『fate:ハルカ・レイ』③
◇ 現在 ◇
■ リーベル自治区 ■
「……そうか」
「……」
「ハハハハハハハハハ!」
「!?」
カインの話を聞いて、ハルカの『遺言』を聞いて、ユウキは笑い出した。
そして──目には涙を浮かべている。
「……『やっぱいいや』じゃねェよあの馬鹿……。ったく……アイツらしいなオイ」
「ユウキ……」
心配した顔を見せるユーリとカインだが、ユウキは今、とても強がっている。
「あ、あの、俺……」
「お前の所為じゃねェよ。気にすんな、カイン!」
「……!」
「さて……外出るぜ」
「ま、待って!」
カインは立ち上がり、半壊した店の外に出ようとするユウキを止めた。
「何だ?」
「……これ」
カインは、突然自身が着ていたジャケットを真ん中から開いた。
どうやら下には何も着ていなかったようで、素肌が露わになる──が。
彼の胸には、一つのフラスコ型の機械が埋まっていた。
「!? お、お前……それ……」
「『スピニング・ギア』。最初に助けられた時に……ハルカに貰ったんだ。……たまたま出来た『失敗作』が、奇跡的に俺に適合したから」
「まさか……オリジナルギア……!?」
ユーリは驚いている。ハルカがオリジナルギアを二個も造ったという事実もそうだが、それがカインに適合する確率など、何億分の一でしかない。
世界中の全ノイドの中で、唯一適合できたのがこのカインだったという事実は、最早偶然では片付けられない事象だ。
「……これを、アンタにあげたいんだ」
「何!?」
「だって……俺には、これを持つ資格も、度胸もないから。だから、これは……」
「……いや、それはお前のもんだ」
「え……!?」
再びユウキは歩き出した。
「……アイツが、お前に適合するオリジナルギアを造ったのが、ただの『奇跡』でしかないとは思えねェ。思えねェよ。これはきっと、運命って奴だ。お前は受け取る選択をしたんだろ? だったら最後まで手放すな。それが、死んだアイツのためってもんだろ」
「……! わ、分かった……分かったよ! ユウキ……さん……!」
「ハッ! 『さん』は止せよ!」
「じゃあ兄貴! ユウキの兄貴!」
「……それは……どうなんだ……?」
困惑で苦笑いしながらも、ユウキは不快には思っていない。
いや、そもそも今の彼は、かなり無理をしていてそれどころではない。
「ちょっとごめんね」
カインを優しく制し、ユーリは外に出ていくユウキに付いて行った。
*
壊れた建物の壁で出来た日陰の中で、ユウキは瓦礫の上に腰を下ろした。
下を向いて、顔を上げることは出来ない。
「……ユーリ」
「何?」
黙って付いて来たユーリに、ユウキの方から話しかける。
「……情けねェよ俺ァ。イラついてたろ? 俺……カインの前でずっと」
恐らくカインの方は全く気付いていなかっただろう。
だが、ユーリはずっと気付いていた。ユウキはこの町に来てからずっと、苛立ちを見せていたのだ。
「……情けなくないよ」
「てめェでてめェのことが許せねェんだ。あの日……俺があそこにいたら、絶対ハルカは助けられた。死ななかったんだ。俺は毎日毎日毎日毎日あの日のことを頭ン中でやり直してる。でも……いくらやり直しても、アイツはもう戻って来ねェんだ」
「ユウキ……」
ユウキは、傍にあった壁を思い切り殴った。
そして、悲鳴を上げている自分の全身を動かして、無理やり立ち上がる。
「……らしくねェ……らしくねェよなァ! ああクソ! 馬鹿みてェだ! それよかそうだ! 戦争だ! 戦争を止めねェとだ! 俺ァ反戦軍の軍隊長! 〝ハヌマニアの英雄〟なんだからな!」
「……本気で言ってる?」
「……あァ?」
ユーリは、自分が彼に嫌われることを覚悟して、誰かが言うべきことを彼に言うことにした。
「……貴方は、反戦軍を止めた方が良い」
「何だと?」
ユウキはユーリを睨み付け、彼女に少しずつにじり寄る。
「戦争を止めようと思ってない人は、『反戦』を掲げるべきじゃない」
「何だとてめェ……!」
ユウキは彼女の胸倉を掴み上げた。
「だってそうでしょ? 貴方はただ………………死に場所を探しているだけ」
「……ッ!?」
胸倉を掴む手から、力が少しずつ抜けていく。
「……ごめんなさい。貴方の為を思って言ってるわけじゃない。私は反戦軍に入ったから、戦争を止めたいと思ってるから、だから、そのためには……貴方のような、自分のことしか考えていない人は、いてほしくない」
「…………ッ」
本心からそんなことを想っているわけではない。
だが、それでも彼女は自らの心を殺して、ユウキにその言葉を言わずにはいられない。
「グレンの言っていた通り……貴方は死にたがりでしかない。大事な人を亡くして、その跡を追いたいだけなんでしょ? だから危険な仕事をしたがるんでしょ? 違うの?」
「……」
恐らく、反戦軍の中の何人かも、ユウキに対して同じことを思っていたかもしれない。
それでも誰も言えなかった。だからこそユーリは、一番付き合いの短い自分が言わなければならないと思ったのだ。
それが彼女の中に宿る焦りによるものであることは、彼女自身も気付いている。
「…………違わねェ……」
ユウキは、もうユーリの胸倉から手を放していた。
しかし、もう自分の体を自分で支えることができそうにない。彼はその場にしゃがみ込んだ。
「……俺は……強がってたんだ」
「うん」
同時にユーリもしゃがみ込む。
そのまま倒れてしまうのではないかという状態のユウキを、支えるために。
「本当は……悔しくて……辛くて……逃げたかったんだ……」
「うん」
「それなのに誰かに見てほしくて……一人にしてほしくなくて……だからずっと、戦いの中にいたかったんだ……」
あまりにもか弱く映った彼を、ユーリは放っておけなかった。
自然と彼女は、ユウキの頭を抱え、自身の胸に当てていた。
「……一人じゃないよ。ユウキは一人じゃないから。大丈夫」
「でも俺はずっと……大丈夫じゃなくて……泣きたくて……しょうがなくて……」
「……うん。凄いよユウキは。カインにも、彼の為を想った言葉を言えていたもの。本当は、自分のことで精一杯だったはずなのに」
「でも俺は……自分勝手で……ただのカッコつけたがりで……」
「無理なんかしなくたって、カッコいいよ。ユウキは」
「みんなのもとを離れたくない……一人になりたくないんだ……」
「だったら生きよう。みんなと一緒に。生きて戦争を止めるんだよ。みんなで……」
「俺は……ッ!」
ユウキはその日、ユーリの胸の中で、情けなく、見苦しく、そして無様に泣き喚いた。
彼が流した涙は全て、無数の想いと共に紡がれる。
いずれ全てを貫き通す、撚り合わさった糸として──




