『extra:再起』④
■ エデニア特例学校 学生寮 ■
アウラたちがピースメイカーのことを少しだけ知る機会を得ている一方で、また別の知る機会が『彼女』に与えられようとしていた。
ドン ドン ドン
扉を叩く音が聞こえるが、リードは出ようとしない。
叩いているのは、恐らく同じクラスのハートだろう。
「リード! あの……私……!」
顔を会わせることなど、出来るわけがなかった。
リードは膝を曲げて座り、項垂れたまま体勢を変えることも出来ずにいる。
ガシャンッ
少し先程までと音が違うが、まだリードは顔を上げない。
ドスンッ
「……」
まだ、顔を上げない。
結果、いつの間にか彼女は『侵入』を許してしまっていた。
「どうも」
「……」
あまりにも近すぎる方向からの声を受け、リードは顔を上げざるを得なくなった。
「こんにちは。私は幽葉。幽葉・ラウグレー」
「………──ッ!?」
リードは思わず後退った。
まだ扉は開いていないのに、何故かこの少女は部屋の中にいる。
キョロキョロ辺りを見渡すと、窓が無理やり開けられていることに気付く。
「な……な……」
ドン ドン ドン
「? 何だろ。開けるね」
まるでここが自分の部屋であるかのように、幽葉は扉の方に向かって行った。
そして、ゆっくりと自然に扉を開ける。
いきなり開いたことで、外にいたハートは転びそうになってしまった。
「う、うわッ」
「こんにちは」
「え……え!?」
そして、幽葉はリードの方に体を向ける。
「立って」
「……え?」
「いいから。ほら、ね」
幽葉はスルリとリードの腕を掴み、拒絶するタイミングを与えない。
そして、スッと彼女を立ち上がらせた。
そのまま立ち続ける意志のない彼女を──どういうわけか抱きしめた。
「……!?」
「さ、行こっか」
抱きしめたのは、リードの思考を完全に遮断させるため。
「貴方も来る?」
「え……」
一通り混乱させると、自分の思い通りにリードをこの場から連れ出す。
情緒が不安定なリードにとっては、何も言わずに無理やり動かしてもらうのが、もしかしたら一番効果的だったのかもしれない。
そもそも彼女は受け身なタイプの人間。そのこと自体は何ら悪いことではない。
故に、一人になろうとする必要はないのだ。
「えぇ……」
ただ、ハートの方は冷静に、幽葉の行動の不審さに若干引いていた。
*
◇ 連合軍英霊墓地 地下 ◇
本来、墓地に地下があるはずはない。
リードはどこに案内されているのか全く分からず、かといって幽葉の手を振り切る力も無かった。
「ど、どこに……」
「この先」
「あ、あの、立ち入り禁止って入り口にありましたけど……」
「私は許されるの」
「えぇ……」
ハートも訝しがりながら、止めようとはしない。
何故なら彼女は、幽葉が何者か知っていたからだ。
無論、リードも知っている。
「……アウラに何か、頼まれたの?」
「? やだ。私、アウラ君とは何も無いよ」
幽葉は全く見当違いの返答をしてしまっている。
そしてリードは、まだ自分を責め続けてしまっていた。
「……私は……私……なんかは……」
「……私の勝手な判断。アウラ君には何も言ってない。……怒られちゃうかもね」
「……え?」
「……貴方が幸せにならないと、アウラ君が幸せになれない。……エゴだよね? こんなことする私って。自分のことしか考えてない」
「……」
「でも、まあ、それでも良いと思う。私は」
自己中心的な行動で、幽葉はリードを『この場所』に連れて来た。
地下の奥に進んでいくと、そこには広間があった。
上から僅かだが、太陽の光も届いている。
「こ……こは……」
目の前には、太陽の光を受けている墓石があった。
まるで隠されているかのように、地上からは決して見られないこの場所に、たった一つの墓がある。
どうやら太陽の光は地上の井戸のような穴から来ているようで、網目状の蓋をされているためか、光も途切れ途切れになっている。
それでも確かに、太陽の光が届いていた。
「は、墓……ですよね? アレって……誰の……」
リードは既に察していたが、ハートはまだ気が付いていない。
そして幽葉は、静かに答える。
「御影・ショウ君の……だよ」
「…………ッ!?」
「……どうして……ここに……」
「味方をたくさん殺した彼の墓は、上には造れないから。アウラ君がどうしてもって……裏で頼んだらしいの」
気が付いたら、幽葉はリードから手を放していた。
少しずつ感情が高ぶり出したリードは、走ってその墓の方に向かって行く。
「……ショウ……ッ!」
墓石を抱えてその場に座り込み、彼女はそのまま泣き崩れてしまった。
その姿を見て、複雑な表情になるのはハート。
「……御影・ショウの……」
「……ごめんね。貴方は来たくなかったかな?」
「……」
その表情を見ただけで、幽葉は何となく彼女の事情を察した。
ここにリードを連れて来たこと自体、何か意味があると分かっていたわけではない。
ただ、そうするべきだと何となく思ってしまったのだ。
「……ショウには、弟がいたの」
ふとリードが掠れた声を発し、二人は彼女の方に目を向けさせられた。
「……ハンデを持った子で、ショウはずっと……ずっと……後悔していた」
「後悔?」
まだ、リードは自分の涙を止めることが出来ずにいる。
しかし、彼女は言うべきだと思ってしまった。
「…………ショウは、弟のことを避けていたんだって。だから……だから、最後まで歩み寄れなかったことを……ずっと後悔して……私やアウラに、何度もその話を……」
思えばその時から、彼は『分からない』ことを嘆いていたのかもしれない。
いやもしかしたら、もっと以前からかもしれない。
そして、誰もそのことに気付くことが出来なかった。
──「こうして目が見えなくなって、初めて自分の罪深さを知った。……果たしてこんな奴に……生きる価値があるのか……どうか……」
全てを消し去りたくなるほどの絶望を、ショウはいくつもいくつも着実にその内側に詰め込んでいた。
どこかでほんの少し、ほんの少しだけ何かが違っていたら──
────だが全てはもう、前に進んでいる。
「……私が……私があの時……ショウのことを想っていれば……。知ろうとしていたら……。そうしたら……もしかしたら……」
「……アウラ君と同じこと、言うんだね」
「…………ッ」
もう何も言えず嗚咽を漏らすリードの傍に、ハートは静かに近寄っていった。
彼女はそっと優しく、リードの肩に手を置く。
「……私は、彼のことを分かりたいとは思えない。けど……貴方のことは分かりたい。……立って、リード。私のことを……見てほしい」
「……!」
見ようとしなかったことを後悔している。
知ろうとしなかったことを後悔している。
だからどれだけ俯いても、リードはここで彼女のことを無視するわけにはいかない。
罪悪感は、決して拭えないものなのだ。
「……さて。…………うん?」
幽葉は、ショウの墓に花が供えられていることに気付く。
誰が供えたのかは分からないが、少なくともショウや幽葉の文化圏のことを分かろうとしてくれた誰かによる者だろう。
「……ヒマワリって……ふふ」
お供えでヒマワリの花を選ぶというのは、幽葉の出身であるアシュラ国では珍しいものだった。
だがむしろ、そのことが幽葉は微笑ましく思えた。
リードはまだ、大きく変化したわけではない。
立ち上がったのもこれが一瞬で、またすぐに塞ぎ込んでしまうかもしれない。
しかし、ハートから目を逸らしてはいない。
希望の道筋は、失われているわけではない。
僅かな太陽の光は、二人を温かく照らしていた。




