『帝国軍北三〇号基地完全鎮圧作戦』②
■ ノイド帝国 郭岳省 ■
この郭岳省は、現在の戦争が始まった場所である『粕機土内海』を有している、帝国とオールレンジ民主国の国境付近の大都市。
開戦から今に至るまで、常に戦火が広がっている場所でもある。
連合軍は、オールレンジの東端に接するこの郭岳省を完全攻略することで、西側から帝国の領土全体に攻め入ろうと考えている。
だが帝国軍はその防衛に徹し、今なお崩れていない。
そして現在、連合軍は新たな作戦でもって、この帝国の鉄壁都市を攻略しようと目論んだ──
「は、速い……ッ!」
アウラ・エイドレスはソニックのコックピットの中で、その移動速度による圧から、必死に耐えていた。
爽やかな彼の若緑色の髪は、風によってなびいている。
「そうさ相棒ッ! 俺ァソニック! 何でそんな名前かって!? 音速みてェに速ェからよッ! この世に俺より速い生物はいねェ! いや! 多分! いねェはずだ!」
「そ、その『相棒』って呼び方止めてよ。アウラでいい」
「そ、そうか……? 分かったぜアウラ!」
ソニックは、風を切って物凄い速度で上空を飛び続けている。
スピードだけでなく切り替えも速い彼は、移動しながら作戦の確認をする。
「良いかアウラ! 俺達の目的は、この先にある帝国軍北三〇号基地の完全鎮圧だッ! 真っ直ぐそこにだけ向かっていくぜッ!」
「し、下で……戦ってる人がいる……!」
高速で移動しつつも、アウラの目で確認できる程度には、地上での争いも激しい。
「無視だッ! 無視無視ッ! いちいち地上の奴らと戦ってたら時間が足りねェ! ああ足りねェのさ!」
アウラは地上の戦いを見つめ、息を飲んだ。
コックピットからは、モニターによって外の様子が見えるようになっているのだ。
「戦車が……負けてる……!?」
「よく見えてんなァアウラ! そうさ! 昨今の帝国軍のノイドは、戦闘用ギアの開発によって、『個』の戦闘力が格段に上がってやがる! そのために連合軍は、俺達鉄の力を借りようって話になってんのよ!」
「き、君らは一体……何なんだよ……?」
「鉄はなァ、暇なんだよ! 人生が! 『人生』って言い方で良いのかはともかく! 寿命がねェから、普通に生きてりゃ死ぬこともねェ! だから暇潰しに、人間に力貸してやってんのよォ!」
「……ふさけてる。戦争するために力を貸すなんて……」
「逆逆! 戦争を終わらせるために力貸してんのさ!」
「……君が戦うなら、僕は要らないんじゃ……」
「違うぜアウラ! さっき言ってたろ中将の旦那が! 俺達鉄は、人間に乗ってもらわねェと戦えねェのさ!」
「……何で……?」
「そういう『意志』が、俺の脳にプログラムされてねェようでな! 人間と同化して、人間の『意志』を頂かねェと、固有能力すら使えねェ!」
「『固有能力』……?」
「俺達鉄に備わった、唯一無二の特殊能力よ! そんでもって俺の能力は……『サンダークラップ』ッ!」
その言葉と共に、ソニックの移動速度が更に跳ね上がる。
確かにその速度は最早、『音速』と言っても良いほどだった。
「うぐッ……!」
「飛ばすぜアウラッ! 風みてェになァ!」
コックピットの中にいなかったら、風圧でアウラも無事では済まなかっただろう。
それだけの速さ。圧倒的スピード。これこそが、ソニックの『サンダークラップ』の威力なのだ。
*
凄まじい速さで目的地周辺に到着したソニックは、上空からその様子を窺っていた。
「……あそこが、帝国軍北三〇号基地だぜ。アウラ」
「……どこ?」
モニターのどの画面を見ても、それらしき姿は見受けられない。
だが、ソニックの目には見えている。
「俺の視界を共有してやるぜ」
すると、背に付けた管でソニックと繋がっているためか、アウラの視界はソニックの視界へと変わる。
「……! み、見える……! あ、あんな遠くにあるのに……」
「ま、これくらいは基本性能だな。小銃とかも、標準装備でどの鉄も持ってるぜ」
「……ま、まるで初めから、戦うために生まれてきたみたいじゃないか……」
「ハッ! そうかもなァ!」
基地の様子を窺って、アウラは心臓の鼓動を抑えきれない。
これから自分のすることを考えると、呼吸すらまともに行えない。
「……なァアウラ。おめェ……自分が何で鉄の『搭乗者』に選ばれたか、理解してんのか?」
「……してないよ」
「俺にゃ分かる。何も聞かされてねェけどなァ。……鉄ってのァ、『感情』豊かなガキの方が、その性能を上手く引き出せる。そんでもってそもそも、鉄乗りになれんのァ、選ばれたヒト種だけ……」
「選ばれた……ヒト種……」
「才能さ。百パーセント才能だぜ。その鉄と適合する奴だけが、その鉄と同化できる」
「……」
「ノイドとオリジナルギアの関係に似た感じだぜ。知ってっか?」
「聞いたことは……ある……かも」
「連合の中にゃ、その鉄に適合可能な人間を、見つけられる男がいんのよ。おめェもそいつに見つけられた。覚えがあるはずだぜ」
「…………」
アウラは確かに、そんな男の存在に覚えがあった。
あの、常にフードを被り、バッテン印の仮面を付けた男のことだ──
「……僕は、君を戦わせるために利用された……ってこと?」
「だァから少し違うんだよ! おめェ以外にも! いることにゃいるはずなんだよッ! 俺に乗れる人間は! むしろ、おめェを戦わせねェといけねェ理由があったんだろうよ!」
少しだけソニックが苛立ちを見せ始めたのは、アウラがどうにも、戦いたくなさそうだったからだ。
アウラを責めているのではなく、アウラを選んだ上の判断に対しての憤りだ。
「……そうだね。子どもの僕の方が、君の性能を引き出せる可能性があった……。だからこそ僕が選ばれたんだ。それが……『永代の七子』計画……」
「……何だと?」
アウラは少しだけ、ほんの少しだけ前のことを思い出していた。
そして、今ここに自分がいる理由を、いなければならない理由を再確認する。
今から逃げることは、決して出来ない。
「……なァアウラ。帰るか? 俺ァ別にその……おめェと無理にコンビ組む気はねェぜ?」
「……でも、僕には逃げ場が無いんだ。無いんだよ……」
「……けんども戦いたくねェんだろ? 俺にゃ分かる」
「戦いたくないよ。当たり前じゃないか。でも、そんな甘えたことを言える状況じゃない。僕は勇気を出さなきゃいけないんだ。ノイドを……人を殺す……勇気を……!」
ソニックは、大きく声を荒らげて頭を掻くような仕草を取った。無論、その巨体でだ。
「ッだァクソッ……クソッ……! 違ェよ……そいつは違ェよアウラ……!」
「え……?」
「『勇気』ってのァ、人を殺さない誓いを立てる時にこそ、使う言葉だぜ。『甘えるな』ってのァ、暴力に訴えるなって意味なんだぜ。ああ……そうさ。きっとそのはずさッ! おめェは戦わなくたって良いんだ! 逃げて良いはずだろうが! アウラ!」
「ソニック……」
アウラは悲しげな表情のまま目を伏せた。
だが同時に、彼は驚くべき発想に至る──
「………………なら、その『勇気』を、僕は今から出したい」
下を向いたまま、彼はその眼光の奥に光を生み出していた。
「何ィ?」
「……『完全鎮圧』っていうのは、『制圧』とかとは違うんでしょ? それならそうだ。僕は、君の言う『勇気』を出したい。誰も殺したくない。だからその誓いを立てるために必要な、そんな『勇気』を出したいんだ……ッ!」
「……おめェ……」
「頼むよソニック。僕に……力を貸してほしい」
アウラの表情が見えるわけではないが、ソニックは、そんな彼の言葉に『希望』を見出していた。
故に、返事は決まっている。その実現難易度の低さなど、そこには関係ない。
「あたぼうよォッ!」




