『fate:アウラ・エイドレス』②
◇ 界機暦三〇三〇年 十月九日 ◇
■ クリシュナ共和国 サンライズシティ ■
前年、本格的にノイド帝国と国家連合の間で戦争が始まった。
クリシュナ共和国では、戦時社会福祉特例法案が可決され、あらゆる社会福祉施設に支払われる国からの公費が、制限されるようになった。
経営難の続いていた太陽の家は当然、この影響で存続が危ぶまれることになる。
「……何故、貴様が付いて来たのだ」
そんな太陽の家に今後のことを話し合いに来た役人は、共に来たある男の存在に違和感を抱いていた。
常にフードを被り、バッテン印の付いた仮面を付けた男に──
「ククク……いやァ気にしないでください。私はただ、『あの事故』の生き残りを、一目見ておきたく思っただけです」
「……そもそも、今の貴様は国家連合の傀儡のはずだ。この国にいること自体が妙だ。その『生き残り』には……何か特別な価値があるのだろう? 違うか? X=MASK」
Xは、ただクククと意味ありげに笑うだけ。
役人はフンと鼻で息を吐き、太陽の家に入っていった。
*
中に入ると本来の仕事、施設職員との話し合いの場が開かれる。
太陽の家の存続が厳しくなるのならば、そこに住む子どもの次なる受け入れ先を考えていかなければならない。
役人は、一刻も早く職員に存続を諦めてほしいと考えていた。
「……ですから、先月の法案が可決された今、国は防衛のために費用を割かなければならないのです。ノイド帝国は隣国。国家連合理事国のクリシュナに、いつ攻め入って来てもおかしくはない。将来のことよりも、まずは今です。子ども達の身に、もしものことがあれば……」
「そうですね……」
寄り添った言い方をしているが、役人は微塵も子どもの心配などしていない。
ただ、上に言われた命に従って行動しているだけであり、正義も意思も何も無い。
全ては上っ面の言葉でしかないのだ。
「……私から、一つよろしいですか?」
ここで、Xが話に割って入ってくる。
「……え? え、えっと……」
「貴様。黙っているのではなかったのか」
「そんなことは一言も言っていませんよ? ああ、ご挨拶が遅れました。私のことは『X』とでもお呼びください。こちらの男の……まあ、元同僚です」
「も、元……?」
「仮面のこともお気になさらず。ただ、醜すぎる顏を晒すまいとしているだけですので」
「えぇ……」
流れるように嘘を重ねる。いや、嘘かどうかは職員には分からない。だが、嘘としか思えないのだ。
初めからずっと、職員はこのフードに仮面の男を、奇妙と思いながらも黙っていた。
ようやく発した彼の言葉の端々からは、不気味さしか感じられない。
「……さて。私からお話させて頂きたいのは……ある『提案』です」
「提……案……?」
「ええ。確か……この施設にいましたよね? 『あの事故』の生き残り……『御影・ショウ』という少年は」
ここで役人は、彼がここに来た理由がやはりそうだったかと納得し、溜息を吐いた。
「……貴様、初めから……」
「間違いありませんよね?」
役人を無視するXの仮面が近付いてくると、職員の女性は隠すことが出来なくなる。
「……は、はい……」
「そこで、私からの提案です。彼を……国家連合に、預けて頂けませんか?」
「「!?」」
二人は共に、愕然とさせられた。
「もしそうして下されば、国家連合は特別に、この太陽の家を援助致しましょう」
「え、え? ちょ、ちょっと待って下さい。話が急すぎて……意味が……」
「分かりました」
そう言って、ショウは応接室に入って来た。
彼とリード、そしてアウラは、先程からずっと部屋の扉の前で、耳を澄ましていたのだ。
「しょ、ショウ君……。あ、貴方たち話を聞いていたの……?」
「それで太陽の家を存続させられるのなら、喜んで」
驚きを隠せないのは、アウラとリードも同様だ。
ただ二人、Xとショウだけが、ずっと落ち着き払っている。
「待ってよショウ。いくら何でも話がおかしい」
「そうだよ。ねぇショウ。ちょっと待って」
だが、ショウは既に覚悟を決めてしまっている。
最早彼の決断は決して覆らないだろう。
「ククク……いやァ、良い子ですね。それなら話が早い。どうですか? 本人はこう言っていますが……」
「ま、待って下さい。そもそも何故ショウ君を……? さ、里親になるということですか?」
「まあ、その様な認識で構いません」
その時、役人は勘付いた。
彼は一度もXと同僚だった経験など無いが、彼が何者なのかは知っていた。
「……《《見えた》》のか? X」
「ククク……駄目ですよ。一般人の前でその話は」
そう言われ、仕方なく役人はその頭の中で、彼の行動理由を整理する。
(鉄乗りの才能を見抜く……『共感覚』。国家連合軍のトップに買われたのは、やはり噂通り……その鉄に適合する人間を、発掘する才能があったためだったというわけか……)
彼の想像通り、確かにXはその特殊な才能を持つがために、連合軍に加担している。
そして、その才能の実態とは──
(クク……では、一応確認を……。…………プレシジョン・ギア…………)
この男の仮面は、実は彼の顔面と接着している。
仮面に穴は無いが、それでも彼は普通の人間と同じ様に周囲を見渡せる。
何故ならこの仮面は、特殊な機械で出来ているため。
(さて……)
そうしてその機械『プレシジョン・ギア』を起動すると、彼の視界は変化を見せる。
サーモグラフィーのような形で、人間や物が色で表現された状態になるのだ。
彼はその色の細やかな差異を、生まれつきの共感覚で完全に理解できている。
そしてこの『プレジション・ギア』によって分かるのは、全く同じ色同士の人間と機械は、百パーセント『適合』可能という事実。
加えて──もう一つ。
「………………何」
御影・ショウの色は、光沢が入ってキラキラと輝いていた。
これが意味するところはともかくとして、Xが驚いたのはそれとは全く別の話。
ショウの色に光沢が入っていることは、そもそもXも想定していた事実であり、むしろその想定があったからこそ、彼はこの太陽の家にやって来たのだ。
だからこそ、今それを確かめられたのだから、本来彼は安堵するべきで、驚く必要は全く無い。
彼が驚いたのは──
ガタッと、Xは立ち上がった。
これまでずっと、冷静沈着かつ不気味な笑みを浮かべていた彼の顔面は、仮面が張り付いているというのに、仮面の下でも張り付きを見せる。
「ば、馬鹿な……こんなことが……こんな『奇跡』があり得るのか……!? ク、クク……ククハハハ……」
「X……?」
役人は初めて見るXの動揺を前に、困惑を増していた。
そうして立ち上がったXは扉の前に向かってしゃがむと、目の前の少年の両肩を、思い切り掴んだ。
「……彼も、引き取らせて頂けますか?」
Xが掴んだのは────アウラ・エイドレスの両肩だ。
「え……」
アウラは、Xの手の力が強く感じられ、完全に身動きを取れなくなっている。
「な、何言ってるの?」
思わずリードはXの手の平をどけようとした。
だがしかし、彼は放そうとしない。まるで、折角の獲物を逃がすまいとするかのように。
「あ、あの困ります。い、いくら何でも……もう少し理由を聞かせて頂けないと……」
職員の渋る姿を見て、ようやくXはアウラから一度手を放し、立ち上がる。
「……勘違いしないで頂きたい。先程は、確かに『提案』と言いました。ですがこれは……これはもう、『提案』で済む内容ではありません。この二人は……必ず国家連合軍の戦力になります。光沢の入った色を持つ者は、ただ鉄と色が同じだけで『適合』可能なだけの、有象無象とはものが違う。ものが違うのです。彼らは『超同期』を可能にする。鉄の性能を、百パーセントで発揮できる。いや、それだけではない。そもそも……」
自分が早口で言うべきでない情報まで話していることに気付き、Xは一度沈黙する。
そして、改めて職員に体を向き直す。
「連合軍の……戦力? な、何を言っているんですか……? その二人はまだ子どもですよ? そ、そんなの……了承できるわけがないじゃないですか」
「ですから、勘違いしないで頂きたい。これは……世界の為なのです。断る権利は無いのです。いえ、たった今……完全になくなりました」
そうしてXはアウラに目を向ける。
アウラからすれば彼の目など見えないが、それでも実際、二人は目が合っていた。
「……一人の『候補』を見逃すだけなら、まだ甘んじて受け入れていました。しかしその『候補』に、国家連合が所有する鉄との色の一致が認めれた。おまけに同様の『候補』がもう一人。同時に『当確』と『候補』の二人を手に入れられるのに……これを逃すなどという暴挙には出られません」
「『候補』……? 『当確』……? な、何の『候補』なのよ?」
リードから尋ねられ、テンションが収まらないXはわざわざ回答する。
「……『永代の七子』です。まだ計画段階でしたが……これで一気に進められる。良いですか? これは国家連合からの命令と受け取ってください。しかし受け入れるのなら、太陽の家は存続させますし、莫大な援助もさせて頂きます。ですが断るのなら……」
「こ、断るのなら……?」
思わず尋ねるアウラは、汗をかいていた。彼はまだ、話の流れに全くついていけていない。
「……この施設に、今後の展望は与えません」
その声のトーンの低さから、すぐにそれと分かる、極々単純な脅迫だ。
誰も、この意味不明な格好の男の言葉を無視できない。
だがしかし、御影・ショウという少年は、やはりいつもの調子で微笑んだまま、頷いた。
「……なら、答えは決まっているようだ……ね」
そう言って、アウラの方に顔を向けた。
「……ッ」
アウラは理解した。
この場所を、みんなの居場所を守るためには、自分とショウが戦わなければならないということに。
「アウラ……ショウ……」
そしてリードは、何も言えず、ただ静かに悲しげに、下を向くだけだった。
*
◇ 現在 ◇
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
「何だとァァァァァァァァァァァ!?」
そのソニックの叫び声の大きさに、アウラはビクッと震えさせられる。
「び、ビックリした……」
「ふざけやがってあのクソマスク……! 許されるわけねェだろこんなのよォ!」
「ソニック……」
「なァアウラ! こんなのァ間違ってんぜ! 国家連合は……どうかしちまってるッ!」
「……」
ソニックは少し前、暇潰しに戦争に加担していると言っていたが、実のところ戦争を終わらせたい想いの方が強い。
加えて彼は、あまりにも人間臭い鉄だった。
「仕方ないのさ」
コツン、コツンという音と共に。格納庫に、一人の赤みがかった茶髪の少年が入ってくる。
「……ショウ……!」
いつもの微笑みを崩さないまま、先の尖った銀色の杖を地面に突きながら、真っ直ぐ向かってくる。
「お……お、おめェが……?」
「初めまして、ソニックさん。御影・ショウと言います。『ショウ』と呼んでください」
「……!」
自信よりも遥かに小さな少年だというのに、何故かソニックは彼から威圧感を抱かされた。
ショウは何も見えていないというのに、自然とソニックの前に立っている。
その崩れない微笑みが、ソニックにはどう見ても作り物にしか思えなかった。
「お疲れ様、アウラ。とにかく……無事で何よりだ」
「ショウ……僕は……」
「次はこちらの番だね」
「……ッ!」
どこまでも冷静さを失わない。
アウラは子どもの頃から彼のことを知っているが、未だに彼という人間の底を知らない。
何故かは分からないが、アウラは微塵もショウの心配をしていなかった。
ショウが死ぬ可能性を、微塵も想像できないのだ。
「まあ……すぐに終わらせる」
ショウはその数日後、彼のクロガネと共に初陣に出た。
そして、作戦を瞬時に終わらせると、平穏無事で帰還する。
作戦遂行に掛かった所要時間は──
──────四分二十七秒だった。




