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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
一章【次の私と】
15/158

『fate:ハルカ・レイ』③

◇ 現在 ◇

■ リーベル自治区 ■

 

「……そうか」

「……」

「ハハハハハハハハハ!」

「!?」


 カインの話を聞いて、ハルカの『遺言』を聞いて、ユウキは笑い出した。

 そして──目には涙を浮かべている。


「……『やっぱいいや』じゃねェよあの馬鹿……。ったく……アイツらしいなオイ」

「ユウキ……」


 心配した顔を見せるユーリとカインだが、ユウキは今、とても強がっている。


「あ、あの、俺……」

「お前の所為じゃねェよ。気にすんな、カイン!」

「……!」

「さて……外出るぜ」

「ま、待って!」


 カインは立ち上がり、半壊した店の外に出ようとするユウキを止めた。


「何だ?」

「……これ」


 カインは、突然自身が着ていたジャケットを真ん中から開いた。

 どうやら下には何も着ていなかったようで、素肌が露わになる──が。

 彼の胸には、一つのフラスコ型の機械が埋まっていた。


「!? お、お前……それ……」

「『スピニング・ギア』。最初に助けられた時に……ハルカに貰ったんだ。……たまたま出来た『失敗作』が、奇跡的に俺に適合したから」

「まさか……オリジナルギア……!?」


 ユーリは驚いている。ハルカがオリジナルギアを二個も造ったという事実もそうだが、それがカインに適合する確率など、何億分の一でしかない。

 世界中の全ノイドの中で、唯一適合できたのがこのカインだったという事実は、最早偶然では片付けられない事象だ。


「……これを、アンタにあげたいんだ」

「何!?」

「だって……俺には、これを持つ資格も、度胸もないから。だから、これは……」

「……いや、それはお前のもんだ」

「え……!?」


 再びユウキは歩き出した。


「……アイツが、お前に適合するオリジナルギアを造ったのが、ただの『奇跡』でしかないとは思えねェ。思えねェよ。これはきっと、運命って奴だ。お前は受け取る選択をしたんだろ? だったら最後まで手放すな。それが、死んだアイツのためってもんだろ」

「……! わ、分かった……分かったよ! ユウキ……さん……!」

「ハッ! 『さん』は止せよ!」

「じゃあ兄貴! ユウキの兄貴!」

「……それは……どうなんだ……?」


 困惑で苦笑いしながらも、ユウキは不快には思っていない。

 いや、そもそも今の彼は、かなり無理をしていてそれどころではない。


「ちょっとごめんね」


 カインを優しく制し、ユーリは外に出ていくユウキに付いて行った。


     *


 壊れた建物の壁で出来た日陰の中で、ユウキは瓦礫の上に腰を下ろした。

 下を向いて、顔を上げることは出来ない。


「……ユーリ」

「何?」


 黙って付いて来たユーリに、ユウキの方から話しかける。


「……情けねェよ俺ァ。イラついてたろ? 俺……カインの前でずっと」


 恐らくカインの方は全く気付いていなかっただろう。

 だが、ユーリはずっと気付いていた。ユウキはこの町に来てからずっと、苛立ちを見せていたのだ。


「……情けなくないよ」

「てめェでてめェのことが許せねェんだ。あの日……俺があそこにいたら、絶対ハルカは助けられた。死ななかったんだ。俺は毎日毎日毎日毎日あの日のことを頭ン中でやり直してる。でも……いくらやり直しても、アイツはもう戻って来ねェんだ」

「ユウキ……」


 ユウキは、傍にあった壁を思い切り殴った。

 そして、悲鳴を上げている自分の全身を動かして、無理やり立ち上がる。


「……らしくねェ……らしくねェよなァ! ああクソ! 馬鹿みてェだ! それよかそうだ! 戦争だ! 戦争を止めねェとだ! 俺ァ反戦軍の軍隊長! 〝ハヌマニアの英雄〟なんだからな!」

「……本気で言ってる?」

「……あァ?」


 ユーリは、自分が彼に嫌われることを覚悟して、誰かが言うべきことを彼に言うことにした。


「……貴方は、反戦軍を止めた方が良い」

「何だと?」


 ユウキはユーリを睨み付け、彼女に少しずつにじり寄る。


「戦争を止めようと思ってない人は、『反戦』を掲げるべきじゃない」

「何だとてめェ……!」


 ユウキは彼女の胸倉を掴み上げた。


「だってそうでしょ? 貴方はただ………………死に場所を探しているだけ」

「……ッ!?」


 胸倉を掴む手から、力が少しずつ抜けていく。


「……ごめんなさい。貴方の為を思って言ってるわけじゃない。私は反戦軍に入ったから、戦争を止めたいと思ってるから、だから、そのためには……貴方のような、自分のことしか考えていない人は、いてほしくない」

「…………ッ」


 本心からそんなことを想っているわけではない。

 だが、それでも彼女は自らの心を殺して、ユウキにその言葉を言わずにはいられない。


「グレンの言っていた通り……貴方は死にたがりでしかない。大事な人を亡くして、その跡を追いたいだけなんでしょ? だから危険な仕事をしたがるんでしょ? 違うの?」

「……」


 恐らく、反戦軍の中の何人かも、ユウキに対して同じことを思っていたかもしれない。

 それでも誰も言えなかった。だからこそユーリは、一番付き合いの短い自分が言わなければならないと思ったのだ。

 それが彼女の中に宿る焦りによるものであることは、彼女自身も気付いている。


「…………違わねェ……」


 ユウキは、もうユーリの胸倉から手を放していた。

 しかし、もう自分の体を自分で支えることができそうにない。彼はその場にしゃがみ込んだ。


「……俺は……強がってたんだ」

「うん」


 同時にユーリもしゃがみ込む。

 そのまま倒れてしまうのではないかという状態のユウキを、支えるために。


「本当は……悔しくて……辛くて……逃げたかったんだ……」

「うん」

「それなのに誰かに見てほしくて……一人にしてほしくなくて……だからずっと、戦いの中にいたかったんだ……」


 あまりにもか弱く映った彼を、ユーリは放っておけなかった。

 自然と彼女は、ユウキの頭を抱え、自身の胸に当てていた。


「……一人じゃないよ。ユウキは一人じゃないから。大丈夫」

「でも俺はずっと……大丈夫じゃなくて……泣きたくて……しょうがなくて……」

「……うん。凄いよユウキは。カインにも、彼の為を想った言葉を言えていたもの。本当は、自分のことで精一杯だったはずなのに」

「でも俺は……自分勝手で……ただのカッコつけたがりで……」

「無理なんかしなくたって、カッコいいよ。ユウキは」

「みんなのもとを離れたくない……一人になりたくないんだ……」

「だったら生きよう。みんなと一緒に。生きて戦争を止めるんだよ。みんなで……」

「俺は……ッ!」


 ユウキはその日、ユーリの胸の中で、情けなく、見苦しく、そして無様に泣き喚いた。

 彼が流した涙は全て、無数の想いと共に紡がれる。

 いずれ全てを貫き通す、撚り合わさった糸として──

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