『カールストン侵攻阻止作戦』
◇ 界機暦三〇三一年 五月一日 ◇
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
アウラの初陣から、三ヶ月近くが経過した。
そしてその三ヶ月近くの間、アウラは一度も出撃していない。
「……」
「アウラァ……元気出せってよォ。おめェもようやってるぜェ?」
ソニックはアウラのことを励ましながら、その鉄の体の具合を整備されている。
浅黒い肌の女性整備士は、面倒臭そうな表情のまま作業を続けていた。
「……でも僕は……落ちこぼれみたいだから……」
アウラは体育座りの状態で、頭を下げている。
彼が自身を卑下する理由を語るには、話を三ヶ月近く戻す必要がある──
*
◇ 界機暦三〇三一年 二月十日 ◇
■ 特殊部隊管理室 ■
「必要ない……?」
アウラはその日、ステイト・アルハンドーラ中将から、予期せぬ待機命令を受けた。
まさかそれがこの後三ヶ月近く続くことになるとは、この時のアウラは気付けていない。
「そうだ。アウラ……君は、戦う必要がない」
そう言ったのは、ステイトではない。
アウラの隣にいる御影・ショウが、ステイトの言葉を繰り返したのだ。
「で、でも……太陽の家は……」
「分からないかい? アウラ」
「ショウ……?」
ショウは微笑み続けている。相変わらずアウラには、彼の腹の内が読めない。
そこで続けるのはショウではなく、ステイトだった。
「……『永代の七子』計画は、成功した。特に……御影・ショウ。お前の活躍は、こちらの想定以上だった。『速さ』でソニックを上回るなど……完全に常識外れだ。……当分の出撃は、御影・ショウに任せることにする。アウラ・エイドレス、お前は待機するのだ」
「で、ですが……」
「……心配することはない。太陽の家は、御影・ショウが活躍する限り……援助が滞ることもない」
「けど……!」
「分からないようだね。アウラ」
ショウは穏やかな声の調子のまま、アウラに一歩近づいた。
「……聞いたよ。アウラ」
「聞いたって……何を……?」
「誰も、殺せなかったらしいじゃないか」
「……!?」
「戦う意志の無い者は、戦場にいるべきでない。当然のことだよ。当然のことだ。たとえ実際に戦えば強くとも、油断と隙に溢れた君は、戦場では落ちこぼれだ。殺意を抱けない者は……必ずいずれ、それを原因に命を落とす。それが戦場。それが……戦争だ」
まるで教師が生徒に諭すような声色で、軍人のような言葉を吐く。
アウラには、ショウがそんなことを言う理由が分からない。
彼のことが何も、一つたりとも、理解できない。
「……ショウは……もうノイドを……。……誰かを………………殺したの?」
「ああ。当然だ」
「ッ!?」
やはり、その声の調子は穏やかなまま、変わらない。
「……分かっていないようだ。アウラ。分かろうとしていない。君は、何も分かっていない」
「ショウ……!」
「……落ちこぼれを戦わせる必要は無い。そう。だから全部……任せてごらん。今までだってそうだっただろう? 違うかい? アウラ」
「……ッ」
それからのショウの活躍は、まさに八面六臂だった。
三ヶ月の間に、ショウの名は世界中に轟くことになる。
いや、正確には『御影・ショウ』という名はほぼ知られていない。
轟くことになるのは、彼の乗る鉄の名……『ピースメイカー』。
*
◇ 現在 ◇
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
ショウが活躍を続ける限り、アウラが出撃を要されることもない。
結果として彼はずっと、待機を続けていた。
「……分かってるさ。『落ちこぼれ』っていうのは……ショウの方便だって。ステイト中将は、ショウの頼みを飲んだんだ。自分が僕の分まで働くから、僕を戦わせるなという頼みを。ショウが僕を……危険な目に遭わせたくなかったから」
「アウラ……」
「結果として、ショウは戦い続けてる。そして……勝ち続けてる。たくさんのノイドを……殺し続けているんだ……」
俯くアウラは、強く拳を握り締めていた。
彼にとって最大の親友だったショウは、その手を血に染め続けている。
だというのに何も出来ない自分自身が、アウラは許せなかったのだ。
「……アウラ……」
ソニックは、彼に何もしてやることが出来ない。
どれだけ強大な力を秘めていても、小さな少年の力になることすら出来ない。
そんな彼もまた、鉄の拳を強く握り締めていた。
「……へぇ。貴方が『落ちこぼれ』の……?」
その時、格納庫内に眼鏡を掛けた女子が入ってくる。
薄紫色のショートヘアで、アウラよりも下の年齢に見える一人の小さな少女。
「ふーん……。御影さんの親友って聞いて見に来たけど……なんだか全然頼りなさそう」
「……君は?」
アウラは体育座りのまま、顔を上げた。
そして、彼の質問に答えるのは、ソニックの整備をしていた整備士の女性だった。
「……メイシン・ナユラ。貴方と同じ、『永代の七子』の一人ですよ。アウラ」
「そ、そうなんですか……?」
教えてもらってありがたく感じるが、そもそもこの整備士の女性の名前も知らない。
しかし、それを聞く前にメイシンは、こっちに近付いてきていた。
「何で戦いに出ないの?」
「……君には、関係無いよ」
「はァ? 戦わないなら何の為にここにいるの? みんな戦ってる。そのためにここにいる。貴方は……戦わないのなら、自分の家に帰ればいいじゃない」
事情を何も知らないメイシンからすれば、同じ立場なのに戦闘に参加しないアウラに、違和感を持つのも無理はない。
「おいおめェ! 何も知らねェで適当なこと言ってんじゃ──」
「おかしなこと言ってる? 戦いたくない人が、戦う必要は無いでしょ?」
「それはおめェ……」
ソニックは簡単に言い淀まされた。
「…………君は、戦いが嫌じゃないの?」
「? ああ……そうね。まあ…………嫌じゃない」
「え……!?」
「……嫌なわけがない。私は、戦うためにここにいるんだから」
「そんな……」
「それしか……証明する方法がない」
彼女はどこか、寂しげな目をしていた。
意識はアウラの方に向いていない。ずっとずっと遠くの方だ、
「私が生きていいっていう証明をするには、これしかないのよ。戦って、勝てば……称賛される。自分が生きていていいって、実感できる。だから戦うのは嫌いじゃない。ええ。嫌いじゃないわ」
「……君は……」
「戦う意味が無いのなら……やっぱり貴方は、お家に変えるべきだわ」
それだけ言って、メイシンは格納庫の外の方に振り向く。
その時──
ズドォォォォォォン
「……用は済みましたか? メイシン」
格納庫の外に、突然鉄が現れた。
桃色を基調にした装甲で、無論機械生命体だが雌のようで、胸に起伏がある鉄だ。
そしてメイシンは、その鉄の傍に寄る。
「……別に。なんか……御影さんのこと聞ける空気じゃなかった」
「そうですか。では、行きましょう」
メイシンは、その鉄のコックピットに乗った。
「……アウラ・エイドレス……か」
「どうしました?」
「……いや。行こう、霧」
颯爽と現れ、颯爽とメイシンはいなくなった。
彼女に『霧』と呼ばれた鉄は、少し丸みを帯びた翼を広げ、もう遥か上空に消えている。
「……またガキンチョか……」
ソニックは子どもばかりを鉄乗りにする連合のやり方に、不満を抱き始めている。
しかし、やはり彼には何も出来ない。そしてアウラはますます俯き始めた。
「……そんなのおかしいじゃないか。生きていいって証明するため? 戦わないと証明されない? そんなのは……おかしいじゃないか……!」
霧が飛び立った勢いで起きた風は、緩やかにアウラたちの傍を通り抜けていった。




