『カールストン侵攻阻止作戦』④
帝国軍の敵であるはずのムラサメ・オクバース曹長のアドバイス通り、アウラの操るソニックは動きを悟られないように、周囲を高速で飛び回る。
そして、ムラサメの背後から攻撃を仕掛けてみせるが──
「だから単調だと言うのだッ!」
「な……!?」
分かっていましたと言わんばかりの反応で、ムラサメには避けられ、そのまま刀による反撃を食らう。
わざわざアドバイスをしたのは、背後からの攻撃を誘うため……ではなかったが、結果としてそう思いたくなる反応の良さだった。
「チィ……ッ!」
ギリギリ横に避けたことで、ソニックはダメージを和らげた。
そしてムラサメは、またも木の上に着地する。
「クソ……大丈夫か? アウラ」
「ああ大丈夫。しかし……刀傷って、痛いもんだね」
アウラは痛覚をソニックと共有している。しかし実際に斬られているわけではないので、彼の精神が耐えられる限り、ソニックがいくらダメージを受けても、彼は倒れない。
「ソード・ギアだけで、ここまでやられるたァなァ……」
ソニックがそう言うと、何故かムラサメは怪訝な表情を見せる。
「? 違うぞ? よく見ろ! これはギアではない。某の体と接着しておらんだろう? これは………………ただの刀だ」
ソード・ギアとは、帝国軍の中でも白兵戦を得意とするノイドが取り付けるギアのことだ。
その刀は腕を変形させながら出現し、手と柄が完全に接着している。
しかし、ムラサメの持つ刀は本物の刀であり、彼はそれを実際に手から離し、足元に落とすことで証明してみせた。
足元の木の枝に刺さったそれをすぐにまた拾うと、ムラサメはニコリと笑う。
「ギアじゃない……? 最近のノイドはギアで戦うんじゃ……」
「普通はな! しかし某はギアが嫌いなのだ! ギアによって体を鍛えるのも好まん! 某の力は某だけのもの! 某の全て! 故に某は、ギアを一つたりとも使わんのだ!」
「……ッ!?」
先程からずっと毎回攻撃した後に木の上に着地していたのは、単純にジェット・ギアが無いため、空中に浮かべなかったからだ。
この男は、自身の身体能力だけを武器にして戦っている。
「……おいおい聞いたことねェぞ……。何なんだマジでコイツ……」
「ジェット・ギアもライフル・ギアも使わないのは……そういう理由だったのか……」
アウラは理解した。今、自分が相手をしている男は、特別な才能を持つノイド。
ノイドといっても、通常身体能力だけで鉄に……ソニックに対応できるはずがない。
この男はもっと、もっと速くならなければ倒せないのだ。
「もっと……もっと速くできる? ソニック……!」
「……おめェによるな。良いか? 鉄の性能を引き出すには、『感情』を激しくさせる必要がある。戦う意志は、激しい『感情』に揺さぶられるのさ。熱くなれよ、アウラ……!」
「……ああ!」
「シッシッシ! そんじゃあ飛ばすぜアウラッ! 風みてェになァ!」
速くなったかと言われれば、些細な加速でしかない。
しかし戦場では、些細な差が決定的な違いを生む。
「は、速い……ッ! 素晴らしい……素晴らしいぞ名乗らぬ人間ッ! そして鉄・ソニックッ!」
「「オフショットッ!」」
ソニックはその速度で残像を生み出し、今度はしっかりと牽制を混ぜる。
「くッ!」
向かってきた拳に騙されて、ムラサメは空を斬る。
「かはァッ!」
その瞬間に、本物の拳を叩き込まれる。
ムラサメはすぐさま体勢を戻すが、最早勘で対応するしかない。
「どこかどこか…………ここだァッ!」
斜め後ろに刀を通す。
しかし、それは残像。ソニック本体ではない。
「「クラップショックッ!」」
すぐさま振り向き、刀で防ごうとするが遅い。僅かな遅さが勝負を決める。
パァァァァンッ
「か……ッ」
機械仕掛けの鼓膜が破裂し、そのショックで意識が途絶えることで、ムラサメは戦闘不能状態に──────ならなかった。
「!? マジか……」
地面に落下する直前、グルグル回転しながら辺りの木々を伐採し、着地した。『クラップショック』によるダメージは、無い。
そしてムラサメは、二人に笑みを向ける。
「……拍手で気絶するとでも? 某を舐めているのではないか?」
「しつけェなオイ……」
「そんな……」
だが、これはムラサメの強がりだ。
笑みを見せる一方で、内心では全く笑える状況ではないと考えていた。
(……某では……この二人に勝てんな……。殺意を向けられたなら……一瞬で勝負は着く……。某が死ねば基地は破壊され、帝国軍は撤退せざるを得ない。そして、今ここで時間稼ぎをしても、双方の犠牲が増え続けるのみ……が! 逃げるような真似だけは出来ん……!)
冷静に、この先の戦況迄をも見据えて思考を続けていた。
だがムラサメはここで、二人が空中で様子見をしていることに気付く。
「……どうした?」
「……!」
自分たちの方が実力は上だと、アウラもソニックも分かっていた。だがそれだけではない。
二人は分かっていた。この男を戦闘不能にするには、『殺す』しかない。それしかないのだと。
「……何故来んのだ。いやそもそも、何故素手での攻撃のみなのだ。まさか……某を殺す気がないのか?」
「……ッ!」
ひと睨みし、そしてムラサメは──笑った。
「フフ……ハハハハハ! そうか……。此方は……童だったのか」
「ッ!? な、何で……」
コックピットの中にいるアウラの姿は、ムラサメには見えない。
だがしかし、彼はいとも容易くアウラが子どもだということを看破した。
「構わん。童に負ける、某が弱いだけの話。……殺せぬのか? 某を殺し、手を汚すのが恐ろしいのか?」
「そ、それは……」
「生きることに意味など無い。某らは皆、その存在の証明をするために、あらゆる手段を模索する。しかし……某らの意味は、死ななければ明らかにならんのだ。己が何の為に生きているのか、そもそも生きていていいのか、いくら戦おうとも……証明は出来ん。だからこそ、死後に意味を探すしかない! さあどうした小童! 殺せ! 某を……某を殺し、某の存在を証明するのだ!」
「ッ……そんなこと……そんなこと僕は……ッ!」
「ならば…………それも良い」
ザシュッ
その時。ムラサメは────己の腹を刺した。
「「な……!?」」
アウラもソニックも、驚きの余り言葉を失った。
確かにこのままではムラサメが二人に勝つことは不可能だった。しかし、二人もまたムラサメを殺せない。
そんな状況で幕を引いたのは、ムラサメ自身だったのだ。
「何を……何をやっているんだ!?」
思わず地上に降り、アウラはソニックの腹を開いてコックピットから身を乗り出した。
既に、ムラサメはその場で倒れている。
「どういうつもりだてめェ!」
「……某では……此方らを倒せん。だが、此方らも某を殺せん……だろう?」
「…………ッ!」
「……それが、此方の姿か」
「何で……」
「……名を……名を教えてくれ……。某の魂に……此方の名を、流し込め……!」
最期の時を迎えようとしている男の頼みを、断ることは決して出来ない。
アウラは苦々しい表情で自身の歯を強く噛み締め、コックピット内にある手すりを握り締めた。
そして一瞬強く目を瞑ると、こと切れる前の彼に伝える。
「僕の名はアウラ。アウラ・エイドレス」
それを聞くと、ムラサメは満足そうな表情を見せた。
「……そうか。それで良い。これにて某は完成する。アウラ。ソニック。此方らの存在は……必ず某が証明する。故に安心しろ。安心……するのだ」
アウラとソニックは気付いていた。
ここでの戦いが長引けば、帝国軍にも連合軍にも犠牲者は多く出続ける。
帝国軍を退かせるためには、ここでの戦いは早く終わらせる必要があった。たとえ殺したくなくとも、ムラサメは早く排除しなければならなかった。
自身の負けを瞬時に認め、自ら命を絶ったムラサメの判断は、間違いなく両軍にとって価値のあるものだった──
「……僕らの名が、貴方の魂に流れますように」




