『帝国軍北三〇号基地完全鎮圧作戦』③
■ 帝国軍北三〇号基地 ■
鉄の接近を、察知することが出来ない帝国軍ではない。
基地は全体を強固な壁に覆われていて、その内部には帝国軍にとって重要な情報管理施設が存在している。
連合軍はまず、郭岳省における帝国軍内部の通信体制を揺るがすため、この基地における情報伝達活動を鎮圧させる作戦に出た。
当然帝国軍はそのことを予見して、今も鉄の接近に対して警戒態勢を敷いている。
「来ているぞッ! 鉄が来ているッ! 戦闘準備は万全か!? 誇り高きノイドの軍人たちよッ!」
基地における作戦指揮の少佐、カムヒア・ディスプレイスは、兵たちを壁の上に並べている。
現代兵器としての帝国軍の戦力は、唯一『個』のみ。
戦車は無い。戦闘機も無い。
天地における戦闘は全て、たった一人の『個』で代用できる。
「近付いてきているのは、たった一体の鉄だッ! だが油断するなッ! 固有能力が判明するまでは、迂闊な攻撃を仕掛けるなッ! 全て遠距離攻撃に徹する! 徹するのだッ! 構えろライフル・ギアをッ! 隊列を決して乱すなッ! 良いな!? 誇り高きノイドたちよッ!」
「「「「「はッ!」」」」」
そして、鉄・ソニックはアウラを乗せて高速で向かってくる。
「アウラッ! さあ初陣だッ! いくぜオイ!」
「初陣……それは違うよ、ソニック。僕は『戦わない』。僕は……誰も殺さない!」
「そうか! ならコイツァアレだ! …………なんだ!? そうだな……そいならここァ社交場ッ! ソシアルダンスの準備は良いか!?」
「君がリードしてくれるのなら」
「おめェのフォローを期待してるぜッ!」
「ボールルームは賑わってるよ」
「飛び入り参加だ! 魅了しようぜ!」
「気絶させよう。全員、漏れなく」
「感動する間も与えねェ!」
「目標、情報管制塔」
「伝達手段の完全鎮圧ッ!」
「誰も殺さず」
「当然死なず!」
「「これより作戦を遂行するッ!」」
その初動、時間にして四秒フラット。
ソニックの『サンダークラップ』は、並みのノイドには決して捉えきれない圧倒的スピード。
壁の上で待機していたノイドたちは、その短い時間の間に、全員気絶させられた。
「ッ!? な……!」
カムヒア少佐は何が起きたか理解できていない。
だが、その経験側から、半歩後ろに下がる判断は早い。
惜しむらくは、敵がそれををも上回る『速さ』であること。
「クラップショック!」
パァンッという音と共に、カムヒア少佐も気絶して地面に落下する。
ソニックの攻撃手段は、基本的に銃かその手の平。
今回は『不殺』を掲げているため、音速の猫騙しによる衝撃で、激しいショックを引き起こしてみせた。
「危ないッ!」
アウラは落下していくカムヒアを助けるために、ここで初めて自らがソニックを動かす。
「うおッ!?」
そして落下する直前で彼を掴み、それからゆっくり地面に置いた。
「ソニック! 今の技は……大丈夫なのかな? 風圧で、内臓に影響を与えているかもしれない」
「し、心配すんな! ノイドは人間よりゃ頑丈よ! そ、それよかおめェ……」
「援軍が来たッ!」
次の部隊を率いるドゥーア・コマンド大佐は、部隊を二つに分けた。
一方はアウラたちの目標である情報管制塔を囲み、一方はアウラたちに突撃してきた。
ソニックの能力を知られたため、彼らのスピードに対抗するためには防御を固めるべきだと判断したのだ。
突撃する方は、第一陣、第二陣と分かれている。第一陣は、完全な囮。二人の隙を生み出し、第二陣に託すための囮なのだ。
「クソッ……! 流石に殺さずは無理か……!?」
この状況を打開できる自信は、ソニックにはある。
囮如きで生まれる隙など、ソニックにとっては刹那のもの。
だがしかし、隙を狙った相手の攻撃を全て避けるためには、攻撃される前に攻撃するしかない。
そしてその相手の攻撃が複数によるものならば、最早こちらが手加減する余裕は無い。
「……いや、やるよ。ソニック」
「何!?」
アウラには、『筋道』が見えていた。彼の目は、敵の攻撃するタイミングを捉えている。手加減をする、余裕がある。
「僕に身を預けて! 全員殺さない……その覚悟をして、僕はここに来たんだ!」
「アウラ……!」
ソニックはその身をアウラに託し、彼に自らの操作をさせた。
すると驚くべきことに、アウラは向かってくる第一陣の攻撃を、全て紙一重で交わしつつ、先に第二陣への攻撃をしてみせた。
「クソッ! クソッ! 何で避けられるんだよォ!?」
理不尽とも思えるような紙一重での回避を繰り返し、第二陣の部隊を次々に気絶させていく。
全員ジェット・ギアで浮いているため、気絶させれたら落下するしかない。
そしてこの高さから落ちたならば、万が一ということもある。
全員が落下する前に、全員を気絶させる必要があるということだ。
「速く……もっと速くだ! ソニック!」
ソニックの速さはまだまだ上がる。そして何より驚くべきは、アウラがその速度に完全に対応し始めていること。
圧倒的速度での『手加減』を可能にする彼の精密動作は、既に人間に可能なレベルとは思えない。
アウラは第二陣を全員気絶させると、そのまま回避され続けて統率が乱れた第一陣を、全員気絶させていった。
「ば、馬鹿な……。管制塔を守れッ! 何としても! 死んでも守り切れッ!」
ドゥーア・コマンド大佐は、声を荒らげて更に防御体制を強める。
「いいや死なせないッ! 生かして破るッ!」
アウラはソニックに、空中で気絶させたノイドたちをキャッチさせる。
そして彼らを周辺の地面に置いてから、管制塔に接近していく。
ドゥーア大佐が指揮する部隊の一掃。これの所要時間は──六・二七秒だった。
「管制塔を明け渡せ! そうすれば……誰も殺さない! さあ……早くしろッ! 早くッ!」
アウラは、撃つ気もない銃をソニックに構えさせた。
管制塔内にいる将官は、この状況にひたすら当惑している。
「ど、どうなっている……!? あ、アレは確か……そうだ。連合の鉄、『ソニック』のはず。だが聞いていない。ここまでの性能は……聞いていない……!」
それもそのはず。今最もソニックの性能の強大さに驚いているのは、何を隠そうこのソニック自身。
帝国軍が、把握しているはずもなし。
(アウラ、おめェは……)
ソニックは銃を構えながら、『アウラ・エイドレス』が選ばれた意味を理解した。
「さあどうした!? 早く……早くしろ! 僕らの目的は、管制塔を破壊することだけだ!」
「ノイドを舐めるな人間ッ! そして鉄ッ!」
ドゥーア大佐は、真っ黒で分厚い機械を右腕に纏いながら、アウラたちの背後を取る。
だが、アウラに見えていないわけがない。
「これは、帝国軍の尉官以上しか使用を許されんギア! 食らえ……キャノン・ギアッ!」
巨大なロケットランチャー。対大型兵器用のそれは、当然鉄をも見据えた性能を持っている。
……が、当たらなければ意味は無い。
「クラップショック」
ソニックは、最早何も言わずアウラに任せて攻撃する。
ドゥーア大佐からしてみれば、瞬間移動かと思えるほどの速度で背後を取られ、やはり瞬時に気絶させられた。
「……無駄な損害を出すことに、意味は無い。……違いますか?」
気絶したドゥーア大佐を抱えながら、アウラは再び管制塔に向かって語りかけた。
内部にいる将官は、その声の正体が子どもだと気付き、歯を強く噛み締める。
「……こんなことが……こんなことが……あり得るのか……?」
「しょ、少将……」
部下たちの声には怯えが乗っている。
アウラの言葉の通りに行動するべきだ。最早、戦闘行為に意味は無い。
それを、常識外れの彼らの実力によって、思い知らされた。
「…………管制塔を……明け渡す……」
作戦遂行所要時間は、合計五分四十六秒。
うち四分間は管制塔の破壊と、基地の情報管理システムの全処分に要した時間。
残りの時間だけをわざわざ抽出し、それを戦闘所要時間と呼べる者は、恐らくこの世のどこにもいないだろう。
それはまさに、『戦闘』とは呼べない代物だった。
「……疾風だ……」
一瞬で全てを終わらせたその鉄を見て、一人のノイドはそう呟いた。
やがて『彼ら』を形容する、その呼び名を──
*
■ 国家連合軍総司令部 特殊部隊管理室 ■
ステイト・アルハンドーラ中将は、部下とX=MASKから、作戦終了の報告を受けていた。
といっても、軍人ではないXは、ただ付いてきているだけだ。
「これが、『永代の七子』の実力です」
ステイトは言葉を失っていた。
作戦の成功に対し、喜びの感情は微塵もない。
「……馬鹿な……」
「何故困惑する必要があるのです。閣下」
「…………喜べというのか? 作戦の成功に対して」
「無論、そうですとも。これで証明されたはずです。鉄に『戦闘』させるだけでなく、自身が鉄の手足そのものとなって、意志を重ね合わせる……。アウラ・エイドレスは、見事に『同期』を可能にしました。……ええ。喜ばしいことこの上ない。バッカス・ゲルマン以外に、初陣でそれを可能にした人間はこれまでいませんでした」
「……確かに証明された。だが……この結果は何だ?」
「? 何がです?」
ステイトは、机に置いた報告書を少し強く握り、眉間に皺を寄せた。
「……敵の損害、死者ゼロ人。これは……一体どういうことだ?」
「どうもこうも……クク……そのままの意味では?」
Xは面白がっているが、ステイトは同じようにはなれない。
彼は、とても恐怖していた。
アウラが誰も『殺せなかった』のではなく、誰も『殺さなかった』という事実に。
「……理想とは、叶っては現実のバランスが崩れてしまうから理想なのだ。そして、子どもの理想ほど恐ろしいものは無い。誰も殺せず作戦を失敗したのなら、そんなに現実的な話は無い。だがしかし……作戦を成功させたうえで、誰一人殺さなかったという事実は……帝国軍にとっても、連合軍にとっても、恐怖でしかない。脅威をも上回る、恐怖でしか……」
「だから言ったでしょう?」
X=MASKは、クククと笑いながらその面に手を触れた。
「彼らは、『化け物』なのだと」




