『finale:その感動』
◇ 界機暦三〇三九年 十月十日 ◇
■ ヒレズマ共和国 ■
目を覚ましたカイン・サーキュラスは、着替えを済ましてリビングの方に向かって行った。
ここは、マリアと二人で住んでいる一軒家。
彼女は朝のご飯を用意してくれているようで、ほのかにサニーサイドアップの香りが漂っている。
リビングに入ると、彼女はこちらではなくテレビの方に視線を向けていた。
しかも、何故か驚いた様子で。
「……カイン……」
困り眉でカインの名を呼ぶ。
「どうしたの?」
「…………あの人」
マリアはテレビの方を見るように促した。
映っているのは、一人の男。
「……ッ!」
カインはすぐにその男が何者か理解した。
そして、その『ニュース』の内容に愕然とする。
【サラスバティ州で爆発。国際戦場記者のネイチャー・オリジン氏が死亡】
カールストン共和国にあるサラスバティ州は、現在紛争地域となっている。
つまり、この戦場記者は紛争に巻き込まれて死亡してしまったのだ。
「……三年前の核誓祭の頃に……取材に来てくれた記者さん……だよね?」
「……ああ」
「……残念……だね……」
「……」
顔を合わせた回数は少ないが、知人が亡くなって心が痛まないはずもない。
カインは眉をひそめ、ニュースを食い入るように見つめていた。
だが、朝のニュースはすぐにまた別の話題に移る。
他国で死亡した国際記者のことを、長々と報道する時間は無い。
ニュースが別の話題に変わると、カインはテレビに背を向けた。
「カイン?」
「……彼も、自分のやるべきことをしようとしていたんだ。きっと……最期まで」
「…………そうだね」
カインは記者のネイチャーという男のことを思い出していた。
そして、同時にユーリから聞いた『ある人物』のことも想像する。
顔も声も本名も知らない。
線の美しさに『感動』を覚えていた、その少女のことを──
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◇界人暦三〇二二年 十一月十一日 ◇
■ ゲヘノン大学 サークル棟 ■
前髪で目が隠れているノイドの少女──ロインは、いつものように自分の所属しているサークルの部室に入った。
音楽系のサークルだが、部室の中から美しい音色などが聞こえてくることはない。
聞こえてくるのは──
「Shit … Shit! Shit!」
部室内には、既に一人のノイドの男がいた。
赤と青が混ざった髪色の彼の名は、フォンス。このサークルの代表者だ。
「フォンスさん……? どうしたんですか?」
どうやら苛立っていたようで、椅子が一つ倒れてしまっている。
「……It's nothing. 驚かせたな、ロイン」
「だ、大丈夫ですか?」
「……No problem」
「……?」
不審に思ったところで、ロインはテーブルの上にあるクシャクシャの紙切れに気付いた。
彼女はすぐにその紙きれを手に取る。
「! Wa …」
「これは…………」
クシャクシャの紙切れを開いて内容を見て、ロインはフォンスが憤っていた理由を知る。
彼女の知らない彼の本性からすれば、少しだけ意外になるだろう、その理由を。
「……駄目だったんですね。コンサートの手配」
「……ああ。ま、仕方ないという奴だ。何も気にすることはない」
「……去年は、場所も確保できました」
「ハハッ! そうだ。俺が無能なだけさ。参った、参った」
「……違いますよ。フォンスさんの所為じゃありません。……この大学の人達は良い人ばかりですけど、外には良くない人もいる。……『ノイドが代表になったから』。それを理由に断られた。……違いますか?」
「…………」
今回が初めてのことではない。
フォンスが代表になってから、明らかにこのサークルの活動頻度は減っていた。
いや、減らざるを得なくなってしまったのだ。
「I knew that. だから言ったんだ。俺を代表にするのは、流石にまずいってな」
「先輩方もみんな、フォンスさんの能力の高さを理解しているんですよ」
「こちらからしたら、厄介事を押し付けられた形だ。……馬鹿ばかりだよ。こうなることくらい、予想できるはずなんだが」
「でも……フォンスさんが代表じゃなかったら、私は入ってなかったですよ?」
「……逆だとは思わないのか?」
「え?」
「That is my point. 俺がそちらを誘ったのではなく、そちらが入ることを見越して俺は入っていたのさ」
「……え? な、何ですか? 口説いてます?」
「…………」
何故か呆れてしまったようで、フォンスは倒した椅子を直して腰を下ろした。
「……フォンスさ~ん?」
「……むしろ安心した。この大学に通っていると……絆されそうだ」
「? どういう……」
「差別されていないと、妙な気分になる。ここの奴は……感じが良すぎて──」
そこで、フォンスは驚き口を塞いでしまった。
まるで自分の口から出た言葉が、自分で信じられないとでもいうかのように。
「フォンスさん……?」
「……Sorry. 何でもない」
たった今着席したばかりだというのに、フォンスはきまりを悪くしたのか立ち上がる。
(……何を考えている? 今更……)
そして、もうこのまま部室から出ようとした。
「待って下さい」
彼女の声に振り向くと、いつの間にかどこからか、彼女はヴィオラを弾く姿勢になっていた。
このヴィオラは、彼女の腕から出現したヴィオラ・ギアだ。
「……何だ? 聴かせてくれるのか?」
「はい。いつもの奴を」
「……Only negative trash … 」
「そんなことはありません」
「ッ!?」
通じないはずの彼の言葉が、通じているかのように。
ロインは演奏を始めるのだった。
*
やがて演奏が終わると、フォンスは目を細めながら溜息を吐いた。
「……何とも、そこそこの演奏だった」
「えぇー」
「…………But」
確かにその時、彼は自分でも知らぬうちに笑みをこぼしていた。
残念なことに丁度出口を抜ける際だったため、その表情はロインには見えていなかったのだが。
それでも、彼は──
「……感動したよ」
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◇現在 界機暦三〇三九年 十月十日 ◇
■ ヒレズマ共和国 ■
マリアは、朝食後に自宅に届いた荷物を不審に思っていた。
送り主はどうも、以前亡くなったというニュースが流れた、あの記者のようだった。
「カイン、これ……」
「……ああ。多分……前に言ってた奴だ」
「? 『前』? それって核誓祭の……」
「ううん。その後に一回、彼と会ったんだ」
「え? そうだったの?」
「……ああ」
カインはその荷物を自身の部屋に持っていく。
そして、ネイチャーとの最後の会話を思い出す。
実はカインは、彼のことをかなり詳しく聞いていた。
ある時から記憶喪失になっていたこと。
自分がゼロによって呼び出された存在だということ。
そして…………。
届けられた荷物の正体は、オルゴールだった。
自分が死ぬよりも前に送っていたようで、しっかりと使い方が記された書も入っていた。
そして、内蔵されている曲についても、彼の言葉で説明されていた。
「……良い曲じゃないか」
原曲は、実はこの世界のものではない。
別の世界における、ある小さな団体の創立者が作曲したものだ。
特に、その団体に所属しているヴィオラ弾きの少女が、いつも好んで演奏していた曲。
曲名は、その団体名と同じ──
──『ENSEMBLE THREAD』。




