『extra:再起』
◇ 界機暦三〇二〇年 五月二十五日 ◇
■ オールレンジ民主国 ■
「〇〇一番の処分ですが……」
「適当にくらしとけッ! いちいち俺に聞くんじゃねェよッ!」
「……は、はい……」
その研究員は、上司の顔面ピアスだらけな長身男──スカム・ロウライフよりまだ人の心があった。
彼に処分を命じられたが、自らその被検体を殺す気にはなれない。
被検体とは、まだ世間に知られていない、戦争の為に生み出した人造人間の子どもだ。
クロガネとの『超同期』を可能にする子どもを量産する計画だったが、上手くはいかず、スカムは失敗作を処分しろと命じてきた。
ただ、命じられたその研究員は、スカムに黙ってその子どもを外に捨てることにした。
自分から子どもを殺したくないからと、責任を放棄したのだ。
だがその結果、運命は奇妙な道筋を辿ることになる。
「……だ…………か……」
『少女』は立ち上がり、自らの足で、生きるためにどこかへと歩き出す。
何故『そこ』に着いたのかは分からない。
何故『彼』に出会えたのかは分からない。
分からないが……どこかへと、進んでいた。
*
◇ 界機暦三〇三一年 八月二十六日 ◇
■ 国家連合本部 ■
長きに渡る戦争が終わり、国家連合軍は解体される流れになっていた。
その中で一番に役を離れるのは、主力である永代の七子。
戦いに参加していた鉄たちが自ら姿を消してしまったことで、鉄乗りの彼らに出来ることは何も無くなる。
裏で彼らの力を手にしようと画策していたいくつかの国々の目論見は、いとも容易く瓦解していた。
そして、世間で『英雄』と呼ばれるようになった彼らの去就は──
「……『学校』?」
アウラ・エイドレスは、幽葉・ラウグレーの言葉に疑問符を浮かべて繰り返した。
彼にとって、耳慣れない単語だったのだ。
「そ。私たち以外にも……永代の七子候補も含めた、戦争に利用された子ども達のために、用意された学校。確か今、十五だよね? アウラ君って」
「? あ、ああ……うん」
「私やデンボク君、灰蝋君も……まあ、年齢が違うから別校舎だけど、案内されてる。ステイトさんが……頑張ってくれたみたい」
「……学校……か」
耳慣れないが、どういう場所かくらいは理解できている。
戦争に駆り出されていた期間、アウラ以外にも集められた子ども達はみな、教育を受ける機会を奪われていた。
多方面からの非難を受け続ける国家連合は、仕方なく彼らを救済する処置を取らざるを得なくなったのだ。
「……アウラ君?」
なかなかアウラは首を縦に振らない。
熟考してから顔を上げると、渋い表情で無理やりに微笑んだ。
「……僕は良いよ」
「え?」
「……」
黙ってしまう彼を見て、幽葉は何故彼が拒むのかを理解した。
「……リードちゃんがいるから?」
「!」
「あ……ごめんなさい」
リード・エイドレスは、以前までと何も状況が変わっていない。
戦いが終わったので、アウラはなるべく長い時間を彼女と過ごしたいと考えていた。
アウラが傍にいれば外出もできるが、アウラがいなければベッドから起き上がろうともしない。
怪我はないが、精神的な問題を多く抱えてしまっている。それでもこのまま病院の一室を借り続けるわけにはいかない。
アウラは彼女と共に住める場所を探していて、それが見つかったなら、ずっと二人で静かに暮らすつもりでいるのだ。
(……リード……)
「アウラ・エイドレス」
そこで、エレベーターから降りて来る男が一人。
バッテン印の仮面を付けた、元はノイドの人間──X=MASKだ。
「……」
少しだけ身構えるのは幽葉。だが、アウラの方はむしろリラックスしている。
いつものフードを被ってはいないが、不審であることに変わりはない。
「……何ですか? 《《私に用事》》というのは」
「え?」
幽葉はアウラの方に目をやった。どうやら、彼を呼んだのはアウラらしい。
「無視されるかと思ったよ」
「出来る立場ではありませんねぇ。貴方は『英雄』なんですから」
「……どうだろう。僕はそんな大層なものじゃないよ。……さ、行こうか」
「どこへ?」
「いいから付いて来てくれよ」
「……」
Xにはアウラを拒絶することが出来ない。
人間の力を凌駕した彼を脅威に感じている部分もあるが、それは関係ない。
ただ単純に、アウラに対して若干の後ろめたさがあったからだ。
「アウラ君」
「……心配しないで。幽葉」
アウラは優しげな笑みを見せている。それを見せられると、幽葉はもう何も言えなくなった。
確かに今の彼は、心配するまでもないほどに強い精神と肉体を持っている。
故に彼女の心配は別のもう一人の方に向かっていた。
先程の会話の中にも出た、リード・エイドレスの方に──
*
■ 連合軍英霊墓地 ■
ここまで来れば、Xもアウラの目的を理解し始める。
「……分かりませんね」
「何が?」
「戦いが終わり……私はもう、あなた方に顔を合わせるつもりはありませんでした」
「よく言うよ。いつも仮面で『顔』隠してたくせに」
「……憎くないのですか? 私が」
「……」
永代の七子を集めたのは、このX本人だ。
子どもを戦場に向かわせた張本人。戦争を終わらせるのが目的だとしても、決して許されるような男ではない。
「ここが、ライドとメイシンの墓だよ」
「知っていますよ。知らないわけがないでしょう」
ライド・ラル・ロードとメイシン・ナユラの墓は、隣接して建てられていた。
そもそもXは立場上、墓の手配に関与している。
「……ショウの祖国では、『墓参り』っていう習慣があるらしい」
「……貴方は……」
彼の言いたいことは理解している。
Xは後悔こそしていないが、自分に『資格』があるとは思っていなかった。
「……分かっていますか? ライド・ラル・ロードも、メイシン・ナユラも、そして御影・ショウも……私が連合軍に連れて来なければ、死ぬことはなかった。私は貴方にとって、忌むべき存在であり、それ以上の何者でもない」
「……けど、僕らは必要だった。この世界が続いていくために」
「寛容な精神、恐縮しますねぇ……。ですが、私に彼らの死を悼む資格はありませんよ? こんな所まで連れて来て……」
「悼むのに資格なんて要らないよ。お前の所為でみんなが死んだことも分かってる。けど、お前だけの所為でもないことも、僕は分かってる」
「死んだ彼らの気持ちはどうなります?」
「だからせめて謝るんだよ。彼らの前で」
「……分かっていない」
呆れつつも、Xは二人の墓の前でしゃがみ込んだ。
「謝罪というのは、それをする者の気を楽にするための行為です。謝って彼らが生き返るわけでもない」
「……だけど、お前はまだ生きている」
「はい?」
Xは振り返り、アウラの表情を窺った。
相も変わらず、彼の目は光に満ちて澄んでいる。
「戦争が終わって、それで役目を勝手に終えた気になるなよ? これからなんだ。死んでいったみんなの分も……お前はこれから、それよりも遥かに多くの命を助けるために、生きなくちゃいけない」
「……」
「だからここで一度、お前はお前自身のことを整理しないと。……上から目線で言うことじゃないけどね。もちろん僕自身も、そのつもりだから」
あまりにも希望に溢れた彼の言葉を聞いて、Xは小さく息を吐いた。
「……出会った頃とは、別人のようですね」
「そうかな」
「…………いや。貴方は元々こういう人間だった。私が……知ろうとしてこなかっただけですかね」
再び墓の方に視線を向けて首を垂れるXを見つめていると、アウラは不自然なことに気付く。
「……あれ? 花が供えてある」
事前に色々と調べていたアウラには、墓に花があることが何を意味するか、分かっている。
少なくともショウの祖国では、死人に対する慈しみを表すと聞いていた。
「……まあ、私は貴方と違って、余計な感情をとっとと捨てたかっただけですがね」
「……X……」
たとえ悪党でも、罪悪感というものはどうしても生まれてしまう。
自分では資格がないと言いながらも、悪党ならば構うまいと自分を納得させ、その罪悪感を晴らす程度の行いは既に終えていた。
しかしアウラからすれば、その程度の行いには到底見えない。
この行いには、それ以上の大きな意味が存在している。
……彼の方は、そう思っていた。
*
少し間を置いて、二人は場所を移動する。
「……ところで、『特例教育援助』の話は聞きましたか?」
「? 教育……ああ、学校のこと?」
「貴方のことですので、どうせ断るつもりでしょうが……」
「まあ、別に……。一生困らない程度のお金は貰ったし、将来に不安もないから。学校くらい……行かなくても良いかなって」
「嘘はいけない。ハッキリ言いましょう。……リード・エイドレスが、貴方の足枷になっている」
「……馬鹿なこと言うなよ。リードは──」
「ここで一つ、お伝えしなければならないことがあります」
アウラの刺すような視線をものともせず、Xは淡々と続ける。
「……機密重要被検体『マリア』の通し番号は、〇〇〇番。要するに、番号がありません」
「は? 何の話?」
「そして、貴方のよく知る『灰蝋』の通し番号は、〇〇三番です。四体目に製造した人造人間であるマリアが成功作となったため、スカム・ロウライフはその時点で一度人造人間の製造を止めました。費用も莫大に掛かりますからね」
「はあ……」
「〇〇二番は廃棄処分……。詰まるところ、実験中に死亡してしまったのです」
「……どこまでも腐った話だ」
「では、〇〇一番はどうなったと思いますか?」
「……何なんだよさっきから。そんなの僕には分からない。というか学校の話をしてたんじゃ……」
「廃棄された……ということになっています」
「……ということになってる?」
「ええ。報告書では。実は噂で、当時の研究者が生きたまま逃がしたという情報も流れていまして……」
「だから何? まさか、僕に探してほしいとか言わないよね? 何年前の話だよ。今生きてるかどうかも分からない」
「特徴的なので、この私が『見れば』すぐに本人だということが分かります。貴方やマリアと同じ……透明な色が見えるので」
「…………?」
そこまで聞くと、アウラは少しだけ疑問を抱く。
Xの持つ仮面──プレシジョン・ギアは、様々な存在を、その存在ごとに異なる『色』で見えるようにする。
人間と鉄でその色が同じであれば、その二人は適合可能ということを表し、『同化』を可能にすることが判明するのだ。
ただ、透明な色を発する人間は、どの鉄とも適合可能ということを表している。
現にアウラとマリアは透明な色で見え、X自身は試したことがないが、実はゼロやアマネク、それに鉄でもブレイヴとカワードは同じように透明な色で見える。
つまりを言うとアウラは、そんな特別な存在を、スカムが手放した理由が分からないのだ。
「〇〇一番は、透明な色を持つにもかかわらず、光沢が無かったのです。要するに『超同期』が出来ない。鉄の性能を、決して百パーセントで発揮させることが出来ない……。重要な欠陥を持ってしまっていたのです」
「だからって捨てるなんて……」
「……そして、私は確認しています。リード・エイドレスの色は、透明だった」
一瞬、アウラの思考が止まった。
「……え?」
「最初に太陽の家に行った時です。その時の私は、まだ透明な色が意味するところを聞かされていなかった。なので、光沢が無いという理由で彼女にはさして興味を持たなかったのですが……それから暫くして、私は意味を理解した。〇〇一番は……生きていたのだと」
「……ッ!?」
「無論、すぐに〇〇二番や灰蝋、それにマリアも造られていたので、回収する必要はないと勝手に判断していました。しかし……事実は事実。私が証人です。要は……彼女にも、特例教育援助を受ける資格がある」
「それって……」
「まあ、判断は貴方に任せます。別に学校でも……いつでも一緒というわけではないですしねぇ」
「…………」
それでも、アウラはリードに立ち上がって欲しかった。
もしかしたら、環境が変われば彼女にも変化が訪れるかもしれない。
環境を変えず、何も起きない日々を続けるよりは、彼女にとっても良いのかもしれない。
彼女に希望を見てもらうため、アウラの選択は決まっていた。




