『バッカスゲルマン准将捕縛指令』②
■ リーベル自治区 ■
アウラはソニックと共に、このリーベル自治区までやって来ていた。
領域侵犯になるが、ソニックの速さなら気付かれない。
おまけにノイドだけでなく人間も住むこの自治区は、帝国から事実上見捨てられているため、レーダによる上空の監視もない。
そうして上空から件のイビルという鉄を探していると、やがて二人は捕縛対象を発見した。
「……いた……!」
「クソ……町中で暴れてるぜアイツ! 許せねェ!」
「……何だか様子がおかしいけど……行こうソニック! 僕らが何とかしないと……!」
ソニックは、アウラがどこか焦燥感を露わにしていることに気付いた。
そして、その理由にも。
「……待てよアウラ。おめェは、相手が誰だか分かってねェぜ」
「え? どういうこと?」
「……バッカスとイビル。これまでの連合軍の鉄部隊において、間違いなく最強の二人だった。おめェの親友が出てくるまでは……な」
「……僕じゃ捕まえられないって?」
「怪我してるって話だが……何だか妙だぜ。見ろ。ノイドと戦ってら」
言われてよく見ると、強大な機械仕掛けのドラゴンである鉄が、たった一人の小さなハチマキを巻いた黒髪のノイドと戦っている。
そのノイドは勇敢にも民衆を守る為に戦っているようだが、一人ではあまりにも無謀だ。
「……! は、早く止めないと!」
「だァから待て! たったの一日で傷が癒えてんだ! 話で聞いてたよりも回復力が速い……。これは要するに、『ハイ』になってんだよアイツら!」
「ど、どういうことさ……」
「様子がおかしいっつったな? アレァ……『超同期』ってんだ。感情が爆発することで、『同期』の限界に到達してんのさ! 回復力が増してんのも、それが原因よ!」
確かにイビルの様子はおかしい。
ノイドと戦っているようだが、その全身から赤黒い光を発していて、移動速度も聞いていたより速い。
「何だよそれ……『同期』の限界……? でも止めないと! あのノイドが殺される!」
「そうなんだが……今向かっても俺らが死ぬぜ!?」
「話をすれば聞いてくれる! きっと……!」
ハッキリ言って、アウラの判断は通常ならば正しい。
別に、アウラとバッカス・ゲルマンは敵対関係ではないはずなのだ。
バッカスは軍規違反を犯しているが、だからこそアウラの方から歩み寄れば、多少は自身の言い分を話したくなるもの。
だが彼は知らない。
バッカスからすれば、裏切ったのは国家連合の方なのだという事実を──
「ま、待って!」
そんな言葉を吐いているのは、ズレたハンチング帽を被った小さな少年のノイドだった。
少年ノイドは、それまでイビルと戦っていたために気絶したらしいノイドを、守るようにして立っていた。
だが、バッカスとイビルはまた姿を変えて、その少年の方に向かっていく。
「止めろッ!」
「「!?」」
完全に不意打ちの形で、背後からイビルを思い切り叩いた。
同じタイミングで少年ノイドは気絶したようだが、イビルはすぐに体勢を戻す。
「がぁぁ…………」
「おいおい嘘だろ……。コイツァ……」
今、イビルの姿は機械仕掛けの体から、肉体を持つ本物のドラゴンのような体に変化していた。
赤黒い光はさらにどす黒さを増し、その背には、二重の輪っかで出来た光背のようなものがある。
「話を聞いてくれ! 僕は連合軍のアウラ! 貴方たちと話がしたいんだ! バッカス・ゲルマン准将! そしてイビル!」
「構えろアウラァッ!」
「え」
刹那。
イビルはその巨大な赤黒い光を纏った爪で、ソニックを切り裂こうとする。
途轍もない速さだが、それでもソニックの固有能力『サンダークラップ』による速さならば、対応できる。
しかし、背後の空中に避けたソニックは、確かにその攻撃がまだ自分を捉えているのを確認した。
爪……いや、それによって発生した斬撃が、爪の形をしたまま飛んできたのだ。
「「ジャガーノート・バララーマ!」」
「がァァァァァァァァァ!」
ソニックはそれをもろに受け、地上に落下する。
だが、何故かイビルはまだ追撃を仕掛けてはこない。アウラの意志でソニックはすぐに立ち上がった。
「ぐ……かッ……! ソニック……大丈……夫?」
「イカレてやがる……! 『完全同化』だと……!? 聞いてねェどころの話じゃねェぞ……!」
「え、何? 何だって?」
「コイツら命を削ってやがんだよォッ! 見ろ! もう意識も消えかかってやがらァ!」
「な……!?」
言われてみると、イビルは先程からずっと息も絶え絶えの状態だ。
先のノイドとの戦いで傷付いたからだと思っていたが、それだけではないらしい。
「コイツらは……もう直に死ぬ! アウラ! 無意味だッ! 戦う意味はねェ! そっちで倒れてるノイド二人背負って下がるぞ!」
「そんな……」
「うァァァァァァァァァァァァ!」
イビルは巨大な咆哮を上げた。まるで、痛みに耐えかねているかのように。
「行くぞアウラ!」
「……待って。ソニック」
「何ィ!?」
「……まだ、まだ何も話していない。僕はまだ……バッカス准将の話を、何も聞いていない……!」
「あァん!? ンなこと言ってる場合じゃねェぞ!? 殺されるだけだ!」
ソニックのことも無視して、アウラは声を張り上げた。
「何で軍規違反を犯したんだ! どうして民間人を殺そうとしたんだ! 答えてくれバッカス准将! 頼むから答えてくれ!」
「がぁぁぁぁ…………!」
「無駄だっつってんだろアウラァッ! 殺されるぞッ!」
「じゃあこのまま死ぬのを見てろってのか!? 誰にも裁かれないまま! この悪人を死なせろってのか!?」
「そうじゃねェ! 俺がやられたらおめェは死ぬんだぞ!?」
「だったらその前にコイツを殺せばいい!」
「何!?」
「が……ッ!」
その時、イビルは確かに足元をふらつかせた。
「!?」
「……さっきのノイドから受けた攻撃が効いてる。虫の息な理由は……過ぎた力を使った所為だけじゃない」
「おめェ……」
「僕には分かる。瀕死のコイツと今の僕は……多分、互角。いや、理性を失ってる分向こうが不利。僕らなら……コイツを殺せる」
「……殺してどうする。おめェは誰も殺したくなかったはずだ。そうだろアウラ。それがおめェの覚悟のはずだ」
「ここは戦場じゃない。これは戦争じゃなく、ただの殺し合いだ。それに僕らはもう……ムラサメ・オクバースを殺してしまったじゃないか……」
「……アウラ……ッ!」
ソニックに、アウラを止める資格は無い。
何故なら彼はアウラと出会う前から戦争に駆り出されていて、何人も殺してきているからだ。
一体どの口が、『誰も殺すな』などと言えるだろうか。
「ああ……いい気分だな。イビル」
「「!?」」
その声は、確かにイビルのコックピットから聞こえてきた。
間違いなく、バッカス・ゲルマン准将の声だ。
「バッカス准将ッ!」
「……誰か知らんが、鉄乗りか……。ダッハッハ……こういう最期も……悪くはないなァ……イビル」
「……ッ! どうしてだ!? どうしてアンタは軍規違反を犯したんだ! 答えてくれ!」
果たして、バッカスは今どのような状態なのか。
分からないが、彼は今、自分の目の前にいる鉄乗りが少年だと気付けていた。
そしてそこから彼は、『永代の七子』計画のことも思い出せている。
「………………そうか。ダハハ……覚えておけ少年。大事なのは……大罪を犯すことだ」
「何を……」
「いくぞバッカスッ! ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「ダハハハハハ! そうだなイビル!」
何故二人に一瞬意識が戻ったのかは分からない。
だが、理性が戻ったわけではない。いやもとより、二人は理性に縛られない存在だった。
ただ無心で相手を屠り、傷つけ、抉り殺す。
そこに楽しみを見出す、『悪魔』のような存在だった。
「……ッ! 逃げるぞアウラ!」
「駄目だ」
「アウラァッ!」
「駄目だッ!」
そんな『悪魔』を、アウラは見過ごすことが出来なかった。
イビルは、また巨大な爪を操って突進してくる。
「彼だって人間だ。知性ある生き物だ。化け物じゃない。裁かれないといけないんだッ! そうでないと……彼らがあまりに惨めすぎる!」
「何だと……!?」
アウラはソニックを無理やり操り、イビルの攻撃を避けてみせる。
だが、イビルの攻撃は強大過ぎて、避け切れない。
「ぐァァァッ!」
ダメージは受けたが、それでも体を翻して、次の攻撃を避ける準備をする。
「ぐッ……! あの男は言っていたじゃないか……! 『生きることに意味は無い』って。死んで初めて意味は証明されるって。この男は……こんな形で証明されちゃ駄目なんだッ!」
「おめェ……アウラ……」
「だから僕が殺すんだッ! 僕がこの男の全てを背負うんだッ! この男の名を……僕の魂に流し込むんだ……ッ!」
ソニックとイビルは、互いにぶつかろうとしていた。
元々の実力差だけ言うのなら、この状態のバッカスとイビルに対し、今のアウラとソニックには本来勝機が無かった。
しかし、一戦を終えた後のバッカスたちは消耗が激し過ぎる。
そして──
「か……」
ソニックのもとに届くこともなく、イビルはその場で倒れ込んだ。
「あ……」
「……だから言ったろ。アウラ……」
「…………ッ」
やり切れない思いを胸に、アウラはまたも以前の時のように歯を強く噛み締め、手すりを強く握り締めた。
だが目を強く瞑った彼が、バッカスに名を伝えることは出来なかった。
*
◇ 数分後 ◇
バッカスの遺体をソニックのコックピットに運んだのち、アウラはこの場を去ろうとする。
しかしその時。アウラたちより前に『悪魔』と戦っていた、ハチマキを巻いた黒髪黒目のノイド──ユウキ・ストリンガーが目を覚ました。
「……カイン……ッ! オイッ! 大丈夫かカイン!」
「気絶してるだけだよ」
「な……」
アウラからすれば。少しだけ興味のあるノイドだ。
彼がいなければ、特別な条件でしか死なない鉄のソニックはともかく、アウラは殺されていたかもしれない。
そんな彼は、動かなくなったイビルを見て驚いているようだった、
「……彼らは、僕が殺した」
「!?」
アウラは自分の姿を晒すため、コックピットを開いた。
「……バッカス・ゲルマン准将は……重大な軍規違反を犯したから、僕が処分したんだ」
「処分した……? お前が……コイツらを……」
「……」
アウラは疲れたのか、折角コックピットを開けたのに、もう会話する気をなくした。
あっさりとコックピットを閉め、飛び立とうとする。
「おい待てッ! お前は──」
「……俺達ァ風。世界を戦がす、ただ一陣の風だ」
ソニックは唐突に、そんなことを言い出した。
アウラは驚き、コックピット内で『は?』と呟いたが、ユウキはそんなことに気付いていない。
「……風……?」
そのままソニックは、アウラの意志とは関係なく翼をはためかせ始めた。
アウラはますますソニックの腹の内が分からず、目を見開いている。
しかしそんな彼の意識を、ユウキは自分に持っていく。
「俺はユウキ・ストリンガー。紡げよ俺の名。お前らの魂と共に」
アウラは驚きを隠せないが、この名乗りを無視するわけにはいかない。
決して、彼には無視することが出来ない。
「……僕はアウラ。アウラ・エイドレス」
「俺ァソニック!」
「……僕らの名が、貴方の魂に流れますように」
*
「……何だよさっきの」
イビルの亡骸を抱いて空を飛びながら、アウラは文句を言うかのようにソニックに尋ねた。
「悪かねェだろ?」
「……『戦がす』……ね」
「……悪かったよ。アウラ」
「何が?」
ソニックは、息を吐くように呟き始める。
「……俺ァ、おめェに期待してたんだ。『誰も殺さない』って気構えを……おめェに押し付けようとしてた」
「……いや、それは僕が言い出したことで……」
「いやァ良いんだよ。俺ァ……おめェと俺なら、世界中の戦争を終わらせられるんじゃねェかって、思い込んじまったんだ。でも、流石にそこまでは出来ねェ……。そう気付いた」
「そりゃあ……そうだよ」
「だが、ちょっとだけ揺り動かすことくらいは出来んだろ?」
「うん?」
「……そういうこった」
「……馬鹿。どういうことだよ」
アウラは目を細めながら背もたれに寄り掛かった。ソニックは相変わらず途轍もなく速いので、風は強く感じられる。
感じることが、出来るのだ。
「……風……か」




