『リーベルの決闘』②
◇ 数分後 ◇
「……ユウキ……」
民間人を避難させつつ安全な場所に移動してきたユーリは、ユウキの安否をひたすらに願っていた。
彼女は静かに、左腕に巻いた機械の腕輪に触れる。それは、引っ張ることの出来る紐が付いた腕輪だ。
腕輪の感触を右手で確かめ、左の拳を胸に当てて上を見上げる。
そして、彼女の願いは……。
*
目が覚めた時、ユウキは自分の前でカインが倒れていることに気付いた。
「……カイン……!? オイッ! 大丈夫かカイン!」
「気絶してるだけだよ」
その声を聞いて、ユウキは顔を上げた。
目の前には──『二体』の鉄がいる。
「な……」
だがしかし、そのうち一体は既に倒れている。
いや……もしかしたら、亡くなっているのかもしれない。
そしてその一体こそは、あの〝幻影の悪魔〟・イビルだった。
「……彼らは、僕が殺した」
「!?」
そして、もう一体の鉄の腹が開き、そのコックピットにいる一人の少年が露わになる。
カインと同じか、それより少し年上の少年だ。
そよ風でなびくその髪は若緑色で、陽の光を浴びて艶が出ている。
そして彼の乗る鉄は、コバルトグリーンと銀色の混ざった装甲で、全身が風を切るように尖っていた。
「……バッカス・ゲルマン准将は……重大な軍規違反を犯したから、僕が処分したんだ」
「処分した……? お前が……コイツらを……」
「……」
視線を落とし、どこか意味ありげな表情を見せ、少年はその鉄の腹を閉じた。
「おい待てッ! お前は──」
「……俺達ァ風。世界を戦がす、ただ一陣の風だ」
「……風……?」
その鉄はそれだけ言って、鋭利な翼をはためかせて飛び上がる。
ユウキは、この二人にも自身の名を聞かせなければならないという衝動に駆られた。
「俺はユウキ・ストリンガー。紡げよ俺の名。お前らの魂と共に」
「……僕はアウラ。アウラ・エイドレス」
「俺ァソニック!」
「……僕らの名が、貴方の魂に流れますように」
それだけ言って、アウラとソニックはイビルの亡骸を抱いてこの場から去っていく。
結局ユウキは、自身が気を失っている間に何が起きたのか、分らぬままだった。
*
◇ 数時間後 ◇
ユウキは傷だらけで動けず、アウラという少年とソニックという鉄を見送ってすぐまた気絶した。
それから数時間して目を覚ますと、彼の傷は癒えていた。
ノイドの体は人間と違い、自然回復機能がかなり発達しているのだ。
そして町の被害が軽度であることを確認すると、もう彼とユーリはこの町を去ることにする。
「……無茶したね。また」
「……叩いてくれよ。俺は結局変わんねェんだ」
「……ごめん」
「あん?」
ユーリは目を伏せている。
彼女は、バッカスとイビルの襲来に際し、ユウキの力になることが出来なかった。
強い言葉をぶつけたのに、やはり彼にしか頼れない自分が、情けなく感じたのだ。
「……偉そうなこと言ったけど、結局貴方がいないと……ユウキがいないと、アイツらにこの町は滅茶苦茶にされていたかもしれない。私は焦ってたんだと思う。失うことを恐れていたのは、私の方。ユウキに死んでほしくないからって……酷いことを言ってしまった」
ユウキは感謝こそすれ、ユーリを責める気など全くなかった。
確かに彼女のおかげで、彼は自分が生死のどちらを望んでいるかを、理解できたのだ。
「……ばぁか」
「あた」
ポコッと、優しく彼女の頭を叩いた、
「今日はまあ仕方なかったが……これからは気を付けるさ。でも俺は、言われないとすぐ無茶する男だ。そういう男だ。だから、お前みたいな奴が隣にいると助かんだよ。ブレーキ役……頼むぜ! 相棒ッ!」
「……今更だけど、『相棒』って何?」
「なんかシンパシー感じんだよ! お前だってそうだろッ!? なァオイッ!」
「おいおい……」
ユーリは微笑みながら息を吐いた。若干冷や汗が流れたが、隣のこの男に『相棒』と言われること自体は、悪くない。
「待ってッ!」
母船のもとに帰ろうとした矢先、ハンチング帽の少年ノイド──カイン・サーキュラスが二人の前に現れた。
「何だァ? どうした?」
「……俺も……俺も連れてってッ!」
「!」
反戦軍のメンバーは、若者が多い。だが、その中でもカインほどの年の子どもは、流石にいない。
「……悪いがカイン、俺もそこまで大人じゃねェ。ガキの面倒を見ることなんざ出来ねェよ」
「俺は一人なんだ」
「……ッ!」
「……誰かに面倒を見てもらった経験なんか……ハルカだけしかなかった。今だってホントは、悪い人のとこで、悪い大人になるための勉強させられてるだけなんだ。お、俺……他の生き方が分からないから……」
「……」
一年前、リーベルから逃げ切ることが出来なかったカインは、被害に巻き込まれた。
怪我が治るまでの間に、それまでしていた職業訓練所との契約は、途絶えてしまったのだ。
今の彼は、ずっと誰かに助けを呼びたかった。
この町に来たのもそのため。もしかしたら世間で〝英雄〟と呼ばれ始めている、あのユウキ・ストリンガーに会えるかもしれないと思ったのだ。
スピニング・ギアを渡すためというのは、その建前。
「一人は嫌なんだッ! お願いだよ……俺も連れてってッ! 力になるからッ! 雑用でも何でもするからッ!」
「……カイン……」
二人の返答は決まっていた。
互いに目を合わせて頷き合うと、カインに対して背を向ける。
「……おっと、結んでおくぜ」
ハチマキが緩んでいることに気付き、ユウキは締め直した。
そしてユーリを抱えると、ジェット・ギアを起動する。
「兄貴!」
「何してんだ? ジェット・ギア持ってねェのか? それなら……来いッ! 二人抱えて飛んでやるぜ!」
「……!」
カインは心の底から嬉しそうな表情になり、目から涙も零れていた。
「ほらほらどうした!? 置いてっちまうぜ!?」
「うんッ!」
新たな仲間を加え、ユウキたちは母船に帰っていくのだった。
*
■ 北インドラ海 戦艦ディープマダー ■
▪ メインブリッジ ▪
「……というわけで! 新しい仲間、カイン・サーキュラスだッ!」
事情を粗方説明して、ユウキはカインを反戦軍の仲間たちに紹介する。
ただ、歓迎ムードなメンバーの中で一人、アカネは不安そうにユーリに対して耳打ちをする。
「……だ、大丈夫なの? まだ子どもなのに……」
「そもそもこの反戦軍だって、ほとんどのメンバーが若者でしょ? それに……カインは『オリジナルギア』を使える」
「え!?」
「……ああ見えて、それを使用可能な状態にするまで努力してるんだよ。オドオドしてるけど……身体能力は、多分訓練した人間よりは上」
「……ッ」
それが本当なら、取り敢えず他の人間のメンバーよりは死亡する危険が薄い。
むしろ、戦力に数えられる可能性も出てくる。
「えっえっえっ。ユウキとユーリが認めたんだ。あたしらはその判断を信じるよぉ」
「ありがとう、おばば」
「……これも運命かねぇ。オリジナルギアを持つ少年……世の中全体探しても、そうそう見つかるもんじゃないってのに……」
「……そうですね」
確かに当たり前のように仲間になったが、これは奇跡のようなものだ。
ハルカにとっての失敗作だったオリジナルギアが、カインに適合した奇跡。
そのカインが、ユウキと出会い、彼に付いて行きたいと言ってきた奇跡。
そして、この場にいる者の誰もまだ、この『奇跡』の程度を理解できていなかった。
「よしッ! カイン、今日はお前の歓迎会やろう! ロケア! 宴会芸とか出来るよな!?」
「フフ……」
眼帯を付けた情報通信担当・ロケアは、その渋い顔のまま、微笑みつつ涙を流していた。
「またユウキさんがロケアさん泣かしてます!」
「はは……」
そしてカインは、早くもこの場所に居心地の良さを感じ始めるのだった──
*
▪ 食事室 ▪
戦艦内の食事室では、些細な歓迎会が開かれていた。
別に豪華な食事が出るわけではないが、普段別々の時間に食事しているメンバーが、同時に集まって食事をする。
それだけで、非日常感は出せていた。
『それでは、次のニュースです』
楽しみながら食事して酒を飲んでいる中、そんな放送が聞こえた。
食事室の真ん中にある、テレビから発せられる放送だ。
理由は無いが、ユウキはその放送が目に留まった。
「何だ?」
ニュースの映像は、放送局のアナウンサーの姿から、別のものに移り変わる。
次第にこの場にいる全員がそのニュースに目を向け始める。
何故なら、その映像に移ってるのは──
『国家連合では先程、国際貿易事務局長によって、ノイド帝国に対する経済制裁に関する、記者会見が行われました』
国家連合とはすなわち、ノイド帝国軍と戦っている連合軍の上層部。
反戦軍の彼らにとって、無関係なはずがない組織だ。
だがそれとは全く関係ない理由で、ユウキとユーリの二人は、ガタッと音を鳴らしながら立ち上がった。
「な……」
「……ッ!」
ユウキは愕然とし、ユーリは憤りを露わにしている。
テレビに映っているのは、国際貿易事務局長による、記者会見の映像。
『……これは世界全体に対して脅威を示し、和平案を拒絶した帝国の、自業自得とも言える結果です』
「コイツは……ッ!」
ユウキは思い出した。
たった今、テレビに映っている国際貿易事務局長の男は、その容姿は、一年前に見たことがある。
あのリーベル進撃の日に、見たことがあるのだ。
「何……で……」
頭が回らないユウキだが、代わりとばかりにユーリが彼に声を掛ける。
「……ユウキ。それに、他のみんなも。一つだけ言っておくことがある」
唐突に、強制的に、彼女の所為でこの部屋に沈黙が生まれる。
聞こえるのは、テレビの放送の音と、彼女の声だけ。
「戦争は、誰かが得をするから始まるもの。けれど、『リーベル進撃』は連合軍にとって勝機の薄い、無意味なはずのものだった。昨日の、ワーベルンでの奇襲抗争だってそう。やるとしても、もっと慎重に行うべき作戦だった。少なくともバッカス准将のような、短気な性格の者に任せるべき任務じゃない」
ユーリは、何故かそのテレビの画面を睨み付けた。
「……この世界で今起きている戦争は、最早誰も得しない戦争。勝ち戦の連合軍は南インドラ海を始め、何故かその戦いを長引かせている。負け戦のはずの帝国は、何故か未だに降伏しようとしない。……それはつまり、誰かが戦争を続けることで得をしているから。例えば……どちらかの勢力の、トップにいる者の誰か……!」
グレンやアカネ、キクといったメンバーは、ユーリの言葉の意味を理解していたし、同じ考えを持ってはいた。
ただ、何故それを今言うのか、何故目の前のテレビの画面を睨みつけているのかが、分からない。
「……仮にその得をする者が両方の勢力にいたら……その二人の仲介に立ち、戦争を裏で操る、『黒幕』がいる可能性だってあり得る」
「く、黒幕……?」
カインはまだ全くユーリの話を理解できていない。
そして同様に理解が遅いはずのユウキは、むしろ彼女の言葉を聞いて、嫌な予感を抱く。
「……ユーリ。俺は……俺は、このナントカ事務局長を見たことがある。見たことがあるんだ。あの日……リーベル進撃のあの日に、俺は見たんだ。コイツは……そんなデスクワークの男じゃないはずだ。鉄に乗る人間……戦場に出て来た男なんだ……!」
長い白髪で右目が隠れた、人間の男。
それが、この国際貿易事務局長の男であり、ユウキが実際にリーベル進撃の日、ハルカの店の前で見た男──
「……戦争を止めるには、戦争を裏で操っている黒幕を、どうにかしないといけない」
「ユーリ。コイツが……コイツが俺の故郷をぶっ壊した張本人だッ! 何で……何で会議室で仕事しないといけない奴が、戦場に来るんだッ!? コイツだろ……コイツがどう考えたって怪しいだろうがッ!」
「リーベル進撃には……何か特別な目的があった……?」
「俺はコイツを……コイツをォォ……ッ!」
話はお互いに聞いているが、お互いに会話はしていない。
二人は今、同じ男に対して似た感情をぶつけていた。
そして記者会見の映像では、記者が一つの質問を男にぶつけている。
『……ええ、もちろんですとも。「世界平和」。それが……私の望むところですから』
ユウキとユーリの反応から、この男が戦争の裏で暗躍している可能性を理解したグレンは、周りの皆に対して情報共有するべきだと考える。
「……この男の名は、『ゼロ』。それ以外の名は無いらしいってんよ。出自は自身も覚えていないとのことらしいが……数年前に突如として国家連合に現れ、瞬く間に今の立場についた。それが丁度……戦争の始まった、前の年だってんよ」
「「「「「!?」」」」」
彼のその情報のおかげで、ユウキとユーリ以外も、この『ゼロ』という男を怪しまざるを得なくなる。
そしてユウキとユーリは、声を揃えて語気を強めた──
「「……ゼロ……ッ!」」




