『バッカス・ゲルマン准将捕縛指令』
◇ 界機暦三〇三一年 五月十一日 ◇
■ 特殊部隊管理室 ■
アウラはその日、ステイトから指令を受けても、俯き下を向いていた。
「──准将は現在行方をくらましている。鉄の損傷が半日程度で癒えるとは考えられんが…………聞いているのか? アウラ・エイドレス」
「え、あ……すみません」
アウラはそこでようやく頭を上げた。
「……まだ、前回の作戦のことを忘れられんのか?」
「……」
「帝国軍では、ムラサメ・オクバース曹長を討ったのは、貴様ということになっている。だが、事実は……」
「そうです」
眉間に皺を寄せ、アウラは絞り出すようにそう言った。
「……僕です。僕がやったんです。僕が……」
「アウラ・エイドレス……」
「……指令を下さい。僕に指令を……」
「……」
アウラの本心は、作戦に出たくない気持ちでいっぱいだった。
ステイトも彼のそんな本心を悟りつつ、それでも指令を出すしかない。
「バッカス・ゲルマン准将を始めとする鉄部隊バッカス班は、重大な軍規違反を犯した。無許可での出動、捕虜の民間人への攻撃、それにステルス機能を利用しての戦闘行為……」
「……えっと、他のは分かりますけど……その……す、『ステルス機能』って何ですか?」
「簡単に言うならば、誰にも見えない、透明の状態になることだ。九年前の戦争で、バッカス・ゲルマンと鉄・イビルは、その『透明化』の固有能力で猛威を振るった。そのため国家連合は、その力を制限するために『ステルス機能』を国際軍事法で禁じることにしたのだ」
「……貴重な戦力のはずじゃないですか。良いんですか?」
下を向いてはいたが、話はしっかりと聞いていた。
アウラはその指令の内容を理解している。
「……軍規違反は見逃せん。海から上がったところまでは、レーダーも捉えている。その後二人は連合軍からも悟られぬよう、持ち前のステルスで行方をくらました。だが、傷の癒えていない状態で、遠距離移動は不可能なはず。奴らはまだ、ワーベルン領……あるいはリーベル自治区の周辺にいる。帝国軍よりも先に、奴らを捕縛せよ。それが、今回の指令だ」
「……分かりました」
「それと、これだけは言っておく」
言うべきかどうか悩んだが、上からの指示は全て漏れなく伝えなければならない。
海底のように深く冷たい色をしたアウラの瞳を見て、ステイトは少しだけ目を逸らしてから伝えた。
「……捕縛の際、その危険性から……『生死は問わない』……とのことだ」
彼の瞳がより黒ずんでいくのを、ステイトは見ないフリをした。
*
■ 国家連合軍総司令部 廊下 ■
アウラはソニックのもとへ向かう途中、廊下で三人の人間に出会った。
真っ直ぐ進む自分の前に立つ、三人の人物。
一人は長い黒髪でモデルのようなスタイルの少女。
一人は鍔の先端が切れたキャップを被る少年。
一人は老けた顔でガタイの良い青年……のように見える少年……かもしれない男。
「初めましてだね。えっと……」
「ア、ウ、ラ! アウラ・エイドレスだろ!? ハッハハ! 辛気臭い奴だな意外と!」
「……どうした? 浮かない顔だが……」
この三人は、全員アウラにとって見覚えのない人物だ。
「……誰?」
「貴方と同じ、『永代の七子』」
「……!」
その長髪の少女は、色気を漂わせるような囁き声を出す。
「私は幽葉・ラウグレー」
「俺はライド! ライド・ラル・ロード!」
「小生はデンボクという」
一人明らかに見た目が子どもでなかったが、どうやら全員、アウラと同じかそれに近い年齢らしい。
全員が子どもで構成されている鉄乗り。それが、『永代の七子』なのだ。
「……僕を知ってるの?」
自己紹介の必要性があるか、まずはそこから確かめにいく。
「知ってる」
「ショウの親友なんだろ!? ようやく待機終わったんだってな!」
「御影・ショウから話は聞いた」
どうやらショウは、アウラが待機している間に既に何度か他の『永代の七子』と共に行動していたらしい。恐らく、三ヶ月間の作戦の中で。
「……それで、僕に何か?」
「フフ」
「『何か?』って……辛気臭いうえに水臭いな! ハッハハハ!」
「同じ『永代の七子』ではないか。仲良くしよう」
「仲良く……?」
「嫌?」
目は髪で隠れて見えないが、少女は純粋に不思議がっているように見えた。
とても、既にたくさんのノイドを殺めてきているとは思えない。
「……嫌ではないけど……。いきなりだね。それもわざわざ三人で」
「むしろ三人でごめんなさい。御影くんは置いといて……ナユラさんは、『もう一回会った』って言っていたから。それともう一人の『彼』は……照れ屋みたいで」
「いや違うだろ! アイツ嫌な奴なんだよ! 殺したいぜマジで!」
「ライド……」
デンボクに窘めれらているが、気軽に『殺す』と言えるその少年のことが、アウラは怖かった。
だが彼だけではない。アウラはまだ目の前の三人を、仲間だとは思えていない。
「ね、一緒にご飯でも食べない? 年近い人……少なくて寂しいでしょ? ここ」
「……悪いけど、僕はこれから仕事なんだ。それじゃ」
するりと間をすり抜けて、アウラは廊下を歩きだす。
「そうなんだ。ごめんね。いつか七人全員で集まって、食事会でもしようね」
「パーティって奴だな! いっぱい食えるんだ!」
「面倒だろうが、気を付けていけ。アウラ」
優しく声を掛けてくれることが、恐ろしかった。
アウラは、その胸を刺すような痛みの正体を、まだ理解できていない。




