『カールストン侵攻阻止作戦』②
■ 国家連合軍総司令部 三階廊下 ■
アウラはその日、自身の宿舎から出て、向かう先を探していた。
本来待機命令を受けている彼は、やることがないので宿舎から出る意味が無い。
ただ、一人でいると孤独を感じて苦しくなるので、ここのところ毎日ソニックに会いに行っている。
毎日同じ行動をしていると逆に、たまには別の場所に行きたくなる。
しかし、行く当てはどこにもなかった。
「はぁ……」
自分の無駄な行動に溜息を吐くと、突如、背に悪寒を抱く。
「遣る瀬無さそうですねェ。アウラ・エイドレス」
そのフードは、仮面は、不気味な声色は、アウラにとって一人しか覚えが無い。
「X=MASK……ッ!」
「おやおや。睨むことないでしょう。私は貴方にとって、軍事の先生ですよ?」
「……何の用だよ」
「悩んでいるのでしょう? 御影・ショウばかり、辛い目に遭わせてしまって」
「お前……ッ!」
そもそもこの男がいなければ、自分たちが戦わせられる必要もなかった。
しかしXは、憎らしいほど平然としている。
「……貴方も戦えば良いのですよ」
「……何……!?」
「違いますか? そうすれば、彼だけを戦わせずに済む」
「それは……」
「誰も殺したくない……ですか?」
「……」
「ならば、誰も殺さなければいい」
「……!」
「誰も殺さず、戦いを終わらせる。それで良いではないですか」
「で、でも……」
前回の作戦は、確かに誰も殺さずに成功させられた。しかし、今後も同じようにいくとは限らない。
アウラは理性的に、戦争の厳しさを捉えていた。
「貴方なら、それが出来る」
それは力強い語気で、それまでの不気味な雰囲気を、排除するかのような言い方だった。
「貴方は落ちこぼれではない。貴方とソニックならば、血を流さずに戦闘を済ませることが可能なのです。御影・ショウの代わりに、貴方が戦えば……ね」
「僕が……」
一度の成功体験が、アウラの判断を鈍らせる。
それに何より、彼は親友を一人戦場に向かわせている現状に、耐えられなかった。
*
■ 特殊部隊管理室 ■
アウラはすぐに、ステイトのもとに向かった。
そして、懇願する。
「……戦わせてほしい……だと?」
「はい」
ステイトからすれば、折角戦わずに済む立場になったというのに、自らそんなことを望むアウラの意志が理解できない。
「……必要ない。御影・ショウは……我々の想定を、遥かに上回る活躍を見せている。貴様が戦う必要はないのだ」
「……誰も殺さない」
「何?」
「僕なら、誰も殺さないで作戦を遂行できる。いや……遂行してみせる。だから僕にやらせてください。僕が……戦います」
「……」
ステイトは、アウラが無謀なことを言っていると思っていた。
彼の実力は思い知っていたが、それでも誰も殺さずにいられるなどとは思っていない。
当然ここは、彼の主張を拒否するしかない──が。
「分かっていない」
そう言って杖を叩きながらこの部屋に入って来たのは、赤みがかった茶髪で盲目の少年。
「ショウ……!」
「君は分かっていないんだよ。アウラ。誰も殺さず? そんなことは……不可能だ。たまたま初陣で上手くいったからって、それが続くと思うのは愚の骨頂。人を殺す覚悟の無い人間は、戦場にいるべきではない」
「ショウ。僕は……」
自分のことを止めようとしていることは分かっている。だが、アウラはここで止まる気など毛頭ない。
しかしショウは──
「やってみればいい」
「え?」
「……戦場ではね、覚悟の無い人間は、いずれ必ずその覚悟の無さによって、大切なものを失うんだ。君はそのことを分かっていない。人を殺す覚悟が無い君は……」
「そんなものを覚悟とは呼ばない! 僕は人を殺さない覚悟をしているんだ!」
「……そうかい。それならその覚悟が役に立つかどうか……見せてごらん」
「……ショウ……ッ!」
ステイトは、ショウの交渉があったからアウラを戦わせずにいただけだ。
そのショウがアウラを戦わせても良いとするのならば、もうステイトにはどうしようもない。
いずれにしろ、子どもを戦場に送っている事実は、決して消えないからだ。
*
■ 国家連合総司令部 五階廊下 ■
アウラが作戦に出ることに決まり、ショウは特殊部隊管理室のすぐ傍の廊下で立ち尽くしていた。
そんな彼のもとに、Xが現れる。
「……クク。まさか、君が焚きつけてくれるとは。守りたい親友ではなかったのですか?」
嫌味を言ってくるXに対し、それでもショウは微笑みを崩さない。
最早その表情は、固まり切っていた。
「……焚きつけたのは貴方でしょう? アウラは強い。それは本当です。仮に作戦に参加できなくても、いつかは自分の意志で戦場に向かい、そして……戦っていた。彼は、そういう人間です」
「だから彼に挑発したんですか? クク……まさかそれで、逆に止まってくれると思ったわけではないでしょうが……」
「……いいえ。ただ……彼だけが手を汚さずにいることに、苛立ってしまっただけ。アウラに戦ってほしいなんて……思っていなかったはずなのに……」
「クククク……どうやら貴方も、見た目通りの子どものようですね」
「ええ。そのようです」
そう言いながら、それでもショウは汗一つかいていない。
どこまでが彼の本心なのか、確かに見た目からは何も分からない。
しかし、彼という人間の本質は、実は以外にも単純だったのだ。
アウラに苛立ちをぶつけてしまったことを、今のショウはとても後悔している。
そして残念なことに、そんな彼に寄り添う者は、今のところ一人もいなかった。
ショウがその場を立ち去ると、イクスの背後にある曲がり角に、人影が現れる。
「……貴様も面倒な真似をするな」
背は高いが、声は若々しい少年と見られる人影。
そしてXは、振り向くことなく応対する。
「そんなことはありません。私はただ、国家連合が戦争に勝利するために、行動しているだけです。それの何が面倒か。御影・ショウも、アウラ・エイドレスも、連合軍にとって今後最重要な戦力になる。もちろん、貴方もね」
人影は、小さく舌打ちしてみせた。
「……フン。俺だけで充分だ。そもそも七人も要らないんだ」
「まあ複数いた『候補』から、七人の『搭乗者』は出揃ったので……。これで収集の段階は終了です。あとはただ……その七人が、しっかり『到達』するのを待つだけですよ」
「『待つ』か……随分と悠長な話だ。そこまでの価値があるのか? 俺がいれば、それだけで連合軍は勝てる。俺が……最強なんだ」
「クク……ククククク……!」
「何がおかしい」
「いえ。ただ……『永代の七子』の最強は、貴方ではありませんよ」
「……ッ! フン……確かに、御影・ショウが本当に『アレ』を目覚めさせたなら、最強は奴になるがな」
「いいえ」
そして、イクスは廊下を歩き出した。
「……貴方も御影・ショウも、確かに特別な存在です。しかし……それでも決して辿り着かない。何故なら彼は……本物の『天才』なんですよ」
「…………馬鹿な。そんなことはあり得ない。あり得るはずがない。何かの間違いだ」
「クク……私もそう思いましたよ。これは『奇跡』だ。あるいは……『運命』か」
「……もしそれが本当ならば、それは『バグ』だ。この世界が生み出した……『異物』だ」
その人影の声は、次第に小さくなっていた。
自分が最強でないこと以上に、自分が何をやっても辿り着けない領域に初めからいるかもしれないその存在に、彼はただ……恐怖していた。




