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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
二章【常しえを穿つ風】
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『帝国軍北三〇号基地完全鎮圧作戦』③

■ 帝国軍北三〇号基地 ■


 クロガネの接近を、察知することが出来ない帝国軍ではない。

 基地は全体を強固な壁に覆われていて、その内部には帝国軍にとって重要な情報管理施設が存在している。

 連合軍はまず、郭岳かくがく省における帝国軍内部の通信体制を揺るがすため、この基地における情報伝達活動を鎮圧させる作戦に出た。

 当然帝国軍はそのことを予見して、今もクロガネの接近に対して警戒態勢を敷いている。


「来ているぞッ! クロガネが来ているッ! 戦闘準備は万全か!? 誇り高きノイドの軍人たちよッ!」


 基地における作戦指揮の少佐、カムヒア・ディスプレイスは、兵たちを壁の上に並べている。

 現代兵器としての帝国軍の戦力は、唯一『個』のみ。

 戦車は無い。戦闘機も無い。

 天地における戦闘は全て、たった一人の『個』で代用できる。


「近付いてきているのは、たった一体のクロガネだッ! だが油断するなッ! 固有能力が判明するまでは、迂闊な攻撃を仕掛けるなッ! 全て遠距離攻撃に徹する! 徹するのだッ! 構えろライフル・ギアをッ! 隊列を決して乱すなッ! 良いな!? 誇り高きノイドたちよッ!」

「「「「「はッ!」」」」」



 そして、クロガネ・ソニックはアウラを乗せて高速で向かってくる。


「アウラッ! さあ初陣だッ! いくぜオイ!」

「初陣……それは違うよ、ソニック。僕は『戦わない』。僕は……誰も殺さない!」

「そうか! ならコイツァアレだ! …………なんだ!? そうだな……そいならここァ社交場ッ! ソシアルダンスの準備は良いか!?」

「君がリードしてくれるのなら」

「おめェのフォローを期待してるぜッ!」

「ボールルームは賑わってるよ」

「飛び入り参加だ! 魅了しようぜ!」

「気絶させよう。全員、漏れなく」

「感動する間も与えねェ!」

「目標、情報管制塔」

「伝達手段の完全鎮圧ッ!」

「誰も殺さず」

「当然死なず!」


「「これより作戦を遂行するッ!」」



 その初動、時間にして四秒フラット。

 ソニックの『サンダークラップ』は、並みのノイドには決して捉えきれない圧倒的スピード。

 壁の上で待機していたノイドたちは、その短い時間の間に、全員気絶させられた。


「ッ!? な……!」


 カムヒア少佐は何が起きたか理解できていない。

 だが、その経験側から、半歩後ろに下がる判断は早い。

 惜しむらくは、敵がそれををも上回る『速さ』であること。


「クラップショック!」


 パァンッという音と共に、カムヒア少佐も気絶して地面に落下する。

 ソニックの攻撃手段は、基本的に銃かその手の平。

 今回は『不殺』を掲げているため、音速の猫騙しによる衝撃で、激しいショックを引き起こしてみせた。


「危ないッ!」


 アウラは落下していくカムヒアを助けるために、ここで初めて()()()()()()()()()()()


「うおッ!?」


 そして落下する直前で彼を掴み、それからゆっくり地面に置いた。


「ソニック! 今の技は……大丈夫なのかな? 風圧で、内臓に影響を与えているかもしれない」

「し、心配すんな! ノイドは人間よりゃ頑丈よ! そ、それよかおめェ……」

「援軍が来たッ!」


 次の部隊を率いるドゥーア・コマンド大佐は、部隊を二つに分けた。

 一方はアウラたちの目標である情報管制塔を囲み、一方はアウラたちに突撃してきた。

 ソニックの能力を知られたため、彼らのスピードに対抗するためには防御を固めるべきだと判断したのだ。

 突撃する方は、第一陣、第二陣と分かれている。第一陣は、完全な囮。二人の隙を生み出し、第二陣に託すための囮なのだ。


「クソッ……! 流石に殺さずは無理か……!?」


 この状況を打開できる自信は、ソニックにはある。

 囮如きで生まれる隙など、ソニックにとっては刹那のもの。

 だがしかし、隙を狙った相手の攻撃を全て避けるためには、攻撃される前に攻撃するしかない。

 そしてその相手の攻撃が複数によるものならば、最早こちらが手加減する余裕は無い。


「……いや、やるよ。ソニック」

「何!?」


 アウラには、『筋道』が見えていた。彼の目は、敵の攻撃するタイミングを捉えている。手加減をする、余裕がある。


「僕に身を預けて! 全員殺さない……その覚悟をして、僕はここに来たんだ!」

「アウラ……!」


 ソニックはその身をアウラに託し、彼に自らの操作をさせた。

 すると驚くべきことに、アウラは向かってくる第一陣の攻撃を、全て紙一重で交わしつつ、先に第二陣への攻撃をしてみせた。


「クソッ! クソッ! 何で避けられるんだよォ!?」


 理不尽とも思えるような紙一重での回避を繰り返し、第二陣の部隊を次々に気絶させていく。

 全員ジェット・ギアで浮いているため、気絶させれたら落下するしかない。

 そしてこの高さから落ちたならば、万が一ということもある。

 全員が落下する前に、全員を気絶させる必要があるということだ。


「速く……もっと速くだ! ソニック!」


 ソニックの速さはまだまだ上がる。そして何より驚くべきは、アウラがその速度に完全に対応し始めていること。

 圧倒的速度での『手加減』を可能にする彼の精密動作は、既に人間に可能なレベルとは思えない。

 アウラは第二陣を全員気絶させると、そのまま回避され続けて統率が乱れた第一陣を、全員気絶させていった。


「ば、馬鹿な……。管制塔を守れッ! 何としても! 死んでも守り切れッ!」


 ドゥーア・コマンド大佐は、声を荒らげて更に防御体制を強める。


「いいや死なせないッ! 生かして破るッ!」


 アウラはソニックに、空中で気絶させたノイドたちをキャッチさせる。

 そして彼らを周辺の地面に置いてから、管制塔に接近していく。

 ドゥーア大佐が指揮する部隊の一掃。これの所要時間は──六・二七秒だった。


「管制塔を明け渡せ! そうすれば……誰も殺さない! さあ……早くしろッ! 早くッ!」


 アウラは、撃つ気もない銃をソニックに構えさせた。

 管制塔内にいる将官は、この状況にひたすら当惑している。


「ど、どうなっている……!? あ、アレは確か……そうだ。連合のクロガネ、『ソニック』のはず。だが聞いていない。ここまでの性能は……聞いていない……!」


 それもそのはず。今最もソニックの性能の強大さに驚いているのは、何を隠そうこのソニック自身。

 帝国軍が、把握しているはずもなし。


(アウラ、おめェは……)


 ソニックは銃を構えながら、『アウラ・エイドレス』が選ばれた意味を理解した。


「さあどうした!? 早く……早くしろ! 僕らの目的は、管制塔を破壊することだけだ!」

「ノイドを舐めるな人間ッ! そしてクロガネッ!」


 ドゥーア大佐は、真っ黒で分厚い機械を右腕に纏いながら、アウラたちの背後を取る。

 だが、アウラに見えていないわけがない。


「これは、帝国軍の尉官以上しか使用を許されんギア! 食らえ……キャノン・ギアッ!」


 巨大なロケットランチャー。対大型兵器用のそれは、当然(クロガネ)をも見据えた性能を持っている。

 ……が、当たらなければ意味は無い。



「クラップショック」



 ソニックは、最早何も言わずアウラに任せて攻撃する。

 ドゥーア大佐からしてみれば、瞬間移動かと思えるほどの速度で背後を取られ、やはり瞬時に気絶させられた。


「……無駄な損害を出すことに、意味は無い。……違いますか?」


 気絶したドゥーア大佐を抱えながら、アウラは再び管制塔に向かって語りかけた。

 内部にいる将官は、その声の正体が子どもだと気付き、歯を強く噛み締める。


「……こんなことが……こんなことが……あり得るのか……?」

「しょ、少将……」


 部下たちの声には怯えが乗っている。

 アウラの言葉の通りに行動するべきだ。最早、戦闘行為に意味は無い。

 それを、常識外れの彼らの実力によって、思い知らされた。


「…………管制塔を……明け渡す……」



 作戦遂行所要時間は、合計五分四十六秒。

 うち四分間は管制塔の破壊と、基地の情報管理システムの全処分に要した時間。

 残りの時間だけをわざわざ抽出し、それを戦闘所要時間と呼べる者は、恐らくこの世のどこにもいないだろう。

 それはまさに、『戦闘』とは呼べない代物だった。


「……疾風だ……」


 一瞬で全てを終わらせたそのクロガネを見て、一人のノイドはそう呟いた。

 やがて『彼ら』を形容する、その呼び名を──


     *


■ 国家連合軍総司令部 特殊部隊管理室 ■


 ステイト・アルハンドーラ中将は、部下と(イクス)MASK(マスク)から、作戦終了の報告を受けていた。

 といっても、軍人ではない(イクス)は、ただ付いてきているだけだ。


「これが、『永代の七子(エターナルセブン)』の実力です」


 ステイトは言葉を失っていた。

 作戦の成功に対し、喜びの感情は微塵もない。


「……馬鹿な……」

「何故困惑する必要があるのです。閣下」

「…………喜べというのか? 作戦の成功に対して」

「無論、そうですとも。これで証明されたはずです。クロガネに『戦闘』させるだけでなく、自身がクロガネの手足そのものとなって、意志を重ね合わせる……。アウラ・エイドレスは、見事に『同期シンクロ』を可能にしました。……ええ。喜ばしいことこの上ない。バッカス・ゲルマン以外に、初陣でそれを可能にした人間はこれまでいませんでした」

「……確かに証明された。だが……この結果は何だ?」

「? 何がです?」


 ステイトは、机に置いた報告書を少し強く握り、眉間に皺を寄せた。


「……敵の損害、死者ゼロ人。これは……一体どういうことだ?」

「どうもこうも……クク……そのままの意味では?」


 (イクス)は面白がっているが、ステイトは同じようにはなれない。

 彼は、とても恐怖していた。

 アウラが誰も『殺せなかった』のではなく、誰も『殺さなかった』という事実に。


「……理想とは、叶っては現実のバランスが崩れてしまうから理想なのだ。そして、子どもの理想ほど恐ろしいものは無い。誰も殺せず作戦を失敗したのなら、そんなに現実的な話は無い。だがしかし……作戦を成功させたうえで、誰一人殺さなかったという事実は……帝国軍にとっても、連合軍にとっても、恐怖でしかない。脅威をも上回る、恐怖でしか……」

「だから言ったでしょう?」


 (イクス)MASK(マスク)は、クククと笑いながらその面に手を触れた。


「彼らは、『化け物』なのだと」

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