『extra:悪魔と死神』
◇ 界機暦三〇三二年 七月二十六日 ◇
■ ノイド帝国 迷亭省 ■
▪ レーガの工房 ▪
サザン・ハーンズはこの日、自身のオリジナルギアを造り出した幼女のような姿の技師、レーガのもとを訪れていた。
彼女とは初対面になるが、エヴリン・レイスターのことも連れて来ている。
「……なんじゃわれェ。儂に見せつけにきおったのか……? サザンちゃん!」
「ああ」
「いや否定せんのかいッ! 適当に流すのでもなく!?」
「いやー……えへへ」
「誰か知らんが何を照れとるんじゃいッ! 腹立つのォ! 儂のサザンちゃんをよくもォォォォォ……!」
こう見えて、本気で嫉妬しているわけではない。
レーガはこの二人よりもだいぶ年を取っており、見た目こそ少女のようだが、特殊な方法で若作りしているだけだ。
「……いや、冗談だ」
「分っかりにくいのォ! 相変わらずッ!」
「交際しているのは事実ですがね」
「分かりにくすぎるじゃろマジでッ!」
語られぬ戦いののち、サザンとエヴリンの間にも多くの出来事があった。
しかし簡単に言ってしまえばそれは、忙しない日々の所為で鈍感だった男が、落ち着きを手に入れて気付くべきことに気付いただけのことだ。
「『見せつけにきた』という部分が冗談という意味だ。伝わっただろうか」
「いや分かっとるわい! 本当に冗談が下手じゃな! そんなところが可愛いんじゃけどもね!」
「……で、尋ねた理由だが──」
「今日は、シュドルクちゃんの命日じゃろう?」
冷静さを取り戻し、レーガは頭を掻いた。
そのまま二人が黙ると立ち上がり、フゥと息を吐く。
「……出んよ。儂は」
「……そうか」
「そもそも、誰が出るのじゃ? おんしを除いて、ノーマンのアホ垂れとその精鋭部隊は、皆が反逆罪に問われておるじゃろう」
「そうだ。よって……レーガが来ないのなら、他の参加者は……私達だけだ」
ノイドの大多数が信仰しているデウス教では、死後一年後に追悼式が行われる場合がある。
少なくとも強い信者だったシュドルク・バルバンセンという男には、相応しいはずの儀式。
だが、大逆の罪人であるのならば、そんな儀式が開かれる可能性は薄い。
「……何じゃそら。準備はどうなっとる? おんしらがやっとるのか?」
「私の段取りで、場は整えてある。亡骸の中から取り出した核を、燃やしてから海か川に流すだけの儀式だ」
「燃やすのにも、流す場所取りにも、費用が掛かるじゃろう。おんしはどうしてそこまで一人で……」
「……シュドルク・バルバンセンを殺したのは、私だ」
サザンは苦々しい表情を見せる。
隣のエヴリンは、同じくつらい顔で目線を下げていた。
「……知っておるよ。そのことは」
「私は、私が成すべきことをしているだけだ」
サザンは、自分が裁かれない現状を不服としていた。
だが、彼がいなければこの帝国は、このまま何の支えもないまま完全に崩壊していくだけだ。
サザンは戦後のこの国にとって重要な存在であり、彼自身がどれだけ罪の意識を持っていようと、誰も彼を裁かない。
結果として、シュドルクもガランもナインも、ノーマンの罪を同じ様に被ることになった。
無論それは事実であるが、サザンはそれを受けて何もしないままではいられない。
「……しょうがないのぉ」
そんなサザンの意志を汲んだレーガは、黒いつなぎからまた別の黒い衣服へと、着替えをすることに決めた。
*
■ 迷亭省 黄道川 ■
追悼式の順序は、あらかじめ死後に回収したノイドの核を、特殊な方法で燃やし、その残骸を水の中に流し、これから先を生きる者が誓いを立てる……というもの。
その都度に、『神託』と呼ばれるデウス神の現身が残したとされる文言を唱えたりするのだが、サザンやエヴリンからすればそれは若干憚られる。
実際のデウス教の開祖はマキナ・エクスではない可能性があるが、もしマキナ・エクスだとすれば、ブレイヴから聞いたような大悪党の文言を唱えるということになる。
流石にそんなことをしたくはないと、二人は考えてしまった。
ただ、レーガはシュドルクのことを考え、彼の信じる『神託』を唱えるべきだと二人を説得した。
故に二人は、デウス教の全てがマキナ・エクスとは無関係だと信じて、儀式を執り行うことにするのだった。
迷亭省から海の方まで繋がる長い川──黄道川の前に、三人はいた。
彼らの目の前で、コンテナほどの大きさの焼却炉の中に、作業員が特殊な火を起こす。
七色の光を放つ、核を完全に灰に変える炎だ。
「……体の調子はどうじゃ?」
「かなり良い。亜種核が馴染んできたようだ」
「……よもや、世間に知られてはおらんじゃろうな?」
「……ああ。誰にも奪わせん。いずれアレと同じ炎によって……灰にするつもりだ」
サザンはナインから受け継いだ亜種核のことを、自分の信頼している人物にしか話していない。
話せばまた、ノーマンのような野望を持つ者に利用される可能性があるからだ。
……もっとも、サザンを自由に利用できる者はいないだろうが。
「サザンさんは大丈夫ですよ! 私も鍛えてますので! 一生守ります!」
「いや、私の方が鍛えている」
「……そうじゃなくて……」
エヴリンとしては、『一生』の部分を汲み取ってほしかった。
「鍛えるにしても限度があるじゃろう」
「最近はギアも使わずに鍛えている。恐れるものは何も無い」
「……サザンちゃん? そもそもノイドは、何かしらのギアを取り付け練度を増やして初めて、身体能力が大きく上昇するんじゃろうに」
「ギア無しで身体能力を大幅に上昇させる者もいる。……いや、『いた』……か」
「……言っておくが、ムラサメ・オクバースは例外中の例外じゃよ」
「!? そう……なのか……?」
「……なんだか、案外世の中、特別な人ばかりですね」
そうこう言っているうちに、核を燃やす儀式が始まっている。
炎が放つ七色の光は輝きを増し、煙まで鮮やかな銀色だ。
「……サザンちゃん」
「何だ?」
「……どうして、シュドルクちゃんがおんしと戦ったか、分かるか?」
「………………分からない」
そればかりは、いくらサザンが考えても分からないことだった。
しかし、最期に彼が満足していたことは覚えている。
だとしたら、のちに強大な敵と戦うサザンにとって、乗り越えるべき障壁になることを、シュドルクは選んだということだ。
「……なら、話そう。シュドルクちゃんが……死に場所を求めていた理由を」
*
◇ 界機暦三〇十九年 六月六日 ◇
■ オールレンジ民主国 ■
▪ オールレンジ軍士官学校 ▪
国家連合が発足して間もない頃、まだ『連合軍』なる組織は存在していなかった。
大国オールレンジでは軍備拡大が進んでいて、そこでは人間とノイドを区別することなく募兵されていた。
…………表向きは。
「どうしたシュドルク! 無愛想な顔をして!」
士官学校の中庭で、ベンチに座る銀髪のノイドが一人。
その彼に話しかけてきたのは、金髪の人間の男。
「バッカス……」
シュドルク・バルバンセンと、バッカス・ゲルマン。
のちに連合軍と帝国軍に分かれて対立する二人は、当時同じオールレンジ軍の士官学校に通っていた。
「今日は調子が悪かったようだな! ダッハッハ! 人間の私に負けるなど……あり得んだろう!」
「…………」
「何故黙る!」
「……私が貴様を負かしたなら、私だけでなく貴様に対する風当たりも悪くなるだろう」
「……? 手加減したのか? 全く馬鹿馬鹿しいッ! 本当は自分が責められたくないだけだろうが! 『ノイドのくせに』と言われたくないからと!」
「…………そう……だろうな……」
俯くシュドルクを見て、バッカスは少しきまりが悪くなる。
この国において、ノイドに対する扱いは芳しくない。
シュドルクはその優秀さからこの士官学校に推薦されたが、本来ならばもっと困難な道を進んでいたことだろう。
ここで周りから陰口を叩かれるだけならば、それでも遥かに好待遇なのだ。
だがしかし、この当時のバッカス・ゲルマンという男は、『友人』に対するそのような扱いを、好ましいとは思えなかった。
「重い空気ですなぁ。お二人さん」
そこで、二人の傍に一人のノイドの女性が現れる。
胡桃色の三つ編みヘアで、翼のような形の金具が付いたイヤリングをしていた。
「おおハイネ……ハイネ・リスケィラ!」
「うるさいなぁ。バッカス君は」
「……何の用だ」
「何の用とはつれないですねぇ。友達でしょ? うちらは」
「……」
シュドルク自身は、そのような浮ついた関係を築いた覚えがなかった。
だからこそ彼は、自分の思考の中で、自分一人で完結しようとしてしまっている。
「……私は、ノイド帝国に越そうと考えている」
彼の選択は、二人が以前から推測していたものだった。
だから驚きはしないが、確かに今、二人は共に胸に穴が開けられているような感覚を味わっている。
「…………何故だ? どうしてだ? シュドルク・バルバンセン……」
「ノイドならば、すぐに国籍を変更できる」
「シュドルク君……」
穿孔によって、バッカスは感情を激しく揺さぶられる。
もとより彼は、感情を動かすのが何よりも得意な男だった。
「そういうことを言っているのではない!」
「貴様には関係のないことだ。バッカス」
「ふざけるなッ! お前は……お前は言ったはずだ! この国から……ノイドに対する差別をなくすとッ!」
「……叶わぬ理想をいつまでも抱き続けるような、酔生夢死な生き方は出来ん。安逸をむさぼるのではなく、精魂を尽くすために私は──」
「詭弁だッ! この国を変えるには、この国でお前が昇り詰めなければならないッ! 他の誰でもない……お前がだッ! シュドルク・バルバンセンッ!」
「……やり方を変えるだけだ。この国は私一人では何も変わらない」
「だがお前は……お前は言ったじゃないか! ノイドの誇りを取り戻すと……!」
「今もその所懐を失ってはいない。バッカス。ハイネ。私は外側から変えていく。お前たちが……内側から変えていくのだ」
「……ッ!」
「……」
シュドルクがこの国を出ようと考えたのは、外と内から国を変えるしか方法がないと考えたからではない。
それは後付けの、もっともらしい飾りのような理由。
本心では、ノイドである自分やハイネと、その二人の傍にいるバッカスに白い目を向ける周囲の悪意に、耐え兼ねていたのだ。
そしてバッカスが苛立っているのは、シュドルクが意志を変えたと思ったからではない。
彼はもっと単調で分かりやすい男。
ただただ友人と離別することが、苦しかっただけなのだ。
そんな二人のことを、ハイネは考えるまでもなく理解していた。
理解していたからこそ、何も言わなかった。
ここが転機。
何かが変化する時には、どうしても『決別』が必要なのだと、彼女はそう信じていた。




