『fate:アウラ・エイドレス』
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
作戦を終えて帰還したアウラは、ゆっくりとソニックから降りた。体力は消耗していない。
「お疲れィ! アウラ!」
「……お疲れ」
アウラは冷めた目をしている。
作戦中は不可能だったが、ソニックは今ならばとアウラに質問を投げかける。
「……なァアウラ。おめェ……一体何モンだ? 初めて鉄に乗ったばかりで、いきなり『同期』するなんざ……あの〝悪魔〟にしか出来なかった芸当だぜェ?」
「〝悪魔〟……」
誰のことだか分からないアウラだったが、疑問形にするのを忘れた。
その結果、ソニックは何者か説明せずに続ける。
「しかも、俺の性能を……俺自身が把握してないレベルで、引き出しやがった。性能発揮率は……八十パーセントってとこか」
「……普通はどうなの?」
「そもそも『同期』出来ねェ場合、五十パーセントが限界よォ」
「……そう」
アウラは興味を失くしたのか、一息吐いてもうこの場を去ろうとしていた。
「待てよアウラ。質問に答えてえねェぜ」
それを受け、仕方なさげにアウラは止まった。
「……僕が何者か……だって? 僕は何者でもないよ。何者でもない……。何者でもないのに、ここにいる。何者でもなかったはずなのに……」
「戦うのが嫌そうだったな。おめェは一体、どんな理由でここにいる? なァ、教えてくれよアウラ。お互いに対する理解を深め合うことが、より高水準の同化を可能にするんだぜ?」
「……僕は……」
渋る様であっさりと話し始めるのは、彼にも複雑な感情があるからだ。
葛藤と哀願が衝突し、渦巻く思考を抑えつつ、アウラは己の背景をソニックに語り出す──
*
◇ 界機暦三〇二八年 七月六日 ◇
■ クリシュナ共和国 サンライズシティ ■
アウラに実の親はいない。
そもそも見たことすらないし、名前も知らない。
彼は『そこ』に来るまで、自分が自分の名前を持っているという事実が、一体どれだけ恵まれていることなのか、知りもしなかった。
彼にとっての家族は、『そこ』のみんなだけだった。
丘の上に建つ、小さな児童養護施設。
『太陽の家』と呼ばれているその施設が、彼にとっての家であり、そこにいるみんなだけが、彼にとっての家族だったのだ。
「ただいま」
買い物に出掛けていたアウラが帰って来ると、出迎えてくれるのは太陽の家に住む他の子どもたち。
「お帰り、アウラ」
薄幸そうな雰囲気を身に纏う、眠そうな目をした少女の名は、リード・エイドレス。
彼女は多くの子ども達と共に、施設の外で遊んでいた。
丁度その時に、アウラが帰って来たのだ。
「ただいま、リード」
「遅い。のろま。馬鹿。アホ」
「言い過ぎじゃない?」
「お帰りアウラ兄ぃ!」
「お帰りー」
「アウラ兄ちゃんお帰り!」
アウラとリードは施設の最年長で、年は十二。
そして、同い年の最年長はもう一人だけいる。
「お帰りなさい。アウラ」
常に目を閉じた、赤みがかった茶髪の少年。先の尖った銀色の杖を持つ彼が、施設の中から出てきてアウラを迎え入れる。
「ただいま。ショウ」
この少年の名は、御影・ショウ。今よりも幼い頃に事故で家族を亡くし、自身は視力を失った。
それでも顔を下には向けず、いつもこの施設の皆をまとめている。アウラにとっては子ども達のリーダーのような少年だった。
「……応接室の前は、通らない方が良い」
「え? 誰か来てるの?」
「ああ。政府の役人が……ね」
「……」
しかしアウラは、応接室の前を通って事務室に向かった。
買い物を終えてきたことを報告するためだが、軽い気持ちで入った事務室の雰囲気は、重苦しく思えた。
故にアウラは、一度通り過ぎた応接室の話し声を、少しだけ盗み聞きする。
「……分かって頂きたい……」
「しかし……子ども達が……」
あまり聞き取れないが、政府の役人が来るという時点で、大体察することが出来てしまう。
ここ、クリシュナ共和国は、ノイド帝国の北東部と接している小さな国。
当時兵器実験などで各国から非難されることの多かった帝国の存在は、導火線を伸ばし続ける爆弾のような扱いをされていた。
そして、太陽の家があるサンライズシティは、帝国との国境に隣接している危険な地域。
仮にこの町で市街戦が行われるようならば、民間人は立ち退きを強要される可能性がある。
その旨の説明を、施設の職員は受けていたのだろう。
「アウラ」
盗み聞きしていると、ショウがリードと共に、廊下の奥から小声で窘めてきた。
仕方なくアウラは二人のもとに向かう。
「……盗み聞きは良くないわ。最低。下種。変態」
「二人とも……」
もしかしたら、太陽の家がなくなってしまうのかもしれない。
そのことに不安を抱いたアウラは、思わず下を向いてしまった。
「アウラ。リード。少し……良いかな」
ショウに言われて、二人は黙って付いて行く。
広間に出ると、ソファに座ってから彼は口を開いた。
「太陽の家がなくなれば……当然みんな離れ離れになる。でも、それでも良いとは思うんだ。全員が全員、他に住む場所を得られるのなら……ね」
「そうだよショウ。でも、そうじゃないから駄目なんだ。キミキみたいなこともある」
「……キミキ……」
リードは数年前、里親に引き取られた『キミキ』という名の子どものことを思い出していた。
その後、その子の身に起きた悲劇のことも。
「……ああそうだね。キミキは……彼女を引き取った『大人』の所為で、死んだ。いや……殺された。そうして……ここを出て、必ずしも幸福な未来が待っているわけではないということを、みんな思い知った」
「僕やリード、ショウならまだしも、他のみんなはまだ小さい。太陽の家が、ギリギリの経営で成り立っているのも知ってる。かといって、環境が突然変わったら……みんなが今まで通りの日々を送れるとも、思えない。楽観的に『大丈夫だろう』なんて言った結果が……キミキなんだから」
「「…………」」
幼さで言えば、この三人だって子どものままだ。
そんな彼らがこうして悩んでいる時点で、切迫した生活をしていることは明らかなのだ。
もしも戦争が本当に始まればどうなるか、子どもの彼らでも分かる。
「……戦争はきっと始まるだろう。分かるんだ。アウラ、リード。いずれこの場所は……いや、世界は……どうしようもない袋小路に追い詰められる」
「ショウ……」
「出来ることだけを考えよう。考え続けよう。たとえ、何も思い付かないとしても……」
ショウはいつも微笑みを崩さない。
だからアウラは、彼の本心を理解できた試しがない。
瞳の奥の色を窺おうにも、盲目のためにいつも閉じた彼の目は、一度だって見たことがない。
彼の心の内は、彼自身にしか分からないのだ、




