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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
一章【次の私と】
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『リーベルの決闘』

 不幸は集中する。

 糸のように繋がって、ただ一つの何の罪もない者たちを巻き込み、このリーベルの地を席巻する。



「……匂うぜ。ああ……匂う匂う。オレ達をコケにしたガキの臭いが……匂うぜェ! おいッ!」



 上空から、『それ』は無造作に勢いよく着地した。地上の者どものことなどは、何も考えていない。


「うあぁっ!」

「何だァ!?」


 風圧で誰が吹き飛び、誰が傷を負おうとどうでもよい。どうでもよいとと考えていた。

 『彼ら』には有象無象が見えていない。見えているのはただ一人。たった一人の標的。


「……我々に帰るところはない。だがこれは我々の望んだ結果だ。そうだ……そのはずだッ! いくぞ……暴れようじゃないか。私達の生き甲斐はそれだけなのだから……ッ!」

「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! おうおういこうぜバッカスッ!」

「そうだともイビルッ!」


     *


「……ユーリ。ありがとう。俺は……死にたくない。そうだ。死にたくねェから戦うんだ」


 涙を流しきった男は、ハチマキをきつく締め直す。

 町の中心部の様子は、二人には見えている。

 そこには、『奴ら』の姿がある。

 最早帰る場所をなくし、暴走するしかなくなった『奴ら』──


 ──バッカス・ゲルマンと、クロガネ・イビル。



「……あれで生きていたなんて……! 奴ら、もしかしてユウキを追って……」

「だったら俺が行くしかねェよなァ! 故郷をこれ以上……ぶっ壊されてたまるかよ……!」

「ユウキ……無理しないでね」

「ハッ! そいつァ無理な相談だぜ!? なァオイッ! 俺は無理する……無理して苦しむから……また元気づけてくれよ! 相棒ッ!」


 ユーリはコクリと頷いた。

 どうやら先程のやり取りを経ても、ユウキ・ストリンガーという男から、『無茶』をなくすことは出来なかった。

 それでも、今の彼の黒い瞳の奥には、黒い『何か』は存在しない。


 死を恐れる感情から逃げることを止め、ユウキは糸を繰り出し空を飛び、壊れた建物の上をひた走る。

 そして彼は、バッカスたちの前に現れた。


「どこだ来い! 来いユウキ・ストリンガーッ! 来なければ殺すぞッ! 無関係の者どもを殺すぞッ!」


 まだ彼らに、ユウキの姿は見えていない。


「オイッ!」

「誰だァ!?」


 そしてユウキは、彼らよりも少し高い位置で、指一本を天に指す。



「追憶紡いで引き連れて……生死の境に糸一本ッ! 悔恨一条、ユウキ・ストリンガーたァ……俺のことだァッ!」



 ビシッと二人に向かって指を差し、己の在処を分からせる。


「紡げよ俺の名ッ! お前らの魂と共になァッ!」


 イビルとバッカスは、同時にニヤリと笑みを浮かべた。


「現れたか……ユウキ・ストリンガーッ! サザン・ハーンズは移動が早くてね……お前しか追いかけられなかった! さあ戦おう! そして殺させてもらう! そうだろイビル!」

「応ともよッ! バッカス……初めから、全力でいこうぜオイッ!」


 そして二人は、声を揃える。


「…………『超同期オーバーシンクロ』…………ッ!」


 赤黒い光が、イビルの体を覆う。爪は巨大に変化して、その光の一部を纏っている。

 そして、住民の避難を先導しながら、ユーリはこの『状態』を見て眉間に皺を寄せていた。


「……『超同期オーバーシンクロ』……。クロガネの性能を……百パーセント引き出せるなんて……」


 本来、この状態のクロガネを相手に、普通のノイド一体で戦えるはずはない。

 しかし、今ユウキは最善の行動に出ている。

 民間人をユーリが逃がしきるまで、誰かがアレを食い止めなければならないのだ。

 それは確かに無茶だが、被害を抑えるために出来ることはそれしかない。

 そうしなくとも、狙われているのがユウキである以上、最早逃げることは出来ないからだ。


「……『悪魔』みてェじゃねェか……」

「そうだぜェ? オレは……悪魔だ。昔からずっと……そう言われて、てめェらヒト種に避けられて生きてきた。なァユウキ・ストリンガー。てめェみたいなクソガキに、この『悪魔』が倒せるかァ?」

「……倒せるかどうかは……分からねェな」

「あァ……? 腑抜けちまったのかァ? 自信がなくなってんじゃねェかよ」

「……だが、死にゃしない。何故かって? 死にたくないんだ。俺はずっと……ずっと、死にたいから戦い続けた。でもそれは……死への恐怖を忘れたかったからだ。アイツが死んだその事実を……受け入れたくなかったんだ。死にたくないって本心を……隠したかったからだ」

「あァ!? まるで何も分からねェぞ!?」

「俺も分からねェッ! 分からねェけど……俺は死なねェ! 死なねェんだよッ!」

「死ぬんだよ馬鹿がッ!」


 イビルは超高速で移動する。これをユウキに避けることは出来ない。


「「ジャガーノートォォッ!」」


 一瞬で、ユウキの首をその爪で抉ろうとする。

 しかしすんでのところで、ユウキは糸で自らを防御した。

 それでも、彼の糸をも突き破って、イビルの爪はユウキをぶっ飛ばした。


「ぐァァァァァァァ!」

「だァから言ったろうがよォッ! 死ぬんだよてめェはここで!」


 ぶっ飛んだユウキは、それでも地面に拳を突き立て、立ち上がる。


「ハァ……ハァ……」

「勝てるわけがないぞユウキ・ストリンガー! 『超同期オーバーシンクロ』は、クロガネ戦闘の到達点ッ! たったの一ノイドに勝てるわけがない! そして、今度は油断も焦りも動揺も……そして上からのしがらみもない! 自由な私達を相手に、お前一人で勝てるわけがないのだ!」

「……そう……かもな……」

「何……?」

「……けど、俺は死なねェ。死なねェんだよ……!」

「……根拠の無い強がりだ。格好つかんな」


 イビルは、固有能力である『ザ・ファントム』を使用した。

 これと迷彩機能を入れ替えながら使うことで、絶対的な勝利を手にするのだ。

 そうでなくとも『超同期オーバーシンクロ』状態での戦闘力は、ユウキのそれを上回っている。

 今のままのユウキに勝機は──無い。


「さあ……トドメだいくぞ! 避けられるものなら……避けてみるがいいッ!」



「『スピニング・ギア』」



 その時。クルクル回る円盤が、背後からイビルを襲う。


「ぐォォォォ!?」


 突然の衝撃によって、イビルの能力は解けてしまった。


「……ッ!」


 ユウキは驚き目を見張る。先のハンチング帽の少年、カイン・サーキュラスが、この場に来ていたのだ。


「あ、兄貴は……殺させない……」

「何故だァ!? 何だァ!? どうして俺に攻撃を当てられたァ!?」

「……当たってないよ」


 カインはその身を震わせながら、それでもユウキのように強くあろうと、立っていた。


「……お、俺の『スピン』は……あらゆる事象を、『回転』に巻き込む……から。実体がなくても……『存在する』のなら、俺の『スピン』は……必ず、その回転に巻き込むんだ」

「……なるほど。よく考えたらそこまで痛くもねェ。だが……随分死にたがりじゃねェかあァッ!? チビガキがよォッ!」

「ひッ……!」


 イビルは標的をカインに変え、彼に攻撃しようとする。



「待てよ」



 そこで、イビルは言われた通り待ってしまった。その理由は分からない。だが、振り返らずにはいられない。

 そして振り向くと、イビルとバッカスは驚愕した。


 ユウキの全身から──()()()()()()()()()()()からだ。


「て、てめェ……! これは……ッ!」

「……」


 ユウキ自身、何故自分の体から光が溢れ出しているのか、分かっていない。


「ギ……ゲゲ……ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャァッ!」

「ハ……ハハハハッ! まさか……まさかッ! ()()()のか……!? この土壇場で……!」

「……あ? 分かんねェ……。でも……なんか……まだ戦える……!」


 瞬間、ユウキの姿が二人の視界から消えた。


「兄貴!?」


 彼はその刹那にイビルの背後に移動し、そして──


「ストリングブレットッ!」

「ギャァァァァァァァァァァッ!」


 以前に食らわせたときとは、まるで威力が違う糸弾。


「ブレットッ! ブレットッ! ブレットォォォッ!」


 イビルはそのまま倒れてしまった。あまりの速さに追いつけず、能力を再び使う暇もない。


「ストリングゥゥゥゥゥ」

「がァ……舐めんなよォ……!」

「クソッ……フフ……面白い……!」


 やはり熱くなると思考も策もなくなるのが、イビルとバッカスの最大の弱点。

 自分たちを海に落とした必殺技を前に、彼らは正面から向かっていく。

 そして──


「バァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァストッ!」

「「ジャガァァノォォトォォォォォォッ!」」


 今回も、ユウキの最大威力の『ストリングバースト』は、イビルを上回った。

 だがしかし、以前のように海まで吹っ飛ばされることはない。

 何故なら、以前はその分厚い装甲を貫けなかったユウキの糸が、今回はバッカスごとイビルの腹を貫いたからだ。

 その場で跪いたイビルは、既に虫の息の状態。無論バッカスも同様に。


「ご……ゲヒャ……ヒャ……」

「クソ……参ったなァイビル……。コイツは……想定外だ……」

「ああ……まったくだぜ。ガキにコケにされまくって……オレァもう、はらわた煮えくり返そうだぜ……!」

「どうせ死ぬのなら……使うか? 『アレ』を……」

「……ッ! ゲヒャヒャ……良いねェ。流石だぜ相棒。そうでねェといけねェ。そうでねェと……!」


 二人はまだ、戦えた。


「兄貴!」

「……」


 攻撃を終えたユウキは、様子がおかしく見えた。

 そもそも先の一撃で、ユウキは倒れてしまってもおかしくはない状態のはずだった。

 最大火力の攻撃を終え、彼はハチマキが解けているにもかかわらず、ただ立ち尽くしている。

 気になったカインは、ジッと彼の顔を見つめた。


「な……!」


 そこでカインは気付いてしまった。


(気絶……してる……ッ!?)


 ユウキは、立ったまま意識を失っていた。

 先の『ジャガーノート』のダメージは大きく、それに加えてたった今彼は、限界の力を出し切ってしまったのだ。


「「いくぞォォォォォォォッ!」」


 その時、カインは確かにイビルの体の背後に『何か』が見えた。

 赤黒かった光も、更にどす黒さを増しているように見える。

 機械仕掛けのはずのその装甲も、何故か()()()()()()()()()()()()()()──

 だがそんなことを考える余地はなく、向かってくる彼らに戦える者はもういない。


「ま、待って!」


 残念ながら彼らは待たない。そもそも何も聞こえていない。


「……」


 気絶しているユウキを庇おうと、カインは彼の前に立った。

 そして目を瞑り、ただ両腕を広げるだけで、敵の攻撃を待つのみ──

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