽の家』はクリシュナ共和国に存在している。既に情報は得ていたが、力まずにはいられない状況だ。
……だが、張り付いてしまった御影・ショウの微笑みは崩れない。
(……ショウ。どうして君はそんなに冷静でいられるんだ……? クリシュナは……僕等の故郷だろ……!? 太陽の家に……危険が迫っているのに……ッ!)
「帝国は、この戦線に『六戦機』を投入するつもりらしい」
「……ろくせんき……?」
アウラにはそれが何だか分からない。
それを察したステイトは、まずはその説明を始める。
「帝国の最高戦力のことだ。六人の……常識外れの力を持ったノイド。ここまで早く表舞台に出てくるとは思わなかったが……奴らへの対抗策を、ここで使わない理由は無い」
「……対抗策……?」
*
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
「何でそんな戦力が必要なんだッ!? 鉄紛だっているだろッ! それによる鉄部隊もッ!」
ソニックは苛立ちを見せていた。
国家連合の組織する軍だ。帝国と戦うにあたり、過剰すぎる戦力は要らない。
子どもを戦わせる必要など、要らないはずなのだ。
「……帝国には、『六戦機』がいます」
「!? それは……」
「何故『七子』なのか。それは単純に、彼らに匹敵する戦力が、最低でもその数を上回る『七』人以上必要だったからです」
「でも! 奴らが軍に従う理由はねェはずで……」
「……万が一を警戒するのが、世界を担う組織の役割です」
「……クソ……ッ」
ソニックたち鉄は、人間の『戦意』を共有しない限り、それを持つことが出来ない。持つ方法を忘れてしまうのだ。
だから今もなお、いくら苛立ちを抱いても、ソニックにはそれの発散の仕方がどうしても、どうしても分からないのだ。
*
■ 特殊部隊管理室 ■
「『永代の七子計画』は、この時のためにあった。『六戦機』に対抗する手段……そのための戦力として……」
全員召集された理由が分かった。
アウラたち七人は、まだ見ぬ六人のノイドの実力を想像して、各々が覚悟を決めることになる。
だが、その想像が正しいとは……限らない──
「クリシュナを防衛せよ。永代の七子」
*
出撃に向かう途中、アウラとショウは廊下で二人きりになった。
そうなるようにどちらかが意図したのかもしれないが、ここにいない者には決して知り得ない。
「……ショウ」
「何だい?」
「サンライズシティも危ないらしい」
「……」
「太陽の家が……なくなるかもしれないんだ」
「……それで?」
アウラは思わず、顔を引きつらせた。
ショウはまだ微笑みを崩さない。崩そうとしない。
「僕らの戦う理由だ。ここに来た理由だ。それがなくなったら……ここにいる理由もなくなる」
「……ああ。アウラ、君は近くの担当だろう。……任せたよ」
「ショウもこっちに来てよ!」
「作戦は絶対だ。私的な理由で変更できない」
「作戦? 何言ってんだよ……ッ! そもそも僕らは、私的な理由でここに来たんじゃないかッ! 太陽の家がなくなったら、戦う必要だってなくなるんだッ!」
「……今更」
「!?」
一瞬、ショウの微笑みがようやく崩れた。
だが、すぐに彼はまたいつもの表情に戻す。
「今更だよ、アウラ。永代の七子は……最早世界に必要な戦力だ。戦争を終わらせるまで……戦いを止めるつもりはないよ」
「……太陽の家がなくなっても?」
「……だから『任せる』って言ったんだ。もしものことがあったら……君は、君の好きにしたらいい」
「…………」




