『帝国軍北三〇号基地完全鎮圧作戦』
◇ 界機暦三〇三一年 二月十日 ◇
■ 国家連合軍総司令部 特殊部隊管理室 ■
その人間の男、ステイト・アルハンドーラは、この特殊部隊管理室の室長を務め、同時に連合軍の中将の立場にあった。
元々は軍人ではなかったのだが、その才能を見抜かれて、引き抜かれるようにして連合軍に入ることになった。
ただし、軍に対する考え方は少々懐疑的で、周囲からもそれを理由に距離を置かれている。
結果としてその階級とは裏腹に、『特殊部隊管理室室長』という不透明な立場を受け持つ羽目になっていた。
……と、彼は今まで思っていた。
「……何だと?」
部下からの報告を受け、彼は動揺していた。
「……つまりステイト中将。『永代の七子』計画の実行を、中将の指揮をもとに行うようにとの、お達しです」
「……馬鹿な……。計画は……机上の空論だった。ああ間違いない。不可能と揶揄されていたはずだ。私自身、お飾りの室長だった。そうだろう?」
「いえ。ステイト中将。閣下はそのお力を活かすため、この特殊部隊管理室の室長になられたお方です。一体誰が、閣下を『飾り』だなどと形容できましょうか」
部下はそう言うが、他所の者に陰ながらそう囁かれていた事実は確かに存在している。
だが、低い立場の者に机上の空論だなどと思われていたその計画は、実は上層部にとって実現可能な計画として見込まれていた。
「……『永代の七子』……。私は何も聞かされていない。いずれにしろ、置物であることに変わりはないはずだが」
「いいえ、ステイト中将。閣下の役目は、『彼ら』の戦闘指揮監督です。それ以外の役を負う義務は、全くございません。そもそもこの計画は第一級秘匿事項。実現可能となった今の今まで、秘密裏に『彼ら』を収集していた事実は、閣下であってもお知らせするわけにはいかなかったのです」
「……フン。随分と蔑ろにされていたものだな」
「大変申し訳ございません」
「……それで? その『永代の七子』とやらは……どこにいる?」
ステイトがそう言うと、部下は頷いて扉を開けた。
すると、奇妙な組み合わせの二人の人間が現れる。
一人は室内なのにフードを被った、バッテン印の書かれた仮面を付けている男──と思われる人間。
もう一人は若緑色の髪でどこか怯えている、小さな少年だ。
「何だ……?」
異様な組み合わせの二人組を前に、ステイトは困惑気味だ。
そこで説明するのは部下ではなく、仮面の男の方だった。
「お初にお目にかかります、閣下。私には名がありません。そのおかげで総司令の懐刀をさせて頂けている、それだけの存在。総司令には……『X=MASK』、あるいは縮めて『X』と呼ばれております」
大仰に会釈をするその姿からは、慇懃無礼な思惑が覗える。
詰まるところ総司令の懐刀であっても、軍の人間ではないと主張しているのかもしれない。
ステイトは、この男には自分から何か命令をする意味は無いだろうと悟った。
「……そうか。X、貴様が『永代の七子』計画を裏で動かしていたのか」
「仰る通りです、閣下。そして、計画は遂に実行段階へと移りました。その初陣は……『彼』に任せるべきだと判断します」
Xは少しだけ中腰になりながら、隣にいた少年の両肩を掴んだ。
少年はこの男に触れられて震えを増している。
それは単なる恐怖ではなく、嫌悪感のようなものが原因に見えた。
「……まさか、本当に……本当に、そのような子どもに、任務を任せろというのか?」
「何か問題が?」
「……ッ」
部下たちも何も言わない。この中でそんな常識的倫理観を持つのは、どうやらステイトのみだった。
そもそも、ここにいる部下たちも皆、総司令の傀儡。軍に所属しているだけで、Xと似たような立場だ。
ステイト個人に忠誠を誓っている者など、一人もいない。
「……さあ。自己紹介を」
イクスが静かにそう促すと、少年は一歩前に出た。
一瞬イクスを睨んだように見えたが、気のせいではない。
「……ぼ、僕は……僕は、アウラ。アウラ……エイドレス」
「……戦えるのか? 本当に……。これから自分がすることを、理解できているのか?」
「……いけしゃあしゃあと……!」
「……!?」
小声で聞き取りづらかったが、確かに少年は今、恨み言を呟いた。
ガンッ
突然。Xが少年の頭を殴る。
「!? な、何を……」
「? 何故です? 『教育』は必要でしょう? 閣下」
思わずステイトは息を飲んだ。このXという男には、最早人の心が無い。
殴られた少年は、頭を抑えながらXのことを睨んでいた。
「……それは愚かな行為だ。X=MASK」
「……何故ですか?」
計画自体は把握していた自分が、今更道徳的な観点でXを責める権利はない。
そう考えたステイトは、また別の方向から彼を責め立てる。
「彼は……その子は、こちらの重要な戦力だ。軍人でもない貴様が、暴力を振るい、傷つけることは許されない。加えて、暴力による教育に意味など無いことは、歴史が証明している」
「……なるほど。ごもっともだ。ええごもっともですよ閣下。ただし……それは、彼が人間ならばの話だ。人間の常識を当てはめるのはナンセンス。何故なら彼らは……『化け物』なのですから」
少年は、Xだけでなくステイトのことも睨み付けている。
それを受けてステイトは、ただ虚しく息を吐くだけだった。
「……化け物ならばなおのこと。暴力で従うとは限らない」
「……ふむ。確かにそうかもしれませんね。ですが総司令の方針は覆りませんゆえ。教育方針をここで議論する必要は無い。貴方は、ただ命令すれば良いのです。先程部下が言っていたでしょう? 貴方の役目は……それだけだと」
このやり取りを見て、アウラもステイトの立場を少し理解した。
彼は、とても聡い少年だったのだ。
「……アウラ・エイドレス」
「……はい」
二人の目は、共に黒く滲んでいた。
「最初の任務を──貴様に命じる」
*
◇ 同日 午前十時 ◇
■ 連合軍第六特殊鉄格納庫 ■
アウラはステイトに連れられ、この格納庫にやって来た。
そこには様々な兵器が置いてあるわけでも、数多くの整備士がいるわけでもない。
ごく少数の整備士と、たった一体の──鉄がいるだけ。
「これ……は……」
目の前にいるのは、風を切るように尖った装甲の、機械生命体・『鉄』。
色はコバルトグリーンを基調とし、鉄で出来ているためか、銀色の部分が点々と見受けられる。
「コイツが、鉄だ」
「!?」
アウラにとって、鉄に会うのはこれが初めての経験だった。
「……戦術兵器とも言われるが、その実態は、巨獣型機械生命体。デウス神によって、今でも世界のどこかに生み出されていると言われる……謎多き生物だ」
「これが……鉄……」
その時、目の前の鉄の目が光った。
「『これ』たァ結構な物言いじゃねェかッ! 人間のガキンチョッ!」
見た目からは想像できない、軽い声。だがそれは、確かに機械音声のようだった。
「しゃ、喋った……」
「そりゃ喋るだろうよォッ! 俺を誰だと思ってる!? シッシッシ!」
「……」
アウラは驚きの余り絶句した。喋った事実より、その人間らしさに驚いている。
「ソニック。まだ整備が終わっていません。動かないでください」
「お、おう……済まん」
浅黒い肌をした整備士の女性に言われ、その鉄──ソニックはシュンとして頭部を下ろした。
完全に思考がショートしている様子のアウラを見て、ステイトはそれでも説明を続ける。
「安心しろ。鉄は『戦闘』が出来ない。神によってそう定められている。だがしかし……『ヒト』と同化すれば、その限りでなくなる。もしかすると、罪深き我々の争いを終わらせるために、神が遣わした使者なのかもしれんが……それはまあいい。とにかく分かっているのは、鉄を利用して戦うには、『ヒト』が不可欠ということだ」
「『ヒト』って……ノイドも……?」
「…………何故かは分からんが、ノイドと同化できる鉄は、古代の鉄に限られる。この世に残存する鉄のほとんどは、人間としか同化できんのだ」
そこまで説明すると、ソニックは身を乗り出して話に入ってくる。
「一応言っとくぜッ! ちなみに俺ァ、そりゃあもう若モンも若モンッ! 最近生まれたばっかの新参よォ!」
「動かないでください。ソニック」
「あ、済まん……」
ソニックの言葉を聞いたアウラは、一つの疑問を抱く。
「……『生まれた』って……どこで?」
「良い質問だッ!」
「ソニック」
ソニックはまたもシュンとして、落ち着きながら続ける。
「俺ァな、気が付いたら『そこ』にいた。『そこ』ってのァ、海の『底』さ。で、人間に引き上げられた。別にまあ、海底生活も悪かなかったがなァ……。魚さんは言葉が通じねェもんで、寂しくってよォッ!」
「……それで、戦争に加担したんだ」
「おうッ!?」
ソニックは、酷く冷たいアウラの言葉を受けて、その体格差がありながら、思わず仰け反った。
「ソニック……」
もう浅黒い肌の女性整備士は、諦める。
「……おい、中将の旦那」
「何だ?」
もちろんソニックは、ステイトと既に面識がある。
彼は気さくで、誰に対しても似たような態度で接することが出来ていた。
「……何でガキンチョがここにいる? 何しに連れて来たのよ」
「……彼が、貴様の新しい『搭乗者』だ」
「!?」
ソニックは驚きの余り目と口を大きく開いていた。機械の体だが、そこは生物。きちんと動く。
「……ハ……ハハ……ハハハハハハハッ! そいつァ面白ェ! おう相棒ッ! これからよろしく頼むぜオイッ!」
「……僕が……相棒……?」
分かっていない様子のアウラを見て、ステイトは続ける。
「……貴様には、この鉄に乗ってもらう。この鉄にエネルギーを供給し、共に戦うのだ。世界の為に」
「……世界の為に……?」
アウラは眉をひそめた。大義名分という奴が、彼はあまり好きではない。
「……」
「どうした相棒ッ! 仲良くしようぜ! なァ!」
明るく声を掛けるソニックに向かって、アウラは複雑な表情のまま顔を上げた。
「……僕は……」




