『リーベルの決闘』
不幸は集中する。
糸のように繋がって、ただ一つの何の罪もない者たちを巻き込み、このリーベルの地を席巻する。
「……匂うぜ。ああ……匂う匂う。オレ達をコケにしたガキの臭いが……匂うぜェ! おいッ!」
上空から、『それ』は無造作に勢いよく着地した。地上の者どものことなどは、何も考えていない。
「うあぁっ!」
「何だァ!?」
風圧で誰が吹き飛び、誰が傷を負おうとどうでもよい。どうでもよいとと考えていた。
『彼ら』には有象無象が見えていない。見えているのはただ一人。たった一人の標的。
「……我々に帰るところはない。だがこれは我々の望んだ結果だ。そうだ……そのはずだッ! いくぞ……暴れようじゃないか。私達の生き甲斐はそれだけなのだから……ッ!」
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! おうおういこうぜバッカスッ!」
「そうだともイビルッ!」
*
「……ユーリ。ありがとう。俺は……死にたくない。そうだ。死にたくねェから戦うんだ」
涙を流しきった男は、ハチマキをきつく締め直す。
町の中心部の様子は、二人には見えている。
そこには、『奴ら』の姿がある。
最早帰る場所をなくし、暴走するしかなくなった『奴ら』──
──バッカス・ゲルマンと、鉄・イビル。
「……あれで生きていたなんて……! 奴ら、もしかしてユウキを追って……」
「だったら俺が行くしかねェよなァ! 故郷をこれ以上……ぶっ壊されてたまるかよ……!」
「ユウキ……無理しないでね」
「ハッ! そいつァ無理な相談だぜ!? なァオイッ! 俺は無理する……無理して苦しむから……また元気づけてくれよ! 相棒ッ!」
ユーリはコクリと頷いた。
どうやら先程のやり取りを経ても、ユウキ・ストリンガーという男から、『無茶』をなくすことは出来なかった。
それでも、今の彼の黒い瞳の奥には、黒い『何か』は存在しない。
死を恐れる感情から逃げることを止め、ユウキは糸を繰り出し空を飛び、壊れた建物の上をひた走る。
そして彼は、バッカスたちの前に現れた。
「どこだ来い! 来いユウキ・ストリンガーッ! 来なければ殺すぞッ! 無関係の者どもを殺すぞッ!」
まだ彼らに、ユウキの姿は見えていない。
「オイッ!」
「誰だァ!?」
そしてユウキは、彼らよりも少し高い位置で、指一本を天に指す。
「追憶紡いで引き連れて……生死の境に糸一本ッ! 悔恨一条、ユウキ・ストリンガーたァ……俺のことだァッ!」
ビシッと二人に向かって指を差し、己の在処を分からせる。
「紡げよ俺の名ッ! お前らの魂と共になァッ!」
イビルとバッカスは、同時にニヤリと笑みを浮かべた。
「現れたか……ユウキ・ストリンガーッ! サザン・ハーンズは移動が早くてね……お前しか追いかけられなかった! さあ戦おう! そして殺させてもらう! そうだろイビル!」
「応ともよッ! バッカス……初めから、全力でいこうぜオイッ!」
そして二人は、声を揃える。
「…………『超同期』…………ッ!」
赤黒い光が、イビルの体を覆う。爪は巨大に変化して、その光の一部を纏っている。
そして、住民の避難を先導しながら、ユーリはこの『状態』を見て眉間に皺を寄せていた。
「……『超同期』……。鉄の性能を……百パーセント引き出せるなんて……」
本来、この状態の鉄を相手に、普通のノイド一体で戦えるはずはない。
しかし、今ユウキは最善の行動に出ている。
民間人をユーリが逃がしきるまで、誰かがアレを食い止めなければならないのだ。
それは確かに無茶だが、被害を抑えるために出来ることはそれしかない。
そうしなくとも、狙われているのがユウキである以上、最早逃げることは出来ないからだ。
「……『悪魔』みてェじゃねェか……」
「そうだぜェ? オレは……悪魔だ。昔からずっと……そう言われて、てめェらヒト種に避けられて生きてきた。なァユウキ・ストリンガー。てめェみたいなクソガキに、この『悪魔』が倒せるかァ?」
「……倒せるかどうかは……分からねェな」
「あァ……? 腑抜けちまったのかァ? 自信がなくなってんじゃねェかよ」
「……だが、死にゃしない。何故かって? 死にたくないんだ。俺はずっと……ずっと、死にたいから戦い続けた。でもそれは……死への恐怖を忘れたかったからだ。アイツが死んだその事実を……受け入れたくなかったんだ。死にたくないって本心を……隠したかったからだ」
「あァ!? まるで何も分からねェぞ!?」
「俺も分からねェッ! 分からねェけど……俺は死なねェ! 死なねェんだよッ!」
「死ぬんだよ馬鹿がッ!」
イビルは超高速で移動する。これをユウキに避けることは出来ない。
「「ジャガーノートォォッ!」」
一瞬で、ユウキの首をその爪で抉ろうとする。
しかしすんでのところで、ユウキは糸で自らを防御した。
それでも、彼の糸をも突き破って、イビルの爪はユウキをぶっ飛ばした。
「ぐァァァァァァァ!」
「だァから言ったろうがよォッ! 死ぬんだよてめェはここで!」
ぶっ飛んだユウキは、それでも地面に拳を突き立て、立ち上がる。
「ハァ……ハァ……」
「勝てるわけがないぞユウキ・ストリンガー! 『超同期』は、鉄戦闘の到達点ッ! たったの一ノイドに勝てるわけがない! そして、今度は油断も焦りも動揺も……そして上からのしがらみもない! 自由な私達を相手に、お前一人で勝てるわけがないのだ!」
「……そう……かもな……」
「何……?」
「……けど、俺は死なねェ。死なねェんだよ……!」
「……根拠の無い強がりだ。格好つかんな」
イビルは、固有能力である『ザ・ファントム』を使用した。
これと迷彩機能を入れ替えながら使うことで、絶対的な勝利を手にするのだ。
そうでなくとも『超同期』状態での戦闘力は、ユウキのそれを上回っている。
今のままのユウキに勝機は──無い。
「さあ……トドメだいくぞ! 避けられるものなら……避けてみるがいいッ!」
「『スピニング・ギア』」
その時。クルクル回る円盤が、背後からイビルを襲う。
「ぐォォォォ!?」
突然の衝撃によって、イビルの能力は解けてしまった。
「……ッ!」
ユウキは驚き目を見張る。先のハンチング帽の少年、カイン・サーキュラスが、この場に来ていたのだ。
「あ、兄貴は……殺させない……」
「何故だァ!? 何だァ!? どうして俺に攻撃を当てられたァ!?」
「……当たってないよ」
カインはその身を震わせながら、それでもユウキのように強くあろうと、立っていた。
「……お、俺の『スピン』は……あらゆる事象を、『回転』に巻き込む……から。実体がなくても……『存在する』のなら、俺の『スピン』は……必ず、その回転に巻き込むんだ」
「……なるほど。よく考えたらそこまで痛くもねェ。だが……随分死にたがりじゃねェかあァッ!? チビガキがよォッ!」
「ひッ……!」
イビルは標的をカインに変え、彼に攻撃しようとする。
「待てよ」
そこで、イビルは言われた通り待ってしまった。その理由は分からない。だが、振り返らずにはいられない。
そして振り向くと、イビルとバッカスは驚愕した。
ユウキの全身から──白い光が溢れ出していたからだ。
「て、てめェ……! これは……ッ!」
「……」
ユウキ自身、何故自分の体から光が溢れ出しているのか、分かっていない。
「ギ……ゲゲ……ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャァッ!」
「ハ……ハハハハッ! まさか……まさかッ! 至ったのか……!? この土壇場で……!」
「……あ? 分かんねェ……。でも……なんか……まだ戦える……!」
瞬間、ユウキの姿が二人の視界から消えた。
「兄貴!?」
彼はその刹那にイビルの背後に移動し、そして──
「ストリングブレットッ!」
「ギャァァァァァァァァァァッ!」
以前に食らわせたときとは、まるで威力が違う糸弾。
「ブレットッ! ブレットッ! ブレットォォォッ!」
イビルはそのまま倒れてしまった。あまりの速さに追いつけず、能力を再び使う暇もない。
「ストリングゥゥゥゥゥ」
「がァ……舐めんなよォ……!」
「クソッ……フフ……面白い……!」
やはり熱くなると思考も策もなくなるのが、イビルとバッカスの最大の弱点。
自分たちを海に落とした必殺技を前に、彼らは正面から向かっていく。
そして──
「バァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァストッ!」
「「ジャガァァノォォトォォォォォォッ!」」
今回も、ユウキの最大威力の『ストリングバースト』は、イビルを上回った。
だがしかし、以前のように海まで吹っ飛ばされることはない。
何故なら、以前はその分厚い装甲を貫けなかったユウキの糸が、今回はバッカスごとイビルの腹を貫いたからだ。
その場で跪いたイビルは、既に虫の息の状態。無論バッカスも同様に。
「ご……ゲヒャ……ヒャ……」
「クソ……参ったなァイビル……。コイツは……想定外だ……」
「ああ……まったくだぜ。ガキにコケにされまくって……オレァもう、はらわた煮えくり返そうだぜ……!」
「どうせ死ぬのなら……使うか? 『アレ』を……」
「……ッ! ゲヒャヒャ……良いねェ。流石だぜ相棒。そうでねェといけねェ。そうでねェと……!」
二人はまだ、戦えた。
「兄貴!」
「……」
攻撃を終えたユウキは、様子がおかしく見えた。
そもそも先の一撃で、ユウキは倒れてしまってもおかしくはない状態のはずだった。
最大火力の攻撃を終え、彼はハチマキが解けているにもかかわらず、ただ立ち尽くしている。
気になったカインは、ジッと彼の顔を見つめた。
「な……!」
そこでカインは気付いてしまった。
(気絶……してる……ッ!?)
ユウキは、立ったまま意識を失っていた。
先の『ジャガーノート』のダメージは大きく、それに加えてたった今彼は、限界の力を出し切ってしまったのだ。
「「いくぞォォォォォォォッ!」」
その時、カインは確かにイビルの体の背後に『何か』が見えた。
赤黒かった光も、更にどす黒さを増しているように見える。
機械仕掛けのはずのその装甲も、何故か本物のドラゴンのように見えて──
だがそんなことを考える余地はなく、向かってくる彼らに戦える者はもういない。
「ま、待って!」
残念ながら彼らは待たない。そもそも何も聞こえていない。
「……」
気絶しているユウキを庇おうと、カインは彼の前に立った。
そして目を瞑り、ただ両腕を広げるだけで、敵の攻撃を待つのみ──




