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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
〇章【外伝】
147/158

『extra:旅の途中』

◇ 界機暦かいきれき三〇三七年 五月九日 ◇

■ オールレンジ民主国 ゲヘニア州 ■


 目的の不透明な旅が始まって、五ヶ月ほどが経っていた。

 宿のベッドで欠伸をしているのは、ブロンドの髪の人間の女、ユーリ。

 同じ部屋の窓に近い椅子に座っているのは、黒髪黒目にハチマキのノイド、ユウキ・ストリンガー。


「ブレイヴの奴……『一度一人で世界を回りたい』……なんて、言い出しやがって! つれねェよなァ!?」

「……ま、まあ別にいいでしょ。本人の意志なんだから」

「……うーん……」


 ユウキは文句がまだある様だったが、実はユーリも、ブレイヴではなくユウキに対して文句を抱えていたりする。

 その内容を、彼に伝えることはないだろうが。


「……じゃあ私、ちょっと外に」

「? 何だよ。だったら俺も……」

「いい」

「あァ……?」


 ユーリが宿の外に出ていくと、ユウキは一人で溜息を吐いた。


「……まだ、安心は出来ねェよな……」


 彼が抱えているのは、ゼロの残党がまだどこかにいるのではないかという不安。

 もうワールド・ギアはアウラが壊してしまったが、自分やユーリに対して一方的に恨みを持っている者がいるかもしれない。

 まだ、彼女を一人にさせるわけにはいかなかった。


     *


◇ 同日 ◇

■ オールレンジ民主国 某所 ■


 国家連合軍が解体されたことで、元・連合軍の人間やノイドは、立場を追われることになる。

 とりわけ、ノイドは先の戦争の後ということで厳しい状況に晒された。

 だが、そこでこのオールレンジは、そんなノイドを救済するために特別な手当を施す。

 平等意識から来る善性に富んだ政策だったが、割を食うのは元・連合軍の人間の方。

 特に、戦争の後半で活躍の少なかった、先の時代の一般兵士。

 クロガネ部隊に配属されることもなかった、()()()()()()だ。



「……許せるよなァ? 帝国が滅びたんだから、もうノイドを差別する必要なんてないんだ。ああ、そうさ。だから、連合軍に所属していたノイドのために、補償があるのは必然さァ。たとえッ! 鉄紛クロガネマガイも操縦できない役立たずだった俺達がッ! 何の補償も与えられなくてもッ! 許せるよなァ!? 使えねェ、元・歩兵の諸君ッ!」


 とあるビルの広々としたフロアで、大勢の人間を前に演説するのは、元・連合軍所属の人間、フール・B・アンリファイン。

 紫色の長髪で、独特な結び方でツインテールになっている、痩せた女顔の男だ。

 当然フロア内の人間も皆、戦争の後半で出番をなくし、そのままないがしろにされた者達だ。

 ただ、全員の意志が既に統一されているわけでもない。


「は、はあ……」

「ッ!? おま……」


 適当な相槌を打ってしまった男に対し、別の男が驚愕する。

 何も知らずにここに来てしまった残念な男を救えるほど、驚愕している方の男は善人ではない。



「…………あ?」



 フールは静かに歩き出し、キョロキョロと辺りを見渡して、『それ』を見つけると手に取った。


「……!? え……」

「……どうやら、分かってねェ奴もいるみたいだな」


 彼が手に取った『それ』とは──()()()

 何の変哲もない、バールそのもの。


「い、いや、私はその……」

「あァ!? 許せるよなァ!? お前らッ! 『はい』と言えッ!」

「は、はいッ!」


 分からない彼は、びくびくしながらコクコクと激しく頭を縦に振る。

 だが、『分かっている』彼らは何も言わない。

 言えるわけがない。頭を縦に振るなど、もってのほか。


「オラァッ!」

「ガハッ!」


 分かっていない彼をバールで殴り倒し、フールはついた血を払う。

 だが、そこで終わるわけではない。

 何度も何度も、その男をバールで殴り続ける。


「許せるわけねェだろうがァッ! あァンッ!? 馬鹿なのッ!? ノイドびいきの人間未満ッ! 死ねよガラクタマニアがよォ!」

「ゴホッ…………か……ッ!」

「オラ死ねッ! 死ねクズッ! クズがッ! クズがクズがッ!」


 何度も殴る。殴る。殴る。殴る。

 その間他の男たちは何も言わない。やはり。言えるわけがない。



 やがて落ち着くと、フールは自身の二手に分かれた長髪を、くしゃくしゃに掻き毟る。


「許せるよなァ? ノイドを……ノイドをこれ以上殺せなくなった元凶…………そうッ! 戦争を終わらせちまった馬鹿どもッ! 本土最終戦で、六戦機ろくせんき永代の七子(エターナルセブン)をどっかにやった……反戦軍ッ! アイツらだッ! アイツらがいなきゃ戦争はまだ続いたッ! 俺達だって、まだノイドを殺せたんだッ! そうだとしたら……許せるよなァ!? お前らッ!」

「「「「「…………」」」」」


 誰も返事はしない。だが、だからこそフールは笑みを浮かべた。

 そして──


「ガハァッ!」

「「「「「!?」」」」」


 どうやら、返事をしないでいるのも正解ではなかったらしい。

 フールは適当な黙っている者に向かって、バールをぶん投げた。


「返事くらいしようぜェ!? だからお前ら仕事できねェんだよッ!」


 理不尽な男だが、誰も彼に逆らおうとはしない。誰も、他に居場所を持たない。



「……いいえ、違います」



 そんな中で一人の男は、勇敢なのかフールと同じ思考回路で生きているのか、否定から入ることが出来た。


「ほう?」

「……働くことが出来ないのは、不況だからです。そして、我々の代わりに働けているノイドはいる。差別をするわけにはいかないからと……ノイドだけが、政府から特別処置を受けている。おかしい話ではないですか。そもそも戦争を起こしたのは……ノイドの方だというのに」

「……だが許せるよなァ? 平和ってのは、誰かが苦渋を舐めさせられることで成立する」

「ならばその苦渋を飲むべきは……どうせ何も飲まなくとも生きていける、ノイドであるべきでは?」

「……許せるよなァ!? だったらそんなノイドどものことをッ!」



「許せるわけねェだろキモツインテ野郎がァァァァ!」



 フールは名も覚えていないその男に、胸倉を掴まれた。

 すると彼は笑い出す。驚くほど気色の悪い、高らかな声を上げて──



「ウキャキャキャキャキャキャッ! ならぶっ殺すしかねェよなァ!? 反戦軍の軍隊長……ユウキ・ストリンガーをッ!」


     *


◇ 同日 ◇

■ オールレンジ民主国 ゲヘニア州 ■


 ユーリは往来を歩きながら、その風景を憂いでいた。


(……ノイドが少ない。エデニアだけかと思ってたけど……この町でもノイドは、嫌われている……)


 宿に泊まった時も、明らかに受付の女性がユウキから目を逸らしていた。

 実は彼女が先程一人でいいと言ったのは、ユウキに白い目が集まってほしくなかったから。

 もっとも、ユウキはそんな彼女の意向を無視して、隠れて彼女の尾行をしているが。


「……おいおい。ユーリの奴、どこ行く気だ? なァオイ……」


 柱に隠れながら一人の女性を追っている姿は、ノイドでなくとも怪しさしかなかった。

 周囲の人間からのひそひそ声は、彼にも聞こえている。


(チッ……。やっぱり、ノイドは白い目で見られてんのか……)


「いや、怪しいからでしょ」

「うおォッ!?」


 ユーリはすぐに尾行されていることに気付いた。

 一瞬で距離を縮めると、彼女は呆れた目を向ける。


「ストーカーみたいだけど……何なの?」

「……心読んだろ。お前」

「いちいちついてこなくても良いんだけど」

「俺は心配してやってなァ……」

「……」


 複雑な表情で頬を掻き、ユーリは方向転換した。


「おいッ!」

「……気持ちは分かる」


 そのまま歩きだしながら、ユーリは彼の抱えている不安の一部を読み取った。


「この前会った時、バラたちが言ってた。『反戦軍』を英雄視している人もいれば……恨みを持っている人もいるって」

「え?」

「まあうちも、正しいことだけしてきたわけじゃないからね。一般人なんかはニュースとかでしか判断できない。本土最終戦に現れた『英雄』か、エルドラド列島で暴れた『テロリスト』か……」

「……どっちも嘘だな。本土最終戦では……俺達は何も出来ちゃいねェ」

「そうかもね。もちろん、エルドラド列島で民衆に攻撃したなんて事実もない。ま、もう反戦軍は解散したから、いずれにしろこれ以上……私達の情報が流れることはない。でもユウキ、貴方だけは気を付けないと。一人だけ顔が割れてるんだから」

「え? あ、ああ…………いやいや! 俺は大丈夫に決まってんだろッ! つーか危ないのはお前もだろッ!? ゼロの残党がまだいたらどうすんだよ!」

「……大声で言わない」

「あ……悪ィ」

「……今更私を殺しても意味はないでしょ? 危ないのは、名前まで世間に知れ渡ってる貴方の方」

「死なねェよ、俺は」

「狙ってくる相手による。それにほら、私達は……『あの男』の居場所を、まだ掴めていない」

「……」


 それは、この旅の第二の目的。

 行く当てのない旅の途中で、ブレイヴが一人になることを決めてすぐ、二人は新たな目的を見つけた。

 反戦軍に……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()の捜索だ。


「……失踪した、()連合軍総司令官……スナイプ・ヴァルト。彼は明確にゼロの手先だった。どれだけの力を持っているか……私達にも分からない」


「……ああそうだ。ゼロの手先だ。だからこそ、お前の存在自体は知ってるはずだぜ。特にその、目立つ宝石のヘアアクセについては……聞いてねェはずがねェ」

「……そうかもね」


 ユーリはまだ、ロインのヘアアクセサリーを付けている。

 どれだけそれが目立つ代物でも、彼女は決して外すことはない。

 合理的な理由で簡単に外せる考えの人間ならば、そもそも彼女は何度も世界を移動していない。

 彼女はいつだって、自分の意志で、自分のために生きている。

 それだけは、数多の世界を移動しても変わらないことなのだ。


 気付くと、彼女は早足になっていた。そのためユウキも速度を上げて付いて行く。


「なァユーリ。俺は……」


 その時だった──


「道の真ん中をォォ……何で鉄屑が歩いてんだオォン!?」


 全方向、あらゆる角度で見ても明らかな、ゴロツキの人間たち。

 四人ほどで、意気揚々とユウキたちの前に立ちはだかった。


「……あ? 歩いちゃ駄目かよコラ」


 喧嘩を売られたら即購入するのが、このユウキ・ストリンガーという男。


「待って、ユウキ」

「駄目に決まってんだろ? ハハハ」

「……ハッ! 馬鹿が……」

「待ってって!」


 ユーリはジリジリ近付いていこうとするユウキを、両手を広げて止めようとする。


「何でだよ」

「周りの人が見てる。ユウキのことを……怖がってる」

「あァ? だから何だっつーの」

「……怖がってほしくない。ユウキのことを……悪く思われたくない」

「……」


 そう言われると、ユウキも熱が冷めてくる。


「オイオイッ! 鉄屑の分際で何で良い女連れてんだァ!?」

「ハッハハ! おい女! そんなノイドなんて無視して、俺らと遊ぼうぜェ?」

「鉄臭ェもんなァ! あと……ちょっと硬すぎる! へへ……痛くなっちまうからなァ!?」

「……ッ!」


 こうなると、怒りを見せ始めるのはむしろユーリの方。

 目の前のゴロツキたちは、あまりにもノイドに対する差別意識が強すぎた。


「それともアレか? 鉄屑マニアか? ハハハハハ!」

「……許せない」


 今度は彼女が、ゴロツキたちに殴り掛かろうと拳を握る。

 だがそこで、ユウキは彼女の肩を掴んだ。


「!?」


 そしてそのまま彼女を持ち上げると、両腕で抱え込む。


「きゃっ」

「おいッ! 見せつけてんじゃねェぞ!」

「……悪かったよ。消えればいいんだろ? 行こうぜ、ユーリ」

「……!? ユウキ……」


 そして、至極興味を無くした目をゴロツキたちに向ける。


「じゃあな。軟弱ども」


 そのまま大きくジャンプをして、往来からとっとと退散した。

 離れてからも、ユウキはまだユーリを両腕で抱えている。


「ゆ、ユウキ……」

「……ありがとな」

「…………! いや、別に……」


 冷静になれたのは、ユーリが自分以上に自分のことで怒ってくれたからだ。

 ならばユウキの方も、売られた喧嘩のことなどスルーするしかない。

 それが彼女の望みならば。


     *


◇ 同刻 ◇

■ オールレンジ民主国 某所 ■


 ユウキたちの様子を、モニターで監視している者がいた。

 フール・B・アンリファインと、彼の集めた仲間たちだ。


「……悪いよなァ? こんな盗撮みてェなことして」

「「「「「……」」」」」

「悪いよなァ!?」

「悪くねェに決まってんだろッ! ノイドのプライバシーなんざどうしようとッ!」

「ウキャキャキャキャッ! 愛してるぜッ! この馬鹿ッ!」


 フールの声掛けに付いて行っているのは、どうやら一人だけ。

 他の者達は、どちらかと言うと面倒に感じ始めている。


 そしてフールは、静かにモニター越しのユウキたちの行動を監視する。


「……意外と冷静じゃねェか。ハチマキ野郎め……」

「ええ。普通に喧嘩を買うと思っていましたが……まあ、奴らが無事で何よりです」

「俺達が束になっても、あのハチマキ野郎を殺すことなんざ出来やしねェ。不意打ち……暗殺……小狡い手段を使うしかなさそうだ。この冷静な判断力……ノイドのくせに癪だが、上手くやらねェといけねェ。プランCだッ! 野郎どもッ!」

「「「「「……」」」」」

「はいッ!」

「ウキャキャキャキャキャッ!」


     *


◇ 数刻後 ◇

■ ゲヘニア州 とある民宿 ■


 宿に戻ったユウキとユーリは、受付に呼び止められた。


「あ、あのぅ……」


 どうやら、ノイドであるユウキにまだ目を合わせられないようでモジモジとしている。

 ただ、用があるのならばユーリに済ませればいい話だ。

 こうしてモジモジしているということは、つまりユウキに用があるということ。


「何ですか?」


 代わってユーリが彼の前に出る。


「……じ、実はその……お、お客様が、当宿の記念すべき一万人目の宿泊客となっていまして……」

「俺が?」


 二人で泊まっていたが、宿側ではユーリが名前を出した順番に記録されることになっていた。

 つまり、偶然ユウキが一万人目の宿泊客となっていたとしても、おかしいことは何も無い……。


「その……ですので、よろしければこちらを……。お、おめでとうございます……」


 ユウキの代わりにユーリが受け取ったのは、細い封筒。恐らく、チケット用の封筒だ。

 受付の女性がユウキから目を逸らしている理由が、『ノイドだから』だけではない事実を予想することなど、流石に二人には出来ない。

 よって、渡されたこの封筒も、怪しさを感じ取ることなど不可能。


 部屋に帰った二人は、早速封筒の中身を確認する。


「……何これ」


 入っているのは、やはり一枚のチケットだった。


「ロイド・アクアランドのチケット……。二人まで使えるみてェだな」

「何それ? どこ?」

「行けば分かるぜ相棒ッ! なァオイッ!」


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