『extra:再起』③
◇ 翌日 ◇
■ エデニア特例学校 学生寮 ■
女子寮と男子寮は分かれているが、アウラは女子寮の方で立ち尽くしていた。
どれだけ待っても、リードは出てこない。
「……私が軽率だった」
アウラの傍に現れたのはハート。
リードが気絶した後に、彼女は多くの事情をアウラに聞かされていた。
「……いや、僕の判断が遅かった。学校に入る前に、ショウが何をしたのかを……もっと具体的に説明しておくべきだった」
いずれにしろ、聞かされた段階で今のように沈んでいたことだろう。
こうなるのは必然で、避けようのないことだった。だが、二人ともそうは思っていない。
「……違う」
「え?」
「……リードが話を聞いているのには気付いてた。だけど、責めるべきでない貴方をあの場で責めてしまった。こうなったのは……私の所為」
「そんなことは……」
ハートは、首を横にブンブンと強く降る。
「違うの。私は……自分の名前を丁寧に教えた一方で、リードのフルネームを聞かなかった。無理やりみんなと協調しようとしている一方で、みんなのことを聞こうとしなかった。知ろうとしなかった。リードが貴方たちと幼馴染だと知ることなんて……簡単だったのに……」
「……ハートさん……」
「……いや、それも違う。きっとあの子が御影・ショウの幼馴染だと知れば、貴方と同じ様に、きっと私は理不尽にあの子のことを責めていた。……いや、分からない。ごめんなさい……分からない……分からない……ッ」
「……」
ハートもそうだが、アウラは自分がどうすればいいか分からなかった。
だが、だからこそ迷うことは何も無い。
彼は彼に出来ることをするだけだ。
「アウラ」
無理に女子寮に入り込もうとしたところで、アウラは一人の女性に止められる。
その女性は、アウラというよりは鉄のソニックが何度も世話になった、褐色肌の整備士の女性。
「あ……セイコさん……?」
「お久しぶりです」
「え……? な、何でここに……」
「ソニックたちがいなくなってしまい、仕事を失ったので」
「あ」
「こちらの学校で……工学の教師を務めさせていただくことになりました」
「そ、そうなんですか!?」
「はい。ですので一応、挨拶をと」
「は……はあ……」
あまりにも突然だったので、アウラは驚き言葉が出てこない。
「……それともう一つ」
「え?」
「……果たして、意味があるのかどうかは分かりませんが……貴方ならきっと、意味を見出せると思います。……こちらを」
アウラはその元・整備士の女性──セイコから、一枚の紙を渡された。
「これは……」
「……ピースメイカーが、かつて人間に発見された際に住処としていた場所の、座標です」
「「!?」」
傍で聞いていたハートも、仇の名が出たために思わず目を見開いた。
「では」
セイコは颯爽とその場を去ろうとする。
「あ……せ、セイコさん!」
「はい?」
アウラはここで、姿勢を正した。
「……ありがとうございます」
「……こちらこそ」
あまり表情を変えないままセイコが去っていくと、ハートはアウラに疑問をぶつける。
「……どうして礼を?」
「知る機会を貰えたからだよ」
「『知る』って……何を?」
「……さあ。まだ分からない」
「……?」
アウラはその紙を握り、寮の入り口とは逆方向に歩き出した。
「どこに……?」
「……僕は、いつかまたリードが立ち上がってくれることを信じてる。それにもしかしたら、僕ばかりがずっと傍に居たのも良くなかったのかもしれないって、思い始めてね」
「……」
「……こんなことを君に頼むのは、きっと筋違いだろうね。でも……頼ませてほしい。リードの……友達になってほしいんだ」
「……!」
「……それじゃ、また」
そして、アウラは『知る』ためにその場所へと向かって行く。
「……頼まれなくても……」
彼に頼まれたハートは、リードが引きこもってしまったことに罪悪感を抱いていた。
最初にリードに声を掛けたのは自分自身。
だからこそ、友達にならないわけにはいかないのだ。
自分のした選択を、貫き通すために。
「……『仲良くしよう』って言ったのは、私自身なんだから……!」
*
◇ 界機暦三〇三一年 九月十日 ◇
■ 南大帯洋 とある戦艦 ■
どこの軍にも所属していない、ステルス機能を搭載した、完全完璧な違法戦艦が、海洋上を航行している。
こんな無法な船は一つしか存在しない。
無論──
「準備は良いか? お前ら」
そう尋ねたのは、機関部を担当している髪と髭の長い中年の男ノイド、ツツジ・タータズム。
この船は反戦軍の利用していた、『戦艦ディープマダー』なのだ。『Z』は付かない。
実はあの戦いの後、ツツジら機関部の面々によってまた水上用に直していた。
操舵を務めるのはもちろん、スキンヘッドにサングラスを掛けた黒い肌の人間の男性──ザクロ・アンダスタン。
「はいッ!」
「ああ」
「フン」
ツツジに返事をするのはアウラ、デンボク、灰蝋の三人。
ピースメイカーの住んでいた場所へ行くと伝えたところ、この二人はアウラに付いて来たのだ。
そしてアウラはツツジとザクロに頼み、こうして力を貸してもらった。
「……しかしまあ、まだこの船を利用していたとは……」
「もったいないだろ? ザクロも俺も、世界の平和のために有効活用してるのさ」
「例えば何を?」
「……さあ! 潜水艦の準備は出来てるぞッ!」
「フン。逸らしやがって……」
少なくとも、悪用はされていない。
今回もアウラに頼まれて、二つ返事で動かしてくれた。潜水艦は新たに用意したもので、少しだけ費用はかさんだが。
「じゃあ……行こうか。二人とも」
「ああ」
「……どうせ何も知ることは出来んだろうが、黙って無視する気にもなれない……か」
「グッドラック!」
かつてピースメイカーが発見された場所。その座標はこの海中を示していた。
古代の鉄であるブレイヴやトルクは、デウス島という特別な場所を住処にしていた。
だからこそ、ピースメイカーが住処にしていた場所にも、『何か』があるかもしれない。
そんな曖昧な理由でここまで来たアウラに、デンボクと灰蝋も付いて来たのだ。
*
◇ 南大帯洋 海中 ◇
「……なるほど。コイツは驚いた……」
潜水艦を操縦するツツジは、前方の『異様な空間』に息を飲んだ。
だいぶ深く沈んだはずだが、日の光のような明るみによって、その場所だけが照らされている。
そこは遺跡のようになっていて、中央に広がる空間は両側に柱がいくつか並んで立っており、奥には大きな壁があった。
明るみの正体は何かしらのエネルギーの塊の様で、真ん中にそびえたつ大きな柱の上に留まっているが、原理は全く分からない。
中でも最も驚くべきなのは、この空間にだけ『水』が無いことだ。
デウス島を覆っていたバリアのように、透明な結界の中に遺跡が存在し、そこには確かに空気があるようだった。
「奴はこんな所にいたのか?」
「もう何百年と前のことらしいがな」
「……」
そして彼らは、その遺跡の中へと入っていく。
結界に向かうと、デウス島の時のように弾かれることはなかったが、中の空間に入ってすぐ潜水艦は遺跡の床に乗り上げてしまった。
帰還する際は戦艦から引き上げるだけなので問題は無いが、ツツジは少しだけ傷付いた箇所を修理する。
その間にアウラたちは三人で、遺跡の奥へと向かって行った。
「……で、どうして二人は付いて来てくれたの?」
「……面倒だが、面倒でもないからだ」
「どっちだ。馬鹿かお前は」
「……ありがとう」
二人ともアウラのように、何も知らないままでいられなかったのだ。
柱と柱の間を通り、中央広間の奥の方に進んでいくと、大きな壁とぶつかることになる。
その壁の前には小さな台座がある。そこから地面を伝って導線が張り巡らされ、最終的に二手に分かれて床の大きな窪みに繋がっている。
まるで大きな機械がその窪みの上にあったかのように、台座にはボタンがあって、窪みの導線を通して電気か何かが流れる仕組みになっていた。
「……おい。これは……」
「ああ。もしかすると……ピースメイカーは、『ここ』にいたのかもしれんな」
二つの窪みの大きさは、丁度鉄の足と同じくらいの大きさだった。
だとすると、電気か何かを流す対象は鉄である可能性が高い。
「……この壁画は……」
最初にアウラの目に入ったのは、目の前の大きな壁に描かれている壁画だった。
無数の鉄が描かれていて、まるで争っているかのような絵だった。
「……面倒な絵だ。小生たちは……ここに描かれている鉄を知っている」
「人間かノイドか分からん絵があるが……コイツは例のマキナ・エクスだろう。ブレイヴとトルクに似た鉄が、そちら側に描かれている」
「……古代の壁画か……。でも、こっちの鉄はαに似てる。どういうことだろう?」
「どういうことも何も、アイツは古代の鉄だぞ」
「え!?」
「……本来俺もマリアも、御影・ショウのように体に核を埋め込み、ノイド化を進める予定だった。だから連合軍は、古代の鉄を二体保有していた」
「そう……なんだ」
「フン。だが結局、偶然ピースメイカーと適合できる御影・ショウが発見され、そいつが『超同期』だけでなく『覚醒』まで可能にしてしまった。その時点で俺はお払い箱だったんだ。だがそこでαに乗る予定だったマリアに逃げられ、責任者のスカムは死亡……。おかげで、連合軍の計画は滅茶苦茶になったようだがな」
それに加え、連合軍はゼロの策略によって、強硬策で戦争を終局に向かわせるように動かされた。
後手に回り続ける連合軍の立場が、勝利を果たした戦後になってからも悪くなり続けるのは仕方のないことだったのだ。
「……後ろには何か描いてあるのかな?」
アウラは壁の後ろ側に回り込む。
するとその時──
ガッ
「!?」
『何か』が向かって来た。
しかし、今のアウラの身体能力は尋常ではない。
向かって来た『何か』をすぐに察知して回避してみせる。
避けたらその正体はすぐに明らかに出来る。
向かって来たのは、『鉄の腕』だ。
攻撃されたと思ったアウラはそこでジャンプし、鉄の頭を目掛けて蹴りを浴びせる──
「うわぁッ!」
一撃で、その鉄を倒してみせた。
「どうしたアウラッ!」
「お前……」
デンボクと灰蝋は、ここで壁の裏の方にやって来る。
「いや、なんか急に来たからつい……」
そこでアウラが申し訳なさそうにしているのは、自分が蹴った相手が誰か気付いたからだ。
「……酷いな……。人間めェ……」
その鉄は、黒と銀の装甲で、ズタズタに破れた布を纏い、大きな一本角のようなものが頭に生えていた。
そしてアウラは、その鉄に見覚えがある。
「……ハッブル……」
ノイド帝国軍中将、シュドルク・バルバンセンが共に戦っていた古代の鉄だ。
本土最終戦ののちにどこに行ったのかは不明だったが、思いもがけない場所で再会してしまった。
*
ハッブルはただ声が聞こえて表側に出ようとしただけで、アウラを襲ったわけではなかった。
腕を下ろしたらたまたまアウラがそこにいて、ぶつかりそうになっただけだ。
「……別に、殴ろうとしたわけではないのに」
「ご、ごめんなさい……」
「……こんなところで何を?」
「それはこちらの台詞だ。〝死神〟」
「……」
ハッブルがそう呼ばれるようになったのは、シュドルクが彼に乗り始めてからのこと。
彼単体を指す呼称ではなく、それ故ハッブルは複雑な面持ちでいた。
わざとらしく目を逸らした先には、壁画がある。
「……この壁画……」
彼はそれが目に入った所為で、つい言葉を紡ぎ出してしまう。
「?」
「……お前もいるようだな。ハッブル」
デンボクの指摘する通り、壁画にはハッブルの姿も描かれている。
ここが古代の鉄にとって意味のある場所ならば、ハッブルがいる理由も何となく推測は出来る。
「……当然。僕もαもブレイヴと共に戦った。いや……暴れ回っていた。人間やノイドを、何万人と殺して回った」
「……解せないな。何故貴様は帝国軍に力を貸した? 連合軍に力を貸したαの方は……まあ、馬鹿なお人好しだから分かり切っているが、貴様は何故だ? 自分たちを人殺しの道具として使ったヒト種に……何故協力する?」
「αが分かり切っているかどうかは別として……僕は、ガラクタになりかけていたところをかつてノイドに救われた。大昔のことはどうでもいい。僕は…………いや、それも今は……もう過去か……」
シュドルクの死後、ハッブルは内に抱える衝動を鎮めさせていた。
今は目の前の人間の子ども達に対しても、敵意が薄くなっている。
「……アウラ・エイドレス」
「……!」
「……左端に、ピースメイカーがいるだろう?」
「え? あ……ああ。本当だ……。でも……何で? 何だか……ピースメイカーだけ一人で……」
ピースメイカーの絵は、何故か他の鉄たちと違って孤立していた。
同じ古代の鉄のはずなのに、彼だけがだ。
「……彼は……ピースメイカーは、僕らを含む、マキナ・エクスの軍勢と戦った鉄の、最後の生き残りだ」
「「「!?」」」
「平和を愛する者と共に、平和のために戦ったんだ」
「ピースメイカーが……?」
「…………そんな彼の全てを無視して、ブレイヴも僕も、マキナ・エクスの言いなりとなって虐殺を繰り返した。……倒された彼は、以来ここで長い眠りにつくことにしたらしい。平和を成すことは叶わず、平和のために戦った事実すら、忘れられ……」
「……」
その後再び人間の手によって目覚めさせられたピースメイカーが、どのような生き方をしていたかをハッブルは知らない。
長い長い歴史の中、ピースメイカーはほぼずっと、不戦を貫いて生きていたのだ。
「……何故だ? 何ゆえピースメイカーは連合軍に加担した? それも……平和のためか? ならば──」
「馬鹿を言っちゃいけない。以前までの彼とは明らかに様子が違っていた。彼が再び戦場に現れたのはつい最近のことで、僕だってずっと不思議に思っていた。……御影・ショウと共に暴走した理由も、同じく分からない」
「分からない……か」
灰蝋は、細めた目でアウラを見つめた。
「……ハッブル」
「何?」
「……君は、僕のことを恨んでいる……かな?」
「…………さあね。それを君に教える義理はない」
「……そうか」
アウラが寂しげに目を逸らすと、ハッブルは何故か罪悪感を抱いた。
シュドルクの死に関わったアウラを、恨んでいないはずはない。
故にハッブルは、罪悪感を抱いたその理由を、知りたくなってしまった。
「……僕がここに来た理由は、ここに来れば誰か同じ鉄に会えるかと思ったからだよ。例えばαとか……」
「お前、アイツの何なんだ?」
「……いや、別に何でもないけど。何? 君は」
「…………」
「黙ってしまったようだ」
「何なんだ……」
古代時代に共に生きたハッブルとαが、浅からぬ関係でないはずもない。
灰蝋はここで、彼女のことを知る機会を得ようとしていた。恐らく、彼自身それを意図せずに。
「僕らは、ピースメイカーのことが知りたくてここに来たんだ」
「それだけの理由で?」
「それだけの…………理由だよ」
「……」
ハッブルは、この遺跡全体を明るくしているエネルギーの塊の方に目をやった。
太陽のようだが、それほどの膨大な次元のエネルギーではない。
まるで、紛い物の太陽だ。
「……恨んでいるかだって? 恨んでいるさ。憎らしいさ。けど、僕はずっと分かっていた。ノイドが差別されない世界なんてものは……決してあり得ない。それでもシュドルクさんは……自分の選択を、貫き通したかったんだ。それが終わった今は……もう、君らと戦う理由は無い。元々僕は、シュドルクさんを最後の相棒にすると……決めていたんだ」
「…………そっか。それで……」
そしてアウラは、当然ながら当然の疑問を、少し遅れて投げかける。
「どうしてピースメイカーのことを、聞かれる前に話してくれたの?」
確かに先程ハッブルは、どういうわけかアウラたちが来た目的を聞く前に、自分からその話をしてくれた。
まるで、そうするべきだと判断したかのように。
「……確かに。何故だろう……」
「……まったく。分からないことだらけだな……」
そう言って溜息を吐きながら、アウラは少しだけ口元を緩ませていた。




